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22.些細で大きな力


 ミオによって送り届けられた部屋には、ちゃんと人形が二人いた。

 ところ変わっても、昔と同じようにビェナを迎え入れてくれる。


 ネリダはミオを見て、あわてんぼうだねと笑って身なりを整える手伝いをした。ロミールもだ。それを穏やかだと自分が思う表情を浮かべるようにした。

 ミオが部屋に戻ると、ネリダとロミールは揃ってビェナに抱き着いた。

 口の中を湿らせて、ビェナはそっと呟いた。


「ただいま」

「おかえり」


 当然のように暖かな迎える声が重なった。

 しばらく抱きしめあって、やがてロミールが言った。


「いいものをもらったね」


 何があったかということを、ロミールは聞かなかった。ネリダも。

 きっと二人は魔法使いについてわかっているのだろう。あの魔法使いも、明らかに何かを知っていた。ビェナは黙ってうなずいた。


「デザインはあンまりじゃない? まあ、温かくていいかもしれないけど」


 毛織物のストールと帽子を外して机に置く。畳むのを手伝ったネリダが、それを軽く叩いた。

 それから、ビェナのスカートの裾をおもむろに引っ張った。


「ねえ、ビェナ。今日は疲れたでしょ。寝ちゃいなさいよ。一緒に寝てあげるから。ロミールもね」

「うーん……まあ、今日だけ。だってビェナは年頃だ。十六だよ」

「お馬鹿さんねえ。いいの! 今はあたしたち家族だけなンだから」


 ネリダがロミールを引っ張る。ビェナのスカートも一緒にぐいぐいと引いて、ベッドに進む。


「この体でよかったかもね。これならベッドから蹴落とされたりしないわよ」

「そりゃそうだ。でも僕はやっぱり、ベッドサイドの机にいるよ」

「あら冷たい。いいわよ。あたしだけで我慢するンだよ、ビェナ」


 二人の軽口に、ビェナは「うん」と返す。うまくできなくても、まだ笑える。そのことにほっとした。


「あのね。今日だけなら、お話聞きたい」


 まるで小さいころに戻ったときみたいに強請ってみる。ロミールは困ったように首を傾げた。


「ほーら、可愛い娘のおねだりだよ。ロミール、いっぱい話しましょうよ」

「寝不足はよくないんだけど……しょうがないなあ。わかったよ」

「嬉しい。ミオさんも聞けたらいいのにね」


 ベッドに寝っ転がって態勢を整える。野宿の時を思い浮かべて口にすれば、ネリダは仰向けになったまま顔をビェナに向けた。


「ふうン。あたしが呼んできてもいいけど?」

「えっ、ネリダったら何を言ってるの。駄目だよ」

「そうだ。まだ早い」


 慌てたビェナに続けて、ロミールが堅い口調で肯定する。それを鼻で笑って、ネリダがくいっと顎を動かしてみせた。


「あっそ。つまンないの。じゃ、早く聞かせてロミール」


 やがてロミールがゆったりとした口調で懐かしい話を語り出す。

 幼心に覚えていた話から、少しアレンジを加えたような話。忘れかけた遠い国の話。それを全部記憶にとどめるように、じっとビェナは聞いた。

 次第に重たくなる瞼が、ひどく惜しかった。ロミールはまだ語り続けてくれている。

 時折、ネリダの調子のいい相槌を聞きながら、ビェナはうとうとと眠りに落ちていった。






 夢か現実かわからない中で、暗い部屋で何かが動いている。

 ビェナは薄く目を開けた。

 人形たちはビェナの傍に寄り添ったままにして、中からロミールたちが這い出ていく。

 そうして、ビェナを二人して優しく撫でた。頭と額、目元をなぞって頬を軽く励ますように触れて離れる。

 それから、とうとう窓から出て行った。

 口を動かそうとして、うまく動かなかった。舌と唇がくっついたみたいだ。起き上がろうとしてもできない。手をもがこうとしても動かずに、心の中だけ夢中で空を掻いていた。


(待って)


 覚悟していても、いざその時だと思うとどうにもならなかった。

 ベッドの上でもがいて足も無茶苦茶に動かそう試みる。ドン、ドンと音が鳴る。なのに体は思うように動かなくて、ビェナは泣きそうになりながら手を伸ばした。




 ドン。


 音が鳴る。衝撃が走った。

 ビェナは強かに打ち付けた痛みに、ひゅうと息を吸いこんで目を見開いた。

 跳ねるように上体を起こして、ベッドに縋りついて登る。それから急いでビェナはあるはずの姿を探した。

 姿はあった。

 ベッドサイドに男の子、枕の横に女の子の木偶人形が。

 どちらもくったり力を抜いて倒れている。揺すっても、覗きこんでも、あるはずの中身がない。ビェナは呆然としながら二体の人形を抱いて立ち上がった。


 ──ドン、ドン。


 またドアが鳴る。かなり大きく、間隔を狭めて鳴る音に、ビェナは部屋のドアを見た。


「ビェナ? いるなら開けてほしい」

「あ……え、ミオさん。時間」


 外はすっかり明るく晴れている。早朝ではなく、もうすでに時間が経っているとわかった。

 ふらふらと人形を抱えて、乱れた寝間着のままドアに行く。

 鍵を開けると、弾かれたようにドアが開いた。

 そこにいたミオは、ほっとしたように息をついたのも束の間。ビェナの格好を見て、慌ててビェナを部屋の中に押しこんだ。そして入るなりドアを閉め、急いで自分の着ていたローブをビェナに被せた。


「何があったんだ。私よりも遅くに起きるなんて珍しい。それに、うなされた声も音も……」


 そこまで言って、ビェナが抱えている人形の力がないことにミオも気づいたのだろう。

 ミオは口をつぐんで、そっとロミールだった人形に触れた。腕は軽く持ち上がったが、離れればすぐに落ちる。

 からん、と木の関節が鳴る。ビェナはぎゅうと人形たちを抱きしめてうつむいた。


「行ってしまったんです」


 静かに、事実を口にした。あれは夢でもなかった。


「……ビェナは、どうする」

「私、私は」


 自分たちでやりたい。付き合う必要はない。

 ロミールやネリダが言った言葉が頭の中で渦巻く。聞き分けのいい二人の子なら、なんでもないと決別するべきなのだろうか。


「魔法使いが言っていた。もし、嘆くのなら東に広がる森に行けと」


 黙っていれば、そっと遠慮がちに肩に手を置かれた。


「ビェナ、貴方はどうしたい」

「私は」


 腕の中の人形はビェナに身を預けて、意志の一つもみせない。ただの抜け殻で、もう動くことのない物になってしまった。

 温もりはまだ残っている気がする。でも、そこにあった重さが足りない。

 ミオが強い口調で言った。


「貴方のその顔が晴れるのなら、喜んで付き合おう。彼らにも会いたい。まだろくに別れもできなかった。私が、そうしたいんだ」


 ビェナは顔を上げた。


「私も。私も行きたい。ミオさん、行きたいです」

「わかった」


 ミオはまばらにかけていた包帯を取って、ポケットに無理やりしまった。


「森ではきっと、視界の邪魔になる。行こう」


 そう言って、ビェナの手を取り視線を合わせて見つめた。

 みるみる広がる夜霧のモヤは、すっかり鮮やかな星空になっていた。強く星が輝いている。それはビェナと視線を合わせるたびに、明るく照った。


(励ましてくれているんだ。きっと、そう)


 取られた手を握り返して、ビェナは力強くうなずいた。





 念のための書置きを残し、セネカに休むことを告げて早足で準備する。

 着るのも取りあえず、ビェナとミオは最低限の荷物を持って森に出た。

 深い森だ。踏み入れば、あっという間に道は森に吞まれてしまう。方向感覚もすぐに狂ってしまうだろう。

 ミオは、地図を片手にビェナの手を引いて進みだした。


「ミオさん、その地図は?」

「ピヤシェ卿の話と本をまとめて作った。不格好だが問題ないはずだ……無事にたどり着けるよう、努めるよ」


 そう言うと、ミオはこっちだとビェナを引っぱって木々の中へと入る。


 深い森を進むこと少し。

 様相が明らかに変わった。

 鳥のさえずりも遠ざかり、獣たちの息づく声もない。ただ静かに風が木々の梢を揺らし、さざめく。一つがそよげば伝播して、木の葉が波のように蠢いた。

 鬱蒼した木々のせいで、昼の空はすっかり薄暗くかげる。ここだけ薄明の夜になったかと思うほど、光は遠ざかっていた。


(遠くに霧が出てる。見通しも悪くなってきた。魔法使いさんが魔法をかけたの?)


 行く先にある白い霧が木々に巻き付くように揺らいでいる。寒くはないが温かくもない。しっとり湿った空気は、体にまとわりつくようだった。

 足元に気を付けながら、ビェナは足を踏みしめて歩いた。


「大丈夫か」


 ミオが振り返って足を緩める。

 足は重たい。気持ちが急いているのに、うまく動いてくれない。しかしそれも言えず、ビェナは首を横に振って否定した。


「平気です。ミオさんは疲れていませんか? ずっと先を任せてしまって……方角を教えてもらえれば、私が先に行きます」

「いい。私がしたいんだ」


 ぐっと握られて、重心が浮く。通り道にある大木の根を跨ごうとしたのを、ミオが引っ張り上げて手伝ってくれたのだ。


「道が悪い。足元に気を付けて」

「ありがとうございます。ミオさんも気をつけ」


 答えるより早く、抱えるみたく丁重に下ろされた。


「わ、わっ、ミオさん! 自分で下りられたのに」

「だから、私がしたいんだ」


 ミオは繋いだままにした手をじっと確認して、「行こう」と歩き出した。


 またしばらく進む中で、ミオは前を見ながら口を開いた。


「自分のことながら、わからなくなる。でも、聞いてくれないか」

「え? はい、どうぞ」


 草や土、わずかに隆起した木の根を踏み歩きながら、ビェナはミオの後ろ姿を見上げた。


「二人がいなくて寂しくて、迷う気持ちもある。きっと貴方も、ビェナもそう……いやそれ以上に思っているだろうが。私も同じ気持ちがあるんだ」

「はい」

「なのに、貴方の手をこうして引いて、自分から歩いていることが誇らしいと思う」


 ビェナは繋いだミオの手が、ほんの少し硬直して、しっかり掴み直したのを見た。


「ビェナの助けになれて、嬉しい。できれば、頼ってほしい」

「……前からずっと、頼っていますよ」


 旅の途中から、ミオの世話を焼いてはいたが助けられたこともたくさんあった。

 自分は何もと言うミオにも、確かにビェナよりできることがあった。それをビェナは見てきて、知っている。


「もっと、そうしてほしい。からっぽの私では頼りないだろうが、それでも貴方の力になりたい。すまない、うまく言えなくて」


 ミオの足がさらに緩まる。ビェナが追いついて横に並ぶと、下向き加減の顔が色づいていた。


「なんて言ったら、私の胸の内が伝わるんだろう。そればかりずっと考えている」


(ミオさんの気持ち……)


 ビェナはミオの手を引いた。視線が合う。

 たちまち魔法が発動して、首元から顔を覆い隠す夜空のような暗いモヤが現れる。肌を侵食してすっかり変化したその顔は、美しい夜空だった。

 ミオはビェナと向き合って呟いた。


「心の内を映す魔法なら、貴方にわかってもらえる?」


 ビェナはゆっくりうなずいた。


「心配して、思ってくれてるんだって伝わっていますよ」

「……口にしなければと、学んだんだ。あの二人から」


 そしてミオは恥じ入るように一瞬うつむき、やがてまた顔を上げた。足を止め、ビェナをしっかりと見据え、手を取って重ねた。


「からっぽだった私を、目覚めさせてくれた貴方たちに。何より、私を気遣って傍にいてくれたビェナに」


 煌めく幾千の星々が、夜空に散らばり満たしている。それはミオの中にいくつもの輝かしいものが、これまでに得たものがあったのだと、ビェナには思えた。


「ミオさんは、もうちっとも、からっぽなんかじゃないですよ」

「この顔はもう怖くない?」

「最初だけ。でもずっとミオさんの中には優しいものがありましたよ。遠い星みたいに隠れていただけです」

「では、泣きはしないか」

「そんな、泣きませんよ」


 今も最初に出会った頃のことを言わないでほしい。気恥ずかしさを思い出して、ビェナは早口で言い返した。


「……ロミールに、自分たちがいない間によくもと怒られるかもしれないが」


 そろ、とビェナの手を宝物のように大事に握って包む。ミオの温もりが重なる。


「貴方に口づけてもいいだろうか」


 ビェナは目を見開いて固まった。


「いや、違うな。今、無性にしたいので、嫌なら前みたいに泣いてほしい」

「み、ミオさん!?」

「それで、後から二人で怒られよう」


 真面目にミオは言い切った。手を引かれる。

 拒否するのは簡単な強さだった。ビェナは強張った体を引き寄せられたとき、ミオの手も震えているのに気づいた。

 口ではこう言っても、迷いと緊張があるとわかってしまった。

 寄せる顔が近づく。はるか遠くの夜闇に吸いこまれたかと思うほど近く。ささやかな隙間が残る距離で止まった顔に、ビェナは自分から背を伸ばして口づけた。


 ぱちん。

 泡がはじけるような、そんな音がした。

 さらさらと柔らかにミオの髪が頬を撫でて落ちる。

 互いの呼吸を交換して、しずかにまた距離が開く。いつのまにか強く抱きしめられていた体を離す。


「ミオさん、顔が」


 額合わせで見合った瞳の中に、互いの姿が見える。ミオもまた、ビェナが見ている今のミオの姿がわかるだろう。


 そこに夜闇は、もう広がっていなかった。


 ミオは静かにかみしめるように自分の頬に触れ、そしてまたビェナを抱きしめた。


「……名残惜しいが、大事な家族に会いに行かなくては。足は動くか?」

「はい。今のミオさんを、見せに行きましょう」


 それから、前からそうだったように手を取り合って足を踏み出した。



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― 新着の感想 ―
わああん……!! って叫びに来たら先に汐さんが泣いてた。 いま風邪ひきなので、また!
うわ、うわあああん!!!!!!! ミオさんがんばりました……。ビェナちゃんも゛ッッ(泣) きっと、まだ間に合う気がしますし、私もあのふたりにもう一度会いたいです。 ですが、ですが、この回には寿ぎを………
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