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13話 100万VS1000。


 13話 100万VS1000。


 カバノンが去ってから、2日後。


 その日の昼過ぎ、ジョカが、また、ふらりとセファイラを訪れた。

 供《とも》は一人も連れていない。


 セファイラ城、謁見の間。


 上座の椅子に腰を下ろしたジョカは、にこにこと、セファイラの面々を眺めていた。

 ミシャも、宰相も、重臣たちも、全員が立ったまま。

 センは、いつものように、ミシャの隣に立っている。


「こんにちはぁ。……今日は、胸が躍るようなお知らせを、持ってきましたよぉ」


 ジョカは、ニタニタと笑いながら、懐から、二通の書状を取り出した。


 宰相が進み出て、それを受け取る。

 その指先は、封を切る前から、かすかに震えていた。


 一通目には、デカールとドーン、二つの印が並んでいた。

 二通目には、ドーンの印。


 宰相は、一通目を開き、文面に目を走らせた。

 そして、そのまま、固まった。


 ミシャが、


「……宰相?」


 と、声をかけると、宰相は、書状から目を離せないまま、かすれた声で、


「……宣戦布告です。デカールと……ドーンの、連名で」


 謁見の間が、凍りついた。


 ジョカは、その反応を、楽しそうに眺めてから、


「紙だけ置いて帰るのも、さすがに不親切ですからぁ……ちょっとだけ、経緯《けいい》をお話ししますねぇ」


 ★


 ――セファイラを発ったカバノンは、その足で、デカールの帝都を訪れていた。


 宮殿の最奥、謁見の間。

 玉座の皇帝の前で、カバノンは、深々と頭を下げた。


「陛下。ドーンとデカールで、共にセファイラを叩きませんか。戦果は、両国で分け合えばよい」


 皇帝は、ほおづえをついたまま、カバノンを見下ろしていた。


「……つい先日まで、我が兵の首を刈っていた男が、肩を並べて戦おうと申すか。セファイラと組んで、こちらを挟み撃ちにする腹ではないかと……疑うなというほうが無理な話だ」


「お疑いはごもっともです。私が陛下のお立場でも、まず罠を疑いましょう」


 カバノンは、穏やかに微笑んだ。


「ですから、口約束で済ませるつもりはございません。正式な条約として、結ばせていただきたい。立会人は、こちらの神格殿にお願いしております」


「はぁい。わちが見届けますぅ。それとぉ……今回は特別に、フーマルから『血判証《けっぱんしょう》』も出しちゃいますよぉ」


 ジョカが、ひらひらと手を振る。


 皇帝の目の色が、変わった。


 血判証。

 フーマルの十大天使『全員』が、血判を押して出す命令の書。

 時に宣戦布告として、時に最後通告として突きつけられ、

 これに背いた国は、フーマルの敵とみなされる。


 フーマルが自ら出すと決めた時にしか発行されず、

 どの国が頭を下げて頼んだところで、出してもらえるものではない。


 その血判証が、この同盟に出る。

 つまり――『ドーンとデカールは、この同盟を守れ。破った国は、フーマルの敵とする』。

 世界の頂点が、そう命じるということ。


 これ以上の保証は、この世界のどこにもなかった。


 皇帝は、しばらく黙っていたが、

 もはや疑う余地はなし、とばかりに、


「……して、勝った暁《あかつき》には、ドーンは何を取る?」


「ミシャ王女の身柄を、生きたまま。望みは、それだけです」


 カバノンは、こともなげに言った。


「土地も、兵も、財も、ほかはすべてデカールにお譲りします」


 皇帝の眉が、ぴくりと動いた。


「……ずいぶんと偏《かたよ》った分け前だな。それでよいのかね」


「ええ。この戦は、利を得るためのものではありませんので」


 丸眼鏡の奥で、カバノンの目は、少しも笑っていなかった。


(兵力差は1000倍……国境を囲んで降伏を勧告すれば、あの国に、戦うという選択肢はない。民の命だけは保証するとでも言ってやれば、あのバカは必ず降伏する。……そうなれば、セファイラのすべてが、まるごと戦利品になる)


 腹の底は煮えくり返っていても、私怨《しえん》のための計算だけは、少しも狂わない。


(本来なら、両国で二等分するのが筋だが……1000しかいないセファイラの兵や、枯れた土地など、すべてデカールにくれてやる。ミシャは、必ず私の奴隷にする。あの女だけは絶対に許さん。死ぬまで私の子を産ませ続け、生まれた子も戦奴《せんど》として使いつぶす……それが私の復讐だ)


 国家主席の地位も、天才軍師の名声も、関係なかった。

 自分に恥をかかせた女を、組み伏せ、ひざまずかせ、泣いて許しを請《こ》わせる。

 それを見届けるまで、この腹の底の熱は、決しておさまらない。


 それは、国家の意思でも、軍略でもない。

 ただの、オスの、醜い見栄だった。


 ★


 条約は、その場で結ばれた。


 ドーンの後ろ盾を得たデカールは、手のひらを返したように、セファイラへの態度を硬くした。


 皇帝は、玉座の前に、ゼイを呼び出し、


「セファイラ攻めは、お前に任せる」


 そう告げると、玉座の脇に置かせていた小箱を開け、手のひらほどの『金の杯』を取り出す。

 縁《ふち》には、デカールの紋章が刻まれていた。


「持っていけ。……二度と、お前を失うわけにはいかん」


 差し出された杯を見て、ゼイは、わずかに目を見開いた。


(これは……『帝冠《ていかん》の聖杯』……正式な皇帝の地位にある者以外は、触れることすら許されぬ国宝を……私に……)


 震えそうになる手で、それをうやうやしく受け取る。

 青白い顔のまま、静かに頭を下げた。


「……承知いたしました、父上」


 そう答えながら、ゼイは、伏せた目の奥で、冷たく思考を巡らせていた。


(ロスが率いた30万は、ただの一兵も戻らなかった……兄上《ルキ》は、あの国からの帰り道で討たれた……)


 杯を握る指に、力がこもる。


(セファイラは、もはや小国ではない。得体の知れない災厄《さいやく》だ。……根が深く張る前に、一切の慈悲なく、根こそぎ断つ……)


 ★


「――とまあ、そんな感じでしてぇ」


 ジョカは、ぱん、と手を叩いた。


「デカールの総大将はゼイ皇子。ドーンの総大将はカバノン主席。兵の数はぁ……ドーンが65万。うち30万以上は、属国からかき集めたそうですぅ。デカールが35万。こちらも、うち10万ほどは属国からぁ」


 指を折りながら、のんびりと続ける。


「合わせて、ちょうど100万ですねぇ」


 誰も、声を出せなかった。


 100万。

 対して、セファイラは、1000。


 センは、


(えぐいな……100万かぁ……最高でも50万ぐらいだろうと思っていたのに……100万……はぁ……)


 腕を組んだまま、天井を見上げ、


(まさか、ドーンがデカールと組むとは思っていなかった……そこまでキレてんのか、カバノン……まあ、気持ちはわからんでもないが……はぁ……はぁああああ……)


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