飴の日
午前中だと言うのに黒く濁った雲。そこから降る雨。そんな天気の中、彼女は雨が嫌いだというのに傘を差して家を出た。ここ最近梅雨入りしてからというもの、連日雨が続いていた。彼女は家で過ごしていたかったのに突然仲の良い男友達からメッセージが送られてきたのだ、今から会おうと。仕方なく彼女は気だるそうに服を着替えたりして準備をすると、家を出た。約束の場所に着くと彼はすでにそこで傘を差しながらケータイを見つめて待っていた。
「やあ、待たせてごめんね?」
彼女がそう言って顔を覗き込むと、彼は弾かれたように顔をあげた。
「いや、全然待ってないから大丈夫だよ!」
そういう彼の声は長いこと待っていたはずなのにどこか嬉しそうな声だった。
「ところでこんな雨の日に呼び出してどこに連れてく気なの?」
「いや、気分転換になれば良いなと思ってさ。どうせ家にこもるんだろ?お前。」
「まあそうだけどさ」
わざわざ呼び出さなくても電話でもすれば良いじゃないか、と彼女は思った。ただわざわざ誘ってくれたからそこで否定する訳にはいけない。仕方なくその感情を抑えつつ歩きだした。
「雨、やだなあ…」
しばらく道を歩いていると、彼女は突然そんなことを言い出した。
「なんで?」
「ジメジメしてるし、濡れるし、空は暗いし…それに灰色一色でなんだかつまらないもん。雨が飴になればいいのになあ、カラフルな可愛い飴。」
「飴かぁ…」
ふーん、と彼は言うとちょっと待っててと言って近くにあった駄菓子屋に入っていった。
「濡れるから雨は嫌だって言ったばっかりなのに…」
不満げにそう呟くと、約束の場所で待っていた彼のように傘を差しながらあいつもこんな感じだったのかもしれない、とか思った。
「お待たせ〜」
「遅いよ…」
彼はごめんごめん、と申し訳なさそうに店から出る。その手には昔懐かしい飴玉の入った缶を持っていた。
「なにそれ、飴?」
「うん、そう。食べる?」
蓋を開けるとその缶を彼女の方に差し出した。
「うん、食べる」
傘を落とさないように注意しながら缶をカラコロと振って飴玉を一つ取り出した。
「あ…蜜柑味だ」
中から出てきたのは綺麗なオレンジ色をした蜜柑味の飴玉だった。
「欲しい味出すの難しいなあ…」
飴玉を口に入れようとすると彼がちょっと待って、と言ってそれを奪った。
「何味が欲しいの?」
と自分の口に飴玉を入れると缶を持って聞く。
「苺…かな」
「俺が出してやるよ」
そう言って彼もカラコロと缶を振ると、出てきたのは綺麗な桃色の飴玉。
「すご…苺味出てきたね」
「コツがあるんだよ」
そう言って彼は笑って彼女の口に飴玉を入れた。
「雨ってさ」
「うん?」
「灰色じゃなくて透明なんだよ。だからいろんな色になれるんだよ。それこそこの飴みたいにさ。だからお前がピンクの雨がいいな、と思ったらなにかピンクの物探してみなよ。雨がピンクになるから。だからたまには雨の日でも外に出てみな?結構雨もいいもんだから」
そう言って彼は飴の缶を彼女にあげるとにっこりと笑った。
「今日はいきなり呼び出してごめんな」
「ううん」
まだまだ降りしきる雨の中、2人は彼女の家の前にいた。
「…あのさ」
「うん」
「案外、雨もいいかもね」
そう言って彼女は笑った。
「だろ?」
また一緒に雨の日出掛けようぜ、と言うと彼は手を振りながら帰って行った。
「次の雨の日、いつかな」
彼女は黒く濁った雲を見つめながら嬉しそうに笑った。