異世界への転移
昼休みを告げるチャイムが鳴り終わると、先生が教室を後にして生徒達がワイワイと騒ぎ始める。期末テストが終わりもうすぐ冬休みに入る――そんな時期になり、生徒の声は自然と明るいものになっていた。
生徒達は思い思いの話題で盛り上がる――そうした中で一人、誰とも喋らずに黙々と昼食の準備をする男子生徒が窓際に一人。
「……なんだかなあ」
ポツリと呟いた彼の言葉を誰かが耳にすることもない――平々凡々な、没個性的な見た目の彼。
名は瀬上雪斗。二年に進級したと同時に現在通う高校に転校してきたのだが――半年以上経過しても、クラスメイトとまともに話したことがなかった。
もしかすると視界にすら入っていないのではないか――雪斗の中にそんな感想が浮かんでくる。理由は黒板に書かれた内容。期末テストが終わり、本日の四限目は授業ではなく学級活動に関する内容。来週行われる冬休み前の球技大会について。
このクラスはどうやら学校行事に対して張り切るのか、運動会や文化祭、果ては夏休み前の球技大会でも全力で取り組み、絶対に優勝するという強い意志があった。
そんな今回の球技大会のスローガンは『結束』。クラス全員が一丸となって、学年優勝をもぎ取る――そうクラス委員は主張し、彼以外の面々は賛同した。
そして黒板には誰がどの球技に参加するのかが書かれているのだが――雪斗の名前はどこにも記載されていなかった。手を挙げるのをためらっている間にメンバーがドンドン決まっていき、最終的に雪斗の名前がない黒板が完成した。
せめて先生が気付いてくれれば目はあったのかもしれないが、結局口に挟むことはなく、晴れて雪斗は「何も参加しない」ということが決定した。
「とうとう誰にも気付かれなくなったか……」
苦笑した後、コンビニで買ってきたパンを食べ始めた。
――運動会などでは一応役割は与えられたが、成績が芳しくなかったのか何かを言われたことはなく、とうとう二学期最後になって名前に乗らなくても気付かれないようになってしまった。
指摘すれば良かったのかもしれないが、結束しようと呼び掛け沸き上がるクラスメイトを見て、結局水を差すことはできなかったし、そんなことを言ったら空気が凍っていたたまれない気持ちになる。
(邪険に扱われていないだけマシと思うことにしよう……大会の間は学校隅のベンチにでも避難してやり過ごすか)
残り三ヶ月とちょっと。進級してマシになるのかわからないが、雪斗としては波風立てないようにする――それが最良の選択だと思った。
振り返れば、最初からつまづいた。転校したタイミングが進級した時だったので教壇に立って自己紹介するような場面もなかった。よってそもそも転校生だと知らない人間だっているだろう。
知り合いがいないことも孤立するのに一役買った。結果として転校初日から挽回できず、とうとう冬休み前に到達してしまった。
(ま……それでもいいか)
不幸中の幸いかイジメとかには発展していない――いないものと扱われているので当然かもしれないが。
それでも上手く立ち回ることができれば、巻き返せるのかもしれないが――これでいいと雪斗は自分自身に納得させた。
(きっと、無意識のうちに壁を作っているのかもしれないな)
そんな風に思うのは、雪斗が転校前に遭遇した出来事に関係している。
信じてもらうことなど決してない――いや、語っても頭がおかしいと思われても仕方のない内容。
けれど、雪斗はそうした事態に直面した。その出来事によって、壁を作っているのかもしれない――
ふいに雪斗の近くでアハハ、と笑い声が聞こえた。雪斗の少し前の席で机を囲み弁当を食べる女子生徒が数人いる――このクラスで雪斗の名前を憶えている人間はいないかもしれないが、彼はクラスメイトの名前を全員憶えている。
その中で、雪斗が会話をしたことのある人物もいた。名は八戸翠芭。この学校で孤立している雪斗の耳にその名が入ってくるくらいに、男女に人気のある生徒だった。
やや色素の薄い肩まで伸びる髪はサラサラで会話の端々で笑う度に少しだけ揺れる。その顔つきも容姿端麗の一言で、性格だっていいとくれば男子が口を揃えて名を口にするのも納得がいく。
それこそ、声を掛けられたら羨ましがられるほどの高嶺の花――ではなぜ雪斗が会話をしたことがあるのかというと、単に彼女がクラス委員なので、事務的なことで喋っただけだ。
もっとも雪斗にとっては数少ないクラスメイトとの会話――悲しい話だが。
視線を別所へ移そうとした時、彼女へ話し掛ける男子生徒が――生徒会副会長の陣馬貴臣だ。成績優秀者で眼鏡の似合う秀才。柔和な笑みが嫌味なく似合い、八戸翠芭と並んでも遜色ないような人物。
そんな両者は真面目な顔でいくらか会話を行う。生徒会から何か連絡が回ってきて、それをクラス委員の彼女に伝えている、といったところだろうか。
(そういえば、彼と会話したことはないな……まあ生徒会に所属している人なんて、特に関わりもないか)
雪斗は小さくあくびをする。食事を終えて眠気も襲ってきたので、机に突っ伏して眠ることにする。
腕を枕にして、視界が暗闇に覆われる。冬の寒い一日ではあったが今日は日差しもあるため、窓から差し込む太陽光が雪斗の全身に注ぎ、眠気を促進させる。
そうして目をつむり、あっという間に意識が遠のいていく――いつも眠った後はチャイムが鳴るまで目覚めることはなかった。
けれど今日は違った。ふいに雪斗は体の奥が熱を帯びるのを自覚する。
それは過去経験したことのあるもの。それに気付くと同時に目を開き顔を上げた。気付けば昼休みも終わりが近づき、直後に予鈴が鳴る。
雪斗のクラスメイトが教室の中へと入り、着席していく。次は学級活動ではなく普通の授業で、昼食終わりということで誰もが眠たそうな目をしている。
そんな中で雪斗は逆に覚醒していた。先ほどの感覚――次いで床に目を落とす。
直後、違和感を覚えた。
(これは――)
内心驚愕した矢先、クラスメイトが全員着席して待つだけの態勢に入った。そこで雪斗は声を上げそうになる。まずい、これは――
予感は的中する。突如、教室の床が――輝き始めた。
「え……?」
「何だ!?」
クラスメイトが口々に声を発する。そうした中で事態を察したのは、雪斗ただ一人。
けれど、何もすることができないまま――視界が白い光に包まれた。