17.とある贈りもの
話の都合上、
兄→弟の、たいへん一方通行な偏愛(恋愛感情ではない)を含みます。ご注意ください。
地下の部屋に、ゲールラウグによってランプが灯されていった。さっきまでの暗がりが嘘のように煌々と明るくなる様子をビェナは眺めた。
隠された通路の下にあった部屋は、さっきまでいた教会とはまったく趣が違う。
床から天井まで華やかで圧倒されそうな金銀の装飾が施され、どこを見ても美しいモチーフがビェナの目に映る。ランプの明かりに照らされた景色は浮世離れしていた。
ゲールラウグはすべてのランプを灯し終わったあと、部屋の中央にある布を被ったものへ近づいた。どうやら、像を隠しているようだ。
(ここ、お祈りするお部屋みたい)
そう思えば、部屋の明かりも中心を目立たせるように光っている気がした。まるで中央にある隠された像に対して祈るような。
布が外される。そうっと優しく像の輪郭をなぞるように落ちた。
(ミオさんの像だ)
王子だった頃のミオが横たわっている。そしてそんな彼を支える男との二体一組の像だった。男の格好から、ミオと同じような身分だと推測できた。
ミオを支えるこの男が、話に聞いたグリドランという王子だろうか。あまりミオとは似ていない。
そう判断できるくらい像は非常に精巧だった。石でも柔らかな服の皺や質感、髪の一筋一筋まで表現されている。何より、この像のエミディオンは生き写しのようで、ビェナはついミオと見比べてしまった。
ミオは絶句していた。
「これは、なんだ」
困惑しきったミオの声が響く。口元に手を当てて像を見上げた。
「なぜ、こんなものが」
「あなた方のお話からわかってはいましたが、やはり、伝承とは違うのですね」
ゲールラウグが布を畳んでいる。ネリダがそれを手伝いながら首をかしげて聞いた。
「伝承?」
「悪い魔法使いに襲われた弟を思って嘆き悲しみ、王家を出て慈善の教会を建てたのです。いつか魔法が解けることを願いながら、弟のための居場所を作ると宣言をして」
「宣言ねえ」
ネリダが呟く。その話を聞いてビェナが思ったのは、絶対にそれだけではないということだった。
「グリドラン様が仰るには、寂しくないように二人の像を作った……との記述が残っています」
「私は、このグリドランという兄を覚えていないんだ」
「ミオさん、あなたに関する魔法もよく調べておいででしたよ」
「愛する家族が不幸になったなら、どうなっても解こうと頑張るのは共感できるね」
ロミールが言う。ゲールラウグはロミールにその通りとうなずいた。
「しかし、それだけではないのは見てお分かりでしょう。彼は死の直前まで、あなたを祝福し続けたのです。祝福はきっと正しく機能したのでしょうね」
祝福という言葉がこれほど不吉な響きに聞こえたのは初めてだ。
「どうか弟の美がかげることがないよう。傷つけられることがないよう。その魅力を誰もがわかり愛でるように」
ローブの下のミオの肌が青ざめて見える。ミオは口元を抑えたまま、呻きを飲みこんで像から目を逸らした。
「じゃあ、ミオの顔を見て過剰に反応する人がいるのは、そのせいもある?」
「ミオさんのことを知らない人ほど、自制心が足りない人ほど、効果が増すのかと考えられます」
「そう。なら自制心がある知り合いを増やせば、普通に暮らせるはずだ」
ロミールがミオに言葉を投げかける。しかしミオはそれも聞こえていないようだった。
明らかに不安定だとわかるミオの様子に、ビェナは自然と足が動いた。
近くに寄ると、ミオが後ずさる。そしてビェナだったと気づくと、まるで懺悔しているみたいに絞り出すように「すまない」と言った。ローブを深く被って顔を隠している。
(ミオさんが謝ることは何もないのに)
ビェナは、ローブを盾のように扱うミオを見て心苦しくなった。宥めるために伸ばしかけた手を止める。代わりに、ミオの前に立ってじっと顔を見据えた。
こうして改めて見合うと、ミオの背はビェナよりも高い。真っ直ぐ見れば喉元くらいに留まる高さで、少し見上げないとよく見えない。
ミオはビェナと目が合うとわかるとわかりやすく視線を逸らそうとした。しかし、一度でも視線が合ってしまえば、ミオの顔はたちまちに変化する。
それでも怯まずに、かける言葉を必死で探す。慰める言葉も、労わる言葉も、どれも今のミオに与えるには正しくない気がした。
「ミオさん」
何を言われるのだと警戒するミオに、ビェナはぐるぐると考えて、考えて、いっぱいいっぱいになって。さっき気づいたことを口に出していた。
「寝ぐせが、ついてます!」
「……え、あ、うん」
ミオの夜闇が広がる顔も、一瞬沈黙が広がったかのように静かになった。
「……うん、本当だ」
そして静かにミオは確認して、ぽつりと言った。
沈黙がおりる。
(あ、ああ、あああ! みんなが見ている前で、何を変なこと言って)
咄嗟に顔を抑える。恥ずかしさに震えていると、噴き出すようなネリダの笑い声が響いた。
「ひっ、ひい、あーっははは! ひーっ!」
ばたばたと両手両足を動かしてネリダが転がる。笑い声が広がるたびに、ビェナは自分の顔から火が出るのではないかと思うくらい熱くなった。
「ネリダ、あまり笑っては駄目だ。ビェナなりにがんば、ふふ、頑張ったよ」
ロミールがフォローしても途中で忍び笑いが漏れていて台無しだ。ゲールラウグはわかりやすく顔を背けて見ていないフリをしながら、肩が震えていた。
(あああ! 教会長さんまで!)
このままうずくまって地中深く潜ってしまいたい。恥のあまりに眦からじわりと涙がにじむ。
「ビェナ」
目の前で所在なく立っていたミオの声だ。指の隙間をあけて、ビェナはミオを見た。ミオもまた、ビェナを見つめていた。
顔は魔法がかかったままの暗い夜空だったが、瞬く星は増えてぶつかり小さな火花が生まれていた。
「ありがとう」
声はわずかに震えていた。
「ミオさん、あの、笑ってます?」
「いや……そんなことは」
あからさまに今、視線が逸らされた。ミオの表情が夜闇から徐々に現れていく。
唇の端が、ちょっぴり上がっていた。
「みっ、み、ミオさんまで!」
「す、すまない。笑っていない。そんなつもりはなくて」
わなわなと指先が動いて握りしめる。潤んだ視界のままにらみつければ、ミオは軽く両手を上げて顔を横に向けた。
「その、なんと言っていいか。嬉しかったんだ」
「言えるじゃない!」
突如、ミオの頭にネリダの人形の体が乗っかった。まだおかしそうに笑いまじりだが、ぐしゃぐしゃとミオの頭を撫でる。
「伝えられるンなら、伝えられるうちにしなきゃね。ビェナもぶすくれてないで」
「ネリダがそれを言うの?」
目じりをぬぐって鼻をすする。ビェナの文句も聞こえないふりをしているのか、ネリダは明るく言った。
「で、さ。これっくらいお兄様に好かれてたなら、他にもなンかあるンじゃない?」
「ええ、その通りですわ」
ゲールラウグが気を取り直したように、数度喉を鳴らした。
それから部屋の中を歩いて、像の台座に触れた。装飾に紛れた取っ手を探り、隠し棚から石板を取り出した。
「こちら目録でございます。ミオさんへの私的な贈与一式が記録されています」
「それは、受け取らないといけないのか」
また固くなった言葉でミオが言う。
「いいえ。貴方が必要でないのなら。気が向いたのなら、いつでもどうぞ」
「部屋は」
「お部屋もございますわ。でも、きっと望まれないのでしょう」
ミオはネリダを乗せたまま、うなずいた。
「そろそろ用意もすんだ頃です。参りましょうか」
ゲールラウグはそれを見届けると、部屋の入り口を手で示した。
用意された部屋は、ビェナにとって上等すぎるほどのものだった。
清潔で、丈夫できれいな机に椅子、ふかふかのベッドがある。旅の荷物を置いても軽く踊っていられるくらいのスペースがある。
窓もぴかぴか反射するほど磨かれていて、カーテンだって穴一つあいていない。床板もぎしぎし鳴らない。
「あらやだ、爺さんの家より立派じゃないの」
「本当だ。村の家よりいいものだね」
ネリダとロミールも感心するほどだ。しかもゲールラウグの配慮なのか、ビェナの部屋には小さな揺り籠が二つある。ちょうど人形が入るくらいの大きさでクッションが敷かれていた。
「奉仕作業をすれば、ずっと住んでもいいなんて。本当なのかな」
「しばらく逗留することになるから、どんな暮らしか体験するのもいいと思うよ」
ロミールが窓枠に掴まって外を覗いて言う。
「まわりは深い森。きちんとした道はあるけど、人里からは離れている。落ち着くにはうってつけだ」
「うん。ミオさんにとっても、そうだといいけど」
地下の秘密部屋ともいえる場所から出たミオは、あまりいい顔ではなかった。見知らぬ人から突然予期せぬ贈り物をもらえば、不信が勝るのかもしれない。
(あれはすごかったもんね)
いくらミオが与えられることに慣れていても、強烈な印象を受ける像だった。それにミオに要らない祝福を与えたことも。
今は一人部屋で落ち着いているのだろうか。
ビェナは隣室と隔てる部屋の壁を見つめた。
「なあに、ビェナ。ミオが心配? 一人で生活にはまだ早いかもって?」
「そんなことはないよ。ミオさんもずいぶん旅慣れたし」
「隣なンだから、すぐ会いにいけるじゃない。朝も起こせばいいンだし」
「朝は、そうだね」
慈善の教会について、あれからさらに説明を受けた。
泊まるのは無料だが、代わりに教義に基づいた活動に参加しなければならないという。といっても、ビェナが聞いた限り怪しいものでもない。
朝起きたら軽い体操をして、身を清め、食事を摂る。夜も決まった時間内に食事を摂る。それだけだ。
興味があれば、運動や慈善活動を共に行うこともできるらしい。
労働はいいのかとビェナは驚いてしまったが、慈善活動に含まれるそうだ。ビェナの繕い技術なら問題なく暮らしていけると、ゲールラウグをはじめセネカもヴァンスも請け負ってくれた。
「ロミールたちが起こすのは……駄目だよね」
「僕らも疲れちゃうとよく寝てしまうし。さすがに寄る年波には勝てないよ」
「そんなこと言って」
「本当さ。ミオもビェナに起こしてもらったほうが、早く起きる」
ロミールは窓から降りると、揺り籠に入って横たわった。
「ネリダは大丈夫かい」
「あたしはまだ大丈夫」
「そっか。じゃあ、先に」
ネリダが揺り籠に寄っていく。手にはいつの間にか荷物から出したのだろうタオルがある。それをロミールにかけると、優しくロミールの頬を撫でた。
「ロミール? もう疲れちゃったの?」
「そうねえ。あたりの警戒もぜんぶ任せちゃったし、そうなンでしょ」
ただの物みたいに動かなくなった少年の人形は、ぴくりとも動かない。よく目を凝らせば関節部からこぼれ出た半透明の体が緩く動いていた。眠っているのだろう。
あまりに静かで、幼い時にいなくなったのかと半泣きで慌てて探した見分け方だ。
ネリダも、あくびをする仕草をして揺り籠にもたれかかった。
「ネリダも眠っててもいいよ。私は繕い物でもしているから」
「余計な気を遣わなくていいわよ。でもありがとね」
ビェナが椅子に座って道具を広げると、机にちょこんとネリダが座る。糸を手繰るのを共にこなすうちに、時間はあっという間に過ぎてしまった。
所有欲と自己愛と正当化の慣れ果て。




