迷宮下層で
さらなる下層へ到達した雪斗達は、魔物と交戦を開始する。とはいえ罠があるわけでもなし、ディーン卿などの攻撃により敵を分断。各個撃破することに成功した。
そうして怪我なく敵を撃破していると、やがて魔物の雄叫びも聞こえなくなった。どうやら周辺の敵を倒し尽くしたらしく、雪斗達は先へ進むことに。
以降幾度となく魔物と遭遇はするが、特に問題もなく倒すことができた。一見すると雪斗達は問題なく歩を進めているように思える。ただ、雪斗を始めとした面々は徐々に表情が厳しくなっていく。
それは何故か――これほどまでに余裕を持って迷宮を進むことができたのは、これまで一度もなかった。逆に警戒の度合いを強めることになる。
「……いくらなんでも、順調過ぎるんじゃないか?」
そんな感想を抱くほどに、迷宮は穏やかな様相を呈している。確かに魔物は手強いのだが、それこそ邪竜が顕現していた時と比べ――敵は明らかに弱い上に散発的で、攻略があまりに簡単に進み続けている。
「これはアレイスが敵を倒したためか? それとも、今の迷宮を司る存在が魔物を抑制しているのか?」
「さすがに、抑制しているわけではないでしょう」
と、これはリュシールの言。
「ただ、現在の管理者が魔物を大量に生成しているという可能性が低い……そんな雰囲気にも思えるけれど」
「アレイスが暴れて数を減らしているとも考えにくいわね」
ナディが述べる。雪斗は内心同意しつつも、
「ただ、これほど魔物が少ないというのは――」
「みんな、ちょっと待って」
リュシールがふいに会話を止める。
「……どうやら、この下の階層に本命がいるらしいわ」
「本命……アレイスか?」
雪斗の疑問にリュシールは頷く。
「わずかだけど、気配が漂っている……相手は隠しているつもりかもしれないけど」
「漂わせているのがわざとなのかそうでないかは、さすがに解明するのは無理ね」
ナディは結論を述べながら、雪斗に顔を向けた。
「この下で決戦、というわけか」
「そのようだな……全員、怪我とかは特にないみたいだけど、心の準備は?」
全員が頷く。そして雪斗は、
「では――進むぞ」
決戦、という単語を雪斗は頭の中で思い浮かべ、いよいよ下の階層へ続く階段へ。魔物の気配は若干濃くなっているが、邪竜との戦いに比べれば雲泥の差だ。
階段を進んだ先は、通路。ただ正面から、明らかに気配がある。
「アレイスも、気付いたか?」
「誘っているようにも感じられるわね……」
とはいえ今更ここまで来て引き返すわけにはいかない。よって雪斗達はゆっくりと、慎重に周囲の気配を探りながら歩んでいく。
やがて辿り着いたのは、広間。真四角な空間であり、雪斗達が進んできた道を含め、東西南北へ進める四方向の道が存在する場所。
その広間の中央に、アレイスは立っていた。既に抜き身の剣を握り締め、無言で雪斗達と対峙する。
「……わざわざこの迷宮内で決着をつけるために、迷宮内へ入り込んだのか?」
問い掛けにアレイスは何も答えない。それに対し雪斗はじっと相手を見据え、
「理由は話さず……か。それともこの戦いもまた、計略の一つか?」
「そう考えてもらって、構わない」
雪斗はここで周囲の気配を探る。もしここでアレイスに何かしら狙いがあるのだとしたら、確実に罠を仕掛けているはずだ。
「魔物などを伏せているわけではないさ。そもそも、この迷宮の魔物達を使役できるわけでもない」
そう語ったアレイスは、雪斗達を一瞥する。
「この迷宮に踏み込んだ時点で、私の目的は半ば達した……が、その解明についてはこの戦いが終わった後にでもすればいい」
「迷宮に入り込むことが目的、か……俺達が攻略できないよう、嫌がらせでもしたのか?」
アレイスは剣を構える。彼の目的を知るためには――至極当然だが、戦いは避けられない。
「……ああ、わかったよ」
雪斗達は全員怪我もなくいて、なおかつアレイスはたった一人。周辺に魔物や罠の気配もない。だが、雪斗は一切気を緩めることはなく――
「……リュシール」
「ええ」
返事と共に雪斗とリュシールの魔力が、交わる。『神降ろし』を起動させ、一気に決着をつける算段。
それに対しアレイスは目を細める。直接見るのは初めてであり、その魔力に警戒しているのか。
「全員、周囲を頼む」
雪斗はそう指示を送った――次の瞬間、走った。一瞬でアレイスの眼前へ迫ると、剣を薙ぐ。
相手はそれを真正面から受けた。刹那、凄まじい魔力の激突が生じ、迷宮を震わせる。
「戦うのは自分だけで、他は援護というわけか」
アレイスは剣を交わしながら雪斗へ告げる。
「ああ、俺の剣で決着をつける」
雪斗は明言。それにアレイスは――微笑を浮かべた。
「そうか……ならばこちらは、応じよう」
「……まさかとは思うが、こうした形で勝負を決めるために、こんな所に招いたわけじゃないだろ?」
「さすがにそれはないさ」
剣を弾く。雪斗はすかさず一閃するが、アレイスは負けじとそれを受け止める。
魔力の奔流が周囲に渦を巻き、二人を包み込む。仲間達は周囲を固めいかなる状況にも応じられるよう布陣しており、戦況的に負ける要素はないようにも思える。
しかしアレイスの力の底がわからない以上、どれだけ盤面を強固にしても全てをひっくり返される危険性はある。
だがそれを――雪斗は、全身全霊を持って打ち砕くつもりでいた。
「――おあああっ!」
雄叫びと共に雪斗は渾身の剣戟を見舞う。アレイスはそれをなおも真正面から受けるが、今度はわずかながら押し込むことに成功した。
とはいえ雪斗もここから強引に突き進むような真似はしない。アレイスは駆け引きも上手かった。こちらが進めば一歩下がっていなし、わずかでも後退する気配を見せれば好機とみて攻め込んでくる。そうした言わば戦術において雪斗は不利だと思っている。
それを打開する策は一つ――極めてシンプルな手法。すなわち、
「力で、押し切るつもりか……!」
アレイスが叫ぶ。それと共に雪斗は――彼の言葉を肯定するように、さらに足を踏み出した。
それと同時に確信する。この勝負はそう経たずして終わる。果たして自分かアレイスか――倒れる者はどちらなのか。そんな呟きを心の中で発した直後、雪斗の斬撃が、広間を白く染め上げた。




