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―エピソードゼロ― 前篇

 七月七日金曜日。

七夕。今日はよく空が見える。久しぶりに見上げる夜空にまったく星がないのは残念だけれど。

夏の星座も天の川も何もない。最後に見た空は僅かながら星の輝きを残していた筈なのに。

けれど今はもう、漠然とした無窮の闇だけが広がっていた。

ああ、その時が近いのだな。老いて擦り切れてしまった僕の心はもう何も感じないけれど人類は無事だろうか?当時から観測され始めていた天体の消滅は、それを認識した人々の心を徐々に蝕んでいたから。

この地球に閉じ込められるという奇妙な恐怖症。閉塞感から引き起こされるため閉所恐怖症に似た症状ではあったが、満員電車や核磁気共鳴画像法と違い理解され難く、また症例の少なさから原因不明のまま治療法も確立されず、発症した人間は過剰な恐怖にストレスを抱えて死んでいった。

もっとも天体消滅と、この難病を結びつけて考えていたのは僕の友人ただ一人だけだったけど。今、彼はどこで何をしているのだろう?現代科学をもってしても原因究明はおろか、解決の糸口すらつかめなかった二つの事にいち早く気付き、人類の滅亡を予言して、解決のために活動していた彼は今もどこかで戦っているのだろうか。

「今晩は。好い夜ですね」

唐突に声を掛けられて思わず立ち止まる。真夜中の雑木林を歩いているのでなければ何の事はないが、さすがに驚いた。相変わらず趣味が悪いというか意地悪な人だ。

元々彼に会うために出歩いていたのだから心構えは出来ていた積りだったのだけど。こんな事ではまともに彼と話すことすらままならない。

今夜の皇居東御苑二の丸の雑木林の闇は濃い。月明かりも星明かりも無いとはいえ、ここまで街の灯りは届いている。それでも彼がどこにいるか判らない。

五感は正常に働いているはずなのに、幽かな光すらない暗闇に囚われているような錯覚に陥ってしまいそうだ。どこに話しかけていいか判らないが堂々と前を向こう。そして気を引き締めよう。油断してはならない。隙を見せてはならない。彼は僕の友人だけど善人ではないのだ。

止まっていた息を深呼吸するようにゆっくりと吐いて―。

「大丈夫ですか?申し訳ありません。驚かせてしまったようで」

「いや、大丈夫。今晩は」

「本当に?この七夕の善き日に恋人の事を想わず余所事に心を砕かれていた御様子ですが?」

「僕の心はかぐやの事で満たされている。常時、思っていなくても僕の心が乱れる事はないよ」

「なるほど。卑賎の身であるわたくしには御身の心を理解することなど出来る筈もありませんでした。どうか、わたくしの浅慮をお許しください」

謝意を述べながらも彼の言葉に誠意など微塵もない。彼を言い表すには傲慢の一言に尽きる。

慇懃な言動は自分以外の全てを下等で脆弱な生き物と見下しているからこそ丁寧になっているだけ。

今も愛に係い、かぐやの為に生きる僕を理解できないと嗤っている姿が見えなくてもよく分かる。

「良いよ。それより月が空から消えたね?何時の事だ?世界は今どうなっている?外の話を聞かせてくれ」

「やはり地下に籠っていたのですね。秋津様。小言や説教などわたくしが言える立場にありませんが、僭越ながらこれだけは言わせて頂きたい。貴方はそのまま心を殺してしまうお積りですか?」

彼の真剣な言葉に僕は何も言い返せない。何を言えば良いか判らない。口を開けば肯定してしまいそうで怖い。嘘をついても冗談めかして肯定しても彼なら即座に看破してしまうだろう。読心術に優れ、言葉の裏を読む事に長けた彼には逆効果だ。ならばいっそ真情を吐露したらどうなるだろうか?僕はもう生きている事が辛いと。死にたいと言ったら彼はどうするだろうか?恐らく怒りも悲しみもせず、ただ僕に失望して二度と姿を現さなくなるに違いない。

それだけは駄目だ。彼は僕とかぐやを繋ぐ鵲。彼を失う事はかぐやとの間に残された繋がりが切れてしまう事と同じ。今かぐやを失ったら僕は―。

ああ、僕はなんて浅ましい。誇りも矜持も棄てて友を奴隷のように扱い、愛した女性に縋ることしか出来ないなんて。

「失礼致しました。悩んでおられるのですね。僕を殺してくれ、と口に出されないならまだ望みがある。かぐや様が心配していらっしゃいましたよ。地下に引き籠ってふさいでいるのではないかと。ご安心ください。わたくしは決して秋津様を見捨てません。貴方が貴方でい続ける限りわたくしは鵲として約束通り、かぐや様との橋渡しの役目を全うしましょう」

暗闇から届く悪魔の優しく包み込むような慰めの言葉。傲慢を司る彼らしい甘い毒だ。

言葉だけ取り繕って徹底的に僕を軽蔑し、扱き下ろして弱い所を突いて遊んでいる。

僕の思考パターンを網羅して言動を完璧に把握できるからこその芸当だけど、残念だね。

僕だって君の事は知っているし、それ以上に僕は僕の事を知っている。だから君がどういう風に僕を攻撃するか解るんだ。

彼に負けっぱなしって言うのは情けないだろう、かぐや?

「それにご安心ください。たとえ空から天体が消えようと、かぐや様も人類も大丈夫です。そもそも天体消滅は直接人々の生命を脅かす類の術ではありません。ただ副次的な要因までは保証しかねますが」

「それはつまり、君は既に天体消滅の原理を解明したか、君そのものが原因という事か?」

彼が二の句を継げずに沈黙する。解りやすい当たり判定。無言の肯定。自分から尋ねておいて何だが、すごい事を聞いた気がする。まあいい。言葉遊びはこの辺にして本題に入れるかな?

「御冗談を。そんな大それた事、わたくしに出来ませんよ。精々、伝書鳩の真似事程度です」

唐突に暗闇からぬっと目の前に白い封書が差し出される。相変わらずホラーだな。手紙を差し出す手と腕が黒く滲んでいてディテールがはっきりしない。何か全く別の物にさえ見える。

それに肘から先が見えているのにそれより向こう側がまったく見えない。これだけ近くにいる筈なのに気配すら感じない。恋人の橋渡しをするとは思えないほど不吉な奴だ。

「伝書鳩のまね?鵲に帰巣本能なんてあるのかい?」

適当に言葉を返して受け取ったのは、いつも通りの白い無地の封筒に黒い封蝋。そして同封された小石と、それにまかれた松の葉の手触り。ああ、かぐやの手紙だ。

「はい。ですから真似、と。鵲はカラス科です。もとより鳩とわたくしでは役割が似ているだけで違うものです。鳩は運ぶもの。わたくしは報せるもの」

なるほど。鳩は幸せを運ぶ鳥。鴉は死を報せる鳥。何度か耳にした彼の言葉だ。

「鵲。ここに来る前に人を殺してきたね?」

「分かりますか?」

彼は僕の唐突な質問に驚きもせず否定もしなかった。まあ、そうだろうね。そんなことは隠すようなことじゃない。

「ああ、いつもより饒舌だ」

彼はいつも必要最低限の事しかしてこなかった。もともと彼は会話そのものを忌んでいる節がある。それが今日は挨拶までしてきたんだ。何かあると思うのは自然なことだ。

「それに言葉にストレスが無い。そんなに楽しかったかい?」

「はい。殺人はわたくしの数少ない娯楽の一つですから」

いや、違うか。確かに彼の柔和な声は幾分か弾んでいて楽しげではあるけど、その奥底に抑圧された強いストレスがあるように感じる。饒舌なのはそのせいか。殺人によってストレスを発散し、またその殺人を行った自分に対してストレスを蓄積させる。どこまでも救われない。

「また、たくさん殺すのかい?」

「はい。わたくしはその為にここまで来ましたので」

「それで、今回は何が目的だ?」

ニィと闇の向こうで彼が嗤ったような気がした。

「―昔の友人に預けていた物を返してもらいに」

これは嘘だな。より正確には本当ではないか。いまさら彼が嘘をつく事を咎めた所で意味はないだろうし。ヒントを貰えただけでも良しとすべきか。

「それと、かぐや様のお手紙を配達に伺うのは今回が最後になるだろう。とお伝いに」

「―どういう意味だ?」

彼の言葉に今まで軽蔑されても唾を吐きかけられても動じなかった僕の心が、揺れる。凪いでいた感情が怒りに沸き立つのを感じる。

「約束を違える積りなのか!それがどう言う事か解っているんだろうね?僕がここで大人しくしているのは、全て君との契約があるからだ。それを反故にするなら―」

彼を殺そう。

本気で殺し合えば十中八九、負けるのは僕だ。昔、僕とかぐやとひのわ様の三人がかりでも敵わなかったんだ。だけど僕が形振り構わず戦えば、彼に僕を裏切った事を後悔させるぐらいは出来る筈だ。この命を使いさえすれば。

「秋津様。これは貴方とかぐや様の御二方で決められた事ですよ。わたくしはその契約に従って行動しています。お分かりですか?」

「なっ―。じゃあ、それは。かぐやは―」

「その事も含めて改めてお時間を頂けますか?わたくしも東京で仕事がありますから。ごゆっくり、お返事を認めてください。頃合いを見てこちらからご連絡差し上げますので。それでは、秋津様。くれぐれも軽挙妄動は慎み下さいますよう、よろしくお願い申し上げます」

僕の心をさんざん掻き乱して悪魔は去って行った。来た時と同じように唐突に。

本当にいなくなったのか疑いたくなるほどだ。虚無に満たされていた僕の心が久しぶりに脈打っているのを感じる。

「―かぐや」

僕はどうすれば良い?


 着信音が鳴っている。そのせいで目が覚めたらしい。とても眠い。けど音が気になって眠れない。さっきから探しているのに発信源のPDAがどこにあるか分からない。いや、実際には探していないような気がする。目を覚まして目を開けてから俺はほとんど動いていない。

最初はなぜ起きたのか分からなかった。

原因が着信音だと気づくまでかなり時間があった様な気がするのに、まだ早く取れと目の前で騒いでいる。ああ、あった。見つけてしまったので反射的に手を伸ばして耳に当てても音が大きくなっただけだった。

何故だ?顔を顰めてディスプレイに目を向けると社長と表示されていた。

「おぅ―」

ぞくりと冷たいものを感じて速やかに姿勢を正して電話に出た。

「おはよおございます」

「お早う。という時間でもないな、竜明」

PDAから子供の声が聞こえる。どうやら怒ってはいないようなので、ほっとしたらまた眠たくなってきた。

「君はまだ半分、夢の中だな?」

「あぁ―」

しっかり返事をしているつもりなのに口から出る声は言葉としては成立していない呻き声のようなものだった。頭が重い。

「おい、しっかりしろ。君が午前中は馬鹿になっているのは知っているが、いつから言葉も解らなくないほどアホになったんだ?」

「うぅ―」

分かっているなら眠らせてくれ。とは思うけど電話は切れない。本能的な何かが邪魔をしている。

「―それで?」

だったらせめて早く終わらせよう。

「仕事だ。君向きのな。先方とは今日の十三時にアポを取った。詳しい事はこっちに来てから依頼人に直接聞け」

今話せよ。嫌な予感がする。厄介事の気配だ。断りたい。

「今じゃ駄目ですか。依頼の概要だけでも」

「駄目だ。いいかい竜明。君はこの依頼を受けなければならない。社長命令だ。断ることは許されない。簡単な仕事だ。では、必ず十三時までに事務所まで来い。もし一秒でも遅れたら――殺す」

電話が切れた。本気の殺人予告をされてやっと目が少し覚めてきた。

PDAに表示されている今の時刻は十一時三十分過ぎ。俺が今住んでいるのは横浜市中区山下町のアパートだ。時間はあまり余裕がない。今後の予定を組み立てつつシャワーを浴びてから出かける用意をして近く中華街で昼食を適当に済ませ、オートバイで首都高速を使って目的の千代田区神田神保町の事務所のある五階建てのビルに到着したのは予定時刻の五分前だった。

どうにか殺されずに済みました。オートバイをビルの前の道に止めて、ヘルメットをもってエレベーターで三階へ。そのフロアの奥まった場所にある事務所が俺の勤める会社だ。

「おはようございます」

適当な挨拶をして観音開きになっているガラスの扉を開けて入るとパーティションで仕切られた簡易な応接間の向かい合った黒革のソファの奥側にブラウスを着た少女が座っていた。

高校生かな?中学生には見えないし、大学生でもないだろう。顔が強張っているのは緊張しているのか。あまりこういう場所に慣れていないのだろう。

とりあえず愛想笑いを返して社長に目を向ける。

この事務所は一応パーティションで区切られてはいるが社長のいる場所からはこのフロアにいるすべての社員の動きを見通す事が出来た。逆にいえばそういうレイアウトであり、そういう場所に社長は陣取っている事になる。威張りたい年頃なのだろう。

彼女が依頼人か?と視線で問うと、高そうなベージュの木と天板が黒い硝子のデスクに踏ん反り返ったスリーピーススーツを着た中学生くらいの小柄な子供がにやっとした。

肯定と捉えよう。ヘルメットを自分のスチール製のデスクに置きに行くとその上にアンケートシートが置いてあった。ざっと斜め読みして社長に目を向けると彼は既にタブレットPCをスタンドに立てかけコントローラを握りしめてゲームに夢中だった。

「これ、受けるんですか?」

「任せる」

おい、任せるって。電話で受けろって命令したくせに。

「断ってもいいんですね?」

「話しかけるな」

このヤロウ―。まあ予想どおりだけどね。俺の所属するこの会社というか組織の名をソサエティと言う。ある人々の相互扶助を目的に設立された組織であり、その人々と言うのが法術師の事だ。法術師と言うのも日本だけで通用する言葉で世界ではそれこそ、その地域ごとで違った呼ばれ方をしている。いわゆる魔術師や魔法使いの事だ。もちろん世間一般では認知されていない。そしてそういう人達の組織同士が争わないよう互助のため折衝を行ったり、ソサエティの社員を派遣したりするのが主だった業務である。

それにも関わらずよく個人的な問題を持ち込むアホがいるのだ。そういう社長がやってらんねーと判断したお客様相談室みたいな案件が俺に回ってくるのだ。お陰で俺は知り合いに心霊探偵なんて不名誉はなはだしい渾名で呼ばれている。

それはまあ仕方がない。俺は法術の知識はあるけど法術が使えない似非法術師なのだから。

ここで働かせて貰えているだけでも有難く思わなければならない立場にあるのだろう。だから今回のような何故か一般人が依頼を持ってこれば当然、俺に白羽の矢が立つ訳だ。

ああ、嫌だなぁ。

「お待たせしました。はじめまして神門竜明と申します」

「工藤瑞姫です」

顔に営業スマイルを張り付けて名乗ると彼女も立ち上がってお辞儀をした。

工藤さんに座るよう促して自分も対面に座るとフリフリしたエプロンドレスを着たラピスがコーヒーを置いて去って行った。彼女はまだあんな格好をしているんだ。

どうやらラピスの中で秘書とメイドがイコールで結ばれてしまったらしい。亜麻色のショートヘアにフリルのついたカチューシャまで乗せて澄ました顔で歩く藍青色の瞳の彼女の容姿は誰が見ても見惚れるほどなのに、頭の中は常人には推し量る事の出来ないカオスに満ちていた。最近はメイド服と小さな悪戯にハマっているらしい。一体何があったのだろうか?珈琲は怖くて飲めない。

「さて、お姉さんを探して欲しいとのことですが。詳しい話を聞かせていただけますか?」

気を取り直して工藤さんに向き直って言うと不機嫌そうな顔をされた。

「さっき書きましたけど?」

「はい。ですが何度も話していただく事で忘れていた事を思い出したり、細部がはっきりしたりする事もありますから。お願いできますか?」

「分かりました。昨日の朝、私が学校に行く時に姉さんが、もし自分の身に何かあったらここに行きなさいってメモを渡されたんです」

「その時のお姉さんの様子は?」

「特に変わった所は―。いつも通りだったと思いますけど」

「お姉さんの身に何かあったらって事だけど、その事で何か心当たりは?何か、警察関係みたいな危険な仕事をしているんですか?」

「いえ、何も。ただの大学生の筈ですし―」

「大学生が一日家を空けたくらいで―」

「一日以上も行方が分からないのよ!大学にも連絡した!携帯にも。電話してもメールしても連絡つかないなんて何かあったって思わない?こんなこと今まで一度も無かったのに」

「すみません。今のは失言でした。取り消します」

突然、声を荒げられて反射的に謝ってしまった。まあ今の発言は俺が悪かった。

とはいえ、そんなに心配するような事だろうか?話を聞く限り事件性は無いように思う。

これは興信所の管轄だ。大学生ならもう立派な大人だ。

家族に隠れて付き合っている彼氏がいてもおかしくはないし、一日連絡が取れなくても不自然じゃない。

昨日の今日で行動に移した彼女の行動の早さも姉思いだと思えば納得できなくはない。

問題なのは何故、何かあった時に頼るべきところをソサエティに指名したのかだ。

仮に彼女が姉を殺してしまって心配してますというパフォーマンスがしたいなら警察に行って捜索願を出すべきで、早急に人を探したいなら本職の探偵に頼るのが一般的だ。わざわざ法術師の互助組織に来る意味が分からない。

そもそも彼女のお姉さんはソサエティの事をどこで知ったんだ?

かつて法術師たちがお互いの秘術を求めて当たり前のように殺し合うような無法状態だった時代に法を布き裁き国家の代わりに統治を行ったのがソサエティという秘密結社だ。

今なお畏怖の対象として知られ、法術師の組織に属するか弟子入りするとソサエティに届け出るという事が当たり前にまかり通っている、知る人ぞ知る世界的な巨大組織だ。

とはいえこれは法術師にだけ言える事で一般人にはそれがたとえ一国の首相といえども知らない人は知らないだろう。

工藤瑞姫の姉が実は法術師だった可能性はどうか?これは無いとは言えない。世の中何が起こるか分からないと言うのは本当の事。

法術とは科学的手法によって証明されていないが歴とした科学だ。科学という知識や経験は、ある物事を調査し、結果を整理し、知見の正しさ立証することで認められる。しかし法術は現代の科学もってしてもいくら調査して結果を整理しようにも意味不明で理解不能。検証したくても実験を行っても定量性も再現性も皆無。論理的整合性という言葉を嘲笑うかのようなデタラメさ。なのに物理法則には逆らわない、というまともな神経の持ち主なら憤死しかねないような学問だった。でも確かに奇跡は存在する。奇跡と言っていいかどうかわ解らないが科学を超越した事象の存在に触れ、その一端を手にした人間が法術師と呼ばれる人種だ。そして法術師は総じて重度の秘密主義者だ。

彼らは法術が歴史的にも科学的にも世間に認められないことを知っているし、自分自身が本物であることを知っているので公表する必要性を感じていない。

だが法術師の知識欲がなくなった訳じゃない。他人の法術を奪うチャンスがあれば貪欲に貪ろうとするだろう。

ソサエティが法術を使った争いや、それに起因する犯罪を禁じているとはいえ目の届かない所は存在する。今なお法術師たちは陰で権謀術数をめぐらせていて当たり前に犯罪が横行しているせいでみんな病的に用心深い。また種々雑多な法術には共通して高度なものになればなるほど普通の人間には認識できなくなるという点がある。お陰で法術師たちは余計に自分の殻に引き籠る。もしそんな連中に偶然法術を見つけただけのビギナーの事が知られれば恰好の餌食だろう。それが彼女のお姉さんの身に起きたとしたら?それならソサエティを知っていた事と助けを求めた事の説明は付くか?

いや、無いな。いろいろ考えてみたが全部俺の妄想だ。根拠も証拠もがない。

「お姉さんが書いたメモを見せてもらっても良いですか?」

「はい―」

相変わらず怪訝そうな顔で足元の鞄から手帳を取り出してそこに挟まっていた紙片を渡してくれた。丁寧な字で本当にここの事務所の住所が書かれていた。

「ありがとう」

さて聞くべき事は聞けたかな?もう俺に出来る事は何もないだろう。

「そうだ。少し待ってもらえますか?」

良いことを思いついた。最後に実験に付き合ってもらおう。自分のデスクでラテックスの手袋を嵌めてプラスチックの容器を持ってきて中に入っている板状のガムみたいな白い布を取り出して渡した。

「舐めてもらえますか?」

「―は?」

あ、また不満ゲージが上がった。しかし気にせず続けよう。

「本来は体液である血液が理想的ですが人体が分泌する唾液でも反応するので今回はよしましょう。それはリトマスみたいなものです。人のストレスの度合いを調べるものなんです。素材はただのリンネルですから舐めても大丈夫ですよ。調査に必要ですからお願いします」

嘘だけど。本当は法術を発現する道具である、ラ・ピュセルの聖骸布と言う法具だ。人の体液に反応してその人物の法術に対する感応力を調べる事が出来る。例によって仕組みは不明だ。オリジナルの量産化に成功した法術師がいるらしく市販されている。一束で俺の年収と同じぐらいする。

渋っている彼女に笑顔で促すとしばらくして嫌々ながら恥ずかしそうに口に含んでくれた。

騙されやすい子だな。反応はいかに?

「これでいいですか?」

彼女が見せてくれた布は血の様に真っ赤だった。なんだこれは。

「あの―?」

「あ―すみません」

ラ・ピュセルの聖骸布は法術の素養のある人間の体液に反応して赤くなる。

が血の様に赤くなる事は滅多にない。俺でも一度しかここまで赤くなった所は見た事がない。俄かには信じられないがこの子は才能だけでいえば俺と同等と言う事か。こんな事もあるんだな。手袋ごと受け取った法具をゴミ箱に捨てて改めて工藤瑞姫に向き直る。

「だいぶストレスが溜まっているようですね。お姉さんこの事は私に任せて休まれた方がいいでしょう」

「え?受けてくれるんですか?」

「勿論ですよ。それで写真とかがあれば貸して貰いたいんですが」

「はい―。どうぞ」

ほっとしたような顔で手帳から写真を取り出して渡してくれる。なるほど美人だ。清楚と言うか深窓の令嬢と言った風情だ。

「お姉さんの名前は?」

「一姫です。工藤一姫」

「分かりました。それではお任せ下さい。何か分かったら携帯の方に連絡させてもらいます」

「あの、お金の事は―」

「ああ、それはお姉さんが見つかってから相談しましょう。もしかしたら明日にでもひょっこり帰ってくるかもしれませんし、相談料はサービスです」

「ありがとうございます」

「いえ、それではお疲れさまでした。ああ、それと、もしもの時のために出来るだけ家から出ないように。外出する時は人が多い所を選んでいくようにしてください」

「―どうしてですか?」

「お姉さんが事件に巻き込まれていた場合、貴女の身も危ないかもしれませんから。用心のために念のため」

「分かりました。失礼します」

工藤瑞姫を見送ってデスクに戻りノートPCを立ち上げている間に友人にメールする。今時間ある?と送信するとすぐさま、いつもの場所で待つと返信を受け取った。

「どう思う?」

「彼女は嘘をついてません。本気で姉を心配してました。アンケートの文字からも同じ事が読み取れます」

俺には共感覚という特殊な体質がある。人の声や文字などから感情を五感で認識できるというものだ。実験結果からほぼ百パーセント相手の感情が読める事が解っている。

「では、何故あの子はここを知る事が出来た?」

「分かりません」

ソサエティは有名だ。がこの事務所は社長のセーフハウスの一つだ。おいそれと分かるようにはなっていない。

「おい。分かりませんで済ますつもりか?」

「社長こそ工藤一姫という人物に心当たりはないんですか?」

写真を突き出して見せても一瞥しただけで首を横に振られた。

「知らないな。ラピス?」

「ソサエティのデータベースにも該当する人物はいません」

「独覚?」

社長が呟く。師を持たず自分だけで法術を見つけた人間。

確率的にいえば宝くじの一等前後賞に合わせて当たるより困難だ。現実的じゃない。

「で?君はどうするつもりだ?」

わくわくとどこか残虐性を帯びた声で社長が言う。

「ラ・ピュセルの聖骸布で調べたら真っ赤でした。あの反応は普通じゃない」

「可哀そうに。君と同じ異常者といっしょにされるとは」

「異常者って言うな。で、そういう人が行方不明になる可能性に一つ心当たりがある」

「オズ社か―」

うんざりと社長が言う。オンライン通販サイトであるオズはもともとインターネット書店だった。この事業が成功した事で今では手を広げて困ったら取りあえずオズで、と言われるほどのなんでも揃う世界的なサイバーデパートメントストアへと発展している。だがこれは表向きの話。オズが専門に扱っていたのは法具でありそれを通常の商品に紛れて販売する会社だった。

しかし近年、どこで間違ったのか違法な物まで売り始めた。それこそ法術師の素養のある人間から、その臓器まで法術の研究に使うけれどなかなか手に入らないモノを裏で捌く犯罪組織になってしまった。当然ソサエティも放っておいている訳ではないが、法術師たちにとっては喉から手が出るほど欲しい物が揃っているため非難の声も上がり難く、ソサエティが本気で潰すために動けばオズ社が雇った戦闘専門の法術師と最悪世界を巻き込んだ戦争になりかねない。

ソサエティにとっては目の上の瘤なのだ。

「そう。奴らが素養のある人間を誘拐して闇市に流しているのは確かだ。だから俺が工藤瑞姫にしてやれるのはオズ社を調べることぐらいだ」

「聞かせてくれ、竜明。なぜ君がそこまでする必要がある?火中の栗を拾う理由は何だ?」

確かにそうだ。俺に利益はない。でも昔から俺の中には苦しんでいる人間をざまあみろと思う気持ちと何としてでも助けたいと言う気持ちが同居している。

かつてこの二律背反はざまあみろと言う気持ちの方が強かった。

でも最近は、先生が死んでからは助けたいと言う気持ちの方が強くなった。これは理屈じゃない。

「良いじゃないですか。なんでも。それにQから言われてオズ社の事は前から徹底的に調べようって事になってたんです。ソサエティにとっても悪い話じゃないでしょ?」

「ふむ。まあ、せいぜい頑張れ」

立ち上がっていたノートPCにPDAを接続して専用のブラウザを起動する。

これでソサエティに加入している人だけが閲覧できるパル・マスケというSNSサイトに接続できる。パスワードもIDも俺のPDAが認証キーの役割をしてくれるので入力する必要はない。

ちなみにサイト名のパル・マスケ(仮面舞踏会)は素姓を隠したままコミュニケーションを行うと言う特徴から名づけられている。社員用のコミュニティのチャットにログインすると、すでにQが先に来ているようだった。

赤魔道士@狩猟民募集:遅れてすまない

丸Q式芋砂:何の用?

相変わらず入力早いな。赤魔道士@狩猟民募集と言うのが俺のハンドルネームだ。改めて考えると随分毒された名前かもしれない。ちょっと恥ずかしい。まあ、よく変わる意味不明な彼のハンドルネームよりはマシだろうか。

Qとはソーシャルゲームで知り合った。四六時中ネットゲームをやっている廃人であり人生の全ての時間と金をゲームに注ぎ込む狂人。ネトゲ初心者だった頃に色々世話になって以来、今では掛け替えのない相棒と言っても良い人の一人だ。

ただ彼がソサエティの社員だと知ったのはかなり後になってからだし、実際にリアルであった事も名前も知らない。知っている事と言えば法術師専門の情報屋兼ソサエティ専属のセキュリティアドバイザーであることだけ。

これは法術師にとっては珍しい事じゃない。

赤魔道士@狩猟民募集:まえ話してたオズ社に侵入する仕事を手伝ってほしい

丸Q式芋砂:は?

丸Q式芋砂:あれは二人でさんざん頭悩ませてムリって結論でただろうが

赤魔道士@狩猟民募集:そうだ。でもやる

丸Q式芋砂:お前が提示した問題点は?解決の目処が立ったのか?

赤魔道士@狩猟民募集:いや。ばれずにデータを盗み出す方法はない

オズ社の凶行を止めるために以前、闇市のサーバーのデータを盗み出すという仕事があった。それさえあればオズ社を公的に法律で裁く事が出来る。

しかし肝心のデータは本社にスタンドアロンで管理されていて実際に赴かなければならず侵入するにもオズ社が雇っている法術師の予知に感知されずに行動できる方法がなく計画は頓挫していた。

丸Q式芋砂:ダメじゃん

丸Q式芋砂:盗まれた事が知られたらデータが隠されて立件できないって駄目出ししたのおまえだろ

赤魔道士@狩猟民募集:ばれても良い

赤魔道士@狩猟民募集:今回はオズ社の立件が目的じゃない。オズ社の持っている今現在の顧客情報と商品情報が欲しいだけだ

丸Q式芋砂:受けても良い。でも条件がある

赤魔道士@狩猟民募集:なんだ?

丸Q式芋砂:盗み出したデータの解析を俺に一任すること。お前が欲しい情報をタダで提供する代わりにそれ以外の情報を俺がどう扱おうと文句を言わないこと

赤魔道士@狩猟民募集:了承した。詳しい計画は後でメールする

丸Q式芋砂が退出しましたと言うメッセージを確認して一息ついた。やっぱりチャットでの会話は疲れる。

「どうぞ」

椅子の背もたれに体重を預けて目頭を揉んでいるとラピスがコーヒーを置いて行った。

「ありがとう―ぐぅ」

何だこれ。間違ってもコーヒーじゃない。黒いだけでメチャクチャ甘い水だ。ラピスに目を向けるとトレイで顔を隠していたが笑っているのは一目瞭然だった。社長に非難の目を向けてもゲームに夢中。何なんだこいつら。

まあ良い。さあ仕事だ。


 七月八日土曜日の二十時。オートバイをオズ社の裏道、貨物搬入用シャッターの前に止めて人用のドアに向かいつつヘルメットを被ったままQに話しかける。

「裏口に到着した。ゲーム開始だ。準備は良いか?」

「OK。オズ社のシステムのハックは完了している。何時でも行けるぜ。ミッションスタート」

ヘルメットに内蔵されたスピーカーからQの機嫌の良い声が聞こえる。こういう潜入ミッションはQと組んでやることが多い。慣れたもので直ぐに電子制御されている裏口のドアが開いた。

「監視カメラは気にしなくていいがこっちで分かる事も完璧じゃない。気をつけてくれよ。コンピュータセキュリティは紙だが警備員は戦争でも始めるみたいに自動小銃で完全武装してやがる。ここだけ日本じゃないみたいだ」

「やっぱりバレてるな。いつ来るかまでは判ってないみたいだけど。サーバールームまでナビ頼むぞ」

「OK」

Qの指示に従い非常階段から足音を忍ばせて上っていく。目的は七階にある。それまでに見つかったら蜂の巣にされてゲームオーバーだ。

「止まれ」

四階まで来た所でQから待ったがかかった。

「上から下りてくる奴がいる」

「どうする?」

「そうだな――。そのまま四階の非常口からフロアに入ってくれ。エレベーターで行こう」

「大丈夫なんだろうな?」

「ああ、今人影はない。急がないと手遅れになるぞ。早くしろ」

急かされてフロア内に静かに侵入。ここもオズ社の部署の一つなのだろうが今は休日だからか人の気配はない。真っ暗のオフィスを駆け抜けエレベーターの前まで来た。右手にトイレがある。

「今、人の乗ってないエレベーターを向かわせた。トイレにも誰もいないから安心しろ」

「中も見えるのか?」

「それなら良かったんだけどな。残念ながら入口までだ。ずっと監視してたから分かるんだよ。このフロアに人は一人もいない」

ずっとトイレを?とは言わないでおこう。エレベーターが来て七階へ。ナビに従ってガラス張りのサーバールームの扉の前まで無事到着した。ちょろい。完全に電子制御されたビルなんか営業時間中でもない限りこんなものだ。ロックを解除してもらって冷房の効いた大きな箱が並ぶ室内を進む。結構広い。サーバーラックが十個並んでいる。

「Q、ドアをロックしておいてくれ」

「良いのか?直ぐ出られなくなるぞ?」

「良いんだよ。ロックされてないと怪しまれるだろう?」

「なるほどねー。ロックしたぞ」

「ありがとう。で、これからどうすればいい?どれが宝箱か分かるか?」

「一番奥にある窓際の奴がブツだ。それだけどこにも繋がってない。ラックを開けてお前のPDAを接続してくれ。後は全部こっちでやっておく」

「あぁーQ?鍵が掛かってるんだが?」

「知るか。自分で何とかしろ」

冷たい奴だ。仕方がないから背負ってきたリュックを床に下ろして中からナイフを取り出した。

「Qここの防音性ってどうなんだ?」

「お前が力いっぱい大声を上げて騒げば気づかれるかもしれない」

「なるほど。じゃあ鍵を壊すぐらい大丈夫だよな」

ラックの扉の隙間に無理やりナイフを押し込んで捻って壊しサーバーにPDAを接続した。

「準備出来たぞ」

「OK確認した。じゃまダウンロードが完了するまでしばらくお待ちくださいっと」

言葉通りPDAにダウンロード中のメッセージとプログレスバーが表示される。

残り十分。

長いな。ボーっとPDAを見ていて思ったんだがQに普通に遠隔操作されているよな。まあこれを作ったのがQなんだから当たり前と言えば当たり前か。

俺のPDAは外装こそ普通のスマートフォンだが中身はQがパーツからOSまで自作した全く別の怪物的なスペックを誇る別物だ。

バックドアくらい仕掛けられていてもおかしくはない。俺とQの関係は仲間だけど友達じゃない。それくらいの事は平然とやってのけるだろう。

それにQにとってネットに接続されている端末を自由自在に操ることは難しい事でも何でもないんだろう。

「Q、ここのガラス拳銃で撃てば割れるか?」

「は?いや、たぶん出来るだろ。倍強度ガラスだろうが防弾仕様ではないだろうし。おい、赤何を考えてる?」

「そういえば脱出方法は話してなかったな」

「何を言って―。ちょっとまて。そっちに武装した警備員が向かってる。まずいぞ」

「案外早かったな。後何分だ?」

「ダウンロード完了まであと五分!逃げる―訳にはいかないか。もう無理だ。赤!どうするつもりだ?何か案があるんだろう?」

「ダウンロードが終わるまでここで時間を稼ぐ。その後はここから飛び降りて逃げる」

「いやいや。待てよ。そこは七階だぞ。落ちたら死ぬ。そこからパラシュートを使うにしてもビル風が強すぎて安全に下りられないってお前が言っていた事だぞ」

耳元で珍しく堅い声でQが少し取り乱している。一応心配してくれているらしい。俺はその間に愛用のシグザウエルを取り出して応戦の準備を整えていく。

「終わったら教えてくれ」

「話聞けよ。こうなる事が解っていたんだな?」

「そうだ。覚悟は出来てる」

「はあ―。分かった。三人来るぞ!それでデータをコピーしたPDAはどうするつもりだ?」

ドアが閉まっていて立ち往生している三人に向けて太股と防弾チョッキに守られた胸部に向けて立て続けに発砲。計十発命中。倒れて呻いている所を更に胸部に一発ずつ。

「完了し次第、緩衝材詰め込んだリュックに入れてずらかる」

「分かった分かった。もう何も言わねーよ。好きにしろ。残り四分!五人来るぞ」

「了解。ああ、それとここの電気つかないようにしてくれよ」

こっちも武装してる事がバレた。五人はさすがに無理だな。サーバーラックの陰に身を隠す。連中が到着した事が気配で分かる。残念ながら俺には全ての筒抜けだ。音を忍ばせても微かな物音や息遣いから感情が分かる。どうやら直ぐに突撃せずに様子を窺うようだ。

こっちは暗いサーバールームで全身黒尽くめ。突撃されずに囲まれなければ勝てる。

「残り三分」

一人が膠着状態に耐え切れず中を覗き込んだ。馬鹿め。

自動小銃を持つ手に向けて二発、発砲。結果を確認する間もなく移動する。だいたいさっきまでいた所に銃弾の雨が降り注いだ。

サーバーがあるのに関係なしか。

こんな駆け引きなんかしないで殲滅してしまいたいけど、殺人だけは避けなければならない。残り時間までに応援が到着したら雪崩れ込まれて俺の負けだ。

終わってくれれば逃げられる。彼らのためにも俺のためにも早く終わってほしい。

「残り二分」

俺の予想じゃそろそろサーバーぶっ壊しても良いから侵入者を殺せって指示が下る。ギリギリかな。隙をついてPDAがデータを吸い出しているサーバーまで移動して息を殺す。

「残り一分」

援軍が到着した。何人になったかはもうどうでもいい。ドアが破壊され統率された動きで侵入が開始された。間に合わなかったか。ゆっくりと足音が近づいてくる。万事休す。

直ぐそこまで来ていた第一班の奴の銃身を握ってそらしつつ右の二の腕に一発。ついでにグリップをこめかみに叩き込んで昏倒させる。まずは一人。気を失った奴を盾にして後ろにいた奴の二の腕と自動小銃に向けて二発。右手と腕に命中。マガジンを交換しつつ前蹴りを叩き込んで三人目に向かう所で横合いから銃弾が降り注いだ。サーバーラックに身を隠してやり過ごしながら移動して牽制しながら第二班が隠れているラックを固定している足元の金具を撃って思いっきり蹴飛ばした。サーバーラックが吹っ飛んで一人を巻き込んでその後ろのラックに激突する。パニクった奴らの足と腕に向けて発砲。胸と足に一発ずつ命中。これで四人。

「ゼロ。終わったぞ!逃げろ!赤」

「了解」

銃弾が俺に向けて降り注ぐ。腕やヘルメットを掠めていく。敵意の音で視界が赤く染まる。

外に面した窓に向けて全弾撃ち込んでシグザウエルを懐に仕舞うとPDAとリュックを引っ掴み窓を蹴破って飛び降りた。


 「ただいま」

アパートの開けられた窓からキキが帰ってきた。

「おかえり」

考え事を中断してキキに目を向ける。黒い毛並みをした猫又のキキ。彼女は珍しく自我を持った妖怪だ。俺の法術の先生の友人で今は一緒に暮らしている俺の仕事の相棒。鬼道と仙道を修めた本物の法術師。

「タロットなんて並べて何しているの?」

「いや、占い。それ以外に何に使うんだ?」

「へえ――」

何だその目は?俺だって下手なりに法具を使う事は出来るんだ。このタロットカードは先生が持っていた正真正銘の法具で使い方さえ分かっていれば誰でも扱える。

とはいえ俺がこのタロットで占えるのは漠然とした過去と現在と未来だけだけど。

それでも今まで外れた事は一度もない。

「それで?誰を占っているのかしら?」

カードを並べている丸いダイニングテーブルの上に乗ってキキが尋ねる。

「工藤瑞姫」

「誰それ?」

「依頼人。これどう思う?」

キキに今日あったことを説明しながら占いの結果の意見を求める。こういう解釈が必要な物は彼女の方が得意だ。テーブルに並べられている三枚のカード。

過去を示すカードに月の正位置。現在を示すカードに運命の輪の正位置。そして未来を示すカードに死神の正位置。

「なんというか、前途多難と言うか波乱万丈と言うか―。何度やっても同じ結果になる」

「なるほどね。でもタロットによる予知は完全じゃないでしょう?」

「もちろん。不確定性原理が否定されない限りこの世界に完全な未来予知が可能な法術は存在しない。神はサイコロを目隠しして振っている。とは言え、アガスティアの葉に代表される予知の法術が否定されていないこともまた事実だけど」

「それで貴方はどうしたいの?竜明」

俺の親しい人が言うお決まりの文句。でも俺はそれが分からないから悩んでいるんだ。

「迷ってる。何となく占ってみたもののどこまで関わるべきか。たとえ彼女が近い将来死ぬのだとしても、それは工藤瑞姫に限った話じゃない。誰にだってその可能性はある。彼女だけを特別視する事は避けたい―と思う」

分からない。俺はどうするべきなのか。工藤瑞姫にしてやれる事はもう何もない。でもこのまま何もしなければ彼女が死ぬ確率は高い。それを黙って見過ごしても良いのだろうか。或いは知ってしまったからには、手の届く範囲か否かに関わらず助けるべきか。だがそんな事をしていては俺の身が持たない。何が正しい事なんだろう?

「―竜明、よく聞きなさい!貴方はどうしたいの?その子を助けたいの?」

ため息をついたキキが俺の目の前のテーブルに座ってゆっくりと言い聞かせるように言う。

鬼気迫る真剣な眼差しに気圧される。

自分がどうしたいか。それが一番分からない。

でも、それでもこれだけは言える。

「たぶん。そう―だと思う」

「良いわ。じゃあ私が貴方に言い訳をあげる。工藤瑞姫は貴方の依頼人。なら依頼の結果を報告するまではその人を守るのも貴方の仕事。いい?」

「あ―ああ。分かった」

「じゃあ行きましょう」

身軽にテーブルから下りてキキが歩いて行く。話についていけない。帰ってきたばかりでどこに行こうと言うのか。もう二十一時をまわっているのに。

「どこに行くんだ?」

「工藤瑞姫の所よ。貴方に姉の捜索の依頼をしたからってじっと待って居られるような子だった?」

「いや。どちらかと言えば自分で動かないと気が済まないタイプだった。」

「そんな子が今も家で大人しくしている筈ないでしょう。今からその子の所まで行って交代で護衛を―」

キキの言葉が終わる前にベッドボードで充電していたPDAの着信音がなった。ああ、また不吉な予感。さっき一仕事終えて帰ってきたばかりなのに。

「キキ、行くぞ。工藤瑞姫が危ない」

PDAに届いたメールはQからのもので短く工藤瑞姫が拉致された、と書かれていた。


 いてもたっても居られなかった。今日姉さんの捜索を頼んできたばかりだけど、どうしてもあの人たちが信じられなかった。本気で姉さんを探してくれているのか不安だった。そもそも彼らは何者なのだろう。社長とかいう人はどう見ても子供だったし、一緒にいた女の人はメイド服を着ていた。後から来た黒尽くめの人はカッコ良かったけどずっと笑ってて何だか気味が悪かった。ぜんぶ胡散臭い。仕事してるように見えなかったけど何してる人達なんだろう。

まあいいや。それよりも姉さんを探そう。でも勢いで出て来ちゃったけど、どこへ行こうかな。

姉さんが行きそうな所に心当たりなんてないし、あの人、リュウメイって言ったっけ。もし本当にあの人の言葉通り私も狙われてるなら囮にならないかな。そうすれば手っ取り早いのに。襲ってきたら返り討ちにして吐かせてやる。

マンションを出て取りあえず駅に向けて歩いて行くと道の途中で黒っぽいワゴン車が止まっていた。一瞬どきりっとする。

まさかね。ドラマの見過ぎかな。車から出来るだけ離れて道の反対側を歩きながら窓を確認するけど中は見えなかった。

自意識過剰かな?結局通り過ぎても何も起きなかった。車が動き出す気配も無い。

そりゃそうよね。警戒して損した。

気を抜いて道を曲がった瞬間、後ろで車が急停車する事が聞こえて振り返る間もなく何かで口元を押さえられた。反射的に腕を掴んで背負い投げで相手を地面に叩きつけ起き上がろうとしている人の顔面を思いっきり蹴飛ばしていた。

「あ―」

まずい。私の靴は底に鉄板仕込んであるんだった。思いっきり蹴っちゃったけど大丈夫よね?動かないけど。

「なに?やるじゃん」

「ダッセー。気絶してんのソイツ?」

口笛と男の声に振りかえると、さっきのワゴン車からぞろぞろと男の人たちが湧いて来ていた。

「マジで?」

四人はムリ。一人スポーツをやってたっぽいガタイの良い奴がいる。

後の三人は大した事ないけどまとめてかかってこられたら敵わない。姉さんがこいつらに攫われたかもしれないのに逃げるしかないなんて。この近くに交番あったかな。そこまで誘き寄せられないかしら。

「よそ見してていいのかよ?」

私の一番近くにいた奴が掴み掛ってくる。素人の動き。腕をとって転がすと首に膝を叩き下ろしてそのまま全体重掛ける。苦しがってしたのは数秒で直ぐに動かなくなった。

「てっめ」

二人目はひょろいし動きが遅い。私に向けて拳を振りおろすタイミングを見計らって喉に掌底を叩き込み鳩尾を蹴り付け上体を折った所に顔面を蹴り上げてやった。だてに姉さんから護身術を教わってた訳じゃない。私は女の子だから力も弱い。もし男に襲われたら力いっぱい戦うのよ。そう言われてきた。女の私の力じゃ人は簡単には殺せない。だから安心して全力で打ん殴れって。実際私は鍛えてる訳じゃないから力もないし、姉さんに一度も勝てた事がない。それでも躊躇わなければこの程度の奴らから身を守るくらいは出来る。

「柔道、合気道、空手か。じゃあボクシングはどうだ?」

ガタイの良い奴が言うと、もう一人の方が一歩前に出て構えた。一対一なら何とかなる?

いいや、やってみなくちゃ分からない!やってやる!私もスカートの中に手を入れて持って来ていた警棒を取り出して構えた。

「ははっおい。今度は剣道か?てめえ本当に高校生かよ瑞姫ちゃん」

リーダーぽい奴が何か言ってる。自分の名前が知られているのが不快だけど今はそれどころじゃない。鋭い拳に隙の少ない体捌き。避けるだけで手いっぱい。この人、本物の経験者だ。

でも姉さんより弱い。少し距離置いて打ち込んできた拳を警棒で打ち払う。手応えあり。顔を顰めて怯んだ相手の顔めがけて蹴りを叩き込む。敵はふらついて後退りする。浅い。

「やあ!」

警棒を振り上げ頭に叩き込もうとした所で身体が動かなくなった。後ろから腕を掴まれ太い腕で首を絞められる。

「俺も混ぜてよ瑞姫ちゃん。無視されたら寂しいじゃん」

「くそ!」

何て力。逃げられない。

「サシでヤるのに慣れ過ぎ。一つの事に夢中になると周りが見えなくなるタイプ?どうせならみんなで楽しもうぜ。おい―」

首元に顔を埋めるようにして言われる。後ろの奴に言われて私が蹴り飛ばした奴が頭から血を流しながら近寄ってきて服に手をかけた。気持ち悪い。

「―いや」

目を閉じて顔を背ける。でも何も起こらない。

恐る恐る目を開けて前を見ると膝をついた男の首が取れて血が噴き出す所だった。

「え?」

温かい血が降り注ぐ。私を拘束していた奴が引き攣った声をあげて手を離した。

「君たちは人の話はきちんと聞くように誰にも教わらなかったのか?」

車の中から冷たい男の人の声がする。光の加減で顔は分からない。怖い。ただ見られているだけなのに身体が動かない。

「おい、何だこれ?どうなってんだ!筧」

「五月蠅い」

どうやっているのか分からない。でも後ろの人が急に静かになって倒れたのが分かる。この人がやってるの?何で殺すの?仲間じゃないの?

「恐怖を与えるだけで触れてはならないと言ったのに。聞き分けのない奴らだ」

笑ってる?人を殺して楽しそうに。信じられない。これは現実?私は夢を見ているの?

「筧君。瑞姫君に目隠しを。ここからは未成年には見せられない」

「はい」

助手席から禿げ頭のスーツを着た人が出てきた。

「工藤瑞姫。これは君の目だ」

ハゲの人が何かを掲げて私に見せる。あれは人の眼球?それをその人は私に見せつけるようにして握りつぶした。その瞬間、目隠しをされたように目の前が真っ暗になった。

「え?なに?」

目は開いてるのに見えなくなった。そして悲鳴と苦悶の声が私の辺りから響き渡った。突っ立ったまま動けない私に時々温かい飛沫がかかる。何をしているのか全く分からない。でも何が起こっているのかは分かる。殺しているんだ。出来るだけ苦痛を与えるように生きたまま切り刻んでいる。足が震える。駄目だ。逃げなくちゃ。踵を返して走り出そうとした途端なにかに蹴躓いた。

「あ―」

「駄目だよ。慌てて走り出したら。危ないから」

誰かに抱き止められて転ばずに済んだけど今の声は車の中にいた人?

「申し訳ないがもう少し付き合ってもらうよ、工藤瑞姫君」


 人の行う悪行をよく心ないと表現されるがこれは間違いだと思う。彼らは人の心を持っていない訳でも情がない訳でも思慮がなかったり無差別であったりする訳でもない。心ない者たちの中には確かに人の悪の心があるのだ。悪には元々突出したや力強いという意味がある。

即ち過ぎた心のありさまを表す言葉で現在の価値観は西欧のものに近い。行き過ぎた心はそれが美徳であろうが悪徳であろうが人にとって禍となり毒となる。それを俺は彼から学んだ。

後部座席で拉致した少女の頭を膝の上に載せて髪や服に付着した返り血を取り去っている人物。彼は俺の上司にあたるが顔を見るのも初めてだった。当然名前も知らない。彼の事を知ろうとしてはいけないと私の法術師としての経験が告げている。普段仮面を被っている彼が素顔をさらしている時点で俺はこの場から逃げたくて仕様がなかった。

精神的なタガの外れた恐ろしい男だ。その彼の機嫌が良いと言うだけで震えが止まらない。

「不味いな。やはり血は女性の物に限る。この子のを飲んでみたいな」

「駄目よ」

冗談なのか少女の頬を突きながら言う彼に運転手が窘めるように言う。信じられないがこの人物は彼とまともに会話が出来るらしい。彼が連れて来たため何も分からない。どういう仕組みなのか顔も性別も声すらも認識できなかった。雰囲気で女性であるようだが。

「筧君。彼女は私の物だ。見せものではない」

「いえ、そういう積りでは―。申し訳ありません」

「ふふ。冗談だよ。もっと肩の力を抜け。そんなに脅えなくて良い」

普段ほとんど喋らない人が上機嫌に話しかけてくる事ほど不気味なものはない。会話の中で何が彼の逆鱗に触れるか分からなくて、ただただ彼のオーダーに答える事だけを考える。今の俺なら死ねと言われれば死ねるかもしれない。

「そんなに不気味か?嫌われたものだ。大丈夫。私は君を殺さない。信じてくれるかな」

「はい」

それは今は、と言う事だろうか。彼が惨殺した男たちと俺の何が違うだろう?

私もまたオズ社と言う長い物にまかれて人を欺き攫い陥れ殺してきたというのに。

「奴らと君は全く違う。奴らはただ自分の欲望を満たすために何も考えず意思も持たず放蕩に耽っていただけにすぎない。だが君は生きると言う目的のために行ってきた。この差は埋め難い」

俺の心を読んだかのように彼が言う。擁護されているのだろうか。目的があれば、生きるためならば何をしても許されると言うのか。生きるためにオズ社に与しなければならなかった俺の罪は赦されるのだろうか?

「君の罪を赦すと言っている訳ではない。そんな権利は誰にもないのだ。神にも被害者にもその親族にも君を鞭打ち、火で炙り、水底に沈め、車輪で轢き殺す事は出来てもその罪を赦す事は出来ない。これは悪を行う者の覚悟の問題だ」

「では、私はどうすれば宜しいのですか?」

「そのままで良い。在るがままに生きなさい。いずれその時は来る。因果は廻るのだ。君が今までしてきたように命を奪われる。それが君にとっての救いとなるだろう」

悪魔が穏やかに微笑む。助手席の窓から東京湾を望みながら考える。彼の言葉は分かり難い。比喩と揶揄と虚偽に満ちている。俺は彼の仕事を手伝ってきた都合上知っている。

彼はそういう信念と意思を持った悪を追い詰め殺す事に楽しみを見出す人だ。彼にとって会話とは思いを伝達する道具ではなくサービスだ。だが同時に彼の言葉は確実に実現されると信じられている。信仰されていると言っていいほどに。魔王の予言は当たる。だから信じてみようと思う。悪魔に魂を売ったこの身が滅びるまで精々悪行を成そうではないか。

いつか訪れる救いの日を夢見て。


 目が覚めるとベッドの上だった。両手足を開いて革紐で固定されている。悪夢としか思えない。こうなった経緯を思い出そうとしても良く分からなかった。たしかスーツを着たハゲに目玉を見せられて目が見えなくなって、それからどうしたんだっけ?暗闇の中に響く悲鳴を思い出して身体が震えた。今になって気がついたけどちゃんと目が見える。良かった。

けど私あのまま攫われたんだ。ここはどこだろう?可能な限り首を巡らせて辺りを見回す。とても広い場所だった。天上も壁も遠い。知っている施設で例えるなら体育館が近いと思う。窓の外が暗いから今は夜なのよね。あれからどれくらい経ったんだろう?足と手はほとんど動かせないのにベッドにはまだ余裕がある。着ている服も乱れている感じはしないし、寝心地も悪くない。暑くも寒くもなく身動きが出来ない事を除けば不満はなかった。

でもそれが一番の問題なのよね。どうやって逃げようかしら。

辺りはしんと静まり返って誰もいないようだ。

「御機嫌よう、瑞姫君。気分はどうかな?」

いきなり聞こえた声に、はっとして目を向けると男の人が私を見降ろしていた。

黒いジーパンに黒いシャツに黒革のジャケット。

着ている服は黒ばっかりなのに肌は病人みたいに青白い。まるで幽霊みたいな人だ。

実際に見た事も遭った事もないけど。

「失礼」

短く断ってその人はポケットからペンライトを取り出すとベッドに片膝をついて私の上に屈み込み瞼を押さえると光を当ててきた。

「よかった。視力は回復しているようだ」

眩しくて顔を背けると彼はさっと身を引いてライト仕舞った。

「何か訊きたい事はあるかな?準備が終わるまで時間がある。話をしよう」

「準備?」

ベッドの縁に座って言う彼に思わず聞いてしまった。

口なんか利いてやる積りなかったのに。

「そうだ。見えるか?」

彼が視線で示す先に目を向けるといつの間にか沢山の男の人がカメラをセットしている所だった。あれ?こんなに人って居たっけ。

さっきまで静かだったのに。人の話し声が聞こえる。物音がする。

何で気付かなかったんだろう。

「これから君のプロモーションビデオを撮る。君の事を買う客に見て貰う為のものだ」

「私を買うって?何を言ってるの?」

「人身売買だ。もう君に人権はない。物として売られる事になる。まずは君の事を客に知って貰わなくてはならない。運が良ければ死なずに済むが望みは薄いだろう。五体満足の生きた人間は高価だ。大抵は手や足の各部と臓器に腑分けして売られる」

「どうして、そんな平然とした顔でそんな事が言えるの?そんな事が許されると思ってるの?」

「許し?何を許すと言うんだ?この世の罪も罰も時代と共に移ろうものならば何の意味もない。そんなものは全てまやかしだ。許される事がないのならこの世に許されざる事もまた何もない」

「そんなの屁理屈よ」

「確かに屁理屈かもしれない。でも私はそう思っている」

「だからなの?だから人を殺しても平気なの?」

「私はああいう奴らを殺す事よりも生かしておく方が我慢できない。だから殺す。完膚なきまでに徹底的に」

「じゃあ、何であんたはそんな奴らの言う事を聞いてるの?」

そうだ。この人は私を襲った奴らを殺した人だ。我慢できないなんて言うなら何で今、目の前の奴らを生かしておいてるの?それよりももっと悪い奴らがいるのに何もしないの?そういう人達を殺して助けてくれって事じゃない。この人の言動は矛盾してる。嘘をついてるんだ。

「ほう―」

私が睨みつけると彼は驚いたように眉を上げた。

「瑞姫君。そんな口が利けるなんて、君はこの状況が怖くないのか?今から裸に剥かれて、ビデオに撮られ、あそこの男共が満足するまで玩ばれるんだ。その後意味のない法術の研究のために自ら殺してくれと訴えたくなるような拷問を受けバラバラに切り刻まれる。その方が贄として触媒として価値が高くなると信じているアホ共に売られるんだ。俺は奴らを皆殺しにするがそれは今じゃない。誰も助けてくれない。助けなど来ない」

彼はもったいぶった口調で言いながら額から顎のラインを撫で。そのまま首、胸、お腹、太股へと手を這わせながら耳元で囁いた。でも私は彼から視線を逸らさなかった。

「怖いわよ。当たり前じゃない!でもあんたに屈する方が怖い」

「―くくっ!あははははははははっ」

突然、彼は私から離れ笑い出した。

「私とした事が、どうやら工藤瑞姫と言う人格を見誤っていたようだ!」

笑いながら私を見降ろす彼と目が合った瞬間、全身に感電したように怖気が走った。

「これは少し考えを改めなければ」

ふらふらと去っていく彼の後姿を睨めつけながら私に出来たのは必死に唇を噛んで嘔吐感を我慢して悲鳴を上げないようにする事だけだった。怖いよ。負けたくない。誰か助けて。

涙を我慢して目を閉じた時どこからかエンジン音が聞こえてきた。

涙を振り払って目を開けると上から猫が降ってきた。

「え―?」

天上から落ちてきたように見えたけど黒猫が私の頭の真横に着地した時の衝撃をほとんど感じなかった。その黒猫は私の耳元に口を寄せて、

「助けに来たわ」

落ち着いた女の人の声で喋った。ええ?今猫が喋った?

「落ちついて。私の仲間が周りの奴らを倒すまでそのままで居てちょうだい。枷は外してあげるから私が合図したらオートバイの後部座席に乗って。良い?分かったら瞬きを一回してくれるかしら?」

取りあえずパチリ。目の前に喋る猫がいる。全然状況についてけないんだけど。もうどうなってんの。誰か説明して。

動かないよう言われたからじっとしていると白い大きなバイクがベッドサイドに止まった。

「何だてめぇ!」

怒声を上げて肥った男がベッドを迂回してバイクに乗ってきた人に近寄っていく。

その間にその人はバイクら降りてジャケットの中から拳銃を取り出すと無造作にその近寄って来ていた男の足を撃った。

パン!パン!パン!パン!パン!パン!

立て続けに銃声が響く。倒れて苦悶の声を上げる男を無視したまま、その場にいた他の連中の腕や足が打ち抜かれていく。ほんの数秒で立っているのは一人だけになった。

「騒がしいな」

「お前がこいつらのリーダーか?」

フルフェイスが車の中から出てきたハゲに銃を向ける。確か筧って呼ばれてた人だ。いつの間にか深い紺色の着物に変わっている。それにこのフルフェイスの人、あのカンドリュウメイって人の声に似ている気がする。まさか助けに来てくれたの?

「一応、そういう事になるな」

パン!

筧がそういった瞬間、カンドが撃った。でも何も起きない。筧が倒れる事も後ろの車や床にあった音もしなかった。しばらく二人は睨み合った後またカンドが今度はきちんと両手で狙って一発撃った。それでもやっぱり何も起きない。

「無駄だ。当たらんよ」

筧が着物の袖から右腕を出して何かを捨てた。床に転がった物が見えないから分からないけど銃弾だったのかもしれない。それよりも私はあの人の右腕から目が離せなかった。

しわしわに干乾びたミイラみたいな皮と骨だけの黒ずんだ腕。あんなまともに動きそうにない腕で銃弾を掴み取ったの?

「法具を移植した?正気か?」

「人を見たらいきなり撃ってくるような奴に言われたくないな」

筧の言葉にカンドは舌打ちすると銃を懐に仕舞うとバイクから日本刀を抜き取った。この人何て物をどこから取り出してんのよ。いつから日本はこんな物騒になったのよ?

「これならどうだ?」

「待て。俺はお前の様な戦闘専門と戦う気はない。その子を助けに来たのならさっさと連れて行け」

「どう言う積りだ?」

「俺はオズ社に忠誠を誓っている訳ではない。あくまで仕事として請け負っているにすぎない。こんな事で命をかける積りはないということだ」

「こんな事か―。分かった。ただ一つ訊きたい事がある。この子の姉を知らないか?昨日攫われた可能性がある」

「知らないな。今月に入って攫った人はその子だけだ」

「ほかのチームが攫った可能性は?」

「それも知らん。別のチームの事の情報なんか入ってこないし、そんなチームがあるかどうかも知らされていない」

「そうか。一応信じよう」

カンドが日本刀を収めようとバイクに近づいた時、その後ろに銃を構えたあいつの姿が見えた。

「あぶない!」

私が声を上げるのと銃声がなったのはほぼ同時だった。カンドがバイクに手をついて寄りかかり苦悶の声を上げる。懸命に立とうとする彼にあいつが銃弾を浴びせ続けて、とうとう倒れたカンドがバイクに隠れて見えなくなった。

「馬鹿が。余計なことなど考えないでさっさと逃げればよかったものを」

悪魔がニイッと嗤う。

「残念だったな?せっかく王子様が来たのに、死んでしまったよ」

歯を食いしばって睨みつける私に悪魔が近づいてくる。

「恐ろしいか?これがこっちの法術師たち世界だ。私も彼もそこの馬鹿も同じ。死は隣人だ。気を抜けば簡単に死んでしまう。そういう世界に今、君は触れているんだ」

「竜明!」

黒猫の何かを制するような声がして得意げに言う悪魔の胸から刃が突き出した。飛び散った血が頬につく。刃が引き抜かれベッドに倒れた悪魔の後ろには死んだはずのカンドが血塗れの日本刀を片手に立っていた。

「その言葉そっくりそのままお前に返すよ。急所は外してやったから精々苦しめ」

血塗れの彼は日本刀の血を自分の服で拭うとバイクに納めてそのまま跨った。

「乗れ」

「え?」

「行くわよ」

黒猫に促されて立ち上がると枷は既に外れていた。カンドの後ろに乗るとバイクが急発進した。

「掴まってろ」

遅いわよ。振り落とされるかと思った。

「って!どこに向かっての。このままじゃ壁に―」

「喋ると舌噛むぞ」

バイクが黒猫に先導されるように壁に向かってスピードを上げながら驀進する。ぶつかる。と思ったら目を瞑っていた。けど何も起きない。

恐る恐る目を開けるとそこはすでに道路だった。

「どうなってんの?」

壁を突き破った衝撃はなかった。いつの間に道路に出たの?周りを見回しても私がいたような建物もない。それにこの道路なんか変。まるで私たちを避けるように歪んで見える。極めつけはこんなにスピードが出てるのに猫が先を走ってる。私頭おかしくなったのかな。

「大丈夫か?」

彼が一言一句をはっきりと区切るようにして言う。

「あ、うん。ありがと。その―助けに来てくれて」

カンドの言葉に励まされて私もエンジン音に負けないように大声で返す。

「いや、依頼人を守るのも俺の仕事だから。それより悪かったな。つい熱くなって怖い思いをさせた」

「別に良いんだけど。それよりここどこ?」

「霊道だ」

「は?」

「霊道。霊的物質が通る道だと言われているが俺にも詳しい事は判らん」

「そんなんで大丈夫なの?」

「ああ、キキが先導してくれている。あいつの鬼道があれば迷う心配はない」

キキってあの黒猫の名前?今も彼女はバイクの少し先を走り続けている。走っているスピードは速そうじゃないのに。

「でもあの猫とはぐれたらどうなるの?」

「迷子になって俺たちは一生ここから出られない」

「ええ!」

「心配ないって。―とそれよりも俺たちは自分の身の心配をする必要がありそうだ。振り落とされたくなかったらしっかり俺にくっついてしがみ付いてろよ!スピードを上げるぞ!」

何があったか訊く余裕もなく腰に手を回してしがみつくので精一杯になった。

さっきまでの速さがのんびり走っていたと思えるほどの猛スピード。景色はもう見えない。

「あのくそハゲが。案山子なんて仕向けやがって!」

カンドの毒付く声が微かに聞こえる。バイクが左右に振れてすぐそばを何か大きなものが通り過ぎて行った。

「俺のアドラーに傷付けやがったマジで殺してやる!」

全く現実感のない事に私たちを追って来ているのは木と布で出来た案山子だった。人よりも大きく包帯みたいな布がぐるぐると巻きつけてあるだけの簡単なものだけど問題はその両手が軍手じゃなくてナイフみたいな刃物が左右五本ずつ突き出している事。

一本足で飛び跳ねているのか宙に浮いているのか分からないが移動速度はバイクよりも速かった。

いくらスピードを出しても振り切れない。

薄目を開けて肩から覗き込むとスピードメータは二百キロを超えていた。

見なかった事にしよう。

でもこれ前後左右から襲いかかってくる案山子を巧みに避けているけどさっきから行きたい方に進めてない気がする。誘い込まれている?

黒猫もいつの間にかいなくなってるし。

「ねえ!ちょっと。何か、まずいんじゃない?」

叫ぶようにして言うけど聞こえていないのか無視しているのか、そのまましばらく走り続け、いつの間にか案山子が襲ってこなくなったと思ったらバイクが急停車した。

止まった場所はさっきまで走っていた歪んだ景色の道路じゃなくて建物の中だった。暗い荒れた倉庫みたいな広い所で割れた窓から月明かりが差し込んでいる。

「降りてくれ」

「あ、うん」

言われた通り降りると彼はエンジンを切ってバイクの周りを回って何かを確認し始めた。

「おい―」

私よりバイクか!

「ああ、ごめん。つい気になって」

悪びれた風もなく言いながらヘルメットをとった彼は思った通り今日あったカンドリュウメイって人だった。

「大丈夫だった?」

「はい。まあ―」

「良かった―とも言えないか。済まなかった。服汚してしまった」

言われて見てみれば私の服は彼の返り血で血塗れだった。

「私は別に―。それよりカンドさんこそ大丈夫なんですか?」

「ああ、俺はこう見えて頑丈だから。あれくらい平気。改めて名乗ろう。神門竜明だ。神様の神に出入り口の門で神門。ドラゴンの竜に明るいで竜明だ。よろしく」

「はい」

神門さんが左手を差し出すので私も左手で握手した。左利きなんだ。

「あと敬語も良いよ。俺の方が年下だろうから」

「はあ―」

嘘でしょう。どう見ても私と同じか年上にしか見えないのに。

「ここってどこなの?」

「分からない。霊道は陰の道だ。本来人間が入れる場所じゃない。空間がちぐはぐで刻々と形が変わるから道を一歩間違えただけでどこに出るか全く予想できないんだ。まだ霊道から出ていないし、ここはどうやらあのハゲが用意した場所らしいが」

「それって敵の罠にハマってその真っただ中って事?」

「その通り」

「その通りって。どうするのよ?こんな所で止まってて良いの?」

「良いも何も出口分からないし。それに道に迷ったら動かない方がキキに見つけてもらえ易い」

「キキってあの黒猫の事よね」

「そう猫又の鬼姫。俺の仕事の相棒」

「ねこまたのおにひめ、だからキキ。猫又ってたしかそんな妖怪がいたような気がするけど、まさか?」

「ああ、キキは妖怪だ。だから俺より色々出来るし強い。頼りになる奴だ」

何なんだこれは?気が抜けたら頭が痛くなってきた。現実離れしすぎている。

今日はなんて一日なの。誘拐に殺人に人身売買だけでも信じられないのに法術師に霊道に妖怪?私はいつの間にかラノベの世界にでも迷い込んだみたいだ。まだ夢でしたと言われた方が信じられる。

「大丈夫か?顔色が悪いが。そこに座って休んでいると良い。工藤さんの事は俺が必ず守る。安心してくれ。そして全てが終わったら悪夢を見たとでも思って全部忘れるんだな」

神門は私の肩を叩いて笑うとバイクから日本刀を取り出した。

「あと、これお守り」

「あ―ありがと」

渡されたのは赤い小さな袋のお守りだった。何も書かれていないけど鳥の刺繍がきれい。

「さて、待たせて悪いな」

「構わんよ。時間はある。気は済んだかね?」

私たちがいる方とは逆の奥から筧の声がする。でも本人の姿は影も形もない。

「ああ、お前こそ覚悟は出来てんだろうな。アドラーに傷が付いたらどうすんだ。これは先生の形見なんだ。もう整備してくれる人も交換するカウルも無いんだぞ!」

あくまでキレる理由は私じゃなくてバイクか。別に良いんだけど。

「悪いね。私としてはあのまま見逃してもよかったんだが、私の上司が追えと言うもので。示しはつけさせて貰うよ」

「やってみろよ。こっちこそケジメつけさせてやる」

神門が言うと上からさっきの案山子がそこらじゅうに降ってきて、あっという間に埋め尽くしてしまった。何だかもう慣れてきた。

「そこから動くなよ」

言い置いて神門が案山子の群れの中に突っ込んでいく。いくらなんでも独りで相手に出来る数じゃない。でも私にはお守りを握りしめて見てるだけしか出来ない。彼は襲ってくる案山子の刃を危なげなく避けながらこの建物の中心まで進んでいった。

案山子は私には目もくれずに神門を追っていく。完全に包囲されて立ち止まった彼は日本刀を構えて殺到する案山子に向けて抜き放った。空気が一瞬ヒヤッとする。何があったのかと思ったその瞬間すべての案山子が袈裟切りされて崩れ落ちていた。神門かこれをやったの?

「秘剣・村雨。何て言うと中二臭いか」

「抜けば玉散る氷の刃。まさかこんな所で魔剣村雨丸の所持者に出逢うとは」

「悪魔の手の陰陽師に言われたくないね。これで分かっただろう。俺は簡単には殺せない。とっととあきらめるんだな」

「なるほど。私は退散させてもらうよ。その力で是非とも生き残ってくれ」

「言われなくても、死ぬつもりはねーよ」

日本刀を鞘に収めた神門が戻ってくる。どこか苦しそうな顔をしているのは気のせいかな。

「神門、大丈夫。怪我とかしてない?」

「ああ、問題ない」

「そう―。えっと、その日本刀がやったの?これ」

「そうだ。この村雨丸は氷を司る法具だ。水分を操る事が出来る」

刀を少し抜いて見せてくれた村雨丸は刀身が濡れていた。

「これ錆びたりしないの?」

「厳密には村雨丸の分泌するこれは水じゃない。正体不明の液体だ。村雨自身がこれで錆びる事はないだろう」

「何かさっきからこういう法術?に関する質問すると分からないとか、だろうとか曖昧な気がするんだけど」

「仕様がないだろ。実際に法術に関しては全く分からないんだから。仕組みが分からなくてもパソコンやテレビと同じで使う事は出来るからな。それよりもここから離れよう」

後ろを振り返りながら神門が私の肩を押してくる。そっちに何があるのかと見ると何か黒い卵みたいな物が落ちていた。良く分からないけどすごく怖い。

「何?あれ―」

「はあ―。人が気を使ってやっているのに。あまり見るな。おれは蛭子の繭。簡単に言うと妖怪の卵だ」

「今思ったんだけど、どうして私そんなものが見えるの?霊感とか全然なかった筈なんだけど」

「霊感はあったんだよ。ただそれを発揮する機会がなかっただけ。工藤さんが思ってるほどこの世界には妖怪も幽霊もいないから。それよりあれが孵化する前に隅っこに言って縮こまっていてくれ。さすがに本物のあやかし相手に庇いながら闘えない」

ぐいぐい隅に追いやられながら振り返るとあの卵が脈打った気がした。まさか生きてる?

「あやかしって何?生き物なの?」

「知らん!ガキみたいに何でもかんでも聞いてきやがって少し黙ってろ」

「なによそれ!分からないからってそんな言い方しなくても良いじゃない」

手を振り払って睨みつけると神門はたじろいで私から一歩後ずさった。

「悪かった。こっちも立て続けに戦わされて気が立ってた。済まない。でも分からないのは本当だ。あやかしも、もののけもその生態は全く分かっていない。分かっているのはあいつらは人間じゃ敵わない化物だってことだ」

「でもキキは妖怪なんでしょ?」

「キキが特別なんだ。良いか?お守りを持っている限り工藤さんの姿は奴らには見えない。だから何があっても声を上げたりお守りを手放したりしるなよ」

「何があっても?」

「そうだ。たとえ俺が死んでもだ」

「―え?」

「大丈夫!キキが来るまでちょっとの辛抱だ。俺には村雨丸がある。心配するな。君は必ず無事に帰すから」

全力で死亡フラグ立てていった気がするけど気のせいよね?

不気味に脈動する繭が膨れ上がり現れた鬼のような角と牙を生やした巨大な蜘蛛に日本刀一本で立ち向かう神門に不安は拭えなかった。

でも自分より遥かに大きな蜘蛛の足の爪や牙から流れるような動きで避けつつ日本刀で戦う姿はとても奇麗で格好良かった。神門が村雨丸を振るたびにキラキラと氷の結晶が飛び散る。

蜘蛛は刀とそれが発生させる氷の刃に全身傷だらけになりながら暴れ回るが着実に追い詰められていった。すごい!これなら勝てる。

「痛ぅ―」

神門とあやかしとの戦いに夢中になっていたら突然、手に痛みを覚えた。痛む手に目を向けると切れていた。

「何で?」

疑問はすぐに解けた。血が何もないはずの空中を伝っていく。

触ってみると薄い糸が張ってあるようだった。良く見ればここだけじゃない。この場所全部が蜘蛛の巣みたいに糸が張り巡らされている。

「それに触るな!」

切羽詰まった神門の大声に身を竦ませて目を向けると蜘蛛と睨み合っている所だった。

「蜘蛛は張った糸の振動から獲物の場所を特定する。その場でじっとしていろ!いいな、何があっても声を出すな!お守りがある限りお前は大丈夫だから」

それじゃあんたはどうするのよ、とは言えなかった。糸が神門の体に巻きついている。身動きが出来ないんだ。

「どこを見ている。お前の敵はここだ!」

きょろきょろする蜘蛛に向けて大声を出しながら神門が一歩一歩近づいていく。進めばそれだけ糸を巻き込むのに。全部私の所為だ。私の場所が知られないように撹乱のためにあんな無茶をしてる。駄目だ、泣いたら。神門かやっている事が全部無駄になる。

糸は村雨丸でいくら切っても余計糸が絡むだけで意味がない。蜘蛛の目の前にたどり着いた時には全身切れて血塗れになっていた。村雨丸だけが一滴の血も付いていない綺麗なまま。

「おおおおおおおおおっ―――――」

刀を振り上げて挑みかかる神門を蜘蛛が呆気なく丸呑みにした。ぐちゃぐちゃ噛む度に口から血が吹き出る。蜘蛛が吐き出したモノがすぐ近くまで転がってきた。それは人の形をしているだけの別のモノだった。悲鳴を上げそうな唇を噛み締めて膝に顔を埋めて震える体を抱きしめて何も考えないようにした。今現実に起きた事を受け入れたら心が壊れてしまう気がした。寒くて体が震える。血の匂いで気持ちが悪い。そのまま時間が過ぎていく。どうなったんだろう。蜘蛛は私を見つけられずにどこかへ行っただろうか。

「―あ―」

顔を上げると目の間に蜘蛛がいた。そいつの沢山ある目と目が合う。声を出したから居場所もバレた。神門だったモノを踏みつけて蜘蛛が血塗れの口を開けた。暗い牙の並ぶ闇が私を向かい入れる。不思議と何も感じなかった。


  七月八日未明に千代田区内のマンションで人が殺された。

現在は一通り現場での捜査は終わり、まだ死体が発見された部屋は封鎖されているものの住人たちは自分たちの生活へと戻っている。室内をあらかた物色し、ラテックスの手袋をゴミ箱に捨てて裏口から外に出てきた。今回も空振り。まあ異常がないことを確認するためにやっている訳だから問題ないのだが。

今日も今日とて昨日に引き続き社長に起こされて雑用を押し付けられた。法術を使った犯罪の有無の確認と言う有り難いお仕事だ。共感覚を持つ俺は法術を使った痕跡を気配で認識する事が出来る。何故なら法具の使用には人の強い意志が必要不可欠だからだ。だから法具を使った後にはその時の所持者の感情が空間に焼き付く。

それを確かめるのが俺の主だった仕事だった。最近殺人事件が頻発しているせいでいつもの二倍くらい回らなければならない。

昨日二回も死にかけたからあまり働きたくない。面倒事に巻き込まれつつある気がする身としては今日ぐらい平穏な一日を送りたい。

まあ、ソサエティのお得意様が桜田門である以上仕方がない。

警視庁公安部第四課資料整理室。思わせぶりな語呂だけどダジャレではなく本当に公安部の資料を整理して管理するのが仕事らしいのだが、そこに所属している奴がこの東京都を領土にしている八咫烏という陰陽師だから。

組織とすら呼べない少数ながら首領が陰陽師(ある法具や法術を解明し自在に使役する者に与えられる名誉称号)と言うマスタークラスの法術師であるせいで社長も無下にできずソサエティとして請け負った業務が右から左に俺のもとに全部流れてくる。

共感覚のおかげで一目で分かるとはいえ正直しんどい。せめてもの救いは八咫烏が法術の研究に興味がなく事件性のあるものにしか目もくれない事だろうか。

期限を設けられている訳ではないので今日は帰ろうと交差点に差し掛かった所で稲妻に打たれたように目眩を覚えた。息をする事も忘れてそれを凝視する。

片側二車線の道路の向こう側に陽炎のようなディテールがはっきりしない黒い影が立っている。頭がある部位は骨のような白い面に覆われていて表情がなく、なだらかな曲線を描いていた。恐怖に竦んで体がうまく動かない。

一歩二歩と慎重に後退りする。そうしなければ転んでしまいそうだった。見られている。面で覆われていて視線なんか感じる筈がないのにはっきりと分かった。動悸がする。自分の呼吸する音がうるさい。何度死ぬような目にあってもこんな事無かったのに。初めて聞いた。自分の恐怖の音。初めて?いや、一度だけ聞いた事がったような。あれは先生が死んだ時――。

気が付いたら瘧のように震えながらでシグザウエルを構えていた。記憶が飛んでいる。体中が汗でぬれて気持ち悪い。いつの間にか影は消えていた。


 ソサエティの事務所に戻ると社長が頭を抱えていた。

「どうしたんですか?」

「どうもこうもない!これをみろ」

何かに脅えた様子の社長がタブレットPCを差し出してくる。

画面にはニュースサイトの記事が掲載されていた。内容はオズ社とヘルメス社が業務提携を結び独自の電子ブックリーダーを製造、販売すると言う事を報じていた。

詳しい事は分からないが世間は今日も平和だ。

「これがどうかしたんですか?」

「どうした、だと?ヘルメスがオズに介入したって事は魔王が動いたと言う事だぞ。おかしいと思っていたんだ。オズの幹部がここ一カ月で全員殺されていた。Qが何も言ってこないから杞憂かと思っていたが。まさかこんな事になるとは」

「そんなに大騒ぎする事なのかねぇ」

社長とは違った意味でパル・マスケも今朝から魔王の話題で持ちきりだった。出会ったら願い事を叶えてくれるという都市伝説だと思っていたがどうやら魔王は実在するらしい。

「無知は罪だぞ竜明!」

珍しく感情を露わに社長が机を叩く。怒りではなく恐怖の感情が彼を覆っている。

社長ほどの錬金術師が何をこれほど恐れると言うのか。

「どう言う意味ですか?」

思わず言ってから後悔した。何故なら無知は罪だが、知る事もまた罪なのだから。

「魔王は第二次大戦中に当時の法術師の半数を殺した怪物で、自然発生する事象と人為的な事象の区別もつかないで法術と纏めて呼んでいるアホ共とは違う正真正銘の法術師だ。この意味が分かるか?」

「取り敢えず社長が取り乱している事は良く分かりました。そもそも、その魔王がたった一人で第二次大戦中に法術師を殺しまくったって話はデマでしょう。世界には社長みたいなマスタークラスの法術師が何人もいる。ましてやその時代は今では暗黒時代なんて呼ばれるほど法術師の最盛期です。不可能だ」

法術師のマスターを殺そうと思ったら一国の軍事力の全てを使って可能かどうかという一騎当千どころじゃない本物の怪物ばかり。現にその怪物の代表が目の前に一人いる。

「では君はソサエティがどうやって、その暗黒時代に法術師たちを征したと思う?」

「それは、社長のようなマスタークラスの法術師が戦争の混乱に乗じてバカやってる奴らを力で―。違うんですか?」

「違う。ボクたちは便乗しただけだ。魔王が悪辣な振る舞いを続ける法術師を皆殺しにすると言いだしたからソサエティは殺されたくなかったら従えと当たり前の道徳を説いて回ったにすぎない。ボクらは何もしていないんだ。結局魔王が止まるまでに当時の法術師の半数が殺された」

沈痛な面持ちで語る社長の言葉には重みがある。あり得ない。

だが信じ難いが社長は嘘を言っていない。

「じゃあソサエティの影響力は、その魔王の威を借る張り子の虎って事ですか?」

「そうだ。そして悪を殺す事が趣味だと言う魔王の宣言は取り消されていない。つまり今も悪事を働けば殺される。ボクにはあいつを止められない」

「それでヘルメス社とどうつながるんですか?」

自分のデスクに腰を下ろして先を促す。怪物を食らう化け物がいる事は良い。

そういうものだと納得しよう。だがそこでコンピュータOSやゲーム機の販売で世界一有名なソフトウェアメーカーの名前が出てくる理由が分からない―事にしたい。

「ヘルメスは魔王が銀の星団を支援するために設立した会社だ」

もう完全に実感の湧かない話になってきた。まだ宝くじで一等を当てた話の方が現実味がある。魔王の次は銀の星団だって?その上世界のトップ企業がその支援を目的に作られた?ああ、こんなこと知りたくなかった。

「銀の星団って、あの銀の星団か?その魔王って奴がその首領?」

社長が力なく頷く。銀の星団なんておとぎ話だと思っていた。規模が大きすぎて全容がつかめない超巨大魔術結社。

かつて世界の表も裏も支配したと言われているが、組織の詳しい事が一切知られていない為に確かな事は何も分かっていない。

「銀の星団は潰れたんじゃないですか?たしかそんな話をどこかで聞いた事がある」

「ボクも聞いた話だけど潰れたと言うよりは乗っ取られたらしい。魔王によって。当時世界を支配していた銀の星団の幹部だった主要七カ国の首相を殺して―な」

「めちゃくちゃだ。ヘルメスはまっとうな会社じゃないのか。オズ社を乗っ取るために幹部を殺して悪人だからって法術師を殺して。こんな事があっていいのか」

「バカが。そんな訳ないだろう。ヘルメスはまっとうな会社だ。まっとうじゃないのは魔王の方だ。恐らく日本の現状を知って我慢できなくなったんだろう。あいつは目の前の人を見捨てられない偽善者だからな」

「もしかして社長、魔王と知り合いなのか?」

「君はまだ寝ているのか?そうじゃなかったらボクがこんなに慌てるものか。日本のソサエティを任されているのに今までオズに対して何も出来なかったんだ。あいつに何て言われるか」

世界規模の話が続いたからてっきり日本に未曾有の危機が訪れる事を恐れているかと思えばすごい個人的な事情だった。俺もオズ社に対してサーバーのデータを盗み取ってきたばかりだし全く無関係とはいかないかもしれない。Qに解析してもらったデータも工藤一姫に該当する項目は見つからなかったし、これ以上何かする積りはないが。

いつも自尊心の強い社長が悪戯が見つかった子供のように項垂れる哀れな姿はこれから何かが起きる事の予兆めいてとても不吉だった。最近のキキの様子も何だか変だし。何か隠し事をしているような気配がする。相談してこないって事は大した事じゃないだろうけど。

「昨日は二回も死にかけるし、今日は幽霊に魔王か。最近の俺はどうも巡り合わせが悪いな」

「幽霊だと?」

社長が死んだ魚のような目で聞き返してくる。頼むからそんな目で俺を見るな。

「そうです。幽霊みたいなモノをここに来る途中に見たんですよ。白い面を被った黒い影でした。初めてですよ。あんな気味の悪いモノを見るの」

「あいつがこの近くに来ているというのか?」

俯いて何か不穏な事を呟いた。あいつって魔王の事か?俺が見たあの影が魔王だって?

「こんにちは」

快活な声に二人して振りむいた。

「―なに?」

鬼気迫る様子に私服姿の工藤瑞姫は顔を引き攣らせて後退りする。俺は急いで顔に営業スマイルを張り付け社長は入って来たのがただの人間だった事に気を抜いて椅子に倒れるように座った。

「こんにちは。何かありましたか?」

「はい。あの、姉さんが帰って来たのでその報告に」

工藤さんがどこか怯えたように言う。俺に対して困惑した感情の色も見える。昨日の今日では仕方がないだろう。だがこのまま嘘をつき通せばいける。

昨夜の出来事は夢だと思ってもらうために鬼蜘蛛を調伏させた後、気を失っていた工藤さんをそのまま家に送り届けてきた。この様子だと上手く騙せそうだ。殺伐としたこっちの世界の事なんか知る必要はない。

「それは良かった。これで一件落着ですね」

「はい。ありがとうございました。それで、あの―昨日の事なんですけど」

「昨日?ああ、依頼料の事ですね。安心してください。まだ一日しか経っていませんしこちらとしても大して役に立てませんでしたからお代は頂けません。そういう事ですので安心してください」

「いや、そういう事じゃなくて。昨日の夜の事なんですけど」

「昨日の夜?何かありましたか?」

「いえ―あの」

工藤さんは視線を逸らして言い淀む。彼女は自分から言葉にすることを恐れている。当然だろう。何せ昨夜工藤さんは俺の見るも無残な姿を目の当たりにし心的外傷を負いかねない体験をしたのだから。俺が肯定しなくても自分からその事を口にするという事もまた、たとえそれが夢かもしれなくても追体験する事と同義なのだ。

「昨日―夢を見たんです。怖い夢でした。そこで彼方に助けて貰ったんです」

彼女はそこまで言った所で一度深呼吸をしてしっかりと俺と目を合わせた。

「神門、正直に答えて。私が攫われてあんたが助けに来てくれて、そのあと案山子や大きな蜘蛛のあやかしに襲われたのは全部、夢だったの?それとも現実?」

「それは怖い体験をしましたね。でも昨夜は外に出ていませんので夢だったんでしょう」

何て強い子だろう。声を震わせながらも恐怖に打ち勝とうとしている。眩しすぎて見ている事が辛いほどだ。だからこそ強く思う。彼女の思いに応えられない。こういう人をこちら側に招き入れるべきではない。

「―そう」

「なぜ嘘をつく。工藤瑞姫の勇気を無碍にする積りか?昨日あった事は全て現実だと教えてやるべきじゃないのか?」

突然出現した白い面に黒衣の男の言葉に俺は面食らい、振り返った工藤さんはふらふらと後退りして道を開けた。自然と幽霊―いや魔王と対峙する事になった。

「どうした。何とか言えよ」

「言っている意味が分から―――」

悲鳴が聞こえる。

今突き飛ばされたのか?気が付いたら窓ガラスが割れて外に放り出されそうになった体を反射的に窓枠を掴んで支えた。衝撃で明滅している視界の中を魔王が近づいてくる。

「何だって?悪いな。聞こえなかった」

「知らねえって言ったんだよ!」

胸倉を掴まれ持ち上げられて足が床から離れる。体格も身長も大して変わらないように見えるのに何て力だ。

「お前、面白いな」

「待って!」

工藤さんの言葉に魔王は踏み出した足を止めて振り返った。

「現実ってどういう事?何を知ってるの?」

「全てを。お前は何が知りたい?答えてやろう」

魔王は俺に興味をなくしたように手を離して解放すると工藤さんに向き直った。

「―やめろ」

声が掠れて上手く出ない。止めなくてはならないのに身体も冗談のように動かなくなっている。タロットカードで占った現在を示す運命の輪は消えていないんだ。選択を誤れば死の運命を回避できない。

「昨日私の身に起きた事は、全部、現実だったの?」

「そうだ」

「証明できる?」

「もちろん。それを望むならば―」

魔王が白い面に手をかける。

「アンバー止めろ!」

痛切な社長の制止の声を無視して露わになった顔に頭の中が白く塗りつぶされた。

左目を覆う海賊じみた黒い眼帯に顔全体に走る×の字の大きな傷跡。それら人の目を引くものよりも自分の目を疑ったのは奴の素顔が俺にそっくりだった事だ。世の中には三人は同じ顔の人間がいると言うがこんな偶然があるのか。

「どうだ?この顔に見覚えはないか」

工藤さんは瞠目したまま俺とこいつの顔を見比べて力なく首を横に振った。

「そうか。じゃあこれならどうだ?」

顔を手で上から下へ撫でつけると傷跡も眼帯も消えて現れたのは昨日俺を撃った男の顔だった。

「―あ―。ああ、あの時の―」

「憶えていてくれたか。そうだ。俺はあの場にいた。これで証明になったか?」

「アンバー悪ふざけが過ぎる!」

「さっきから何を慌てている?何か都合の悪い事でもあるのか―翡翠?」

顔を戻した魔王に睨まれ社長が唇を噛む。自己保身に必死なのではなく本当に何か隠しているのか。沈黙は金と言う言葉通り黙っていて貰おう。先ずはこいつが言ってはならない事をべらべら喋っている状況を力ずくでも止めなければ。

「おい―」

「五月蠅い」

掴みかかった手を取られ気が付いたら強かに尻餅をついていた。目を白黒させる俺の左手を捻り上げながら工藤さんをその隻眼で覗き込むようにして言う。

「訊きたい事があるんだろう?ほら言ってみろ」

「あれが現実だったなら。どうして―あんたたちは生きているの?」

工藤さんからその言葉を引き出したそいつが俺を彼女の前に突き飛ばして悪魔のように笑った。

「それは―俺もそいつも人間じゃないからさ」

「人間じゃない?」

「ああ―この場で人間はお前だけだ。工藤瑞姫」

工藤さんが床に座っている俺を見る。不信感に満ちた疑心暗鬼になっている目。魔王の言葉に完全に呑まれている。昨夜のトラウマ物の出来事を突かれながらあんな演出交えて迫られれば引っ掛かるのも無理はない。彼女を助けたい。でも事実に嘘で打ち勝つ事ほど困難な事はない。俺はどうすればいいのだろうか。工藤瑞姫はもう俺の依頼人じゃない。ここで魔王と闘ってまで守る必要があるだろうか?

「おい、お前この期に及んで何尻込みしてんだ」

魔王が俺の首を鷲掴みにして持ち上げられる。

何の抵抗も出来ずいくら暴れてもビクともしない。本当にこいつ何で出来ているんだ。

「―がっ―ぐぅ―」

「情けない。失望したぞ。お前ぐらいの年ならもっと我欲を剥き出しにして手がつけられないくらいだと思っていたが。何だそのザマは?伽藍堂の人形の様じゃないか!お前の意思はどこにある?善悪も正邪もそんなつまらない価値観に縛られている訳でもないのに何を迷う?好きなようにやれば良いじゃないか。なあ神門竜明!」

「ちょっと!やめて!それ以上やったら―」

「死ぬ?いいや―こんな首を絞めたぐらいじゃ死ねないよ、こいつは。数分息が出来なくても少し頸動脈の血流を止めても生きられるように出来ているんだから」

取りすがる工藤さんを優しく制しながら魔王が俺を放り投げる。

咄嗟に受け身を取りつつ懐のシグザウエルを抜き、片膝をついた体勢で照準を魔王の眉間に合わせた。

「動くな」

「なってないな。四の五の言わずに撃てよ。臆病者」

「あ?」

「パワードギアの所持者の癖に武器が無いと怖くて戦えないんだろう?」

「アンバー。それ以上お客様の前でうちの社内秘の事を話すのは止めろ」

静かに威厳の満ちた態度で社長が言う。

だがこっちに歩いてくる途中でいつの間にか現れたラピスに足を引っ掛けられ転んだ所を上に乗っかられて取り押さえられる姿が視界の端に見えた。

今日はとことんカッコ悪いなあ、社長。

まあ味方に突然裏切られたら当然か。

「何をする。ラピス!」

「いけませんよ。翡翠様。マスターの邪魔をしては」

「―な―に―?」

ラピスの言葉に社長が瞠目する。

「アンバァー」

「しばらく会っていなかったが良い子に育ったな―ラピスラズリ。お洒落もするようになって女の子らしくなったじゃないか」

社長の怒声を無視して魔王がラピスの頭を撫でる。

彼女はそれを気持ちよさそうに受け入れていた。空気がピリピリと張り裂けそうなほど張りつめているのに悲しいほどにシュールな光景だ。

「お前は一体何なんだ?目的は何だ?」

「はん。銃を突きつけて言う事がそれかよ、低能が。そんな物で何か出来ると思ってるならやってみろよ、そら!」

侮蔑の色を宿した目で俺を見下ろし両手を広げて迫る魔王の頭に改めて狙いを定め、引き金に指をかけ―、

「神門!」

唐突な大声に体が硬直した。魔王を庇うようにして立ちはだかる工藤さんにこの場にいる全員の視線が集まる。しまったな。ちょっと存在を忘れていた。

「何の積りだ?」

退けと言う必要はない。彼女じゃ魔王を庇うには頭一つ分身長が足りないんだ。

と言うより危険性なら銃より魔王の方が断然上だろう。

それを理解しているのか工藤さんが勇気を振り絞って必死に訴えかけてくる。

「神門、銃を下ろして」

「はぁ?」

工藤さんがビクッと震える。我ながら想像以上に不機嫌そうな声が出た。それでも負けじと拳を握りしめて俺から視線を逸らそうとしない。

「それは―戦う意思のない人に向けて良い物じゃない」

「お前はそいつが俺に何をしたのか見ていなかったのか?」

「それでも銃を向けるのはやり過ぎよ」

「五月蠅い。これは俺とそいつの問題だ。巻き込まれて死にたくなかったら部外者は邪魔だからさっさと帰れ」

「嫌よ」

決然とした声に一瞬、魔王から彼女に視線を移す。なぜそこまでそいつを庇う?

「だって、私は部外者じゃない」

「なに?」

「神門がこの人と戦おうとしてるのは私に昨日の事を知られない様にする為なんでしょ?」

「―思い上がるな。俺は―」

「だったら!話してよ。あまりはっきり思い出せないけど、ちゃんと聞くから。怖くても頑張るから。昨日、何があったの?私の記憶はどこまでが現実で、どこまでが夢なの?」

昨夜の出来事はすべて夢だった。そう言うべきなのに言葉が出ない。彼女に昨夜の事を説明すればこっちの世界に片足を突っ込ませる事になる。タロットカードで占った死の運命の原因がそれならば絶対に避けなければならない。でも、この状況でどう誤魔化せば良い?

魔王は工藤さんと俺を見下ろして何も言わずに見ている。社長はラピスを乗せたまま動こうとしない。万事休すか。

「神門、銃を下ろして。こんな理由で戦わないで」

俺の目の前まで歩いて来た工藤さんが俺の腕に触れる。その震える手に促されシグザウエルを下ろして立ち上がる。

「分かった。話すよ。降参だ」

「―神門」

ぎゅっと強く腕を掴まれて驚いて魔王から工藤さんに視線を移した。意志の強い瞳が不安に揺れている。話すと言ったのに何故だ?もしかして彼女にとっては昨夜の話が聞けない事よりも俺が魔王と戦う事の方が嫌だったのか?

俺はとんでもない悪手を打ってしまった?

シグザウエルを懐のホルスターに仕舞うと工藤さんが手を離す。

その安心した気配に舌打ちをしそうになった。だが、まだ何とかなるはずだ。

ため息をついて、社長の上に座っているラピスに目を向ける。

「ラピス。コーヒー淹れてくれないか?」

「自分でやれ」

けんもほろろに断られた。いつも通りだけど悲しい気持ちになるのはなぜだろう。

「ラピス皆に飲み物を」

「はい。少々お待ち下さい」

社長の事など忘れたように魔王の言葉に従って給湯室へと消えていった。

「悪いな」

「話す気になったんだろう?だったらそれを妨げる必要はない。それだけだ。物事の善し悪しや行動を決めるのは本人。たとえどれだけ残酷な事実だろうと工藤瑞姫の事を本気で考えるなら全て教えてやるべきだ」

「相変わらず傍若無人で格好付けたがるのは良いがな、ボクの事務所をめちゃくちゃにした責任は取ってくれるんだろうな?」

窓ガラスが割れて散乱しパーティションが倒れている惨状を指して社長が今にも地団太を踏みそうな様子で言う。

「はん。壊されたくなかったら初めから自分で壊されないように守って見せろよ、アホが」

なんて魔王は言っていたが事務所は初めから何も無かったかのように綺麗に成っていた。

これは法術なのか?何か目眩がしてきた。

勝てる気がしねえ。

談話室に集まった面々に各自コーヒーを配られ上座に魔王、下座に俺とその隣に工藤さんが座り社長はソファに座らず自分の椅子を持ってきていた。ラピスはどこかへ行って帰ってこない。

「さて―暴力反対なので話し合いで決着をつけようと言う事で。工藤さんに昨夜の説明をする都合上、本当の事でしたってだけじゃ済まされない雰囲気だし、一応こちらの魔王も―。そう言えばあんたの事なんて呼べばいい?アンバー?」

「好きなように呼べばいい。俺には特定の名前はない」

すげえ投げやりに言われた。本当にどうでも良いらしいが俺にどうしろと?

「―一応、アンバーもソサエティのお客様だ。話があるなら聞く必要がある。と言う事で皆それで良いな?」

無言。味方は一人もいない。妙案もない。適当に流せば何とかなるか?

どうせ俺も法術については詳しく説明できないし。本人が憶えていない事まで詳しく掘り下げる必要はないだろう。小惑星の力学の破れを見つけ出し死の運命を覆す。

どうか力を貸して下さい、先生。

「じゃ―まずアンバーの要望に応えて工藤さんの質問に答える。昨日の夜あった事は全て現実だ。君を攫いに来たやつらはみんな殺された。ニュースになっているのは確認した?」

工藤さんを見るとしっかりと頷いた。

多少冷静さを取り戻してくれたようだ。

「その後案山子と鬼蜘蛛に襲われたのも事実だ。これで良いかな?」

「うん。あの時の事は覚えている。結局さ、一番良く分からないのは法術って奴なんだけど。いったい何なの?」

「いまだに解明されていない科学現象としか言えない。本当に何も分かっていないから簡単に魔術とか超能力みたいなものという認識で間違いはない」

「そこで化け学と言わない事は評価できる。クラークの三法則は正しい」

頬杖をつき足を組んで偉そうにしていたアンバーが口をはさむ。かなり迂遠に未熟者と言われたような気がするが、それこそ気のせいだろう。

「あんたたちが無事だった理由も法術にあるのよね?」

「そうだ。俺はパワードギアの所持者だ。並大抵の事では死ねない。たとえば高層ビルから転落しても拳銃で撃たれてもあやかしに噛みつかれても。

アンバーが無事だった理由は知らないが」

「俺はそもそも太刀で斬られていなかった」

「は?」

嘘をつくなと語気を強めて睨むと赤みがかった琥珀色の隻眼と目があった。

「そのコーヒーは泥水だ」

社長の飲んでいるコーヒーを指差してアンバーが言う。唐突な言葉に怪訝な顔をするのと社長が咳き込むのはほぼ同時だった。

「貴様!いい加減にしろ」

「キャンキャン吠えるな愚鈍が」

アンバーが言う前にも社長はコーヒーを飲んでいた。と言う事は物質か知覚を変化させた可能性がある。

「つまりお前は幻覚を操る法術が使えるのか」

「違う。そんな生易しいものじゃない。こいつの法術は人の意識操作だ。催眠術のよりももっと強力に運動、感情、記憶を支配して、やろうと思えば本人に自覚させることなく人を思うように操れる。幻覚なんてただの遊びだ」

それが本当なら何てデタラメ過ぎる法術だ。

あの夜の出来事はどこまでが本当はどうだったのだろうか?

脳を支配できるなら全てが疑わしく思える。

こんなの生物に対してなら無敵じゃないか。

「言っておくが俺はそんな強力に支配出来ないぜ。コーヒーだって元に戻っているだろう?制約は何にだってあるもんだ。えげつなさなら俺よりゾンビパウダーを所持しているお前の方が上だろう?竜明」

「ゾンビパウダー?」

アンバーの言葉に全員の視線が俺に集まる。嫌な水の向け方をしてくれるじゃないか。

「パワードギアの別称だ」

「正確には特殊霊魄強化内骨格。開発当初こそエクシードギアと対をなす形で設計されたため、そう呼ばれていたが実用段階に入り実際に生産され始めるとゾンビパウダーの方が定着するようになった。材料が死後一時間以内の人間の死体が千体である事、生成された法具が白い粉末状になる事、そしてゾンビのように致命傷を負っても生きていられる事からな」

簡単にしか言わなかった俺の言葉をついでアンバーが詳しく説明する。工藤さんが顔を青ざめさせている。だから嫌だったんだ。

「本当にそんな物が作られているの?人の死体から作られたものを神門は使っているの?」

「―俺は―」

「それはどうだろうな?」

「は?」

「アンバー」

「確かにそのタフさはパワードギアのモノに見えるが、実はあれには人間の骨格の代わりに装着するのに出力が高すぎて細胞を破壊してしまう欠陥があるんだ。それを補う為に治癒能力を付加して超回復再生させているんだが、今度はそのせいで所持者はあっという間にヘイフリック限界を超えてしまうようになった。結果、常に薬物投与を行っていなければ急激な老化と細胞のがん化で死に至る筈なんだが―お前はそんな素振りが全くなさそうだ。どう言う事だと思う?」

「アンバー。よせ!もう良いだろう」

椅子を蹴って立ち上がった社長の言葉にアンバーは唇の端を釣り上げただけで口を噤んだ。

どう言う事だろう。

毎回、社長は俺の話になると口を挟んでくるが何を隠しているんだろうか?

「ゾンビパウダーについてやけに詳しいな。誰か他に所持者を知っているのか?」

「俺がゾンビパウダーを設計した」

沈黙が下りる。

工藤瑞姫は話についていけなくなって目を回し、社長は話題がタブーに触れそうにならない限り黙っているようだ。

やり辛い。敵の手が読めない。言ってる事が偶に意味不明だ。誰か解説してくれ。

「パワードギアが歴史に登場するのは今から四百年以上昔なんだが―お前一体今何歳なんだ?」

「さあな。ずっと以前に数えるのを止めた。少なくともお前よりは長く生きているな」

こいつの声からは嘘の気配がしない。全部本当なのか?考えるのを止めよう。こいつの歳なんてどうでもいい。

「工藤さん―これで君の知りたい事は分かったかな?」

「うん。まあ多分。改めて、あの時はありがとう。あんたが私に本当のことを話したがらなかった理由は何となく分かったわ。でもアンバーさんは一体何がしたいの?私を攫ったりここで一緒にコーヒー飲んでたり――何者?」

「俺か―俺はこの人外共の先輩だ。お前を攫ったのはオズがやってた人身売買の実態調査のための潜入調査だったが―ここにいるのは別の俺個人の理由だ」

「人外ってそういう言い方やめて。ここにいる人たちは普通じゃないかもしれないけど人間でしょう?人殺しのあんたに言われたくない。人助けのためなら何をしても何を言っても正当化される訳じゃないのよ」

「あははっ!工藤―お前は甘い。法術師ってものをまだ何も分かってない」

工藤さんの言葉に怒りの色を滲ませてアンバーが言う。

「俺は自分のしている事が正しいなんて思っていないし正邪で判断した事もない。それに人外を人外と言って何が悪い?そこにいる翡翠は子供の頃にアルフヘイムに迷い込んで、そこの物を食べて生きていたから見た目はガキだが百年以上生きてるチェンジリングだぞ。このままならあと九百年は余裕で生きられる。それが人間か?」

工藤さんが社長から俺に問いかけるような視線を向ける。

社長は肩をすくめ、俺はうなずいて肯定した。

「ボクはエルフもどきだ。光の精霊と暮らしていたおかげでボクの体は彼らの力の影響を受けてとても人間とは言えないものに変質している。この姿も力を押さえているからで本来は竜明と同じ位の外見だ」

工藤さんが事実をうまく飲み込めずに呆気にとられている。俺は社長が本気で戦っている姿を一度目にした事がある。

モドキとはいえ光の精霊の力の異常さに当時の俺も茫然とそれを見ている事しか出来なかった。思えばそれ以来、俺は社長には逆らえなくなったんだっけ。

「精霊って本当にいるのね」

「当たり前だろう。あやかしともののけは絶滅危惧種だし精霊は人間嫌いが多いから滅多に合わないだけだ。光の精霊のエルフの連中もアルフヘイム創って引き籠って出てこない」

「と言うより妖怪はそうだけど精霊は人間とは価値観も言語もモノの考え方から全く違うからそもそも交わる事がないんだよ」

アンバーの乱暴な言葉に俺が注釈する。エルフは本当に人間を嫌っているらしいけど。

「そういえば社長とは昔から知り合いなんだっけ、アンバー?」

「アルフヘイムから帰って来たばかりでまともに言葉も喋れなかったこいつを拾っていろいろ教えてやったのが俺だからな。こいつやラピスの名前も俺がつけたんだぜ。なあ?翡翠」

「まあ―当時の事はあまり思い出したくはないが、感謝しているのは―確かだな。ラピスが未だにアンバーの事をマスターだと思っている事には驚いたが」

「アホが。お前の不能を人のせいにするな」

不貞腐れたように言う社長にアンバーが椅子を蹴り付けて睨む。

「ラピスがお前を認めないのはお前自身がラピスの事をロボットだからって一個の人格を持った生き物だと認めてないからだろうが。今も自分が作った兵器の一つとしか思えないんだろう?百年以上たっても成長しないな―お前は」

「ちょっと待て。ロボットって何だ?」

「知らないのか?ラピスラズリは俺とこいつで作ったロボット―いやヒューマノイドの方が正確か。ラピスは俺が昔開発していたAIの実験用にそのコピープログラムをのせるために翡翠の兵器として作られたんだ。人間に出来る事は一通り出来るように作ったから見分けはつかないだろうがな」

アンバーの言葉に全員が押し黙る。ラピスがヒューマノイドなんて信じられない。というよりは実感が持てない。それ以上にそこまで忠実に人間に似せて作れる技術の方が信じ難い。

「バカどもが。何を驚いてる。充分に発達した科学は魔法と見分けがつかない。ならその魔法にあたる法術を扱う法術師が現代の科学を超える知識を持っている事に何の疑問がある?」

アンバーの悪罵に耳が痛い。分かっている積りだったのに改めて言われて痛感する。俺もまた法術に使われる側の人間と言う事か。

「分かったか?工藤瑞姫。これが法術であり、このクズが法術師だ」

「人の悪口言う前に自分の口の悪さを直しなさいよ」

「はっ。そのクズに俺も含まれてるから気にするな」

アンバーの不敵な様子に工藤さんが眉根を寄せる。言って聞くような奴じゃないのは分かるだろうに真面目な人だ。こいつにそんな口を利ける彼女を俺は尊敬するよ。

「神門はどうなの?この人のどこが人間じゃないの?」

「ああ―そいつの事は俺も確信がある訳じゃないが―」

「アンバー。いい加減にしろ。自分の用件を言え。工藤君もあまり人の事を詮索するのは感心しないな」

「あ―ごめんなさい」

「はん。どんな秘密もいずれ露見する。それが秘密だ。隠せば隠すほど見つかりやすくなるぞ」

アンバーが俺を見て口元をゆがめて笑う。さてどうする、と言うように。

社長がどんな事を言っても睨みを利かせても意味はないだろう。ならば―。

「社長―ありがとう。でもいいんだ。聞かせてくれアンバー。お前は俺の何を知っている?」

「これは俺の用件につながる事だが―」

間を置いて身を乗り出すと俺を睨む。その視線の鋭さに身体が震える。

「俺は弟子を取らない主義だが一人だけ昔にどうしてもと強請られて教えていた奴がいる。数年で俺から独り立ちした優秀な法術師だった。そいつと少し前から連絡が取れなくてな。最後に言葉を交わしたのが三年前に京都の一条戻り橋の封印の解き方を教えてほしいと言うものだった。それ以降連絡がつかない。どうやら向こうから拒否しているらしいから好きにさせておいたんだが。久しぶりに日本に来たから東京によって調べてみたら一年も前に殺されていた事が分かった。ところで質問だが―竜明お前今年で歳はいくつになる?」

「さ―三歳だ」

「え?」

頭がぼうっとする。アンバーの目を見られない。気持ちが悪い。そうか。アンバーは先生の関係者だったのか。

「お前が俺の弟子の安倍円香を殺したんだな?」

「―――そうだ。先生を殺したのは俺だ」

俺とアンバー以外は口を噤んでいる。聞かれたくない。知られたくない。

でもこれは俺にとって必要な事だ。避ける訳にはいかない。

恐ろしいほどの憤怒の気配に目の前が滲む。これは何だ?

「やはりそうか。神門竜明なんて俺の名前の一つを名乗っているからまさかと思ったが―まあいい。法術師をやっていればヘマして死ぬことくらい日常茶飯事だ。俺は円香の意思を尊重する。俺の敵である竜を育てていた事も大目に見よう。おい―こっちを見ろ」

アンバーが俺の髪を掴んで俯いていた顔を掴みあげる。

「泣くなガキが。助けを求めても手を差し伸べてくれる奴はお前が自分で殺したんだ。前を向け。堂々と胸を張れ。悔いるなら先にやる事があるだろうが。俺はお前を責めてる訳じゃない。千年前に封印されたお前が人の姿で生きている事も良い。今すぐ殺してやりたいが円香が死んだ事も良い。それは円香とお前の人生だ。俺には関係ない。俺が聞きたいのは一つ。お前の先生から何か預かっていないか?円香は俺の言い付けで出家して帰る場所はなかった筈だ。ならお前が継承した可能性が高い。持っているなら『銀』を俺に返してくれ。それさえ返してもらえればお前がどうなろうと知った事じゃない」

俺が先生に発見された当初はまだ赤ん坊だったという。それが二年足らずで今みたいに成長してそれでも先生は俺を大切に育ててくれて法術まで教えてくれた。

今では先生の遺してくれた物でなんとか暮らしていけている。感謝してもし足りない恩人だ。その師匠が死ねと言うなら死んでも良い。返してくれと言うのなら何でも返す。でもそんな物知らない。

「――何の事だ?」

「表にとめてあるドッペルアドラーと村雨丸の他にお前が継承した法具があるだろう?」

アンバーの言っている意味を理解して身体が自然と震えた。

「なあ?翡翠も何か知らないか?円香から何か預かれるのはこいつかお前だけの筈なんだが?」

ソファに座りなおしたアンバーが社長に目を向ける。口元に浮かんだ残忍な笑みが全て分かった上で言っている事を示唆していた。

「知らん。彼女とボクはただの社員と社長でしかなかった。遺品なんか一つも貰ってない」

「はん。今はそれで良い。だがいずれ何としてでも返して貰う。俺の用件はそれだけだ」

面を被り立ち上がった彼は魔王として睥睨して―、

「分かっているだろうがオズとの事は俺がケリをつける。俺の友人の作った会社を食い物にしていた奴らは俺が全員この手で殺す。邪魔をする奴も殺す。いいな?ちゃんと布告しておけよソサエティ副首領殿?」

下知を下して去っていった。

「どうするつもりですか?」

俺は震える体を押さえつけて社長に問う。

「我々の姿勢は変わらない。銀など知らん。しかし魔王の言葉は絶対だ。盟約に基づきこれよりソサエティはオズ社に関して一切干渉しない。途中の案件も破棄する。他の結社にも同様の命令を下す。それに背く者には死を以って贖って貰う。それと竜明。君には自宅謹慎を命ずる。これから魔王が去るまで仕事をするな」

「でも――」

「これは社長命令だ」

はいとは答えられなかった。このままでいいのだろうか。あいつを野放しにすれば沢山の人が死ぬ。俺には正邪も善悪の概念もない。やりたい事も知らないし分からない。

こういう時、先生ならどうするだろうか?敵わないと知りながら立ち向かうだろうか?今まで人のためと先生に言われて戦ってきた。魔王のやることを見逃す事は今までやって来た事をすべて否定する事になるんじゃないか。俺はこのまま逃げていいのか?誰か教えてくれ。


 時刻は午前二時を回った。

ソサエティの事務所は電灯を点けていないせいで真っ暗だ。

ラピスも寝ているため物音一つしない。

その静寂の中、ボクの机の上でスタンドに立て掛けられたタブレットが控えめに振動して着信を知らせた。

「待たせたな。もう良いぞ」

「Q、ボクが貴様に連絡した時間を覚えているか?」

「は?確か―一八時くらいだっけ?」

「そうだ。約八時間も待った。これは必要な時間だったのか?今まで何をしていた?」

わざと苛立っている風を装って強い口調で早口に捲し立てると、戸惑ったような声が返って来た。

「今使ってるIP電話アプリ作ってたんだよ。今まで使ってたやつは魔王に知られたから。新しく環境整えて、セキュリティ強化してたんだ。ゲームする時間削って!それとも社長の話ってのは誰に聞かれても良いようなものだったのか?」

軽い挑発にQの言葉が次第に苛立ったものになって行く。本当にゲームの時間を割いてまで仕事をしていたのか?

いや、あり得ないな。普段二十時間もPCの前に張り付いて複数のモニターでゲームをしているくせに。いったい何分削った事やら。

まあ、真偽の程はともかくそんな事はどうでも良い。彼は諜報のプロだ。

百年以上前の第二次世界大戦中に魔王を情報戦で苦しめた怪物を相手にボクが情報を聞き出せるとは思えないし、ミスを期待するのは楽天的すぎる。

だが、まずは今も魔王の側にいるかのどうか。

それだけは確かめなければ。

「お前はどうだか知らんが、ボクには後ろめたい事など何もない。第一どれだけ頑張った所で、ボクたちでは魔王にもアイリスに太刀打ち出来るとは思えない」

「いやいや、だからって開き直ったら駄目だろ。俺の努力はどうなるんだ。俺の時間を返せ」

「努力なんてそもそも報われないものだ。報われたらその時点でそれはもう努力とは呼べない。だからボクは努力と言う言葉が嫌いだ。骨を折らなければならないのなら止めるべきだと思っている。仕事に勉強、それと―友人も」

最後の言葉を強調させて言うと数秒、Qが沈黙した。

「――社長さ、ほんと魔王に似てるよな。作戦の立て方とか、口調とか、その陰湿で迂遠な言葉選びとか?はっきり言えよ。俺の事が信用できないって」

ボクの信用を失いつつあることを知ってなおQの態度は変わらず、電話越しの声からはニヒルに嗤っている気配すらある。相変わらず度し難い虚無主義者だ。

「分かった。良いだろう。ボクは今、このまま貴様をソサエティで雇い続けるか選択を迫られている。銀の星団から出向してきているとはいえ、今貴様はうちの社員だ。客分としてではなく我が社の者たちと同様に扱ってきた。それが信用の証だったからだ。だがボクにはお前がどちら側にいたがっているのか良く分からなくなってしまった。Q―ボクはお前をソサエティの社員として処分すべきか、それともお前の首を切って銀の星団に送り返すべきなんだろうか?」

「言い訳はしねーよ。俺は社長を裏切った。どっちもお前を殺すって言われてる気がするから言う意味があるのか分かんねーけど、ソサエティか銀の星団どっち側かって言われれば、俺は今でも銀の星団だって答えるだろうな」

沈黙する。次の言葉が出てこない。少なからずQの返事は予想できていたものの、ショックだったのかもしれない。Qも黙っているが回線が切られた様子はない。ボクの言葉を待っているのか。Qには魔王が日本に来たら報せてくれるよう依頼してあった。

動向を探れと言う大袈裟なものではなく、ただ単純に会いたくなかったのだ。その為にQには少なくない額を毎月依頼の継続費を支払ってきた。子供じみた感情で我ながら恥ずかしいが、この感情だけはどうしても自分の中で消化する事が出来ない。魔王―アンバーは真っ白だったボクにとって全てを与え、全てを奪っていった人だ。憎くて憎くて毎日ひたすら彼を殺す事を考えていた時もあった。でも今は座りが悪い、むず痒い感情が渦巻いていて顔を見る事も冷静に接する事も出来ないのだ。まるで反抗期の子供が親に対する感情のように。ボクのこんなくだらない感情のせいで竜明がアンバーに見つかってしまった。

またアンバーに仲間が殺される。ボクのミスだ。どうして―こんな事に―。

「何故だ―。何故、裏切った。貴様が魔王の来日を報せなかったせいで竜明は死ぬんだぞ」

「魔王に言うなって言われたから。それに魔王は赤を―神門竜明を殺さない」

「何故―信じられる。奴は―頭のおかしい、人殺しだぞ!」

「―くっくく」

タブレットPCから聞こえてくる、くぐもった笑い声に我に返る。

「―何が可笑しい?」

「いや―。はあ?って感じ?笑うつもりはなかったんだけどね。思い出したよ。あんたこっち側の人間じゃなかったんだよな」

「どういう―」

「色々言いたくない事があって今みたいになったんだろうけどな。まさか円卓騎士団の湖の騎士様が今更そんな事を言うとは思わなかったって事だよ。魔王が気違いの人殺しだって?そんな事、言われるまでもなく知ってるつーの。なあ社長―いや、翡翠。思い出してみろよ。逆にさ、魔王の周りにいる、それこそ円卓騎士団のガキどもの誰か一人でもその事を知らずに、あの人が善人だって思っているようなバカがいたか?」

「それは―」

居なかった。居る筈がない。

アンバーは自分の悪性を一切隠そうとして居なかったし、なにより当時は殺人が肯定されている時代だった。

いや、それでなくても、あいつは自分を隠そうとはしないだろう。

だというのにアンバーの周りには常に人が集まって来ていた。

百年以上昔の当時も第二次世界大戦によって傷つき、帰る家や土地、或いは家族を失った何百人と言う人間が人種、国家、老若男女問わずあいつを慕って、あいつを中心に共に生活していた。

世界各国を巡りながら無節操に困っている人に手を差し伸べながら戦争孤児を引き取って歩いていた事が原因らしいのだが、未だにボクはアンバーが何の目的でそんな事をしていたのかを知らない。

ボクも奴隷商人に売られている所を助けられた一人ではあるが、ボク自身を含め周りの子供たちもアンバーが慈善事業でそんな事をしていると思っていなかったし、目の前で軍隊を相手に殺戮を繰り返すアンバーを他の誰よりも魔王と呼んで畏れていた。

だが、一方でアンバーの事を異常に崇拝する者達もいた。

それが円卓騎士団なる集団だ。

ただただ魔王のためにという理念だけを掲げ、各々がバラバラに好き勝手に行動する烏合の衆。

そんなものに一時期だけとはいえ、一番強いからという理由だけでそのリーダーをしていた事は若気の至りとはいえ赧顔に耐えない。

「――反論出来ねーだろ?あんたにゃもう理解できないかもしんねーが、俺達みたいな奴にとってあの人の狂気こそが救いだったんだよ。人を殺すために生れて、人を殺す事しか知らなくて、戦争が終わったって何をすればいいのか、どこへ行けばいいのか分からなかった俺にあの人は道を示してくれた。人として間違っているかもしれねーけど、俺は魔王についてきた事を後悔した事はねーよ」

「貴様は知らないからそんな事が言えるのだ!貴様には解らない。アンバーの―魔王の本当の狂気を知らない貴様には絶対に解る訳がない!」

違う。本当はそんな事、思っていない。

ボクが魔王を信じられなくなった理由はもっと個人的な事だ。

アンバーの狂気は副次的なものにすぎない。魔王が善悪敵味方関係なく人を殺す事は当たり前の事だ。それが分かっていながらボクは勝手に信じて、勝手に裏切られた気になって怖くなった。

要するにそれだけの事。顧みれば恥ずかしいがボクは魔王に甘えていたのだ。

アンバーは殺人鬼であり、目の前で何千何万という人々を殺している様を見て居ながら、たった一人の身近な人が殺されただけで彼の傍に居られなくなってしまった。

「―はぁん―」

「何だ!」

「いや。なるほどね。トラウマになってる訳だ?俺も解る気がするよ。死ってものや命なんてものは、その他大勢のモブがいくら死のうが実感し辛いからな。あんたは育ての親が魔王に殺されてようやく理解できた訳だ?」

「―何故、その事を――」

知られている筈のない秘密を、さも当然のように言われて愕然とした。

いつの間にか身体が震えている。

「小惑星の力学だよ。魔王がいつも言ってるだろう?これを理解するためには情報力と超直感が必要だって。まあ、要は何でも知ってろって事だ。それで昔、黒い巨人の話が気になって調べた事があるんだ」

なんて事だ。

そんな未熟な理解で嗅ぎつけるなんて。

小惑星の力学はラプラスアルゴリズムという因果律に関する論文だ。

一見、それは天体力学の多体問題を解決する理論のようだが、実際は量子力学の観点からラプラスが提唱した知性の存在を肯定し、それがいかにして未来を予測し支配しているかを証明したものだったはず。

ボクにはそれ以上の事は全く理解できなかったが。

「ボクも一応、読んだ事があるが貴様が黒い巨人―ネフィリムからあの事に辿り着くとは予測できなかった」

「ああ。あれネフィリムって言うんだ。何か在り来りな名前だなあ」

「は?それは―まさか貴様!」

しまった。

はったりか!

「核心がなくても知ったかして話すのは魔王の十八番だろう?アラビア半島にある国々が地図から無くなった事件を調べていて黒い巨人の写真を見た時はマジでゾッとしたよ。それでピンと来たんだ。アラビア半島が放射能で汚染されて人が住む事はおろか防護服を着ていても危険な場所になった当時、魔王が居た場所が中東であること。原因不明正体不明の爆発の直前に目撃された黒い巨人。魔王と行動を共にしていたらしい魔法使いとさえ呼ばれたソサエティ首領のオズワルド・メイザースが行方不明になったのもちょうどその頃だ。具体的な事は判らないが何があったか推測する事は出来る」

「それで?そこからどうして魔王がオズを殺したと判断できる?証拠はないのだろう?」

「ああ、無いね。だがあんたの一人称がずっと気になってた。あんたの言葉は魔王に習ったせいで、すっげえ偉そうだ。なのに自分の事を僕って呼ぶのはしっくりこない。だから魔王以外に自分の事を僕って呼ぶ人物がもう一人傍にいた筈だって思うのは自然だろう?」

「それがオズだと?」

「そう!あんたが魔王のもとを去ったのもちょうどこの事件があった後だ。狂信者集団の円卓騎士団が全員無事だったのに、そのリーダーが魔王の傍に居られなくなったなんて変じゃないか。理由があるとすればそれは、魔王がオズを殺す所を目撃したからだ」

悔しいがその通りだ。

ボクはその時、魔王の本当の狂気を目の当たりにした。

今でも忘れる事ができない出来事だ。ボクは確かに心的外傷を負っている。

だが、それを認める訳にはいかない。

「知った風な口を利くな馬鹿者が。結論ありきの推理など愚の骨頂だ。恥を知れ」

「分かってるよ。今話した事に証拠はない。だからこれは価値のない戯言だ。今まで誰かに話した事も、これから話す事もない。事の真偽はともかく、今みたいな話が当然のように罷り通るのがうちの魔王様だ。だからあんたが愛想尽かすのもよく分かるし、信じられなくなるのもよく分かる。でもこれだけは信じてくれ。魔王は確かに敵味方関係なく殺す殺人鬼だ。それでも何の理由もなく仲間やその大切な人を殺す人じゃない。言いたかないがオズだって殺されるだけの理由が――」

「もういい!それ以上この話はするな。不愉快だ!」

知っている。僕だって馬鹿じゃない。

アンバーが何故オズを殺したのか。何故あの時あれほど激怒したのか。散々手を尽くして調べたのだから。しかしそれが何だと言うのだ。真相を知った所で何の慰めにもなりはしなかったのに。

「OK。じゃあどうすんの?これでもう話は終わりか?」

「いや、貴様の処分がまだ決まっていない。既に終わった事よりも、そちらの方が重要だ」

「はあ。それで?」

「クビ、と言う事でいいのだな?魔王から今回の件でいくら貰う事になっているか知らないが、これからも変わらずにゲームが出来ると良いな」

僕の言葉にタブレットが突然壊れたかのようにQは黙ってしまった。向こう側から伝わる気配は虚無主義者にしては珍しく狼狽しているように感じるのは気のせいではないだろう。

アンバーは銀の星団の団員に対して給料として金銭を支払ってはいない。支払う資金がないのではなく、その気がないのだ。

彼には銀の星団を構成する団員を雇っていると言う感覚がないのだろう。アンバーにとって彼らは路傍の石以上、チェスの駒以下の価値しかなく、本質的に他人の助けが必要ない魔王は金を払って雇った人間であっても気分一つで殺してしまう事すらあった。

アンバーは取引相手としては最低だ。

「あのぅ。社長?俺は出向しているとはいえ銀の星団の一人だ。そりゃあどちらかと言われればソサエティを選べない事は分かって頂けます、よね?」

「分からんな。ソサエティは獅子身中の虫を養えるほど余裕はない」

「いやいやいや。そんな、俺は害虫じゃありませんよ。確かに魔王の命令には逆らえませんが、あの人は同じ所にずっと居られる人じゃない。魔王さえいなければ俺は自分で言うのもなんだけど役に立ちますよ?」

「―うむ。良いだろう。だが今回の責は負って貰わなければならない。解職の代わりに減俸三カ月で、どうだ?」

「嗚呼、有り難う御座います。それで―減俸とは具体的に、お幾らで―?」

「十割だ」

言い捨ててタブレットの電源を落とした。

怒りにまかせて破壊せずにいられるのは心の半分が精霊のものだからだろう。普段は忌々しいが今だけは感謝するべきか。いずれ完全に精霊化してしまえばこんな事で悩む事もなくなるのだろうか。とりあえず今は目の前の事を考えよう。

Qとの話は藪をつついて蛇を出す結果になったが、やはり銀の星団の連中は優秀ではあるが灰汁が強すぎでボクには扱いきれない。これからは奴の動向に留意しつつ適当に飼殺しにしよう。

昔のボクなら直ぐにQを殺していただろうが、今はそれが出来ない。人を斬れなくなった騎士に何が出来るか分からないが、それでもボクは生きている。ならばボクはボクのできる事をするだけだ。


 謹慎を命じられた次の日に外出しなければならなくなるとは思っていなかった。家に固定電話がないから問題はないんだけど、あの時の社長の様子だと物忌みして嵐が去るまで身を隠せって意味で、外出そのものを良く思ってなさそうだった。

理由が理由だけに仕方がないだろう。社長が庇ってくれた事は意外だったけど、だからこそ考えなければいけない。あれから一晩考えても答えは出なかったが。相談したいのにキキは相変わらず帰ってこないし。

そう考えたらこのタイミングの呼び出しは有り難かった。一人で考えるより誰かに話した方が何かつかめるかもしれない。

今から向かうのは吹上御苑内のある場所である。乾門から皇宮警察の人間に前後挟まれて森林を歩き吹上御所に程近い無人の建物に入り地下室へ。そこから更にコンクリートで仕切られた部屋を通り過ぎ奥まった場所にあるエレベーターで皇宮警察に見送られて地下に行く。相変わらずギスギスして居心地が悪い。ここから先に何があるかを彼らは知らないだろう。恐らく知っている人間は両手で数えると余りが出る程度しかいない。それだけの機密の場所に行けるのは先生に紹介されたから。そうでなければ俺では絶対に知り合えなかっただろう。もっとも呼ばれたら参上するだけで数回しかあった事はないが。

今まで何で先生がそんな人物と知り合いなのか不思議だったけれど今は分かる気がする。

何しろあの魔王の弟子だったというのだから。

三種の神器の所持者にして真の日本の親王。この世界で唯一、現人神という神の名を称号に持つマスター。彼が本気になれば世界征服をたった一人で実現できるほどの実力者。上にいる皇族は彼から実権を委譲されただけで血の繋がりはないらしい。世の中の歴史ほど信用の置けないモノはないと実感できるいい例だ。

エレベーターのドアがようやく開いてほっとした。この場所に来る度に冷や冷やさせられる。どの程度の深さにあるか詳しい事は知らないが結構長い間のっていなければならず、万が一故障しても誰も助けに来ないだろうなと不安になるのだ。

無事辿り着いたその場所はまさしく別世界だった。吹上御苑とほぼ同じ面積の森林公園。とても地下にあるとは思えないほど瑞々しい木々や芝生に小川まである。

どう言う技術なのか空を見上げれば青空に雲が浮かびそよ風を感じる事が出来た。山にキャンプにでも行かなければ味わえないような森林浴を楽しむ事が出来る。たった一つの事を除けばまさに楽園と言う言葉がふさわしい場所だった。ただしそれが致命的なほどこの場所の雰囲気を壊している事が残念でならない。生き物の気配がまったくないせいで俺には無菌室のように思えてならないのだ。

煉瓦で舗装された歩道を進みながら耳を傾けても木々のざわめきは聞こえても虫の声一つない。壁も天井も見えないのにまるで棺桶の中にいるような印象を覚える。

先生に倣って秋津様と呼んでいる人物はここに何百年も閉じ籠っているらしい。良く平気で居られるものだ。

五分ほど歩いてこの場所のおおよそ中央に位置する屋敷が見えてきた。生け垣に囲まれた大きな平屋で日本庭園には枯山水まである。

家と言うより寺院か料亭と言われた方がイメージとしてはあっているように思う。

「御免下さい」

正門を抜け玄関を開けて声をかける。呼び鈴はない。たぶん人が来ないからだろう。

しばらくして藍色の着物を着た女性が出て来て膝をついて頭を下げた。

そのまま一言も発さず立ち上がり先に歩き始める。俺も靴を脱いで付いて行った。彼女はこの家のただ一人の女中であり秋津様の身の回りの御世話をする寡黙だが非常に優秀な人だ。

オカルトという言葉が意味する通りこの世界では知る事は罪になる。三猿の叡智を冒涜した者は死を以って償わなくてはならない。

彼女は秋津様の世話する事が仕事であってそれ以上でもそれ以下の存在でもないのだ。彼女は自分の立場を良く弁えている。

挨拶すらしないのはどうかと思うけど。

奥座敷に通されて中で正座して待っていると御簾がかけてある奥から襖を開ける音が聞こえたので頭を下げた。

「頭を上げてくれ、竜明。僕は友人として君を呼んだんだ。そんなに畏まられてはまるで僕が偉ぶっているようじゃないか」

「はい。済みません」

謝ってから上体を上げた。御簾の向こうに人影が座っているのが見える。声は柔和で怒っている様子はない。礼儀の勉強はした事がないからどう接すれば良いか迷う。ここに来る度に失礼な事をしているのではないかと心配で仕方がない。

「足を崩しても良いよ。礼儀の事は心配しなくていい。普通に接してくれ。それで十分だ」

「―はい」

「僕が怖いかい?」

「は―いいえ。ただ―秋津様には最大限の敬意を払うべきと何故かそう思うのです」

彼に初めて会った時から心の内からまるで神と相対したような畏敬の念が湧きあがってくる。

理由は分からないがこの思いは今も変わらない。

「なるほど―。お互い難儀な星の下に生まれたものだ」

「はぁ―」

返答に困ったので曖昧な返答になってしまった。俺に比べれば秋津様の方がよほど大変な運命を背負って生まれたと言えるだろう。かと言って自分を謙って彼を慰める様な事を云うのは間違っている気がする。

「ごめん。困らせてしまったね」

「いえ―」

「でも君も魔王にあったのなら僕と似たり寄ったりの人生を歩むことになるだろうから覚悟しておいた方が良いよ」

秋津様の言葉に背筋が泡立った。今何て言った?魔王にあった事をどうして知っているんだ?

「やはり彼は君に会いに行っていたか」

「魔王を―御存じなのですか?」

自分の声が恐怖に震えているのが分かる。まさか秋津様も魔王の関係者―いや仲間なのか?

先生が魔王を通して彼と知り合ったのなら不思議な事は何もない。今まで気が付かなかった方がどうかしている。何でこんな簡単な事を考えもしなかったのだろう。今日呼び出されたのはこの場所で俺を―。

「彼は僕の友人だ。でもだからといって君に危害を加える積りはない。だから脅えなくても良いよ。魔王に何か言われたんだね?」

「―はい。先生に預けていた銀という法具を返して欲しいと」

「そうか。一応嘘は付いていなかったという事か」

「どう言う事ですか?」

「魔王に二、三日前にあっているんだ。その時に昔の友人に預けていた物を返して貰うと言っていたから。もしかしたらと思ってね。心当たりはあるのか?」

「はい。確証はありませんがある程度の見当は―」

「なるほど。君の様子からすると簡単には渡せない物なんだね?」

「―はい」

俺の考えが正しければそれを渡すという事は俺の死を意味する。

死ぬこと自体は怖くない。俺も先生に同じ事をしたのだから。死にたくない何て言える立場にはない。俺が恐ろしいのはその決断が正しいのかどうかだ。先生は自分が死んでも俺を生かしてくれた。ならここで簡単に死を選ぶ事は彼女の思いを裏切る事になるんじゃないかという事だ。

「俺はどうすればいいんでしょう――?」

「大切な事は―君がどうしたいかだ」

御簾の向こうから秋津様が俺を見ている。

その視線は険のあるものではないが俺は耐えられずに俯いてしまう。皆同じ事を言う。けれど俺にはその問いに対する答えがない。

「――分かりません」

「うん。つまりそれが今の竜明の答えという訳だ。分からないというのも一つの答えだからね」

「良いんでしょうか?そんなことで―」

「良いんだよ。いずれはっきりと答えを出さなければならないだろうけど、今はそれで良い。彼の事だからあまり猶予はないだろうけど、それでも魔王と会ってそれで今も生きているのだから考える時間はあるんだ。大抵、彼は即断即決を迫ってくるからね」

「俺には自分自身の意思がありません。魔王に伽藍堂の人形の様だと言われました。どうしたら良いか分からないんです。何度考えても俺は今まで誰かに言われた事をそのままやってきただけです。コンピュータのように命令された事をただ実行するだけ。だから、いざ自分の考えで判断しろと言われても―」

「ははっ。彼らしい辛辣な物言いだ。だが彼は本当の人形に情けをかけるほど慈悲深くはない。君には君自身の意思がちゃんとある。たとえば今ここで僕が君を殺すと言ったら抵抗するだろう?」

「それは―――」

正直分からない。理由もなく襲われれば抵抗するだろうが。もし秋津様が俺の背負っている物をすべて肩代わりしてくれるというのなら死んでも良いと思う。

でもそれは許される事なんだろうか。

「即答できないか――。なるほどね。それが竜明の答えだよ。どんな理由があるにしろ君は君の意思で生きている。君は他人の言う事を唯々諾々と聞いて従う機械ではない。自分の考えで受け入れるべき事とそうでない事を選択している。それが自分の意思でなくてなんだと言うんだ」

秋津様の言っている事は分かる気がする。でもだったら俺は何でこんなに悩んでいるんだ。

「君はまだ幼い。君は普通では考えられない速さで成長してしまったから勘違いされがちだがたかだか数年で心の声が聞こえるようにはならないよ。あの釈迦でさえ自身の心の声を聞くために相当の苦行をしたらしいのだから。今はまだ聞き取り難いだろうが意思とは自然と心の内から湧いてくるものだ。心の赴くまま、その欲求に従えば良い。なんだかんだと言い訳を考えてそれを抑制してしまってはいけない」

「お言葉ですが、秋津様。それでは人間はただの獣と同じです。誰も彼も感情に任せて行動したらこの世界は破綻してしまう。人は理性を以って行動すべきだと思います」

秋津様の考えは危険だ。それが分からないのか。彼の言うように人間が行動するようになればこの世は地獄だ。

「へえ?意思がないと言っていたのに君は僕に異議を唱えるのか?」

「――はい」

秋津様は何も答えない。沈黙が重い。御簾のせいで言葉を発しない限り彼が何を考えているのか分からない。もし彼が怒りにまかせて攻撃してきたらどうする?戦っても勝てない事は判り切っているが逃げ切れるだろうか?

「ほらそれが竜明の意思だよ。ちゃんとあるじゃないか」

「―――は?」

思わず素っ頓狂な声が出た。秋津様の声からは危惧したような怒りは微塵もなく温かな慈しみの感情で溢れていた。

「ごめん。試すような事をして。魔王は天才だ。彼に影響された事は事実だが僕も君の意見に賛成だよ。でもこれで分かっただろう?君は僕の言葉に嫌悪を示した。それは誰かに言われたからじゃないだろう?それが歴とした竜明の意思だ」

「あぁ―」

やられた。物心ついた頃からずっと人の感情を見ながら話す事が癖になっていたからこんな事は久々だ。電話と同じで目の前にいても声しか聞こえないとこんなに見え辛いものなのか。

「でも彼の言葉にも一理あると思うんだ。理性に従おうとする事だって感情に任せようする事だって人の心の働きだ。立派な欲求なんだよ。それを否定し続けると心が壊れてしまう。難しいかもしれないけど君もその心の在り方を受け入れて育んでいってほしい」

「はい。ありがとうございます」

なんて優しい心だろう。秋津様とは今みたいに話す事は初めてだから分からなかった。彼の気配は美しくも力強い心が洗われるような樹齢何千年という大木が奏でる音色に似た色をしている。

気がつけば俺は改めて平伏して敬意を表していた。

「俺もいつか秋津様のように強くなれるでしょうか」

「頭を上げてくれ竜明。君に頭を下げて貰うほど僕は偉くない」

慌てたような声と御簾が揺れる音がした。

こっちに思わず来ようとしたようだ。

頭を上げて視線を向けると、もぞもぞと居心地が悪そうに座りなおしている様に影が揺れていた。

「それに僕もあの魔王ですら、かつては人間だったのだから君にも十分強くなれるさ」

「魔王も人間だった?」

「そうだ。何千年も生きている以上、僕も彼も、もう人間とはとても呼べないが、ただの人間だったんだよ」

「では一体、何が俺と違うのでしょう?月日でしょうか?」

「いや時間は関係ない。必要な事は失敗した経験だよ。人の心は打たれれば打たれるほど強くなる。鋼鉄の様にね。失敗、挫折、絶望。それらを僕も彼も幾度も乗り越えてきた結果強くなれたんだ」

「しかし、人はそう簡単に乗り越えられるものでしょうか」

俺は駄目だ。失敗したらなんて想像しただけで尻込みしてしまう。

それなのに実際に挫折したら立ち直れるか自身がない。

「そうだね。簡単な事ではない。何度も何度も失敗に次ぐ失敗を重ね、それでもと立ち上がる。真っ直ぐだった心が打たれれば折れしまうだろう。でも折れた心を折り重ねて火にくべればより強くなれる。だけど人は言うより易くない。大抵の人は耐えられないから。僕だって言うほど失敗を重ねてきた訳じゃない」

「そうなんですか?」

「うん。僕は全然強くないよ。さすがに君と比べればましだけど。強く見えるのは歳の功さ。見せかけの張りぼてだよ。年を食うと見栄の張り方ばかり上手くなる。だからこそ僕は魔王が恐ろしい。彼は本当に数えきれないほどの時間、失敗を重ねてきた本物の化け物だから」

恐怖に染まった声。言葉そのものは飄々としているのに秋津様の声には確かにどす黒く濁った気配が滲んでいた。

「ツァラトゥストラの様に彼は失敗を肯定していた。目的が達成可能ならばその過程で何度失敗しても関係ないと。挫折も絶望も慣れてしまったといっていた。心が鈍磨した訳ではなく確かに痛みを感じるのに血を流しながらでも進み続ける事が出来るあの精神は異常だ。出来れば竜明―君には強さを求め続けた結果に魔王の様になってはしくはないな」

魔王に比べれば秋津様の方が人間味がある。

あいつは俺から見ても異常だった。

炎のように憤怒の感情を絶えず吹き上げているのに、その核になる物が何もない。

まるで鬼火のように炎だけが燃えている。

心は空っぽで何も感じておらず、その表面だけが燃えているように見えるだけ。

人の感情を認識する共感覚を持つ俺は毎日いろんな人間を見てきたが、あんな陽炎のような気配は初めてだった。

「もし魔王と戦う事になったら勝とうなんて考えてはならないよ。彼の持つ銀という法具―正式には三十枚のシェケル銀貨は非常に強力だ。常温で気化して人の体内に入るとそのままは体外に排出される事がなくナノマシンのように人体に無害のまま潜伏する。だからやろうと思えば銀を媒体にして人間の脳へ命令を出せるんだ。これでも銀の能力ではなく機能の一部でしかない。他にも銀そのものが柔軟でどんなものにも擬態する事が出来たり光の速さに匹敵するスピードで動いたり硬化させると途轍もなく堅くなる。それこそ僕の天叢雲剣にすら耐えるほどだ。僕の知っている事はこれくらいだけど今挙げた事だけでも十分万能な法具と言えるだろう。魔王相手に法術で競うのはナンセンスだ」

「良く御存じなのですね。というより天叢雲剣に耐えると言われたという事はもしかして戦った事があるのですか?」

「あるよ。一度だけね。完敗したけど」

「――完敗――」

そんな馬鹿な。

あり得ない。

秋津様の所持する三種の神器は正真正銘本物だ。

かつて日本を支配した神である三柱の貴子が所持していた武器ですら太刀打ちできないなんてどんだけ強いんだよ魔王。

「でもそれだけ強力な法具なら稼働限界も近いのでは?」

法具は法術を発動する道具。

その法術が物理法則に従っている以上は当然、稼働するにはエネルギーが必要だ。

どこからどんなエネルギーが必要かは法具ごとに違う可能性があるし解明されていないが、それでも強力であればあるほど発動する力に比例してエネルギー量は多くなる筈だ。

俺の村雨丸ですら全力で使用した後は二十四時間はただの刀でしかなくなる。

「普通はね。でも残念ながら銀に稼働限界はない。三種の神器は僕が龍脈からエネルギーをくみ上げて使う都合で一つでも全力稼働させれば十五分くらいで日本を滅ぼしてしまうけど彼は本気の僕の三種の神器と天照大神様と月読尊様の三人がかりで戦っても余裕があった。どう言う訳か彼にはエネルギーの枯渇を心配する必要がないみたいなんだ」

言葉を失った。こんな経験を昨日もした気がする。立て続けに知りたくもない事を教えられるなんて俺は呪われているのか?軽々しく仰るが俺は秋津様の言葉の重さに屈しないように俯いて耐えるだけで精一杯だ。龍脈からエネルギーを汲み上げる?天照大神様と月読尊様と三人で戦った?俺は神話を聞いているのか?俺の現実はどこに行った?

いや、そもそも法具に稼働限界がないなんてあり得ない。法術も科学なのだから。可能性があるとすればあいつが使っている力が法術ではないか銀が永久機関を搭載している場合だが、それこそあり得るのか?

「高名だが年配の科学者が可能であると言った場合その主張はほぼ間違いない。しかし不可能だと言った場合にはその主張はほぼ間違っている」

「クラークの三法則ですか?」

突然の言葉に俯いていた顔を上げて秋津様に目を向けて尋ねる。

「良く知っているね。魔王が僕に法術の可能性について語る時にいつも引き合いに出していた。君の考えている事は大体分かるよ。僕も同じだから。彼は自分の力が法術である事しか教えてくれなかったけど」

「それはつまり魔王は―」

永久機関の存在を否定しなかった?

「彼に掛けられた呪いがある以上どこかから一方的に搾取しているとは考えられない」

「呪い?魔王は呪われているんですか?」

「彼の話が本当ならば。魔王は誰かに何かを与えたら、その誰かに何かを貰わなければならず、誰かに何かを貰ったなら、その誰かに何かを与えなければならない―らしい。分かり難いかな?要するに等価交換を強制するみたいだ。魔王自身にも制御できないという話だよ」

「つまり魔王が誰かを殺して命を奪ったら命を殺した相手に与えて死ぬって事ですか?そんなめちゃくちゃな。どうしてそんな呪いを―」

「神様に賜ったと言っていた」

本当にもうめちゃくちゃだ。でも待てよ。工藤瑞姫が人殺しと呼んでいたのはどう言う事なんだ?

「魔王って―人を何人も殺しているんですよね。それはどう言う事なんでしょう?」

「ああ―どうも抜け道があるようだ。たとえば誰かに依頼された事を遂行中に邪魔が入った場合その障害を排除しても請求は全部依頼人にいくとか」

ダメじゃん。全然抑止になってない。

「私怨じゃなければOKって事か?それでも良くそんな呪われた状態で今まで生きてこれたな。あんな怒りっぽい性格していたのに」

「怒りっぽい?ああ―君があったのは東雲八雲だったのか」

「東雲八雲?誰ですかそれは?」

俺の独り言に応えた秋津様に問い返す。魔王の名前はたしかアンバーだった筈だが。

「―魔王の数ある名前の一つだよ。東雲八雲、土御門流、神門竜明。他にもオージンやメリクリウスとかもある。法術師にはオージンの二つ名であるユッグやアルファズルとかで呼ばれているようだし、僕は鵲と呼んでいる。彼は自分から名乗らないから会う人がそれぞれ別の名前で呼んでいるようだ」

「何でそんな事に―」

「さてね。天才の考えている事は僕には分からない」

どこか愉快そうに秋津様は言う。

自分には理解できないことを嬉しがっているようだ。

秋津様の事も俺には十分理解しがたい。

「そういえば神門竜明って魔王の名前でもあるんですね。俺の顔があいつにそっくりな事も驚きました。もしかして俺の親があいつだったり兄弟だったりするんじゃないかと―」

「あははは―。それはあり得ないよ。彼はあれで身内には甘い。君が彼の息子なら、そもそも封印などされていないだろうし―彼の兄弟はもっとあり得ない。何せ彼は僕より長く生きているんだから」

昨日一晩悩んだ事を一笑に付された。ちょっと恥ずかしい。

「では、俺があいつにそっくりなのは先生が原因なんですね」

「ああ―日本一の陰陽師である安倍君が魔王の名前を名づけたせいだろうね。名は体を表すというから本人に引き摺られたのだろう。顔だけじゃない聡明な頭脳、共感覚、法術の感応性。まるで彼の能力を引き継いで転生したようだ」

「気持ち悪い事言わないでください。って共感覚?魔王も共感覚があるんですか?」

「ある―ような事を言っていた。彼はアストラルが見える。なんて表現していたけど」

俺はまるで魔王の劣化コピー。先生はどうしたかったのだろうか。俺に何を望んでいたのだろう。

「心配しなくても今のうちだけだ。いずれ時が経てば君は君に成れる。竜明と魔王は違う人間なんだから。誰が何を望んでいるかなんて気にする必要はない。たとえそれが君の先生であろうとね」

「―はい」

そうだ俺は俺の意思を持たなければ。俺は誰かの操り人形じゃない。そうですよね?先生。

「そういえばここまで話を聞いてしまってからでなんですけど良かったんですか?魔王の事を俺に話してしまって―御友人なんですよね?」

「構わないよ。本当に話せない事は言っていないし、僕は君がいずれ魔王と雌雄を決する日が来ると思っている。それにこの程度アドバンテージにもならない」

「どうしてそう思うんですか?俺は逃げるかもしれませんよ」

「君と彼は似ている。顔や性格ではなく芯の部分がね。しかしだからこそ君たちは決して相容れない。出会えば否応なく反発する。そういう運命にあるように僕は思う」

首を振って秋津様が俺の言葉を否定する。その通りかもしれない。俺はあいつが許せない。

やっている事は正しいように見えるのに奴の言動が一々癇に障る。反りが合わない。

もしあいつが俺の目の前で人を殺そうとしていたら俺は迷わず刀を抜くだろう。

「秋津様には敵いません」

俺のように共感覚がある訳でもないのにこの御方の慧眼には感服するばかりだ。

「出来れば法術も竜明に教えてあげればいいのだけど――」

「え―?あ―すみません」

秋津様の言葉に聞き返そうとした瞬間、PDAの着信音が鳴った。

どうして?ここは圏外の筈なのに。

「どうぞ」

お言葉に甘えて画面をスライドしてPDAを耳にあてると酷いノイズ混じりに切羽詰まったキキの声が聞こえてきた。

「リュウ―イ。今敵にお――いる。私じゃあ――にならな―。たす――。私の居場所――から早く――だい」

「おい!キキ。何を言っているか―」

上手く聞き取れず声を上げると電子音がした。PDAに目を移すと勝手にマップアプリが立ち上がりある一点を示していた。ゆっくりだがそのポイントが移動している。

この近くだ。まさかキキの奴、俺のPDAに位置情報を送っているのか。なんて器用な事を。

「秋津様」

「うん。いつでもおいで。また話をしよう」

「はい。ありがとうございました」

礼を言って立ち上がると全力で走りだした。嫌な予感がする。キキ無事で居てくれ。


 人の合間をぬってひた走る。

追手の姿はないけど安心できない。

立ち止まったら捕まる。

今も振り返ればすぐ後ろに奴らがいて私に手を伸ばしているんじゃないかと思うと怖くて後ろを確認出来ない。ただただ目の前を走るキキを信じてついて行く事に集中するしかない。そうしなければ足が竦んで動けなくなりそうだった。奴らはどこにでも現れる。町を歩く人の影、道路を走る車の影、軒を連ねる店の窓ガラス。どんなに走っても振り切れない。学校の帰りにキキにあっていなければ今頃私はどうなっていたか。黒い影が私を追ってくるなんて言っても誰も信じてくれない。周りの人にはアレは見えないみたいだった。

「跳ぶわよ!」

キキが言うや否や景色がスライドする。今いる所からいきなりずっと先に見えてた所までワープでもするみたいに一瞬で移動しているみたい。最初は転びそうになったけどもう慣れてきた。今のジャンプを何度も繰り返して路地を何度も曲がってもう自分がどこにいるのか分からない。ずいぶん長い間走っている気がするけど殆ど疲れてもいない。本当に不思議な力だ。

でも、もうそろそろ限界。恐怖に心臓が破裂しそう。

「キキ!どこに行く積りなの?」

「もう少しだから頑張って。竜明の所まで行けば大丈夫だから」

じゃあ今はあのビルに向かっているの?でも全然見知った道に出ない。もう少しって後どれくらいなのよ。

キキがまた急に舌打ちして右折した。何度もあった急激な方向転換。曲がる瞬間に道の先を見ると前を歩く人の背中にぴったり張り付くようにしてあいつがじっとこっちを見ていた。

全身が粟立つ。胃の奥から何か込み上げてきたけどなんとか我慢した。

それどころじゃない。裏路地を突っ切った先には道路がある。

「このまま突っ切るわよ。ついて来て」

「でも車が―」

「私を信じなさい!」

キキは後ろを振り向きもせず本当に躊躇なく道路に突っ込んでいく。

「ああ、ちくしょう!分かったわよ。やればいいんでしょう」

ゴミ箱を蹴倒しぶつかりそうになった人を押しのけて柵を飛び越えた。クラクションが耳を打つ。駄目だ避けられない轢かれる。と思った瞬間には土の上に投げ出されていた。

「うわぁ!」

何とかギリギリ受け身を取る事に成功した。しばらく震える手を握りしめて呆然と立ち尽くす。さっきの道路は何メートルも離れた所にある。騒ぎにもなっていない。

「人間って不便ね」

「―そうね―」

息が苦しくてまともな返事が出来ない。すぐ近くに野球場がある。見上げれば白いドーム状の建物。人が誰もいないけどここは公園かな。なんていう所だっけ。

「これからどうするの?」

「奴らの相手をしながら竜明を待ちましょう」

二股の尻尾を揺らしながらキキが近寄ってきて公園の奥へと続く方を睨みながら言う。その時になってようやく気がついた。いつの間にか囲まれている。黒い影が七つと無数の赤い瞳。

「神門、間に合うの?キキの力じゃこいつらに勝てないんでしょ?」

「時間稼ぎなら出来るわよ。大丈夫。信じましょう」

こういう事態に慣れているかキキは淡々としている。自分だって危ない筈なのに何も感じていないみたい。

「私から離れないで」

「うん」

それだけ言うと私の足元に座ったキキは尻尾をパタパタさせながら目を閉じてしまった。立ったまま手持ち無沙汰の私は言い付けを守っていると一番近くにいた奴が手を伸ばしてきた。思わず後退りすると、そいつもまとめて周囲を囲っていた七つの影が一斉にキキの目の前に掻き集められて潰されてしまった。

見えない大きな手でペシャンコにされたように薄く引き延ばされても蠢きながら隙間から食み出すようにボトボト零れ落ちてきている。

スライムみたいな奴らだ。気色悪い。地面に零れ落ちた一部が這いずりながらこっちに近づいてくる。

しかし地面が盛り上がり出現した巨大な土の手に掬い上げられ私たちに一メートルも近くに来れずに空に掲げられてしまった。

空を見上げていると土の掌の上に穴が開くように黒く丸い物が現れると土の手も奴らも全て飲み込んで消えた。

「―――やったの?」

「いえ、駄目でしょうね。取り敢えず極小のブラックホールを作って放り込んでみたけど気配が消えてないもの」

「本当に何やっても効果ないわね。何なのあいつら?」

「分からない。あやかしでももののけでも精霊でもないナニか。相手が何か分からないから私の道でも対処しきれない」

「タオ?竜明がこれば何とか出来るの?」

上からキキを覗き込むように屈んで尋ねる。

「ええ。竜明の知識は私より上だもの。きっと良いほ―う―」

「―え?」

上体を逸らせて私を見上げていたキキが目を剥いて固まった。尻すぼみに消えていった言葉を聞き返そうとして気がついた。暗い。私たちを覆い隠すように影が出来ている。

「―瑞姫!」

キキの悲鳴のような声が遠くから聞こえる。

目が霞んでよく見えないけど後ろから黒い槍のように鋭いものが私の胸からキキを頭までを貫いていた。


大儀そうな足音に振り返ると白い面に黒衣の男が鞄を片手に公園に入ってくる所だった。

「波旬!」

「やあキキ君。元気そうだな」

「今まで何をしていたの?」

「オズの件が大方、片がついたから釣りをしていた。まあ予想より獲物が早くかかったんだが、相手が糸を切ろうと必死でね。往生際が悪くて無差別に蛭子の繭をばら蒔いたらしい。それに襲われるとは君たちも運が無いな」

この場所で起こった出来事を把握していながら朗らかに波旬が言う。笑っているのかこの男?それに釣り糸とはどういう事。まさか―。

「餌にしたの?彼女が狙われている事を知っていながら!瑞姫はお前が贔屓にしている女の妹なのよ」

「私は彼女に瑞姫君を守ってくれとは言われていない。私に頼らずとも君のお気に入り共々守ってあげれば良かったじゃないか。彼はどうした?姿が見えないが」

一瞬最悪の結末が脳裏をかすめた。こいつまさか竜明に何かしたのか。いや無いわね。彼にとって竜明はまだ手を出すほど価値はない。

「それよりも瑞姫を助けて」

「良いのか?」

「良いに決まってるでしょう。早く―」

「本当に、分かっているのか?この私に、何かを願う、という意味が?」

波旬が私を見下して噛んで含めるように口にする言葉にアストラル体の私の体が震えた。そうだこいつは魔王波洵。人の欲を食って生きる化け物。彼に何かを願うという事はたとえどれだけ些細な事であろうとも対価が発生する。そして彼から何かを奪うという事は失う事と同義だ。不用意な発言は自分自身を貶める。どれだけ憎くても悪口一つ言葉に出来ない。神に祝福された悪魔。

「早くしなさい。工藤瑞姫を助ける事が私の願いよ」

「そうか。ならば聞き届けよう」

鞄を無造作に捨て右手のひらから太刀の柄が出現した。

良く見れば波洵の掌が黒ではなく銀色に輝いている。

何度見てもこいつの法術は魔法のようだ。

「待たせて悪かったな。存分に奮え。お前の敵の首を落とし私に捧げよ」

抜き放たれたのは柄と刃に継ぎ目のない一体型になったゾッとするほど美しい太刀だった。

でもそんなもので何をする積りなのかしら。瑞姫は公園の少し入った所に私の身体を触媒に発生させた結界の中で倒れている。

周りには奴らが群がっているから下手な事をすれば彼女まで傷つけかねない。

「行け―鬼丸國綱」

太刀は波旬が命じて手を離すと空中で静止し、刃先を敵に向けると一瞬にして飛び立ち一刀両断にしてしまった。

「私がてこずった相手をこれだけ容易く調伏するなんて」

「君の道は優しすぎる。七人みさきは死神だ。狂おしい程の情念の籠っていない法術では意味を成さないだろう。見栄を張っていては誰も殺せない」

先に歩きだした波洵を追って瑞姫の所まで急ぐ。

がその途中で気がついたものに驚いて足を止めざるを得なかった。

瑞姫の近くに先程放たれた太刀が巨大な刃で出来たヤジロベエのような姿に変わって突き立っている。

それが私の事を見ている気がしたのだ。

「多少気性は荒いが良い子だぞ」

だからなんだって言うのよ。

波洵は私の事なんか気にかける素振りも見せず瑞姫の周囲に散らばっている黄色い玉を拾い集めて面を取り外すと口の中に放り込み始めた。

飴玉を噛み砕くようなガリガリバリバリ音がする。

「うむ―。七人みさきにしては味が薄いな。もう少し待つべきだったか」

「何を―しているの?」

「これは失礼。行儀が悪かったかな」

苦笑して詫びながらも全て食べきってしまった。今の黄色の玉はもしかして七人みさきの荒霊?恨みの塊を食べたの?

私が慄然としている間に鬼丸と呼ばれた太刀のお化けが空へと飛び立っていった。

「アレ放っておいて良いの?」

「東京にまだ似たような気配がいくつかある。それらを狩りに行ったのだろう。気がすんだら帰ってくるさ」

あの太刀の名が妖刀鬼丸國綱という事は贋作なのかしら。天下五剣は全て廃棄された筈。

あんな形の太刀が当時存在していたとも思えないし。

「天下五剣は破棄された。自分たちに扱いきれない事を悟って処分を決定した事は評価できる。だがさんざん殺し合って奪い合いの結果という所が実に人間らしく滑稽だ。それに何とも思わなかったのだろうか。自分たちを狂わせ苦しめた妖刀魔剣の類が処分を決定した瞬間にいとも容易く一ヶ所に集められ処分できたことに」

相変わらず人の心を呼んで独り言を呟いている。彼の特性上、私の質問に素直に答えられない為の配慮なんだけど。つまり処分された五剣が偽物で今は波旬が全てを所持している、という意味なんでしょうけどね。ちょっと人間に対する毒があり過ぎる気がするわ。

「キキ君。どうやら手遅れの様だ。瑞姫君は死んでいる。魂に穴が開いてボロボロだ」

「ふざけてないでさっさと助けなさい!それともまさか出来ない何て言わないでしょうね?」

「君が望めばどんな願いも叶えよう。たとえそれが世の理を破る事であろうとも。それが私の喜びなのだから。だが良いのか?もう少し待っても私は構わないが?」

「良いのよ。やってちょうだい。その少しの間待ったせいで瑞姫が蘇生不可能になったら元も子もないわ」

「宜しい」

瑞姫の傍らに波旬が胡坐をかいて座る。その身体から銀の粉がさらさらと落ちてきて瞬く間に瑞姫を中心にした魔法円が出来あがっていた。

刻々と姿を変えながら光り輝くその様は銀河を見ているようでこの世のものとは思えないほど美しかった。

「キキ君。瑞姫君の傍へ」

促されて躊躇いながら魔法円の内側へ入る。踏んでも良いのよね。波洵はそんな私の姿を見て穏やかに微笑んでいた。ちょっと悔しい。

「これも法術なの?」

「これこそが法術だ。願いは祈りによって齎される。その為の儀式こそが法術なのだ。不足している事を嘆いてはならない。我々は常に満たされている」

相変わらず言っている事が意味不明だ。でもこれが凄まじく高度な法術である事は分かる。それこそこの男は子供に菓子を恵むような気軽さで天地創造すらやってのけるのでしょうね。

「キキ君の願いの対価として君の魂を貰い受ける」

「承認するわ。煮るなり焼くなり好きにして頂戴」

瑞姫の身体に寄りかかって寝そべりつつ言い捨てる。

この法術の影響かしら。魂だけの状態と言える私の身体が重くなってきた。

「食べるなど勿体ない。前から私の身の回りの世話をしてくれる人材を探していたのだ。君の魂から私専属の召使いを作ろうと思う。今私の周りにいる女性は恐ろしくて敵わない」

「私の記憶とか人格は残らないでしょうね?」

お腹の上から見上げると既に波洵は眼を閉じて集中しているようだった。私の身体ももう動かない。

「キキ君の人格を残したまま支配するというのも魅力的な案だが―瑞姫君の魂の欠損を埋めるとキキ君のパーソナリティを司る部分は全て彼女の取り分だな」

「―そう」

「だから彼女の魂を後から乗っ取る事も出来るぞ?何なら今からでも魂だけ交換して瑞姫君の身体を手に入れたらどうだ?」

「バカ言わないで」

悪魔の最後の悪あがき。

しかし誘惑と言うにはその声はあまりにも優しすぎた。

今際の際に友人と冗談を言い合うように私は笑みを浮かべる。もう目も開けられないけれどきっと彼の笑っているのでしょうね。

「そうだな。君は私と初めて出会った時から今まで人間になりたいとは一度も口にしなかった。その高潔な魂に祝福を―」


 ドッペルアドラーを飛ばして信号を無視し道路を横断していける所まで進む。その後は村雨丸を持って公園を突っ切ってマップアプリが示す場所まで真っ直ぐ急いだ。

そこで待っていたのは白い面と黒衣の魔王とその足元の地面に折り重なるように倒れ伏す工藤さんとキキだった。

「魔王!」

村雨丸を抜刀し地面にありったけの怒りを込めて突き立てる。瞬間、刀身が刺さった地面から魔王までを地面から氷の刃が噴き出しながら突き進んでく。御神渡りという俺が使える最大の法術だ。だがこんなものは魔王にとってはただの虚仮威しでしかないだろう。何メートルもの噴き上がる氷の刃に隠れて即座に村雨丸を引き抜くと左手から同時に切りかかった。腕一本なんて贅沢は言わない。だからせめて魔王に俺の怒りを思い知らせてやる。

そう思っていたのに俺の会心の法術と太刀の同時攻撃を魔王は事もあろうに右手を真横に一振りするだけで防いでしまった。

「遅れてやってきて第一声が敵の名か。哀れだな」

村雨丸を構える俺には目もくれず足元のキキたちに目を向けたまま魔王が呟くように言う。

「キキたちに何をした?」

「自己犠牲は尊いとされているが私は支持できない。自分を捨てて他人に尽くすという事は他人に縋るという事だ。その双肩や背に負ってきた責任や罪を擦り付けるという事だ。こんな逃避が許されるのか?」

「答えろ。魔王」

どうしたんだ?奴の怒気が見えない。いやそれだけじゃない。感情も覇気もなにもない。亡霊だって感情があるのに。昨日とまるで別人だ。ほんとにこれが魔王なのか?俺の言葉が聞こえないみたいに茫洋と力なく立っているだけなんて完全に幽霊じゃないか。

「アンバー。お前がやったんじゃないのか?」

「キキ君は自分の魂を与える事で瑞姫君を助けた。だが瑞姫君はどう思うだろうな」

なるほど。独白を続ける魔王の言葉で納得できた。信じ難いが工藤さんのアレは魂を融合させた事が原因なのか。だが誰がそんな高次元の法術を使ったんだ?キキが工藤さんを助けるために?あるいはまさか魔王がやったのか?そもそも何で工藤さんや魔王がいるんだ。状況が全然分からん。

「そう思うならなぜ止めなかった」

「願いを叶える事は私の趣味の一つだ。そういう君は秋津君の所で何をしていたんだ?」

「―どうしてそれを―」

今日、俺が秋津様の所に言っている事を知っている人はいない筈だ。俺は魔王に見張られていたのか?

「自意識過剰だな。来た方向とキキ君のメッセージが届くまでに時間がかかった事から察しはつく。君が単独行動をとったせいでキキ君は死んだのだ」

「お前が殺したんじゃないのか!」

湧き上がる怒りを制御しきれずに思わず声が大きくなる。冷静にならなければ。

魔王は感情に任せて戦っても勝てる相手じゃない。

こいつに報いを受けさせるためには無謀な事は出来ない。

「キキ君の様子がおかしい事に気が付いていながら何もしなかったのは君ではないか。彼女は誰にも相談できず独りで悩み、苦しんだ末に私のもとを訪れた。何かあれば相談してくれると思っていた?それが甘えでなくて何だというのだ。本気でキキ君が心配だったのなら何としてでも捕まえて理由を聞くべきだった。君たち二人がお互いの悩みを打ち明けて二人で共に解決すべく行動していれば今日のような悲劇は避けられた。君はまだ若いから近しいからこそ打ち明けられない事もあるなどと言われても分からないだろうが」

「―わかった風な口を――」

「君の甘えがキキ君を殺したのだ。円香君と同じように」

「黙れぇー」

もう限界だった。気が付いたらパワードギアの出力を最大にして村雨丸を真っ向から振りおろしていた。普通の人間なら認識すら不可能な速さ。

たとえ魔王でも面を割るくらいは出来ると思った。なのに―。

「未熟者。気勢だけ良くても認められる世界に君はいない。必要な事は常に結果だ」

そうなる事が当然のように俺の渾身の一刀は銀の手甲に覆われた右手に吸い込まれるようにして止められた。剣先が打つかる音すらしない。

「ぐぅ―」

刃を握っているからそのまま切り落としてやろうといくら力を込めてもビクともしない。こいつ何なんだ?今、俺は村雨丸が壊れる事なんかお構いなしに数トンの力を込めているんだぞ。それに村雨丸も刀身を氷で覆っている。この状態なら岩も鉄も切り裂ける筈なのに手甲にすら傷一つ付けられないなんてバカな話があるか。

「本当に私を殺したいのか?理性など棄てろ。本能を曝せ。自己を解放できなければ私を殺す事はおろか傷付ける事も叶わないぞ」

「うっせーよ!俺はもう間違いたくないんだ。ここにはキキも工藤さんもいる。沢山の人が周りにいる!お前の言う事なんか聞けるか」

「村雨丸も満足に使えない未熟者が。他人を気に掛けていて誰かを助けられると思うな」

「お前に、村雨丸の何が、分かるって?」

力を込めているように見えないのに何で勝てない。俺の思いがこいつに負けてるって言うのか。応えてくれ村雨丸。

「村雨丸は私が鍛造した最高傑作だ」

急激に気温が下がり始めた。いや俺の体温だけが下がっているのか。

「村雨に込めたのは私の狂気。八大寒紅蓮地獄」

魔王の一言ごとに皮膚が赤紫色に変色し身体が凍ったように動かなくなる。ついには皮膚に出来た水膨れが裂けて血が噴き出しても瞬時に凍りつくほどの冷気に曝されていた。

歯がガチガチなるだけで寒さにまともな声すら上げられない。

「絶望を知って、それでも立ち上がれない者に勝利はない。しばらくそこで敗北の味を噛み締めろ」

どこか悲しげに魔王は言い置くと結局俺には一瞥もくれずに去っていった。

如何でしたでしょうか?初めての投稿で勝手が分からず、大変読み辛くなってしまった事を心よりお詫び申し上げます。そして、ここまで読んで頂き有り難う御座います。それではこの先も読んでみようと言う寛容な心をお持ちの方は後篇の後書きでお会いしましょう。

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