ミ=ゴ
電気鋸を起動させる。奇怪な機械に囲まれた部屋に響き渡る鈍い神経を蝕む音が私の心に滲み染み込む。素晴らしい、矢張り人間の頭部を切開する作業は私を昂ぶらせる。悍しくも可愛らしい血管を浮かび上がらせる脳が顔を出した。手術はこれにて終了だ。あとは残った身体を永久保存するだけである。
私は宇宙に佇む惑星ユゴスを支配する生物ミ=ゴの1体だ。地球にしかないと言われている鉱石を採取するため此処をひとつの拠点にしている。遠征を終えて今は自身の研究に没頭していた。私達と関わってきた人間という種族、その一部の脳を生きたまま持ち帰り、宇宙の科学的信仰的知識を与えるのが研究の合間に行われる愉しみなのだ。慌てふためき恐怖に慄く人間共を捕獲するのも私に快感を与えてくれる。
さて、作業に戻るとしよう。身体の方は先程回収してくれた。今頃何体かの同胞が冷凍光線銃で保存の準備をしてくれているだろう。脳を容れた科学技術の結晶に管のような形状をしている機械を取り付ける。そろそろ受信出来るだろう。
「……帰して」
聞こえる。その恐怖と狂気に侵された声は私に優越感を与えてくれた。弱々しい個体の発する音は女性と言う人間特有の物らしい。人間とは面白くもも劣化した種族と言えよう。こんな者共がひとつの惑星を支配しているとは、私はそんな些細なことでも苛立ってしまう。性行為なんてくだらない物は溝に棄ててしまえ。私は怒りを抑え込み、人間の一部に声を掛けた。
「何を口走っているのだ。君は私達の研究に触れることが出来るのだぞ。こんなに素晴らしいことは無いじゃないか」
人間には私達の姿を見て興味を持つ珍しい個体もいる。変わり者共は不気味に点滅し続ける頭部や甲殻類を思わせる頑丈な躰を有する菌類に近い私達を、捕らえようと試みていたのだ。勿論ユゴスの科学技術で殲滅した。愚か者が、私達の前に立つな。
失礼、少々熱くなってしまった。話を今存在する個体の方へ戻すことにしよう。私が地球へ飛び立ってから数日が経った時だ。この個体と親と呼べる者が愚の骨頂と言えるだろうくだらない行為を始めたのだ。察し通り瞬時に地を舐めさせたが、親を殺す前に子である個体を見せつけながら攫ったのである。実に滑稽だった。今でも親の呻き声が聞こえてくる。有りもしない口がニヤけるほどだ。個体も良い声で鳴いていた。助けなんて来ないとわかっている癖にな。今は絶望の淵、科学の恐怖を目の当たりにしている個体は、何もかもを諦めている。脆くも儚い声で私に囁いた。
「どうするつもりなの」
「どうするか、決まっているではないか。私達と一緒になって研究を悠久の時続けるのだよ。もうひとつの選択肢が有るとするならば、気が狂うまで、暗い暗い檻の中で過ごしてもらうことになるのだが……研究は素晴らしいぞ。貴様が入っている機械も私達が創り出した科学の結晶だ。他にも電撃を放つ、見るも悍しい形状をした銃や、ありとあらゆる存在を凍り漬けにする冷気等も発明した。どうだ、血が滾るだろう……失礼、血なんて無かったか」
私は貌の無い嘲笑を個体に向けた。面白い冗談を言いながら機械を持ち上げる。そろそろ時間だ。又してもあの、くだらなくも愉しい惑星へ行かなければならない。同胞が重い扉を開けた。頭部を不気味に点滅させ、コミュニケーションを取り個体を渡す。愉快そうに同胞は機械の巣窟なる部屋の奥へ消えた。個体が悲鳴を上げているが、どうでも良い。翅を拡げて羽ばたくだけだ。