4話 おいでませ、百鬼夜行!!
4話 おいでませ、百鬼夜行!!
その日の夜。
デカールへと続く街道沿いの森で、ルキの一行は野営をしていた。
いくつもの天幕が張られ、たき火が赤々と燃えている。
見張りの騎士たちが、たき火を囲みながら、退屈そうに夜空を見上げていた。
「……つまらん国だったな」
「茶を蹴り飛ばした時の、宰相の顔を見たか?」
「あれは傑作だった」
笑い声が、夜の森に響く。
――その様子を、センは、遠く離れた丘の上から、冷めた目で見下ろしていた。
城を抜け出してきたことは、ミシャも知らない。
(さて……まずは、新技の実験台になってもらおうか)
心の中で、静かに命じる。
(百鬼夜行……全力でルキを呪え)
――森の空気が、ぞわりと変わった。
たき火の炎が、ふっと青白く揺らぐ。
夜風が、ぴたりとやむ。
「……ん?」
見張りの騎士の一人が、顔を上げた。
「ケケケケ……」
どこからともなく、笑い声がした。
「な、なんだ……?」
「ケケケ……ケケケケケ……」
一つではない。
右からも、左からも。
頭上の枝からも、足元の草むらからも。
何百、何千、何万という笑い声が、森全体から、さざ波のように押し寄せてくる。
「て、敵襲ぅう!!」
騎士が叫んだ、その瞬間。
闇の中から、いくつもの影が、一斉に姿を現した。
首の長い女。
ひとつ目の大入道。
ひらひらと宙を舞う、ぼろ布のような何か。
妖怪の群れが、笑い声をまき散らしながら、野営地へと、なだれ込んできた。
「な、なんだ、こいつらは!」
「アンデッドか!?」
「斬れ! 斬り捨てろぉ!」
護衛の騎士たちが、剣を抜いて、妖怪の群れへと斬りかかる。
一振りで、5体、10体と、妖怪が煙になって消えていく。
妖怪は、全員がレベル1。
レベル80の騎士の前では、ろうそくの火を吹き消すようなものだった。
だが、数が違った。
斬っても、斬っても、次から次へと湧いてくる。
見えているのは、せいぜい100体ほど。
そいつらは、全員おとりに過ぎない。
残りの29万体以上が、姿を消したまま、ルキの天幕へと忍び寄り、全力で『呪い』の魔法をかけ続けていた。
「きりがない!」
「どれだけいるんだ、こいつら!」
そこで、一番大きな天幕の垂れ幕が、乱暴に跳ね上げられた。
「……うるさい」
ルキだった。
寝間着の上に外套を羽織っただけの姿で、心底不機嫌そうに、野営地を見回す。
「眠れんだろうが。……ん? なんだ、このゴミどもは……」
ルキは、一度目をこすってから、
その手を、妖怪の群れに向かってかざした。
「聖光陣ランク8」
――夜が、真昼のように白く染まった。
ルキを中心に、光の輪が、波紋のように広がっていく。
その光に触れた妖怪たちは、悲鳴をあげる間もなく、次々と蒸発していった。
見えているものも、見えていないものも含めて、一瞬で、ごっそりと1万ほどが消し飛ぶ。
丘の上で、センは、思わず息をのんだ。
(……なるほど……普通に強いな……スキル日本なしで正面から殺し合ったら、俺の力じゃ、どうしようもないレベル……)
ルキは、つまらなそうに手を下ろした。
「低位の不死種か。……まあ、戦場跡が近いからな。30万も死ねば、こういうゴミも湧くか……」
だが、光がおさまると同時に、森の奥から、また笑い声が響いてきた。
1万死んでも、まだ29万残っている。
「ケケケケ……」
ルキの眉間に、深いしわが寄る。
「……ちっ……ずいぶんと大量に湧いているじゃないか」
ルキは、もう一度、手をかざした。
「聖光陣ランク8」
また、夜が白く染まる。
また、妖怪たちが消し飛ぶ。
そして、また、笑い声が湧いてくる。
「しつこい!!」
何度も、何度も、ルキは魔法を放った。
光が走るたびに、万単位の妖怪が消えていく。
護衛の騎士たちも、汗だくになりながら、剣を振るい続けた。
それを見ながら、センは、
(レベル1の呪いじゃあ、やっぱり、なかなか効かないか……だが……)
――レベル1の一体分では、何も起きない。
十体分でも、百体分でも、レベル190のルキの体には、何の影響もない。
だが、それが、30万体分になれば……
★
――1時間ほど戦い続けたところで、
ようやく、森から、笑い声が消えた。
野営地には、ぐったりと座り込む護衛の騎士たちと、
肩で息をする、ルキの姿があった。
聖光陣を何十発も撃ち続けたせいで、さすがのルキも、魔力の大半を使い果たしていた。
「はぁ……はぁ……なんて、ふざけた土地なんだ……」
ルキは、乱れた髪をかき上げた。
その時。
「……はぁっくしょい!!」
盛大なくしゃみが、夜の森に響いた。
「……ん?」
鼻の奥が、むずむずする。
背筋に、ぞくりと、小さな寒気が走った。
(……夜風に当たりすぎたか)
最初は、その程度に思っていた。
だが、
「おぇっ……」
急に吐き気がこみ上げ、その場にうずくまる。
「皇子、大丈夫ですか!?」
「うるさい……少し、気分が悪いだけだ……そういう時もあるだろう」
その様子を、遠くから眺めながら、センは、心の中で、ぽつりと、
(30万体の妖怪をフルで投入して……ようやく、あれだけか……)
妖怪たちとつながっていた感覚から、ルキにかかった呪いの中身が、なんとなく伝わってくる。
(自律神経の乱れと、常に風邪気味と、脱水と頭痛と、年中花粉症……本当は、手足がまともに動かなくなるくらいの、えげつない呪いをかけたかったんだが……相手のレベルが高いと、これが限界か……)
センは、小さく息を吐いた。
(百鬼夜行は、戦力じゃなく、死体処理として割り切ったほうがよさそうだな……一体一体が、さすがに弱すぎる……どうにか強化したいところだが、どうすりゃいいのか……)
ルキは、頭を押さえながら、天幕へと戻っていった。
それを見て、センは、ニヤリと笑った。
(おいおい、何、休もうとしてんすか、皇子……パーティは、まだ始まったばかりじゃないですか)
センは、夜空を見上げ、
(来いよ、ゼロ戦……皇子のダンスのお相手をして差し上げろ)
――轟音が、夜空を裂いた。
最初に気づいたのは、疲れ切って座り込んでいた、デカールの兵たちだった。
「な、なんだ、この音は……」
「あれは……まさか!」
「ロス皇子の報告にあった、鉄龍か!」
「ミスリル陣形!! 皇子をお守りしろぉ!」
「皇子! たいへんです! 鉄龍が出ました!」
ルキは、ロスの報告など読む価値もないと、切り捨てていた。
だが、兵たちは、当然、その内容をしっかりと頭に入れている。
だからこそ、迷わず動けた。
ルキの天幕を囲むように、盾を構え、防御魔法を何重にも重ねていく。
――ババババババババッ!!
ゼロ戦の翼が、火を噴いた。
土煙の線が、野営地を一直線に駆け抜ける。
天幕が裂け、たき火が吹き飛び、盾を構えた兵たちが、次々と倒れていく。
「うぁああああ!」
「ぐぁっ……!」
「障壁を……張り直せ……っ」
ゼロ戦が、轟音を残して、夜空の彼方へと飛び去っていった。
ずたずたに裂けた天幕の中から、ルキが姿を現す。
「な、なんだ……何が起きたというのだ……」
野営地は、地獄に変わっていた。
ほとんどの兵が、もう動かない。
生き残っているのは、数人だけ。
それも、息も絶え絶えの状態で、地面に転がっていた。
「こ、これは、一体……」
「てつ……りゅう……です……空から……」
兵の一人が、血を吐きながら、かろうじて答えた。
ルキ自身は、無傷だった。
兵たちが、その身を盾にして、守り抜いたのだ。
丘の上で、センは、舌打ちをした。
(くそ……ルキには、一発も当たってねぇ。防御を固められると、きついな……くそったれ……)
その時。
世界の声が聞こえた。
――スキル2『ゼロ戦』が拡張進化。
――進化スキル2『ゼロ戦/紫電改』を獲得!!
頭の中に、スキルの情報が流れ込んでくる。
シンプルに言えば、一日に、ゼロ戦と紫電改を、一回ずつ使えるようになった。
紫電改。
大戦末期、ゼロ戦のあとを継ぐようにして空を守った、日本海軍の戦闘機。
ゼロ戦より重く、速く、そして火力が段違い!!




