グラスフィッシュランド
ある国に透明な人たちが暮らしていました。透明と言っても何にも見えない透明ではありません。体が透けて見える、そう、グラスフィッシュみたいな透明です。透明度が高ければ高いほど美しいと言われています。でもそれは生まれたときに決まってしまうので、いくらお風呂に入ってゴシゴシ洗ってもダメです。
内臓や骨も丸見えです。だからちょっと食べ過ぎたり飲み過ぎたりすると胃が膨張したり、肝臓の色が変わったり、姿勢が悪くて背骨が曲がっていたり、クシャミをして肋骨が骨折してしまった場合などもすぐ分かります。この国の人たちは内臓や骨の美しさにもこだわりがあるのです。
尚、この国は最近やっと他国との国交が始まりました。
***
学校の帰り道ーー
「ツバサくんっていいなぁ!」
ハルナちゃんが言いました。
「え、なんで?」
「だって透明度ちょー高すぎ!今日も体育のとき、先生にほめられたでしょ。ダンスのとき内臓が美しくゆれてますねーって!」
ハルナちゃんは口をとがらせて言いました。ツバサくんは学校でベスト3に入るほど、透き通った美しい体をしていてみんなから人気があります。でも、ツバサくんは美しいと言われるのがあまり好きではありません。
「そんなの、生まれつきだからしょうがないよ。別にいいじゃん、透明度なんて! 関係ないよ!」
ツバサくんはハルナちゃんの前を少し早足になって歩いて行きました。
「ツバサくん、なに怒ってるの? 変なのー」
やがて第三公園の前に来ました。ハルナちゃんの家はここを右に曲がります。
「じゃあね。また明日!」
ハルナちゃんが言いました。
「うん」
ツバサくんは公園をまっすぐ突っ切って家に向かって歩いていきました。
ツバサくんの家は四人家族です。お父さんとお母さんと産まれたばかりの妹がいます。家族で夜ごはんを食べているときのことです。
「ねぇ、透明度が高いってそんなにいいことなの?」
ツバサくんがぽつりと言いました。
「なんだぁー いきなりどうした?」
お父さんはツバサくんの顔をじっと見つめました。
「僕、いつも先生やクラスのみんなから透明度高くて美しいとかきれいとか言われるんだ。でも、そんなの生まれつきだし、あんまり嬉しくないっていうかイヤなんだ」
「そっか」
お父さんは鶏のから揚げをおいしそうに食べながらぼそっと言いました。そしてごくっと飲み込むと喉から食道へと、から揚げが吸い込まれていくのがわかりました。
「ツバサ、お母さんは透明度が高いのはいいことだと思うわよ。内臓の健康状態がよく観察できて、お父さんのお酒の飲みすぎもすぐわかるわ」
「うぷっっ!!」
お父さんはお味噌汁を噴き出しそうになりました。
「でも、それでその人の価値が決まるとは思わないわ。うーん、偉いとかすごいとか……そういうのとは違うと思う」
「そうだな。ツバサは家族の中でいちばん透明度が高いから、ま、自慢の息子と言えばそうなんだが……でもたぶん透明度が低くてもツバサは自慢の息子だよ」
そう言ってお父さんはトマトをパクっと食べました。お父さんの喉をスルッとトマトが通り抜けてほんのりピンクになりました。お母さんはぐずりだした妹のメルを抱き上げて言いました。
「メルは家族の中で透明度が一番低いけどこんなにカワイイもの、ねっ!」
それから二週間ほどたったある日のこと、ツバサくんのクラスに転校生がやってきました。先生の後ろに隠れるようにその子は教室に入ってきました。
「今日はみんなに新しいお友達を紹介します。ぺロスくんです」
担任の先生の後ろから、ぬくっとのぞいたその顔をみて、クラス中がどよめきました。
ぺロスくんの顔は透明ではなかったのです。それどころか、真っ黒な色をしていました。
「ぺロスです。よろしくお願いします」
ぺロスくんは下を向いて小さな声で言いました。
「みんな、仲良くしてあげて下さいね」
先生はそれだけ言うと、ぺロスくんを窓際の一番うしろの席に座らせました。実は先生もとても戸惑っていたのです。無理もありません。この国には純度は違うにしろ透明な人しかいないのです。
休み時間になりました。クラスのみんなの視線がぺロスくんに集まります。
「なんであんなに黒いのかな?」
「なんか塗ってるんじゃね?」
「どこに目があるのかわかんないよね」
「体も真っ黒なのかな?」
みんながひそひそと話していると、ツバサくんがぺロスくんの席に近づいていきました。
「僕、ツバサ。ぺロスくん、よろしく!」
「あ、よろしく……」
ツバサくんがにこっと笑ったのをみてぺロスくんも笑いました。真っ白に輝く歯が見えました。
それから二人は仲良くなり毎日、遊ぶようになりました。でもツバサくん以外は誰もペロスくんに近寄る人はいませんでした。ある日の昼休み、ペロスくんがトイレに行ったのを見計らって、ハルナちゃんがすごい勢いでツバサくんの手を引っ張りました。
「ちょっと来て!」
「え、何だよ?」
「いいから!」
二人は校舎と体育館の間にある中庭の通称ひょうたん池の前に来ていました。形がひょうたんみたいなのでそう呼ばれています。池の中では赤と白のぶち模様のコイがゆっくり泳いでいます。
「ペロスくんってみんなになんて呼ばれてるか知ってる?」
ハルナちゃんは池をじっと見つめて言いました。
「え? 知らないけど」
「……みんな言ってる、黒いアクマって」
ツバサくんの顔が一気にこわばりました。
「いつも一緒にいるツバサくんもそのうち真っ黒になって死んじゃうって」
ハルナちゃんの目が潤んできました。
「何でだよ。何で、何でそんなこと言うんだよ……」
ツバサくんは拳を握りしめ小刻みに震えています。
「だって、ぺロスくん透明じゃないんだよ! 何にも見えないじゃん! 血管も骨も内臓も……それって怖いよ」
ハルナちゃんは今にも泣きそうです。
「見えなくちゃいけないの? ぺロスくんはサッカーが上手いんだ。優しいんだ。よく笑うんだ。僕の友達なんだ。ひどいよ!! みんなひどい!!」
ツバサくんはそう叫ぶと走り出しました。
「ツバサくーん」
ハルナちゃんの目からぽろぽろ涙がこぼれ落ちました。
ツバサくんが走って正門の前を通り過ぎようとすると救急車が止まっていました。担任の先生に抱きかかえられて乗り込んだのは、何とぺロスくんでした。ぺロスくんはぐったりとして動きませんでした。
「ぺ、ぺロスくん!!!」
ツバサくんが駆け寄ると救急車はあっという間に走り去っていきました。
ぺロスくんは階段を滑り落ちてしまったと副担任の先生が教えてくれました。ぺロスくんの体は透明ではないので、体の中を見ることができる設備のある大きな病院で検査するそうです。その夜はツバサくんは全然眠れませんでした。とうとう朝になり、うとうとしているとお母さんが起こしにきました。
「ツバサー、いつまで寝てるの! 起きなさい!!」
ツバサくんはむくっとベッドから起き上がりました。冷たい水で顔を洗って洋服を着てランドセルを背負いました。
「いってきます……」
「はやっ! 朝ご飯は?」
「いらない!!」
一時間目の授業は体育でした。
「えー、今日の体育ですが、教室で教頭先生からお話があります。だから着替えないで静かに席に着いていて下さい!」
先生はそう言うと職員室に向かいました。
「えーマジかよー」
「お話ってなんだろう?」
教室中がガヤガヤしだしました。でもツバサくんは一人でぼーっとしています。そこへハルナちゃんが来て言いました。
「ツバサくん……えと、昨日はごめんね」
ツバサくんは相変わらず、ぼーっとしています。
「あ、別にいいよ……」
ハルナちゃんは窓際の一番後ろの席をちらっと見ました。
「ぺロスくん早く元気になるといいね!」
チャイムが鳴ってみんな席に着きました。ほどなく、教頭先生がやってきました。
「みなさん、おはようございます!」
「おはようございます!」
教頭先生はニコニコしながら言いました。
「今日はみなさんに見せたいものがあります」
教頭先生はそう言うと大きな水色の封筒の中から数枚の大きな写真を取り出し、みんなに見せてくれました。
「わぁー骨だぁ! 内臓だぁ!」
「きれい!!」
「なんかピカピカしてる」
みんな口々に言いました。
「そうですね。きれいですね。では、これは誰の骨や内臓かわかりますか?」
教頭先生がみんなに聞きました。
「うーん、モデルの人かな」
「俳優とか?」
教頭先生は大きな声で言いました。
「これはね、ぺロスくんの体の中です」
「えーー!!」
「信じられない!!」
みんな驚きの声をあげました。
ツバサくんはギクッとして心配そうに教頭先生に聞きました。
「ぺロスくん大丈夫なんですか??」
教頭先生はツバサくんの方を見て大きくうなずきました。
「みなさん、聞いて下さい。昨日ぺロスくんは階段から落ちて強く体を床に打ち付けてしまいました。特別な機械で体の中を写しました。でもこのようにとてもきれいで、骨折もありませんでした。軽い打撲だそうです。安心して下さい」
ツバサくんはほっとして、横を向くとハルナちゃんと目があったので思わずVサインをしました。
教頭先生は話を続けました。
「ぺロスくんはみなさんと違って、透明ではありません。この国ではみんなが透明だから、はじめはぺロスくんを見て驚くでしょう。先生も最初はびっくりしました。でもぺロスくんもみなさんと同じように内臓も骨もあります。この国は今まで外国と仲良くすることができませんでした。でもやっと最近そのトビラが開かれました。これからこの国はどんどん変わっていくでしょう。だから、みなさんにも考えてほしいのです。透明だからイイとか透明じゃないからダメだとか、見た目だけで答えを決めてしまっていいのか。先生は思います。本当に大切なものって言うのは見えないところにあるのかもしれない。たとえどんなに透明でもそれは見えない」
一か月後ーー
教室にぺロスくんの笑い声が聞こえます。まわりには、もちろんツバサくん、ハルナちゃん、そのほかにも大勢。昨日のテレビ『とうめいウォッチ2』の話題で盛り上がっています。みんなが笑っていました。
「さぁー、みんな席に着いて下さい! 今日は転校生を紹介します。なんと二人ですよ」
先生の後ろからふたつの顔がのぞきました。一人は雪のように真っ白な顔の女の子です。青いくりっとした瞳をしていました。
「ルーラです。みんな仲良くしてね~」
もう一人は黄色っぽい顔で眼鏡をかけている男の子です。
「ア、アツシです。みなさま、どうぞよろしくお願いいたしますデス」
「では、みんな仲良くしてあげて下さいね!」
「はーい!!」