再度迷宮へ
やがて雪斗達は迷宮へと入る。しかし第一層は先日入った状況と、何ら変わらぬものだった。
「上層については見た目上の変化はないか……リュシール、魔力的に変化はあるか?」
「ないわね。それに、アレイスもどこかで休んでいるのか、ここからわかる範囲で魔力に揺らぎもない」
「……アレイスがこの迷宮で罠にはめるなんて可能性も十二分に存在する。全員、気を引き締めてくれ」
「言われなくても」
ナディが応じる。そして雪斗達はゆっくりと歩み始めた。
敵の気配がないといっても第一層から警戒する。以前侵入した際に結界を構築したが、アレイスによって破壊され、制圧した場所でも魔物が生息しているかもしれない。
加え、アレイス自身が気配を断ち待ち構えている可能性もある――これまで幾度となく雪斗は迷宮に足を踏み入れてきた。その出来事を思い返せば、例えどんな状況であったとしても、気を抜くことはできないと雪斗は強く思う。
「とりあえず、第一層は異常なしかしら」
リュシールは五感と魔力探知で調べ、そういった結論を述べる。そこで第二層へ繋がる階段に辿り着き、確認。どうやら結界なども壊されていない。
魔物を通さない構造の結界なので、アレイスも邪竜の影響下である以上は通るには壊さなければならないはずなのだが――
「元は人間である以上、誤認させる魔法を所持していると考えるのが妥当ね」
リュシールはそう語る。その次に声を発したのは、ナディ。
「アレイスは脇目も振らず下層へ下りた……?」
彼女の疑問に雪斗は肩をすくめる。
「どうだろうな。アレイスの言動を聞いた限りだと、リュシールが作った結界を壊す力も惜しいってところかな」
「そこまで消耗を嫌うなんて、よほどの存在がここにいるってこと?」
「というより、不確定要素が強いからできるだけ力を温存しておきたかったってところじゃないかしら」
リュシールは考察しながら下の階段を指差し、
「ひとまず問題はなさそうね。下へ行きましょう」
「……そうだな」
全員で下へと下りる。第二層についても特に問題はなく、第三層へ繋がる結界もきちんと維持されていた。
「ふむ……魔物の気配はあるけれど、第三層については以前来た時よりも魔力が弱いわね」
「アレイスが倒したってことか?」
「たぶんだけれど」
雪斗の問いにリュシールはそう応じた後、先導する形で進んでいく。
そして戦闘を行った第三層――そこでリュシールは目を細めた。
「気配はあるけれど、ずいぶんと弱いわね……しかも私達が来ても反応がない」
「アレイスが駆逐したか?」
「そういう可能性もありそうだけど……魔力を感知する地点を調べましょうか」
その場所へ赴く。雪斗もディルへ調べるよう指示を出したのだが、その結果は「魔物がほとんどいない」というものだった。
やがて魔力が感じられる所へ――そこには狼型の魔物が一体。しかしボロボロの状態であり、そう時間も経たずに消え去るくらいの存在だった。
「アレイスと交戦した魔物の生き残り……ってところか?」
「そうね……これが仕込みで私達を下層へ誘っていると考えることもできるけれど――」
「そんなことをする意味って、ないよな」
指摘はダインから。
「俺達が来ることはわかっているし、こっちを疲弊させるなら魔物を残していくのもありだと思うが」
「そうすることができなかった、と解釈するべきだな」
雪斗は魔物にトドメを刺し、消滅を確認してから応じる。
「魔物と交戦しているのは間違いない。迷宮内にいる魔物が仲間割れするようなことにはならない……というか、迷宮の魔力を抱える者同士で戦うことはしないのがこの迷宮におけるルールの一つだから。よって魔物を倒したのはアレイスであることは確定。下層へ行くための障害を払ったと考えるのが妥当だろう」
「そうね」
ナディも同意する。
「策略の一つはあるだろうと私達が警戒するのは当然だけど、何もかも疑って掛かるのもどうかと思うわ……で、肝心のアレイスがいないけれど、まだ下層かしら?」
「たぶんそうだろうな……先日の調査で来たのはここまでで、ここから先は未知の領域になるのだが……覚悟はできているか?」
「無論よ」
ナディがいち早く応じると共に、シェリスやイーフィスなども首肯する。それにより雪斗はリュシールへ「先へ進む」と指示を出し、彼女もまたそれに従った。
ただし無論、第三層の安全を確保してからになる――よって探索を続け、遭遇した瀕死の魔物以外に何もいないとわかると、階段まで移動する。
「リュシール、結界を」
「わかったわ」
作業を開始する。それを眺めながら雪斗は、仲間達へ言及した。
「現状、特に障害もなく進めているけど……ここから先にアレイスが待っている危険性は十二分にある。よって今から対策を考えておきたいんだけど」
「数で勝っている以上、できれば広いところで戦いたいわよね」
ナディの言葉に雪斗は首肯しながらも、否定の言葉で応じる。
「いや、むしろ狭い場所で包囲されないようにしながら戦うとか、そういうやり方の方がいいかもしれないぞ……と、そろそろか」
リュシールの作業が終わる。ひとまず結界に問題はない。
「先へ進もう……リュシール、第四層の状況はわかるか?」
「やっぱり気配が薄いわね。とはいえ三層ほどのものではなく、魔物との交戦は避けられそうにないわ」
「……ま、ここまで戦いもなく無事に来れたことが奇跡だと思うことにしよう。それで下りるわけだけど……リュシール、アレイスの気配は?」
「いるのは間違いないけれど、どこにいるのかまでは距離もあってわかりづらいからね。もう少し近づけば……と思いたいところだけど、下層にいるとしたら補足するのは同じフロア同士になってからでしょうね」
迷宮は下へ行けばいくほど魔力が濃密になり、索敵などが難しくなる。魔物を迎撃すれば多少はマシになるが、現状雪斗達が率先して倒すべきなのかは――
「……ともあれ、下だ。リュシール、アレイスの居所を監視するのと、周囲の確認をよろしく頼む。それとディルも同じように。何か感じたのなら報告を」
『わかった』
頭の中で声が聞こえると、雪斗は階段を進むよう号令を掛ける。全員で下り、辿り着いたのは代わり映えのしない場所ではあったのだが、これまでと異なり魔力を強く感じ取ることができた。