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20.清掃作業と受け入れ


 落ち着かないような、もったいないような。そんな不思議な感覚を覚える作業を終えてから、また数日。

 日に日に、ロミールとネリダの外出が増えたとビェナは気づいた。


 果ての森という言葉を聞いてからだろうか。朝起きてビェナが奉仕作業や頼まれたことをこなしている間、ふらっと出かけてしまうのだ。そして夕方か夜にいつの間にか戻ってくる。

 そのせいで眠る時間も伸びているようだった。


(起きたらいつも通り元気だけど。でも、おかしい)


 ビェナは眠ったままの人形たちがいる揺り籠を見下ろした。もう昼前だ。

 昨日はちょっと遠出したんだという言い分を聞いたが、それでもこんなに消耗するなんて何をしていたのだろう。

 間違いなく、ロミールとネリダは何かを探している。それは、果ての森のことなのだろうとなんとなく予想ができた。


(二人の昔にかかわることなんだろうけど……どうして話してくれないんだろう)


 過去に起きた出来事を聞かれるのを二人は嫌がった。過去の嫌な記憶に関わることだから。ビェナに気を重くしてもらいたくないから。そんなことばかり。

 唯一聞けたのは、世間に広まった昔話だけ。魔法使いに姿を変えられて、あちらこちらをさまよい続けた話くらいだった。


(果ての森に何があるんだろう。賢者様が知り合いなのかな。他に詳しい人、いるかな)


 揺り籠を揺らしてもロミールもネリダも何も言わない。寝息すらないが、時おり人形の関節から漏れ出る半透明の体が動いている。こうしてつい確認してしまう。


「いってきます」


 一息ついて、そっと声をかける。

 それから部屋を出て、鍵をかけた。今日の昼から講堂の掃除に呼ばれているのだ。アベイユ婦人とセネカ率いる女性陣とヴァンスと立派な髭の紳士率いる男性陣の有志で行うらしい。


「ビェナ、二人は?」


 ドアの施錠を確認したところで、ミオに声を掛けられた。ミオも今回は参加するため、廊下で待っていてもらっていたのだ。


「まだ眠っているみたい。仕方ないです」


 答えて、ビェナはミオと共に歩き出した。

 宿舎のある西棟を抜けて中央の広間をつっきり、さらに通路の先へ。通路から大きな講堂に繋がっている。そこが目的地だ。

 講堂には両端に梯子や階段が設置されており、二階にあたる位置に細い通路が側面に沿って設置されている。さらに登れば鐘楼台へと続く。施設案内で丁寧に教えてもらったが、足がすくむかと思う高さだった。


「お、来たか。こっちだ」


 講堂に入った途端、奥の祭壇が並ぶところから声がかかった。ヴァンスが大きな像を磨いていた手を止めて、腕を振る。

 ミオと連れ立ってヴァンスに近寄ると、よし、と張り切った調子で胸を張った。


「心身の健康すなわち、汚れを落とすことにも通ず。俺たちに浄化はできずとも洗浄や清掃はできる。早速取り掛かってくれ」


 ヴァンスの傍にいた者たちが掃除道具の布巾を渡してくる。それを受け取るとまたそれぞれ作業に戻っていった。


「ミオさん、掃除をしたことは」

「たぶん、大丈夫だ」

「はい。わからなかったら聞いてくださいね」


 こく、とミオがうなずく。

 これが元王子様で、この建物を造った者の愛する弟とは、きっとほとんどの者は知らないだろう。知っているはずのヴァンスもただのミオとして扱ってくれる。ミオにとってはいい環境ではないかとビェナには思えた。


 ステンドグラスや床、講堂内にある道具を隅々まで磨いているうちに無心になる。

 青銅の燭台もピカピカに磨き上げるまで結構な時間がかかってしまった。


(あれ?)


 ふと、磨き終わって確認していたところで、見覚えのある姿を見つけた気がした。

 ビェナが燭台を置いてきょろりと辺りを見回すが、それらしき姿はない。

 黒い影法師。頭から足先まで真っ黒の男。振り返った視界の隅で、服の裾がひるがえっているような気がした。


(気のせい? さっき、魔法使いさんの姿を見たような)


 一生懸命しすぎて、目が疲れてしまったのだろうか。目元を擦ってみるが、やはり何もない。ビェナは息を吐いた。

 他の掃除に取り掛かった者たちもめいめいに休憩している。見れば、髭の紳士にミオが詩の朗読をさせられていた。


(ミオさん、いつのまに。押し切られちゃったのかなあ)


 丁寧な読み上げと、その後の問答で気に入られたようだ。ミオの背を何度もたたいて、紳士が機嫌よく笑っていた。次はこれと勧められている。


(なんだか、馴染めてきているのかも)


 例のあの部屋のことはともかくとして、ミオにとってもこの場所は居心地がいいのではと思えなくない様子だった。

 すると、横からスッとセネカの中性的な顔が現れた。いつの間やら近くに寄ってきていたらしい。


「ビェナくん。ピヤシェ卿につかまると長いんだ。ほどほどにして休むよう伝えてくれ」

「ひえっ、あ、わかりました」

「あと前に言った、旦那さんの第二夫人の件だけどね。気が変わっちゃった。ちょっと様子見しよう」

「え? は、はあ」


 驚きながら返すと、うんうんとうなずいてセネカは他の者のところに声をかけて回った。監督役も兼ねているのだろう。

 頼まれたからには向かわないと。ビェナは布巾を畳んで持つと、いまだつかまってせがまれているミオのところへと足を向けた。


 相も変わらずローブに包帯姿のミオは、訳ありの病人にみられるのかもしれない。ミオの周囲にはピヤシェ卿という髭の紳士しかいなかった。しかし遠巻きに警戒されているわけでもない。


「おや、お嬢さん。若き青年に御用かな。それともこの儂にかね」

「はい。セネカさんから、そろそろ休みをとろうと言伝です」

「そうか。もうそんな時間か。ティータイムにでも行こうかな。共にどうかな、ミオ」


 にこやかにピヤシェが髭を撫でる。ミオはゆっくりと、しかし丁寧に辞退をした。


「いえ、結構です。少し疲れてしまったので。(けい)もどうか体を休めてください」

「おお、そうかね。名残惜しいが仕方あるまい。だが機会はまだあるからね、次は道化と王の入れ替わり……そうさな、求婚のセレナーデについて語り合おう!」


 ミオの肩を気安く叩くと、上機嫌でピヤシェは言った。


「私は自分が博識かと思っていたものだが、ミオの解釈と素直な観点には驚嘆せざるを得ない。お嬢さんも今度よければどうかな?」

「私ですか? そんな」

「美しい織物のような髪、宝石にも勝る瞳。愛らしさで寂しい我が部屋をいっとう彩ってくれることだろう」


 口上を朗々と歌い、ピヤシェの指先がビェナの髪に触れた。

 ぼさついていた髪の毛先をさらりと揃えられてしまった。驚いている間に、ピヤシェはにっこりと微笑んで返事を待っている。

 参加だなんて滅相もない。ビェナには詩なんてよくわからない。しかし咄嗟に断るのも気が引けて、代わりに無難な言葉を探した。


「え、ええと。ピヤシェ様はいろいろなことにお詳しいのですね」

「おや、儂に聞きたいことがあるのかね?」


 好奇心に光る黒い瞳がビェナを捉える。まるで面白いものをみつけた猫みたいだ。ビェナはミオをちらっと見てから、尋ねた。


「たとえば、ええとその、魔法とか」

「魔法!」


 ピヤシェは大仰に反応すると。ふうむと髭の端を摘まんで唸った。


「いやはや、魔法とは。お嬢さん、なんともロマンチックだ。素晴らしい。いや、確かに魔法は世にあるとも。まあ滅多にお目にかからないが、ゲールラウグ教会長は何か魔法が掛かった道具の一つや二つは知っているかも……ふむ、彼女は持っていそうだな。聞いてみるのも一興」


 そしてビェナたちのことを忘れたようにぶつぶつと言い始めた。


「卿」

「おお、すまん。生憎魔法は門外漢だ。そも、慈善の教会は魔法にまつわることを扱う場所ではない」


 ミオの呼びかけにピヤシェは、視線を二人に戻して話した。


「東西南北どこもそうだが……ああいや、南。ここには果ての森に悩みを聞く賢者殿がいたという噂があった。知っていたかね? まあ、今はどうだかわからないがね。ううむ、ロマンあふれる話だ。詩作意欲が湧くというものだ」

「卿、私たちにはおかまいなく」

「おや、ミオ。そうかね。いいのなら、この想いを早速したためてくるとしよう」


 ピヤシェはうずうずと動き出し、にこやかに去っていった。跳ねるような早足だ。きっとこのまま詩作を夢中でするのだろう。


「果ての森……この近くにあるのかしら」

「もう一度、私が資料を探してみようか」


 ミオがぽつりと言った。


「きっとロミールたちも、探しているのはそれだろう」

「いいんですか?」

「ロミールたちが心配なのは、私も同じだ。心配しきりはつらいだろう」

「ミオさん、ありがとうございます!」


 ビェナは頭を下げて感謝をささげた。ここに来てから、いや、ここにくるまでミオには世話になることが増えてしまった。魔法の眠りから助けたことくらいチャラになるほどではと思わずにはいられない。


「うん、いいんだ。頭を上げてほしい」


 勢いよく下げたせいか髪が崩れてしまった。そそくさと直すと、ミオの手が半端に伸びていた。


「ミオさん、どうかしましたか」

「……わからない。どうかしたの、かも」


 曖昧に言葉を濁して、ミオは手を戻して頭を振った。


「もしかして具合が悪いですか? 掃除が大変だったとか」

「大変というより、慣れなかったが大丈夫だ。うん、大丈夫」

「あまり無理はしないでくださいね。心配になっちゃいますから」

「それはビェナこそ。私は自制している。大丈夫だ」


 大丈夫ばかり言う。ビェナは「本当に」と見つめれば、明々とした太陽色の瞳がうろうろと移った。


「あまり、見ないでほしい」


 そう言って、ミオはローブを掴んで顔を下に向けてしまった。

 形の美しい指の爪先が、ほんのり赤らんでいる。握り過ぎているのか。それとも別の感情からなのか。


「ごめんなさい」


 どちらなのかわからず、ビェナはいけないものでも見てしまった気持ちで早口で気づけば謝っていた。



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