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第3話「無能の烙印」

「勇者よ」


 国王の声が響く。低く、重い声。


 床が綺麗になった玉座の間。まるで、さっきの惨劇など無かったかのように。何事もなかったかのように。


「気を取り直せ」


 気を取り直せ?十二人が死んだのに?目の前で、人が灰になったのに?


「我らには時間がない」


 国王が続ける。淡々と。


「魔王復活まで、残された時間は少ない」


「そのために、彼らは命を捧げた」


 リオルが言う。冷たい声で。


「その犠牲を無駄にしてはならぬ」


 犠牲。また、その言葉。まるで、当然のことのように。魔法の呪文のように、何度も何度も。


「さあ、勇者よ」


 国王が手を挙げる。


「そなたの力を測定させてもらおう」


 測定。まだ、続けるのか。この光景の後で。


「魔導長」


 国王が呼ぶと、白いローブを着た老人が進み出る。コツコツという杖の音。痩せた体。深い皺が刻まれた顔。手には、不思議な水晶玉を持っている。直径三十センチほどの、透明な球体。内部に、青白い光が渦巻いている。ユラユラと。まるで、生きているかのように。


「勇者殿、こちらへ」


 老人——魔導長が俺を手招きする。


「…」


 足が動かない。まだ、さっきの光景が目に焼き付いている。黒い灰。崩れ落ちる体。悲鳴。絶望。目を閉じても、見える。耳を塞いでも、聞こえる。


「勇者殿」


 魔導長が再び呼ぶ。


「測定を行わねば、次に進めませぬ」


「…分かりました」


 仕方なく、魔法陣の中心へ歩く。足が重い。まるで、鉛のように。一歩、また一歩。ようやく、魔導長の前に立つ。


「この魔導具に、両手を置いてください」


 魔導長が水晶玉を差し出す。近くで見ると、さらに不思議だ。内部の光が、まるで生きているかのように蠢いている。グルグルと回転している。


「これは…?」


「メガマナ適合測定器です」


 魔導長が説明する。声は穏やかだが、どこか機械的だ。感情が感じられない。


「あなたの身体が、この世界の根源エネルギーであるメガマナにどれほど適合するかを測ります」


 メガマナ。さっき、魔導士たちを殺したエネルギー。


「メガマナは大地に流れる原初の力」


 魔導長が続ける。淡々と。


「万物の生命を育み、強大な魔法の源となる力です」


「我々一般人は、体内で生成されるマナという力しか扱えません」


「しかし勇者は違う」


 魔導長の目が、俺を見る。期待の目。


「勇者は、マナに加えてメガマナをも扱える唯一の存在」


「それが、勇者たる所以です」


「歴代の勇者たちは、皆高いメガマナ適合率を誇っていました」


 魔導長が水晶玉を両手で捧げ持つ。


「記録に残る初代勇者は22%」

「二代目勇者は18%」

「前回召喚された三代目勇者は20%でした」


(高い適合率…)


 それはつまり、あの猛毒のエネルギーを安全に扱えるということ。魔導士たちは、それで死んだ。適合率が低すぎたから。ならば、俺は?


「さあ、測定を」


 促される。周囲の貴族たちが、期待の眼差しでこちらを見ている。ざわざわと囁き合う声が聞こえる。ヒソヒソと。


「新たな勇者の力は?」

「魔王を倒せるのか」

「我が国の救世主となるか」

「早く結果を」


 プレッシャーが、ずしりと肩にのしかかる。重い。息苦しい。


(また…期待されてる)


 社畜時代と同じだ。期待され、プレッシャーをかけられ、失敗すれば——


「勇者よ、早く」


 国王が言う。


「…分かりました」


 仕方なく、水晶球に両手を置く。ひんやりとした感触。まるで、氷のように冷たい。いや、氷以上だ。骨まで冷えるような冷たさ。手のひらが、凍りつくような感覚。


(頼む…)


 心の中で祈る。


(高い数値が出てくれ…)

(そうすれば、この世界でやり直せる)

(社畜人生から解放される)

(もう、誰にも馬鹿にされない)


 期待と不安が、胸の中で渦巻く。心臓が、バクバクと音を立てる。手が震える。冷たさのせいじゃない。緊張だ。恐怖だ。


(頼む…頼む…!)


 すると——


 水晶球が、淡く光り始めた。青白い光。まるで、蛍光灯のような光。内部の光が、激しく渦巻き始める。グルグルと。


(光った…!)


 希望が、胸に灯る。温かい。


「おお…!」


 貴族たちから、期待の声が上がる。


「光った!」

「勇者の力だ!」

「これは期待できるぞ!」


 しかし——


 光はすぐに弱まっていく。だんだんと。


(え…?)


 期待が、一気に崩れる。まるで、砂の城が崩れるように。


 明るく輝いていた水晶球が、だんだんと暗くなっていく。まるで、電池が切れていくかのように。光が、弱くなる。消えていく。


(嘘だろ…)

(消えていく…)

(俺の希望が…)


 心臓が、早鐘を打つ。ドクドクと。嫌な予感が、全身を駆け巡る。冷や汗が、背中を伝う。


 魔導長の顔が、徐々に曇っていく。眉をひそめ、水晶球を凝視する。


「これは…」


 水晶球の光が、ほとんど消えかけている。かすかに、本当にかすかに光っているだけだ。ロウソクの火が消える寸前のような、か細い光。チラチラと。


「魔導長、結果は?」


 国王が問う。低い声で。


 魔導長は、水晶球を何度も確認する。角度を変え、光にかざし、内部を覗き込む。首を傾げる。信じられない、というように。


「まさか…測定器の故障か…?」


 魔導長が呟く。小さな声で。


「いや…しかし…」


「魔導長」


 国王の声が、低くなる。威圧的に。


「結果を申せ」


 魔導長は、深く息を吸い込んだ。ゆっくりと。そして、震える声で答えた。


「メガマナ適合率…0.001%です」


 一瞬、静寂が訪れた。時間が止まったかのような。シンと。


(え…?)


 頭が真っ白になる。


(0.001%…?)

(一般人以下…?)


 信じられない。信じたくない。


(嘘だ…嘘だ…!)

(そんなはずない…!)


 でも、魔導長の表情が全てを物語っている。これは、現実だ。


(俺は…)

(結局、この世界でも…)

(無能なのか…)


 絶望が、心を埋め尽くす。真っ黒な絶望が、胸の中に広がる。


「……何?」


 国王の声が、低く響く。空気が凍りつく。周囲の貴族たちも、言葉を失っている。ざわざわと。驚きの声。


「も、申し訳ございません」


 魔導長が頭を下げる。深く。


「何度も測定し直しましたが、結果は同じです」


「適合率0.001%…」


 魔導長が続ける。


「これは…ほぼゼロに等しい数値です」


「歴代の勇者どころか、一般人の平均値である0.01%すら大きく下回っています」


「一般人…以下…?」


 呆然とする。声が震える。


「そうです」


 魔導長が頷く。


「通常の人族や魔族は、0.01%から0.1%程度の適合率を持ちます」


「それすら、メガマナを直接扱うには危険な数値ですが」


「しかしあなたは0.001%…」


「これでは、メガマナはおろか、強力なマナ魔法すら扱えないでしょう」


 ざわざわと、貴族たちがざわめき始める。ヒソヒソと。


「0.001%だと?」

「一般人以下?」

「そんな馬鹿な」

「使い物にならぬではないか」

「魔王討伐など不可能だ」

「これでは下級魔物にすら勝てぬぞ」


 囁き声が、だんだんと大きくなっていく。波のように広がる。


 そして——


「ふざけるな!」


 突然、リオルが怒声を上げた。玉座の間に、その声が響き渡る。まるで、雷のように。


「0.001%だと?冗談ではない!」


 リオルが俺に詰め寄る。ズカズカと。その目は、怒りに燃えている。いや、怒り以上のものだ。憎悪。嫌悪。軽蔑。全てが混ざり合った目。


「十二人もの貴重な魔導士を犠牲にして召喚した勇者が、一般人以下の適合率だと!?」


 リオルの声が、玉座の間に響く。


「彼らは命を捧げたのだぞ!」


「その犠牲に報いるため、そなたは強大な力を持っているはずだった!」


「それが0.001%?」


 リオルが俺の胸倉を掴む。ガシッと。


「わ、俺に言われても…」


「黙れ!」


 リオルの拳が、俺の頬を殴った。


「がっ…!」


 床に倒れる。ドサッと。口の中が切れて、血の味がする。金属のような、生臭い味。


(痛い…)


 頬が熱い。焼けるように熱い。ジンジンと痛む。


(なんで…)

(なんで、俺が殴られなきゃいけないんだ…)


「リオル、落ち着け」


 国王が制するが、リオルは聞かない。


「これだけの犠牲を払って、こんな無能など!」


 リオルが俺を蹴る。腹部に衝撃。ドスッと。


「ごふっ…!」


 息ができない。肺から空気が押し出される。ゴホゴホと咳き込む。


(苦しい…)

(息が…)


 必死に空気を吸い込もうとするが、体が言うことを聞かない。


「使い物にならぬではないか!」


 さらに蹴りが入る。脇腹に。ドスッと。


「がはっ…!」


 痛い。鈍い痛みが、体中に広がる。骨に響く痛み。


(やめてくれ…)

(やめて…)


 声を出そうとするが、出ない。ただ、痛みに耐えることしかできない。


(また…)


 社畜時代の上司の罵声を思い出す。


「山本、使えないな」

「山本、お前のせいで損失が出た」

「山本、いる意味ある?」


(同じだ…)

(結局、同じだ…)

(元の世界でも、この世界でも…)

(俺は、無価値なんだ…)


 でも、あれとは違う。今度は、物理的な暴力だ。言葉だけじゃない。拳と足で、俺の存在を否定される。


(くそ…)

(くそ…!)


 悔しさと屈辱が、胸を締め付ける。熱い。


「0.001%など、一般人以下だ!」


 リオルが続ける。


「魔王どころか、下級魔物にすら勝てぬのではないのか!」


「こんな無能を、どうして召喚してしまったのか!」


 周囲の貴族たちも、口々に言い始める。


「使えぬ勇者だ」

「これでは魔王討伐は不可能」

「十二人もの犠牲が無駄になった」

「我が国の恥だ」


「リオル、そこまでにせよ」


 国王の声が響く。ドンと。リオルが、ようやく手を止める。


「しかし、父上!」


「分かっている」


 国王が立ち上がる。ゆっくりと。そして、俺を見下ろす。その目は、冷たい。氷よりも冷たい。


「勇者…いや、そなたの数値では勇者と呼ぶのは相応しくないな」


 国王が言う。


「適合率0.001%では、魔王討伐など不可能だ」


「待ってください…」


 俺は必死に言う。声が震える。


「俺は…俺はただ、召喚されただけで…」


「黙れ」


 国王の声が、鋭く響く。


「そなたは、十二人もの魔導士を無駄死にさせた」


「その罪を償わせる」


「罪…?」


(何を言っているんだ)

(俺は何もしていない)

(ただ、召喚されただけだ)


 怒りが込み上げる。理不尽だ。あまりにも理不尽だ。


(勝手に召喚しておいて)

(勝手に期待して)

(勝手に失望して)

(そして、俺のせいにする?)


 拳を握りしめる。爪が手のひらに食い込む。痛い。でも、この痛みで少しだけ冷静になれる。


(くそ…)

(くそ…!)


 叫びたい。怒りをぶつけたい。でも、できない。ここで抵抗すれば、その場で殺される。


「そもそも」


 リオルが口を開く。


「適合率がここまで低いということは、異常だ」


「記録に残る三人の勇者たちは、皆18%以上の高い適合率を示した」


「それなのに、そなただけが0.001%?」


 リオルが俺を睨みつける。鋭い目で。


「断言する。そなたは勇者などではない」


「え…?」


「勇者として召喚されたはずが、一般人以下の適合率」


 リオルが続ける。


「つまり、勇者召喚は失敗したという事」


「召喚の儀式に何らかの異常が起き、間違った者を召喚してしまったのだ」


 周囲の貴族たちが、ざわめき始める。


「召喚の失敗…?」

「そんなことがあり得るのか」

「十二人もの犠牲が…」

「無駄になったということか」


「待ってくれ!」


 俺は叫ぶ。


「俺は…俺はただ召喚されただけで…」


「黙れ」


 リオルの声が冷たく響く。


「そなたのせいで、十二人もの貴重な魔導士が死んだのだぞ」


「その罪を償わせる」


「父上」


 リオルが国王に向き直る。


「この者を、直ちに処刑すべきです」


「十二人もの犠牲を無駄にした罪は重い」


(処刑…?)


 背筋が凍る。冷たい。


(殺される…?)

(ここで…?)


 恐怖が、全身を駆け巡る。心臓が、バクバクと音を立てる。


(嫌だ…)

(死にたくない…)


 手が震える。足が震える。体中が震える。


「そうだな」


 国王が頷く。


「十二人もの貴重な魔導士を犠牲にし、結果がこれでは…」


「処刑が妥当であろう」


(終わった…)


 絶望が、心を埋め尽くす。


(異世界に召喚されて、数時間で死ぬのか…)

(こんなところで…)


 涙が出そうになる。でも、堪える。せめて、最後は泣かずにいたい。


「待ってください!」


 俺は必死に叫ぶ。


「俺は何も…!」


「黙れ」


 リオルの声が響く。


「貴様のような無能に、発言権などない」


「即刻、処刑を——」


「お待ちください!」


 突然、魔導長の声が響いた。


(え…?)


 顔を上げる。


(助けて…くれるのか…?)


 かすかな希望が、心に灯る。


 玉座の間に、緊張が走る。魔導長が、杖をついて一歩前に出る。


 国王の鋭い視線が魔導長を射す。


「恐れながら、陛下…この者を処刑することは、お控えいただきたい」


 魔導長が深く頭を下げる。


「何?」


 リオルが眉をひそめる。


「理由を述べよ」


「古の伝承によれば」


 魔導長が顔を上げる。


「勇者とは、大地の神アウロラ様の使いとされております」


「大地の神…アウロラ…」


 貴族たちがざわめく。


「そして、勇者を不当に扱えば」


 魔導長が続ける。


「アウロラ様の怒りを買う可能性があると…」


「古文書には、そう記されているのです」


「ふむ…」


 国王が顎に手を当てる。


「確かに…その伝承は聞いたことがある」


「この者は真の勇者ではないのでは?」


 リオルが言う。


「それでも、です」


 魔導長が断言する。


「召喚の儀式は正式に行われました」


「魔法陣も正常に作動しました」


「結果として適合率は低かったものの…」


 魔導長が俺を見る。


「召喚されたという事実は変わりません」


「もし、アウロラ様がこの者を何らかの理由で選ばれたのだとしたら…」


「処刑すれば、どのような災厄が降りかかるか…」


 静寂が訪れる。シンと。貴族たちが、顔を見合わせる。


「それに」


 魔導長が小声で付け加える。


「あの計画…まだ途中です」


「アウロラ様の怒りを買えば、地脈に影響が…」


 国王の目が、一瞬鋭くなる。


「…そうだな」


 国王が頷く。


「計画に支障が出るのは、避けねばならぬ」


(計画…?)


 何の話だ?地脈?


「では、どうするのです?」


 リオルが苛立った声で言う。


「この者を野放しにするわけにはいきません」


「十二人もの魔導士を無駄死にさせた罪は重い」


「確かに」


 国王が考え込む。


「処刑はできぬ。しかし、罪を償わせねばならぬ」


「では…地下牢に、死ぬまで幽閉するというのは?」


 貴族の一人が提案する。


「それなら、処刑ではない」


「しかし、罰にはなる」


「うむ…それも一案だな」


 国王が頷きかける。


 その時だった。


「父上」


 リオルが、何か思いついたように言った。


「国外追放というのは、いかがでしょう?」


「国外追放…?」


「そうです」


 リオルが国王に近づき、耳打ちする。ヒソヒソと。


 俺には聞こえないが、国王の表情が変わっていく。最初は疑問、次に理解、そして——満足げな笑み。ニヤリと。


「なるほど…」


 国王が頷く。


「それは名案だ、リオル」


「では…」


「うむ」


 国王が立ち上がり、俺を見る。冷たい目で。


「この者を、国外追放とする」


(国外追放…)

(処刑じゃない…)

(生きられる…)


 一瞬、安堵が胸を満たす。ホッと。でも、すぐに不安が押し寄せる。


(でも…国外追放って…)

(どこへ行けばいいんだ…)

(この世界のこと、何も知らないのに…)


「一ヶ月の猶予を与える」


「一ヶ月以内に、この国を出よ」


 国王が続ける。


「国境を越え、二度とこの国に戻るな」


「もし一ヶ月を過ぎても国内にいた場合、あるいは国外追放後に戻ってきた場合…」


 国王の目が冷たく光る。


「その時は、容赦なく処刑する」


(一ヶ月…)

(一ヶ月で、この国を出ろ…)

(金もない)

(地図もない)

(言葉も…いや、なぜか通じているが)

(この世界のこと、何も分からない)

(それなのに…)


 不安が、胸を締め付ける。ギュッと。


「そんな…」


「しかし、父上」


 別の貴族が言う。


「民には、どう説明するのですか?」


「十二人もの魔導士が犠牲になったのに、召喚された勇者を追放するだけでは…」


「民が納得しないのでは?」


「それについても、考えがある」


 国王が言う。


「民には、このように伝える」


 国王が一拍置いて、言った。


「勇者召喚は失敗した」


「偽勇者が勇者になりすました事が失敗の原因」


「ゼロに等しい適合率がその証拠である」


 国王が続ける。


「本来なら処刑にするところを、国外追放にする」


「理由は…この偽勇者が勇者ゲートを通った事により、アウロラ様の使いとして認められてしまった可能性があるからだ」


「万が一、アウロラ様の怒りを買えば、我が国に災厄が降りかかるやもしれぬ」


「故に、国外追放とし、真の勇者を再び召喚する準備を進める、と」


「なるほど…」


 貴族たちが頷く。


「それなら説明がつく」

「偽勇者による妨害か」

「アウロラ様への配慮も示せる」


「そして」


 リオルが付け加える。


「召喚の失敗の原因は、偽勇者が勇者になりすました事による、と」


「王国に落ち度はなく、すべて偽勇者の企みだったと説明する」


「そうすれば、こちらに対しての民の不満は最小限に抑えられる」


「素晴らしい」


 国王が満足げに頷く。


「これで、我が国の体面も保たれる」


「民にも説明がつく」


「では、そのように」


 リオルが冷笑しながら、俺を見る。


「さて、無能な偽勇者よ」


「そなたはこれから、王国中に名が知れ渡ることになる」


「勇者召喚を失敗させた、役立たずとして」


 リオルの目が、残酷な光を帯びる。


「民がそなたをどう扱うか…楽しみだな」


「無事に国外へ出られることを…心から願っているよ」


 その言葉には、明らかな皮肉が込められていた。


(無事に出られるわけがない、と言っているんだ)


 直感で分かる。


(これは罠だ)

(国外追放という名目で、民に殺させるつもりだ)


 リオルの冷たい目が、全てを物語っている。


(俺が国内で殺されれば、王国の責任にはならない)

(民が勝手にやったことだ、と言い訳できる)

(そして、処刑ではないから、アウロラとやらの怒りも買わない)


 完璧な計画だ。


(くそ…)

(くそ…!)


 怒りと恐怖と絶望が、胸の中で渦巻く。


(逃げ道がない)

(どこにも)

(結局、俺は殺されるんだ)

(この国で)

(理不尽に)


 拳を握りしめる。爪が手のひらに食い込む。血が滲む。でも、痛みなんて感じない。それ以上の苦しみが、心を支配している。


「リオル」


 国王が息子を見る。


「すぐに布告を出せ」


「はっ」


「偽勇者の件、王国中に知らしめよ」


 国王が命じる。


「召喚された勇者は、適合率が著しく低い偽勇者であった」


「故に、この者を国外追放とする」


「一ヶ月の猶予を与え、それまでに国外へ出るよう命じた」


「そして、より強い勇者を召喚するため、準備を進めると」


「承知いたしました」


 リオルが頭を下げる。そして、俺を見て冷笑する。


「これで、そなたの居場所はこの国のどこにもなくなった」


「一ヶ月以内に国境を越えられるかな?」


「それとも、その前に民に殺されるかな?」


「楽しみだな」


「連れて行け」


 リオルが手を挙げると、数人の兵士が近づいてくる。ザッザッと。


「待ってくれ!話を聞いて…!」


 しかし、兵士たちは容赦なく俺の腕を掴む。鉄のような、冷たく硬い手。


「離せ!俺は何も悪いことを…!」


 引きずられるように、玉座の間から連れ出される——


 その直前。


「待て」


 国王の声が響く。兵士たちが動きを止める。


 国王が立ち上がり、玉座の間にいる全員を見渡す。


「この場にいる者たち、よく聞け」


 国王の声が、厳かに響く。


「本日、この場で起きたことの真相」


「これらは、全て王国の機密だ」


 国王の目が鋭くなる。


「外部に漏らした者は、反逆罪として処刑する」


「家族も、一族も、全て処刑する」


 貴族たちが、一斉に頭を下げる。


「承知いたしました」

「口外いたしません」

「王国の機密、厳守いたします」


「よろしい」


 国王が頷く。


「この件は、我らだけの秘密だ」


「民には、我らが決めた説明のみを伝えよ」


「はっ」


 全員が深く頭を下げる。


「では、連れて行け」


 国王の言葉で、再び俺は引きずられる。廊下を通りながら、貴族たちの声が聞こえる。でも、今度は小声だ。ヒソヒソと。


「なんという事か」

「十二人も犠牲にしたのに」

「次の召喚を急がねばな」


(次…?)

(また、魔導士たちを犠牲にして、召喚するのか?)


 怒りと悲しみが混ざり合う。


(この国は…狂ってる)


 階段を降り、城門へと向かう。途中、すれ違った侍女たちが、俺を見て顔をしかめる。


「偽勇者ですって」

「どうしてそんな事が出来るのかしら」

「一ヶ月以内に出て行くらしいわよ」


(もう…噂が広まってる)


 いや、おそらく王国が意図的に流し始めたのだろう。自分たちの失敗を隠すために。俺を悪者にして、責任を押し付けるために。


 そして——


 城門の外へ。


「行け」


 兵士の一人が、俺を突き飛ばす。ドンと。石畳に手をつく。ガリッと。


「痛っ…!」


「一ヶ月だ。それを過ぎれば、見つけ次第処刑する」


「早く国を出ることだな」


 兵士たちの言葉を背に、城門が閉じられる。重い音を立てて。ギィィという音。バタンという音が、心に響く。


 呆然と、その門を見上げる。


(終わった…)

(全てが…)


 異世界に召喚されて、わずか数時間。すでに全てが終わった。


(十二人の魔導士が、俺のために死んだ)


 その光景が、目に焼き付いている。黒い灰。崩れ落ちる体。悲鳴。絶望。


(そして、俺は…)

(無能の烙印を押され)

(濡れ衣を着せられ)

(国外追放を宣告された)


 虚しさが、全身を包み込む。


(なんだったんだ…)

(俺の人生…)

(元の世界でも、この世界でも)

(結局、俺は…)

(何の価値もないのか…)


「なんだよ…これ…」


 声が震える。涙が溢れそうになる。でも、堪える。


 力なく立ち上がる。体中が痛い。リオルに殴られた頬。蹴られた腹。全てが痛む。


 絶望だけが、心を支配していた。


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