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focus on 作者:篠崎春菜
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019 息苦しさ feat.杜和

夜が寒くなってきたなあと、私は窓を閉めた。布団の中に潜り込んで考えることは、いつも同じ。簡単に、この足りない頭を占める君のこと。笑顔を見ると、声を聞くと、手に触れると浮かぶあの感情は、なんとなく、首を絞められるような苦しさに似ていた。</p>
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 夜が寒くなってきたなあと、私は窓を閉めた。まだ、手足の先がツンとなるほどじゃない寒さを、厚めのパジャマで防いでいる。日が落ちるのはどんどん早く、風が強いと肩が強張るようになった。ああ、冬が近づいている、とブランケットを膝にかける。お風呂で温まったはずの体は、もうそのぬくもりを忘れていた。
 夜のつまらないテレビ番組を見ながら、時計をチラチラと気にしている。落ち着かない気持ちだ。今だけではない。いつもそうなのだ。
 ピロン、と音が鳴る。届いたメッセージに、焦りすぎないように返事を返す。『お疲れ様!』と自然に見える言葉と裏腹に不自然な私の心を自覚する。

 付き合いたての頃はマメだった連絡が、今はそうじゃない。おはようも、いってらっしゃいも、お疲れ様も、おかえりも、おやすみも言いたいと思っているのは私だけなのだろうか。きっと、そうなのだろう。
 隣にいるのが当たり前と言えるほど、まだ分かり合えていない。私と彼は恋人という不安定で不確かな距離にいるのだと、痛いほどに感じることがある。話していれば、遊んでいれば、はしゃいで笑って楽しいのだ。けれど、どこか違和感があって。会話するときに未だ間に横たわる緊張も、いまいち弾まない会話も、居心地の悪い沈黙も、友達と話すときの安心感にほっと胸をなでおろすことも、二人の間に小さな歪として生まれ、存在感を増していく。どこか、よそよそしい。取り繕うような、自然じゃないような、そんな違和感が気持ちの悪い淀みになっている。
 日に日に不安は大きくなって、目に見えるつながりを確認しなければどうしようもない日が時折、訪れる。今日はそんな日だった。

『今何してる?』

 打ち込んだ吹き出しの文字は、私の精一杯だ。こんなことを聞いて、鬱陶しくないだろうか。大した用事もないのに声が聴きたい、話したいなんて、面倒だろうか。
 中々返ってこない返事は、私の不安を裏付けているような気がした。立ち上がり、温かいお茶を淹れて一息つく。不安に締め付けられている心臓を、正常に戻そうと、冷静になろうと、努力をする。虚しい努力だ。深呼吸をして楽になった気がしても、鷲掴みされた心臓を制御しているのは私の意志じゃない。

 ピロン。待っていた音が鳴る。

『友達と飲んでる』

 彼も、友達と居る方が自然なのだろう。私がそうであるように。気が楽で、落ち着けて、安定できるのだろう。わかってしまうから、寂しいのだ。だって、そういうときの彼は絶対に、私のことなんて忘れているのだろうから。

『そっか。楽しんでね!』

 そんな聞き分けのいい言葉を返して、友達にメッセージを送る。彼には中々送れない、他愛もない会話を。

 付き合い始めた頃からずっとずっと、彼を頭の中から追い出せる時間の少なさに悩んでいる。自分が自分を苦しめているのを知っている。勝手に窮屈になって、勝手に苦しくなっている。
 彼の特別になりたい。恋人なんて、そんなようなものだ。特別になりたいと思わなければ、友達だっていいのだから。彼が一番自然で居られる相手が、気が楽で、落ち着けて、安定できる相手が、私であってほしいと思った。けれど、遠い話だ。私自身にとって彼がそうじゃないのに、どうして彼が落ち着けると言うのだろう。声が聴きたいなんてわがまますら言えない私が、何をどうできるというのだろう。どうしようもなさに、やるせなさに、眉が寄る。
 独りよがりな気も、している。特別になりたいだなんて、結局は自分のことしか考えていないんじゃないかと、思うときがある。本当に彼が好きで、彼のためを思って、安心させたいだの癒したいだのと、言えるのだろうか。与えたいなどと、どの口が言うのだろうかと。



 目が覚めたとき、床の硬さにここはベッドの上じゃないと気付いて、リビングで寝落ちてしまったのだと思うと溜息が出た。最近、なんだかそういうことが多い気がする。時刻は午前一時。変な時間に寝てしまったけれど、この後寝なおせるだろうか。ゆっくりと瞬きをして、つけたままだった電気の明るさに目を慣らす。のそのそと起き上がり、近くに転がっていたスマートフォンを手に取った。

『楽しかった!』

 そう、一時間前にメッセージが入っていた。なんと返せばいいのだろうか。楽しんで、と言ったのは私なのに、よかったね、と思う反面、なんだか暗く重い気持ちだ。うまく、寄り添えない。明るい感じのスタンプを選んで送り、『おやすみ』と一言添える。精一杯だ。今も、さっきも。
 同じく入っていた友人からのメッセージに会話の続きを返し、『寝落ちてた』と一言添えると、まだ起きていた彼女からは『風邪ひくぞ!』と気楽な返事が返ってくる。何気ない会話を何の気兼ねもせずにするというのが、彼女相手にはこんなにも簡単なのに、彼相手にはこんなにも難しい。
 そういえば歯磨きもまだだった、と洗面所に向かった。冬が近づきだした洗面所は流石に寒い。ぶるっと身震いして、しゃこしゃこと歯を磨きながら何気なく鏡を見ると、情けない顔をした自分が自分を見ている。それに、顔を顰める。

「ぶっさいく……」

 酷い顔だ。私はこんな顔を、彼にも見せているのだろうか。こんなにもままならないことが、あるだろうか。

 いつも笑っていたい、楽しくありたい、安心を与えたい、落ち着くと言ってもらえるような人でありたい、寂しいのは苦手だ、イライラなんてしたくない、怒りたくない、口うるさくなんてなりたくない、彼が楽しいことを喜びたい、尊重したい、大切にしたい、一緒に居たい、分かち合いたい、支えあいたい、幸せにしたい、幸せに、なりたい。

 感情が押し寄せる。目頭が熱くなる。ああ、情けない情けない情けない! 心が疲れていくのを、感じている。上手くいかないことばかりで、心が折れそうになる時がある。そしてそれは、確実に増えていっている。
 歯磨きを終え、布団にもぐりこむ。真っ暗な部屋の中、誰にも知られずに目から溢れるものは、もう限界だという合図だろうか。
 スマートフォンの画面が明るく光る。

『風呂入ってた! おやすみー』

 返事一つで一喜一憂できる。嬉しいときは、思い出せる。好きな人の恋人で居られて、幸せなはずの現状を。けれど、不安でどうしようもなくなって、よく取りこぼしてしまうのだ。楽しかった思い出を拾い集めて、自分の気持ちを再確認する。限界を見て見ぬふりをして。

 足りない頭がパンクしそうなほど、彼のことを考える。思い出す。重く重く重くなっていく、自分の感情の理不尽さを。どうしても手放したくなくて、縛り付けてしまいたくなるほどの感情を。抜け出せないような深い森の中に居るような感覚に陥る。そして、好きなのに、好きだから、と前にも後ろにも進めなくなるのだ。
 どんどんどんどん、食いつぶされていく自分自身を、感じている。きっともう、純粋に好きだなんて言えるような気持ちではないのだろう。

 笑顔を見ると、声を聞くと、手に触れると浮かぶあの感情は、なんとなく、首を絞められるような苦しさに似ていた。
 ぎゅっと、布団を身体に寄せる。それでも、その苦しみを手放したくないほどに、好きなのだ。無様に、情けなく、すきなのだ。
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