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蹂躙

「影だな」


 宣戦布告してきた四人……ではなく今や三人の犯罪人の中の一人、背の高い老翁は影山の屈強な体を指差した。サングラスをかけているのでその表情はうまく読みとれないが、「ほう」という関心の言葉が漏れた。


「お前の能力は影を操る。ロープのように細長く伸ばして縛りつける。暗がりだからその能力はあまり見えない」

「よく分かったな」

「何、今までほふってきた中にもいたからな」

「そうか、お前は大量殺人犯だったな」


 その年老いた男は、元々ボクサーだった。遠慮なくその力を用いることのできる武道の世界に身を落としたが、結局は不良ファイター。すぐさま問題を起こしてプロの資格を剥奪された。

 そんな男が、能力を手に入れたらする事は一つ。その暴力を振るう事だ。実際、この男は何年も前から通り魔のような殺人を繰り返した。被害者は同じように異能者と呼ばれるもので、世間はそれほど重要視していなかった。

 だが、その男が今度は民間人を狙い始めた。これには流石に対処する必要があると判断したのは政府であり、世論も同様だった。そしてこの老人、柏木の捕縛が命じられたのは一昨日、軍の誇る精鋭部隊が一夜にして捕まえ、ここに送検してきた。

 その後も全く抵抗する素振りを見せてこなかったが、ここに来て好戦的な桐野のセリフに彼の本能は刺激されたらしい。


「さっきのバカたれみたいなへまはせん。三人でかからせてもらおう」

「そうしろよ。じゃねえとつまらねえからなあ」


 言うが早いか、桐野は駆け出した。柄を力いっぱい握りしめると、周囲の風が刃の元に集まりだした。これは、“刀自身の持つ特殊な力”だった。

 使い手の意思により、周囲の風を集めて斬撃にのせる。鬼瓦という鍛冶屋特製の刀だ。そしてそのまま、刀を振るった。溜めこまれた空気が一気に吐き出されて、何本もの剣戟がカマイタチとなる。それらは全て、柏木のもとへと向かっていた。

 それを見た柏木は、自らの足を地面へと食い込ませる。のみと金づちを使ったかのようにその足は地面へと易々と食い込む。そのまま脚を振り上げると、岩盤がめくれ上がって盾となる。風の刃はそれに邪魔をされてかき消された。

 岩盤が崩れてガラガラと崩れ落ちたその時、三人の反逆者の姿は消えていた。三人は桐野を取り囲むように動いていた。まずは柏木が俊敏な動きで背後に回り込み、セーラー服の女子が真正面から突進してくる。この女の能力は手の平に収まるサイズの物質を爆弾に変える能力。手には石つぶてが握られている事から正面突破をしてくると桐野は判断した。

 最後の一人はどうせ上からという陳腐でありきたりな考えだ。この二人を対処したら最後の一人が上から攻撃。そういう流れならば、まずは何も気づかないふりをしてこの二人を斬ればよい。

 さっきよりも広い範囲で風を集める。そのため、先程よりも空気が濁り、刀身もろくに見えない。旋風どころか竜巻のようだ。だがそんな事に臆することなく、女学生は爆弾となった石を投げつけた。

 飛んでくる石を叩き斬る。それと同時に爆炎が立ち上るが、炎も爆風も全て刃が纏った風の力で吹き飛ばす。目くらましも失敗だなと、嫌味を込めて柏木を睨みつけた。

 柏木の力は脚力の強化。獣化タイプのカンガルーだ。パンチはフィジカルの向上などなくても元々強いからそれだけで殺傷力抜群、蹴りと機動力が大幅に強化されている。

 だがそれも、見えていれば桐野は容易に回避できる。柏木の蹴りが地面にひびを入れる。「怖い怖い」と冷やかしながら桐野は刀を振りかぶった。

 確実に逃げられないタイミング、そのはずだったのに桐野は柏木を仕留めることができなかった。不意に彼の後頭部に鈍い痛みが走り、視界が眩んだ。

 振り返ると、赤く燃えるような石が浮かんでいた。その先にはさっきの女子。たったそれだけの映像で全てを悟る。もう片方の手のうちに隠していた石を投げた。赤熱しているのはおそらく、爆発寸前だからだ。

 痛いのは嫌いなんだよと胸中で愚痴り、舌打ち交じりに切り裂く。爆風はまたしても霧散する。だが、その隙に柏木は動いていた。桐野が不味いと思う間もなく、その蹴りは脇腹に入った。何本もの骨が一気に砕け、体の組織が壊れるような醜い音を響かせて、桐野は宙を舞った。

 血が一直線に地面の上を伸び、その端に桐野はたたき落とされる。口から血を吐き、血だまりは彼の頬を濡らした。

 彼は、すぐ隣の大地に大きな穴が開いていることに気付いた。基本的に真っ平らなこの土地に、穴など開いているはずなどない。誰かがこれを作ったと考えるのが妥当だが、果たして誰がだろうか。

 その答えは、桐野の中ではとっくに出ていた。

 三人目の男、土門だ。


「そういや、あいつは獣化だったな」


 三人目は上から、そう思っていたのは間違いだ。三人目は、地下からだ。獣化のモグラ、それが残った一人の持つ特質だ。

 軽い地響きのようなものを感じ取った桐野は、真下から鋭い爪に貫かれる。地中に潜んでいた土門が岩盤を桐野ごと突き破って飛び出してきた。

 血しぶきは放射状に広がり、地面を真っ赤に染め上げる。その様子を見て影山は頭を抱えた。


「だから気を抜くと殺されるぞと忠告したのにな」


 桐野を倒した三人は得意げな表情だ。三対一ならば負けないという考えがその顔から、佇まいから、態度から溢れ出て来る。

 その姿に、影山は余裕の笑みを浮かべた。


「勝った気にならない方が良い」

「ふん。この数なら負ける訳が無い」


 土門が突き刺した桐野を放り投げた。その体は、地面を転がって影山の足元までやってくる。

 影山は、その桐野の身体を軽く蹴って鋭い目でサングラス越しに睨みつけた。


「おいおい仲間だろ? 死体蹴りなんてすんなよ」

「死体? 何言ってんだよクズどもが」


 その声に、三人だけではなく送られてきた犯罪者全てが戦慄する。それは、もう死んでいてもおかしくない桐野が発した声だったからだ。痛みと闘いながらゆっくりと起き上がった彼は貫かれた腹を抱えていた。


「ったく、痛ぇのはごめんなんだよな」

「その怪我でまだ生きてるのか?」

「はあ? どの怪我だよ。このクズ野郎」


 服は完全に穴が開いていた。傷口から漏れたであろう血が彼の全身を濡らしていた。それなのに、傷は完全になかったかのように塞がれていた。

 その様子に、三人の反逆者は全員が顔面蒼白となる。


「あー、これが良いんだよ。痛いのは大っ嫌いだけど、こんな風に絶望する顔を見るのが大好きなんだよなー、俺」

「お前……何で生きているんだ?」


 頭部に石をぶつけられ、強化された蹴りを受けて体中ボロボロになった挙句腹を貫通させられたはず。それなのにそんな事は無かったかのように無傷でぴんぴんしている。

 あり得ない。その驚きを隠せないまま彼らは呆然としていた。


「何ボサっと突っ立ってんだよ。殺すぞ」

「くそっ……」


 回復の能力でも持ち合わせているのか。そのように年老いた男は判断した。そして、持ち前のフットワークで回り込む。モグラの力を用いて、土門も地中へと潜り込んだ。

 また同じパターンかと桐野は呆れる。抜き身の刀を、女子高生に向ける。自分が狙われていると判断した彼女だったが、もう遅かった。桐野は目にもとまらぬ速さで一閃、カマイタチをひき起こす。空気の刃が、少女の腕を斬り裂く。

 一直線に亀裂が入り、ドクドクと血が流れ出る。腱を斬られてしまい、思うように腕を動かすことができずにだらりと垂れ下がった。その痛みに耐えられず、苦痛に喘いでいるその隙に、もう片方の手も潰された。

 少女のか細い金切り声が、どす黒い空の下で響く。


「物を爆弾に変えるには一旦手で握り締める必要がある。もう、お前は爆弾作れねえよな」


 楽しめなくなったのなら用無しだと、最後に桐野は剣をもう一度振った。左肩から右側の腰のあたりまで斜めに切れ込みが入ると、血をその切り口から噴き出させて、地に臥した。流れ出る大量の血は、もう助からないことを示唆している。

 虫の息と表現するにふさわしい、弱々しい断末魔が桐野を興奮させる。そうだ、これが戦いなのだと。

 途端に、足の裏から異変を感じる。真下の大地が揺れているような。この感覚はさっき全身で確かめたので、彼はすぐに分かった。彼が飛び退いたのとほぼ同時に、土門が鋭い爪を突きたてようと飛び出してきた。しかし、もちろん空振りに終わる。

 悪いな。そのように桐野は呟いた。


「俺も獣化タイプだから、あんまり気のりしないけど許せよ」


 カマイタチでなく、剣の刀身で直接その体を斬りつけた。刃の周りで渦巻く大気のせいで、彼の身体は抉り取られていく。血しぶきはその大気の奔流のせいで、空中に舞い上がった。

 一刀両断された土門の身体は、二つに分かれて地面へと落ちた。もう、ピクリとも動かない。

 後一人、そう思って気を抜いた瞬間に柏木は動いた。その隙が命取りだと、頭上からかかと落としを決める。脳天に直撃し、骨を砕く感触が足から伝わってきた。首か頭蓋骨かは分からないが確実に破壊した感覚はあった。

 それなのに、桐野は相変わらず生きていて笑っている。これ以上なく楽しいおもちゃを目の前にする、子供のように。


「悪いな、死なねえんだよ」

「何なんだお前は……」

「獣化タイプ“アンデッド”。その名の通り死なないんだよ」


 いまだ着地できておらず、身動きが自由に取れない柏木の両足を斬りさく。居合いでもするかのような鋭く、静かな音がしたかと思うと、女学生の腕と同様に腱が切断された。もう、老翁は身動きすら取れない。

 その瞬間にはもう、敗北を認めざるを得なかった。そもそも、殺すことのできない能力者が相手では、どう足掻いても勝ち目はない。


「……殺せ。もうどのみち永くは無い」

「だろうな、もう確か還暦はとっくに昔に過ぎ去ってるらしいからな」


 刀に集めていた風を解き放ち、握りしめた剣はただの武器に戻る。鈍い光を放つ刃が、鎌首をもたげた。次の瞬間にはそれは振り下ろされ、桐野の身体はまた返り血で上書きされた。

 べったりと、金属臭をその身から放ちながら、彼はもう一人の番人、影山を振り返った。


「悪いな。全員俺がやっちまった」

「いや、そうでもないぞ」


 影山は顔ごと目線をある一点に向けた。そこでは、何も無い空間にロープ状の影が絡みついている。

 何をしているんだと桐野が問いただすと、影山は答えた。


「さっきの太った親父だよ」

「ああ、カメレオンか」


 万引きの際にカメレオンの能力で周囲と同化し、そのまま商品を盗もうとした無職の男性。それが先刻桐野が蹴りつけた男だった。姿を消して逃げ出すか、警備の者を殺そうとしたのかは分からないが、反逆に代わりは無い。

 影の縄が首のあたりを締めあげている。もはや、懺悔と後悔の言葉すら出てこなかった。抵抗が弱まってきたため、影山も縛りつける力を弱めていく。完全に息絶えたその瞬間、白目をむいた男の姿がくっきりと浮かび上がった。

 合計五体の遺体が、無造作に横たわる。それを見た他の囚人たちは一様に怯え出した。


「ま、こうなりたくなかったらさっさと中に入れよ」


 門を作ってしまうと新しい囚人を放りこむ際に脱獄する者が現れる。そのため、滑り台のような装置が入り口となっていた。特殊な液体がその上をコーティングしていて、逆走して登ることはかなわない。

 抵抗する気力すらなくなった他の連中は、この番人二人から逃げるようにして、次々と匣の中へと身を投じていく。ただし、彼らはまだ正確に理解していない。匣の中はもっと凄惨な場所だと。

 全ての罪人が中へ入ったのを見届けた後に桐野と影山は語りだす。


「死なないからとあまり調子に乗らない方が良い」

「はあ? 気にすんなよ。俺を殺せる奴なんてそうそう居やしねえよ」



 この翌日、世界中を震撼させる出来事が起きる。

 匣を管理する者は、世界中から選別された、とっておきの傭兵集団であり、世界最強の組織と言っても過言ではない。

 その組織は大きく分けると四つの仕事がある。広報や財務など、事務的なもの。外から来た新しい囚人を放りこむ、外側の監視員。犯罪者を捕まえるための外界の警備軍。そして最後に、精鋭中の精鋭、壁の内側を管理する統治軍。

 最も強いのは統治軍であり、警備軍、監視員の順に続く。番人とは、囚人が抵抗しないように見張る監視員の一人だ。

 確かに監視員はそれほど上位には位置していないが、充分化け物クラスのタレントが揃っている。

 ある日、二人の番人の遺体が発見された。早朝にパトロールをしていた別の隊員が、無残に切り裂かれた二人の死体を見つけた。

 そしてその死亡者は、桐野と影山だった。

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