第9話 he arrest
それは、突然に。
教室の外から、パトカーのサイレンが鳴り響いてくる。
それは、3時間目の社会の授業中のことであった。黒板に事項を書いていた富岡先生は、窓の方を見た。生徒達も、我先にと立ち上がり、窓の方へ集まる。
パトカー。パトカー。パトカー。運動場を埋め尽くすパトカー。
「一体、何があったの!」
羽生が叫ぶ。
「みなさん、席に座りなさい」
富岡先生が教壇から一喝するが、生徒達は窓に釘付けになっていた。
パトカーから、たくさんの警官が出てくる。警官は、こちら、下、1階へ入ってくる。
「警察だ!」
生徒達は、騒ぎだした。
「静かにしなさい!」
どんと、富岡先生は教壇を強く叩いた。しかし生徒達は、それを無視して窓の外ばかり眺めていた。
警官たちは、一直線、保健室の中へ入ってきた。
警官たちは、保健室の中に、二人の人影を認めた。
まだ春なのに半そでの、小太りのおじさんが一人の少年を指さしていた。その少年の服は、ほとんど真っ赤であった。
「逮捕する」
警官たちは、一斉に言った。警官たちは、その人の両腕に手錠をはめる。
「殺人未遂容疑で緊急逮捕する」
警官たちはそう言い、その人を引っ張る。
「ちょっと待ってください!殺したのはあの少年ですよ!」
と、わめく一人の小太りの男を。
「君、大丈夫?」
ぼんやりしていた治に、警官が一人、声をかけた。
「あ…いや、大丈夫です。それより、先生が……」
治は、真っ青な顔をして目をつぶり、後ろを指差す。悲惨にも、保健の先生は体中を全身血まみれにしていた。
「コメディー的描写をしてどうするんですか!殺したのはあっちですよ!あの少年ですよ!」
山崎は、警官たちに対して、何度も大きな声でわめいていた。
「やれやれ……」
富岡先生は、はあっとため息をつく。生徒達はみんな、窓の外を眺めていた。
「みんな、もうちょっと授業に集中できないのか?」
富岡先生は、ぼやいた。
『こちら放送室』
チャイムから放送が始まった。生徒達は驚き、教室前のチャイムを向く。このパトカーについての説明なのか、と誰もが思っていた。
『6年2組の五島君は、一人で至急放送室に来てください。繰り返します。6年2組の五島君は、一人で至急放送室に来てください』
チャイムでここまで流れると、生徒達は一斉に、五島君に視線を移す。
「五島君、早く行きなさい。」
羽生がそう促すと、五島はうなずき、走るようにして教室を出る。
教室には、ほとんどの生徒達が窓の所へ集まっていたが、一人、席に座ったままの生徒がいた。長谷川玲子。長谷川は、五島が教室を出ると静かに立ち上がり、ぼそりと言った。
「うるさい」
一方、保健室では、警官たちがすでに状況検分を始めていた。治は、保健室から出され、保健室の隣の小会議室で警官から事情徴収を受けていた。
「で……、君は殺害の瞬間を見ていないわけですね?」
警官の質問に、治ははっきりと答える。
「はい」
「そうですか」
警官は、手元にもっている資料を元に、治に次の質問をする。
「あの時の事を詳しく教えていただけませんか?」
「はい」
治はそう言い、一呼吸をする。
「俺は、教室で怪我をしてからずっと気絶していて、保健室で目が覚めるまで全く覚えていません」
「何か分かることは?」
「あのおじさんの名前が、山崎ということだけです」
「そうですか……」
警官ははあっとため息をつく。
「一人が、殺された……」
警官がそうぼやくと、治は警官に尋ねる。
「一人?」
「はい、一人です」
「二人じゃないんですか?」
「はい?」
警官は、びっくりした。
「山崎さんが、校長先生も殺されたと言っていたのですが……」
「はぁ?しかし現場からは、綾崎先生以外は見つかっていません」
「でも、山崎さんは本当にそう言っていたんです」
「……そうですか、それではちょっと連絡してみます。君はここで待っててください」
警官は立ち上がると、静かに小会議室を出る。閉まるドアを見て、治は、上を見上げる。白。真っ白の天井。
「何でこんなことに……」
それから、治は、再度、はあっとため息をついた。
「ううっ……」
血。その部屋は、真っ赤に染まっていた。
「君が……なぜ」
一人の警官は、うつぶせになっていた。その警官の前に、先ほど治と向きあった警官は、立っていた。ここは小会議室のまた隣にある、倉庫。倉庫といっても収納するものはなく、空っぽそのものであった。
「うう……」
「申し訳ございません、上司」
その警官は、倒れている警官の背中に、右足を乗せる。
「しかし」
警官はそう言い、先ほど一度腹に刺した、先が真っ赤のナイフを、背中に落とす。
血は、出た。飛び出た。
「ふふ……」
警官は、死んだ上司を見下ろし、それからポケットから携帯を取り出し、電話する。
「ヘファイストス様、マニフェクト通り伊代隆を殺害いたしました」
給食も終え、昼休みになった。
校内での混乱を避けるべく校長先生の意思でこの件の校内放送は「保健室に警官が重要書類を忘れ、現在捜索中」とだけごまかしていたため、生徒達はそ知らぬ顔で、保健室周辺が閉鎖されている以外は通常の校内生活を送っていた。
「ハルちゃん」
トイレを出たハルスを、檸檬が呼び止める。
「檸檬ちゃん」
ハルスはにっこりとした顔をする。
「で、いつこっちに来るの?」
檸檬が尋ねると、ハルスはうつむく。
「そうね……」
檸檬はそんなハルスを見て、ため息をつく。
「もういいや、自分で決めなよ」
「でも」
ハルスは、顔を上げる。檸檬は、黙ってほほ笑む。
「ねえねえ、これ、知ってる?」
いきなり廊下の奥から、一人の少女が走ってきた。そのかけ声がうるさくて、ハルスは後ろを向く。
一方、その少女は、離し相手ができたのが嬉しかったとみて、さっきよりも大きな声でハルスに言う。
「ねえ、保健室で殺人事件が起きたんだって!」
「えっ?」
ハルスと檸檬は、眼を丸くする。その少女、朝風は続ける。
「しかも、治君が重要参考人として取り調べを受けているんだって」
「えっ?」
眼を丸くするハルスに対し、檸檬は朝風の両肩をつかみ、前後に揺さぶる。
「ねえ、それ、本当なの!?」
朝風はうなずくが、檸檬が揺さぶる幅があまりに大きく、激しかったため、檸檬はそれには気付かなかった。
「本当なの!?」
朝風は、再びうなずく。
「ねえ、何か言ってよ!」
「うん」
朝風が声を出して初めて、檸檬は朝風が先ほどから何度もうなずいているのに気付いた。
「……行くわよ」
檸檬が言うと、ハルスもうなずく。
「で、いつ終わるのですか?」
警官が小会議室に戻ると、治はしれったそうに返す。
「大丈夫ですよ」
その警官はにこっとして、治に語りかける。
「終わりです」
「あっ、ありがとうございます」
治は立ち上がり、礼をする。
「いや……本来礼を言うべきは私ですから」
警官は笑いながら訂正する。
「そうですか、それはすみませんでした」
「出る前に、その真っ赤の服ではまずいので、この服に着替えてください」
警官はそう言い、治の座っているソファーとその向かいのソファーに挟まれているテーブルの引き出しから、服、その下の引き出しから、スポンを取り出す。
「これに着替えてくださいね」
「はい」
治はうなずき、服を脱ぐ。
一通り着替え終えた後、警官は治に声をかける。
「それでは、もう出てかまいませんよ」
「はい」
治はそう言い、小会議室を出る。保健室周囲を囲んでいる、「KEEP OUT 立入禁止」の黄色いラインをくくろうとした時、一人の少女に声をかけられる。
「ねえ!」
ハルスだった。
「ハルス?」
治は驚いた顔で、ハルスの顔をまじまじと見つめていた。