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15話 あの巨大な船は……いったい……


 15話 あの巨大な船は……いったい……


 国境の石柱を越えた先の平原を、黒い波が埋め尽くしていた。


 デカール・ドーン連合軍、総勢100万。


 槍の穂先が、朝日を受けて、地平の果てまでぎらついている。

 軍靴《ぐんか》の音は、もはや足音ではなく、大地そのもののうなりだった。


 魔導兵団だけで5万。

 レベル100を超える将軍が、数十人。

 ひとつの大国を丸ごと攻め落とせるだけの戦力が、兵1000の小国へ向けて、ゆっくりと進んでいく。


「……過剰にもほどがあるな」


 ドーン軍の先頭近くで、馬上の古参兵が、ぼそりとつぶやいた。


「兵が1000しかいない国だぞ。うちの一個大隊で足りる」

「だが、ロス皇子は30万を失ったそうだ」

「もう皇子じゃない」

「ロスは、よほどの無能だったんだろうな。30万を率いて1000に負けるとは……」

「おおかた、自分の範囲魔法で、自分の兵を焼いたんだろう。実の兄を殺そうとするような、頭のおかしい皇子だったからな」


 兵たちの間に、乾いた笑いが広がった。


 ★


 その陣の中央を、カバノンとゼイは、馬を並べて進んでいた。


 平原には、主を失った鎧や剣が、まだあちこちに転がっている。

 ロス軍の残骸。

 回収しきれなかったのだろう。


 ゼイは、それを見下ろしながら、何も言わなかった。

 頬はこけ、肌は青白い。

 かつての豪快な笑みは、どこにもない。


 その隣で、カバノンは、


(最初の勧告で、国民皆殺しを突きつけた。今ごろ、やつらは決死の覚悟を固めているはず。……そこへ、『その覚悟、見事。大人しく投降すれば、民の命は保証しよう』とでも言ってやれば……あのバカ姫は感涙して、すぐさま門を開けるだろう……くく……)


 胸の内で、この戦の結末を描いていた。


(戦争はすぐ終わる……考えるべき問題は、なぜ、ジョカが、あんなにも積極的に、こちらに加担してくれるのか……)


 軍服の上から、胸元にそっと手を当て、カバノンは、ゼイに声をかけた。


「……ゼイ殿下も、使徒ジョカから『聖印《せいいん》』を刻まれましたか?」


「ああ。出陣の朝にな。『お守り』……だそうだが、効果のほどは、はぐらかされた」


 ゼイも、自分の胸元に目を落とした。

 軍装の下には、小さな聖印が刻まれている。


「フーマルの秘術らしいですから、それなりの効果はあるものと思われますが……まあ、使う機会はないでしょうがね。セファイラは、すぐに降伏して……ん?」


 先に、ソレに気づいたのは、カバノンだった。


 前方の平原に、巨大な城が、そびえ立っている。


 幅の広い水堀。

 切り立った崖のような石垣。

 てっぺんでは、金色の魚の像が、朝日を跳ね返していた。


「なんと巨大な城だ……」


 ゼイが、かすれた声でつぶやいた。


「神格殿の報告書にあった一夜城か……セファイラは、本当に異質な国だな……」


 周囲の兵たちも、次々と足を止め、ざわめき始める。


 カバノンは、丸眼鏡を押し上げ、目を細めた。


 ジョカの報告書には、城の存在が記されていた。

 そして、その攻略法も。


 城の周囲に目を凝らす。

 堀の外側に沿って、空気が、わずかに揺らいでいる。


「……あれが、魔法の障壁か。城ごと、すっぽりと覆うほどの障壁……いったい、どれだけの魔力で維持しているのやら……」


 障壁の縁は、石垣でも城壁でもなく、堀の外縁をなぞるように走っている。


(……思った以上に巨大だ。あれほどの城にこもっている間は、やつらの心は折れんかもしれん……)


 そこへ、ゼイが、


「どうするかね、カバノン主席。当初の手はずどおり、すぐに勧告を出すか?」


「いえ……あの城を見て、考えが変わりました。使徒ジョカの報告が正しいなら、堀を埋めれば、あの障壁は消えます。まずは堀を埋め、障壁をはがしてから、降伏を勧告しようかと。多少の被害は出ますが……必要な犠牲です」


「ふむ……問題ない。では、さっそく取りかかろう。デカールからも兵を出す」


「助かります。両軍から30万ずつ出し合えば、日が高くなる前に終わるでしょう」


 二人が、手早く段取りを詰めていく。


 ――その時だった。


「か、カバノン主席! あれを!!」


 側近の叫び声が、陣の空気を裂いた。


 カバノンは、顔を上げる。

 城の向こう側。

 天守の屋根を、わずかに越えたあたりの空に、巨大な影が、浮かんでいた。


 鉄の塊だった。

 城の天守より、さらに大きい。

 細長く、鋭く、まるで巨大な刃を横たえたような形。

 その上に、塔のような構造物が、いくつも重なってそびえている。

 そして、その塔の前後に、太い筒を三本ずつ束ねた、巨大な砲塔が並んでいた。


 それが、音もなく、空に浮いている。


「ん……な、なんだ、あれは……」


 カバノンの声が、わずかに上ずった。


「巨大な船……が、浮いているのか?」


 ゼイも、目を見開いたまま、空を見上げていた。


 兵たちのざわめきが、一気に悲鳴に近いものへと変わっていく。


「ふ、船だ……空に、船が……」

「どれだけ異質であれば気がすむのだ、この国は……」

「あれも、守護神とやらの仕業か……?」

「なぜ、セファイラのような小国に、これほど強大な守護が……」


 隊列が、目に見えて乱れ始めた。

 後ずさる者。

 馬を制しきれずに、振り落とされる者。


 カバノンは、奥歯をかみしめ、声を張り上げた。


「あわてるな! 所詮は、船が浮いているだけのこと! モノを浮かせる魔法など、そう珍しいものでもあるまい!」


 その一喝に、兵たちの動揺が、わずかにおさまる。


(……とはいえ、あれほどの巨体を浮かせ続ける魔力は、尋常ではない)


 カバノンは、額ににじんだ汗を、指でぬぐった。


(ハッタリだ。そうに決まっている。……大きな城と船を見せつけて、こちらの戦意をくじこうとしているだけ。浅はかな狙い……っ)


 カバノンは、手のひらを口元にかざした。


「拡声ランク5」


 魔法によって何倍にも膨らんだ声が、平原に響き渡った。


「セファイラに告ぐ! 投降せよ! 巨大な城や船で、いくらハッタリをかまそうと無意味だ!」


 声は、城の石垣にぶつかり、こだまとなって返ってくる。


「今、投降するのであれば、民への拷問も斬首も取りやめよう! 民の命は、このカバノンの名にかけて保証する! 私の慈悲に感謝し、ただちに門を開けよ!」


 言い終えてから、カバノンは、小さく舌打ちした。

 あの船の圧に押され、予定より早く、勧告を口にしてしまった。

 隣で、ゼイが、何か言いたげにこちらを見ていた。


(……い、いや、これでいい。堀を埋める間に削られる兵を、丸ごと浮かせられると思えば、悪くない判断だ……)


 自分に言い聞かせるように、カバノンは、もう一度、丸眼鏡を押し上げた。


 ――セファイラからの返事は、なかった。


 代わりに。


 空に浮かぶ船の砲塔が、ゆっくりと、こちらを向いた。


 ギギギ、と、巨大な鉄がきしむ音。

 浮かんだ船体が、船首を下げるように、前へと傾いていく。


 人がまるごと潜り込めそうなほど太い砲口が、九つ。

 そのすべてが、平原を埋める軍勢を、まっすぐに見下ろしていた。


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