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4.変な魔法使いさん


 歩いて辿り着いたのは、ロミールが言った通りの水場だ。

 魔法がかかっているのは、この道もなのだろう。試しに戻ってみたら、何やら人形二体に囲まれて座っているエミディオンがいた。

 どうしたのか聞こうにも、ネリダに追い払われてしまった。

 しかし、戻るのにも問題はなさそうである。そう判断して、ビェナは安心して先に進むことにした。


 こんもりと茂った木々たちの根っこ近くから透き通った清水が湧いている。

 屈んで覗き込めば、上から差し込む光でビェナ自身が反射して映っていた。ネリダが指摘した通り、表情は強張ったように見える。

 水を手のひらですくって顔を洗う。冷たさは落ち着きを取り戻すのに役立ってくれた。数度繰り返して、水面を覗く。


(……王子様も王子様だったけど、私、失礼なことしちゃったかも)


 相手は王子様だ。身分も上で、本当にあれが御礼で済むと思っていたのかもしれない。エミディオンの口ぶりは嘘を言っているようには聞こえなかった。


(それに、ロミールも蹴っちゃったし、ネリダも遠慮なく言っちゃうし。無礼だって怒られたら)


 三人揃って罰を下されるなんてことがあったら、大変だ。ビェナは想像して体をぶるりと震わせた。


(でも、でも。お優しそうだったし、許してくれるかな。ロミールとネリダがお話してくれているし)


 じっと水面を見つめていると、ふいに、その表面が揺らいだ。

 こちらを見返すもう一人のビェナの後ろに誰かが居る。

 全身真っ黒の格好に、長い癖毛の重たそうな黒髪。浮き出るような白い顔は、ビェナがそれを見ていると気づくとぎこちなく口元を動かした。

 勢いよくビェナは振り返った。


「やっ、やあ。可愛らしいお嬢さん」


 ひょろ長の、不健康そうな男だ。恐ろしく下手な笑顔をして、両手を胸の前あたりでビェナに向けて振っている。

 思わず遠ざかろうとして、背中が水場であることに気づいてしまった。下がれない。


「綺麗な場所だね。遠くに聞いた魔法使いの素晴らしさを感じるね。そう思わないかい」


 ビェナに聞いているようで、こちらの意見は求めていないようだ。うろうろと視線をさ迷わせながら、早口で男が言う。


「広い空間に掛かった魔法。尽きぬ清い水源、安全な場所。こんなに素晴らしい魔法を使える人がまだいたなら」


 そこで口を止めて、ビェナが手にしていた革製の水筒へと男は視線を向けた。


「……ああ、彼の気配がする。手作りかい?」

「えっ」

「その水筒だよ! いや、彼女だろうか。そんな気がしてならない。ねえ、可愛らしいお嬢さん。素敵な人と知り合って大変ではないかい」

「えっと、私」


 戸惑って答えを返しあぐねていると、男は勝手に答えを見つけたらしい。がっくりと肩を落とした。


「いや、答えなくていい。もう僕に出来ることは知れてるし……何よりきっとすごく怒っている。嫌われてしまったんだ。そうに違いない」


 そして今度は、ぼろぼろと涙をこぼした。ビェナが驚くのにも構わずに、男はおいおいと泣き始めてしまった。


(どうしたら……あっ、そうだ)


 手に持っているタオルは幸いにもまだ使っていない。

 おそるおそるそれを男へとビェナは差し出した。泣き虫だとからかわれる自分と比べて、なんだか親近感がわいてしまったのだ。


「あの、良かったらこれ。使ってください」


 男は泣きはらした顔のまま、ビェナとタオルを見比べた。ゆっくりと手を動かすと、魔法がかかったのかふわりと男の元に飛んだ。そのまま男は顔をうずめて、またおいおいと泣いた。

 待つことしばらくして、男はぎこちない笑い顔を再び浮かべてビェナにお礼を言った。


「優しいお嬢さん。どうもありがとう。お礼に……そうだ」


 男はタオルを片手にくるりと振り回した。すると、代わりにその手には一本の木の杖が握られていた。

 それをビェナに向けて軽く振る。


「僕が優秀だったら、君が髪を梳くたびに真珠をこぼすようにしたり、体を洗うたびに(おけ)いっぱいの太った魚を出せたりするんだが。現実、そうはいかない」


(それはそれで不便そう)


 思わず心の中で言ってしまった。

 しかし、これで男が世にも珍しい魔法使いだとわかった。ビェナは下手なことは言わず、ひとまず自分の良心に従おうと大人しく続きを待った。


「なので、君が体を拭くたびにタオルから花が咲きこぼれる魔法をかけてみたよ。お嬢さんにはお花が喜ばれるって、僕の大事な人達も言っていたんだ」


 そして、男はまた杖を振った。今度は杖が新しいタオルへと変わる。ビェナが渡したものよりも、うんと上等な品になっている。


「さあ、試してごらん。さあ」


 ビェナにタオルを魔法でふんわり押し付けると、どこかわくわくとした瞳で見つめてくる。

 恐る恐る、ビェナは顔を拭いてみた。すると、ぽろりとオレンジ色のバラがこぼれ落ちた。それも一つ二つではない。

 一回拭くだけで、小さな花束ができるほどのバラが出てくる。

 ビェナは慌ててそれらを集めると、男は小刻みに拍手した。


「やあ、うまくいった! 僕も上手くなったもんだ。じゃあ、お嬢さん、またいつかどこかで。幸の多い人生を」

「あの、魔法使いさん。この魔法はいつまで」


 ビェナは声をかけたが、男はあっという間に姿を消してしまった。


「いつまで、続くの……」


 後には途方に暮れたビェナだけが残されてしまった。







 気持ちを落ち着かせに行ったはずが、結局、落ち着かないままだ。

 ビェナは、水を補充した革の水筒と真新しいタオルを手に、とぼとぼと来た道を戻った。


 戻ってみると、今度はまた謎の光景が広がっていた。

 膝を揃えて足を屈めさせた、なんとも座りづらそうな格好でエミディオンが地べたにいる。ロミールは腕を組んで、それを見守っていた。

 そしてその傍では、ネリダが荷物袋の上に腰かけて足を揺らしている。ネリダは飽きっぽいところがあるので、二人の話が退屈になったのかもしれない。


「何があったの」


 自分に起きたことを話すより先に、ビェナは近くにいたネリダにたずねた。ネリダは簡単に答えた。


「ロミールが説教しただけ。おかえり、ビェナ」

「うん、ただいま。説教って? ロミール、何を言ったの」

「ビェナに関することを」


 ロミールが言うと、エミディオンのほうへ頭を動かした。そうだろうと促すような動きだ。エミディオンは神妙な様子でうなずいた。


「私がしたのは、貴方にとって恐ろしく意に沿わないことだったと聞いた」

「あっ、いえ、それは」


 言われて、ビェナは否定できなかった。思い返せば、反射で身構えてしまいそうになるからだ。


「泣くほど嫌がっていたとも聞いた。国も無い、後ろ盾もない今の私は、下衆な罪人と変わりない所業をしたのだろう」

「いえっ、そんな、そこまでじゃ」


 目深に被ったローブごと、エミディオンの頭が下がる。


「そして、貴方が理想の相手を探していると聞いた。夢を追う最中の相手に、してはいけないことだと教わった」

「何を言ったのロミール……!」

「ビェナに関することを」


 ビェナの質問に、同じ言葉が返ってくる。

 ロミールは木製の小さな指先をエミディオンに向けると、心底どうでもよさそうな口調で言った。


「僕たちの旅の目的は、ビェナに世界一の相手を見つけてあげることだ。その経緯をしっかり話したのさ」

「助けてもらった恩返しに旅についてこいと言われたので、そうしようと思う」

「少し難はあるけど、ビェナが一人きりに見えないだけ旅はもっと安全になる。ちょうどいいね」


 もはや意味がわからない。

 ビェナはタオルとバラを抱きしめたまま、目を白黒させた。救いを求めてネリダを見るが、ネリダは「いいンじゃない」と適当に言うばかりだ。


(王子様、なんでこんな素直にロミールの言うことを聞いているの!?)


 エミディオンは、まだ律儀に座りづらい格好のままでいる。ロミールの言うことを否定することなく、粛々と受け入れているようだった。

 おろおろと立っているビェナへ、ネリダが続けて言った。


「害はなさそうだし。だから、今のご時世のことを教えてから時機を見て放流しようかって話になったンだ」

「ネリダ、そんな、王子様にそんな言い方」

「もう国はないンだから、そンな偉くないじゃない。ねーえ」


 ネリダがエミディオンに投げかける。エミディオンはこくりと一つうなずいた。目深に被ったローブのせいで顔は見えないが、怒っていないのだろうか。


「国も地位も、確かに今の私には縁遠い。教えてくれるのなら、私でもそのくらいは役に立てるだろう」

「君、どうも人任せ気質だもんね」


 ロミールが言う。エミディオンはうつむいて、「そのようだ」と呟いた。

 ビェナがいなかった間に、随分と打ち解けたらしい。なんだか置いてけぼりになった気分だ。


「一晩休んだら、ひとまず人がいるところに行こう。近くに大きな町があるはずだよ」

飽食(ほうしょく)(みやこ)がまだあるなら、そっちを目指すつもり?」

「そうだね、ネリダ。食料も追加がいるだろうし、路銀も稼ぎたいな」


 それでいいかと二体の人形がビェナを見上げる。ついで、エミディオンも真似をするようにビェナのほうへと向いた。答えを待つのに痺れを切らしたネリダが伺ってくる。


「ビェナも飽食の都、行ってみたかったでしょ? なら、ちょうどいいンじゃない。財布事情も食事も、王子のことも解決できるかもしれないし」

「……それは、そうだね」


 本当なら村に帰りたい気持ちはあった。

 しかし、佇んだままの王子の姿を見ると、その気持ちもしぼんでしまう。ロミールやネリダのように魔法で困った人だと思うと、適当に扱うことは躊躇われた。

 長い間、魔法によって眠らされ、一人きり。あたりには誰も自分を省みてくれる人もいない。

 それはひどく寂しいことだと感じてしまった。


(おこがましいかもしれないけれど……うん。人助けは大事だ。良いことだ)


 心の中で呟いて、ビェナは自分を納得させた。


「わかった。行ってみよう。案内を任せてもいい?」

「もちろん。ところでビェナ」


 ロミールはとことことビェナのところまでくると、持っているバラを指さした。


「どこで摘んできたんだい? このあたりにそんな花はなかったはずだけど」

「あっ、これはさっき水場で変わった魔法使いさんと会って」


 指摘されて、思い出した。ビェナはようやく先ほどの魔法使いらしき男とのやり取りを話して聞かせた。



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