傷心の果てに
「醜ければ良かったですよ。醜い心ならば長生き出来たのだから」と精神病の客は苦笑いしてからホスト亭主に言った。
拒食症を併発し酷くやせ細った中年の女性客が袖をめくり上げ、リスカで傷付いた己の手首をホスト亭主に見せて来て言った。
「旦那が投身自殺してから、この癖が抜けなくなっちゃって。私、旦那に随分と酷い仕打ちをしていたのだろうなと、そう考えると、手首切るのが癖になって、その自虐趣味と言うか、それが旦那の苦しみを分かってやる唯一の手立てだと思うわけですが、貴方はどう思います?」
精神を酷く病んでいる客を前にしてホスト亭主が言葉を慎重に選びながら言った。
「でも死んだ旦那さんが苦しんだのは貴女だけのせいではないでしょう。違いますか?」
めくった袖を戻し、客が言った。
「ここで初めて告白しますが、私は旦那を生命保険にいれて、徐々にいたぶり虐め抜き、生殺しにしてから、保険金目当てに投身自殺に追い込んだのだけれども、人の心なんか分からないと言うか実際問題旦那が死んでみると、心にボッカリと穴が開いたと言うか、寂しくて寂しくて、いたたまれなくなり、入って来た億に上る保険金も、そんな寂しさに吸い込まれるようにホスト狂いして使っちゃって、気が付いてみたら、私も旦那と同じように精神病になっちゃって、その精神病に食われるように私お金を湯水のように使って、それが旦那への罪滅ぼしと言うか、この保険金を使い切ったら私も死のうかなと、そんな風に考えているのだけれども、貴方どう思いますか?」
ホスト亭主がスタンスを置くように言った。
「貴女は自分を醜いエゴ剥き出しの強欲だけの女だと思っていたのだけれども、実際は清く優しい心の持ち主だったのですね」
客が苦笑いしてから言った。
「醜ければ良かったですよ。醜い心ならば長生き出来たのだから」