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16.南の慈善の教会


 安全な水は貴重だ。

 その水が、いついかなる時でも尽きずに湧き出る。自由に使える。

 永遠に続く魔法はないから、いつかは使えなくなるかもしれないという注意点があっても、それでも余りある財だ。ともすれば金銀財宝よりも貴重にあたることだってある。

 そして、セネカが今一番欲していたものも水だった。あちこち動き回ることが多いセネカにとって清水は降ってわいた宝だった。


 そのことを延々と感謝と共に語ったセネカは、ひどくビェナを気に入ったらしい。

 あれからことあるごとに、ビェナはセネカの旦那さんの良いところを教えてもらっていた。

 体躯も立派な男で、働きぶりも良く、元気と威勢がいい。仕事のパートナーとして最高の奴だという。

 ビェナはどうにか、相手を見ないとなんともとかわすのに務めた。

 そうして結局、ビェナもミオも全員で南にあるという慈善の教会へと行くこととなった。







 慈善の教会のことは、ビェナも知っている。

 というより、ロミールやネリダによって寝物語に出てきた。


 今よりはるか昔。

 人の心を和らげて悪念を浄化する輝かしい才能を持つ屈強な大男、ジゼンという者がいました。

 ジゼンは常々こう言っていました。

「諸君、健康な肉体と精神こそ素晴らしい一日を過ごす(いしずえ)である!」

 ジゼンはどんな事情の者だろうと、分け隔てなく親切に接しました。やがて人々は感謝をこめて、ジゼンへ建物を造り与えようと思いました。彼に多くの人を導いてもらうことにしたのです。


 以来。

 その建物は、ジゼンの成した活動や志から「慈善の教会」と呼ばれるようになりました。教会を中心に、健康の啓蒙と慈善活動を行うようになったといいます。



 こんな話だったと思い出して、ビェナは立ち止まったセネカの説明を聞いていた。


「……──あちこちに慈善の教会はあるが、大きなところは東西南北に一つずつ。そのうちの南の慈善の教会がここだ」


 たどり着いた立派な門の前で、セネカが言う。


(わあ、お城みたい)


 実際に城を見たことはないが、もしあるならこのような感じではないかとビェナには思えた。

 元は磨き抜かれた白亜の石で作られたのだろう。蔦が這っていて緑に覆われているところもあるが、日にあたるとぴかぴかと白く輝く。特に見事だったのは正面の丸窓を彩るステンドグラスだった。

 入ってすぐに小屋や厩舎もあり、人が生活している様子がうかがえる。きょろきょろと見ていたら、上空あたりからガランガランと鐘が鳴る音がした。右側のお祈りするところか半円を描く屋根の上、そこから突き出るように鐘楼台があった。


「さ、こっちだ」


 セネカの先導に従って歩き出す。立派な門を通り、重厚なドアを開けて真っ直ぐに入る。

 大広間には数人が働いていた。セネカを見るなり軽い挨拶をしてそれぞれがまた作業に戻っていく。しかし誰も彼もビェナよりも上背のある男女だった。その上、男性はミオよりも筋骨たくましい。

 神聖な教会というより、別の何かだ。ビェナはそろりと荷物に隠れたロミールに問いかけた。


「ねえ、ロミール。教会ってこういうものなの?」

「慈善の教会は大体そう」


 簡潔に返事がきた。おまけにネリダまで「そうそう」と同意している。そうらしい。

 ビェナは思わず「へえ」と感心の声を漏らした。目が合った青年が急に力こぶを作ってくれた。

 わけがわからないが、なんだかすごいところだ。

 そう思えて、ビェナはよそ見をやめてセネカを真っ直ぐ見ることにした。ミオも大人しくその後ろを歩いているようだ。


「おおい、ヴァンス!」


 セネカが声を上げて立ち止まった。

 大広間の奥のほうに、カウンターのようなものがある。その前で話していたこれまた筋骨たくましい男が振り向いた。セネカを見てパッと表情を明るくしてやってくる。


(お、大きい人)


 ずんずんとこちらに向かってくるたびその巨躯がわかる。ビェナが背伸びしたってヴァンスと呼ばれた男の頭に届かない。

 よく日に焼けた浅黒い肌に整えられた髭が印象的だ。ヴァンスは両手を広げてセネカを抱きしめて離した。


「セネカ、また人助けか。都からか?」

「都からだけど、旅人だよ。あと素敵なプレゼントをくれた可愛らしい恩人でもある。皆、この大男が私の旦那さんだ」


 そう言うと、セネカはビェナの傍によって肩を抱いた。


「ヴァンス、このお嬢さんはビェナ。可愛いだろう?」

「おお、そうだな。どうもヴァンスだ。元オブセサールの息子だが、まあ今はただのヴァンスということとなっている。よろしく」


 ヴァンスが大きな手でビェナの手を握ると、ぶんぶんと振った。セネカはその様子をにこにこ眺めて、後ろに控えていたミオを手で示した。


「彼はミオ」

「なんでローブ被ってんだ。おい、自信がないほどひ弱なのか」

「見せられない容姿ではなく、見られすぎるので隠しているのさ」

「なんだあ、そりゃ」


 ヴァンスはじろじろとミオをねめつけた。屈んで顔を覗こうとする。


「ヴァンス」

「わかったよ。仕方ない。まあ、滞在するのは自由だ。観光がてら金を落としてくれ」


 教会というのに、随分とあけすけな物言いだ。物語に聞くような清貧さとは違う。


「教会長は? 留守かな。彼らの部屋をひとまず用意したいのだけど」

「いらっしゃるぞ。ビェナとミオだったな、ついて来い」


 最早口を挟む間もなく、ヴァンスに引き連れられてビェナたちは大広間の奥に案内された。

 教導室と看板が掛けられた部屋がある。

 その中に入ると、大変健康そうな恰幅のいい老女がいた。品よく上質な服を着ている。立ち上がる優雅な仕草から、ミオのような身分ある人なのかと思わせた。


「ゲールラウグ教会長、セネカがまた人を連れてきましたよ」

「連れてきちゃいました」


 ヴァンスとセネカの言葉に、ゲールラウグは「あらまあ」とおっとり言った。

 見ているこちらまでほっとするような、柔らかな微笑みを浮かべるとビェナたちの前に立った。


「ようこそ、南の慈善の教会へ。旅の方かしら。ひと時のお泊りですか?」

「ええとその、はい。私はそうです」


 ビェナは答えて、ミオをうかがった。ミオは静かに答えた。


「私も同じように」

「そう。お部屋は空いていますから、どうぞ好きに過ごしてくださいな」

「あの、お代は」


 こんな立派なところに泊まるのだ。まさかただなわけがない。ビェナがたずねると、ゲールラウグは目を丸くして笑った。


「ほほ、いやですようお嬢さん。ただ一時、泊まるだけならどうぞ。施設のものを使ったり食事をとったりするなら、お代はいただきます。南の慈善の教会は、そういうところですから」

「短期なら素泊まり無料、食事と施設利用は有料。ここでは教会であっても一般開放して資金稼ぎをしているのさ」


 セネカが補足する。それからゲールラウグに向かって言った。


「教会長。初代の秘蔵部屋見学もいいかな」

「初代の? それはなぜです?」

「見たほうが早いのですが、ミオくん、いいかな」


 セネカの言葉に、ミオは躊躇いがちにうなずいた。皆が見守る中でミオはローブに手をかけて外した。

 途端、きらきらと光があふれたようにミオの周りに集まった。そう錯覚するほどの美貌が顕わになる。誰とも視線を合わせないように、伏せた睫毛が震えることさえ芸術品のようだった。

 誰ともなく、息を呑む声と溜息がした。しかしいつかの時のように喧騒が巻き起こることはなかった。


(ちゃんとしている方は違うんだなあ……あっ、ミオさん朝の寝ぐせがある)


 類まれなる美貌も、朝寝坊の名残を見つけると気が抜けるものになる。ビェナは後で言おうと思いながら、ミオが再びローブを被りなおすのを待った。

 そうして少し経つと、溜まった息を吐き出すようにまずセネカが興奮を顕わに言った。


「……はあ! 見た!? 見ましたよね、教会長!」

「まあ、まあまああらやだわ。心臓が止まるかと思ったわ」

「血迷うところだった。すごいなこれは」


 三者三様に驚きをあらわにし、ミオの美貌を褒めた後。ゲールラウグが咳払いをした。


「セネカが見せたいわけもわかりました。そうね、初代の秘蔵部屋への立ち入りを許可します。その間に、部屋の用意をしてもらいましょう」


 ゲールラウグは息を整えているヴァンスとセネカに目くばせする。二人は姿勢を正すと部屋を出て行った。


「あの二人には、あなた方の部屋を整えてもらいます。それまでに……いえ、その前に」


 手を前に重ねて組むと、穏やかな口調で問いかけた。つぶらな瞳はきらきらと光っている。


「魔法をかけられておいでね。ビェナさんも、ミオさんも、それからその後ろの方々も」


 その言葉に、ビェナの背中からロミールとネリダが出てきた。人形の体で器用に高い位置から着地すると、それぞれ余所行きめいた仕草でお辞儀をした。


「ごきげんよう、ゲールラウグ教会長。ロミールといいます」

「ごきげんよう。ネリダです」


 完全な猫かぶりだ。あまりみない二人の様子に、つられてビェナもお辞儀をした。


「ごきげんよう。丁寧なあいさつ、嬉しいわ。さて、皆様はどのような関係で?」


 ゲールラウグの柔らかな声音を聞いているだけで、なんでも話してしまいそうになる。ビェナの祖母が生きていたなら、こんな素敵な人ならいいと思えた。


「私たちは……」


 ビェナはロミールやネリダ、ミオを見た。誰も話すのを止めないことを確認して、ゲールラウグへこれまでの旅路について話して聞かせた。


 時間にするとどのくらいだろう。ビェナが他の者たちの助けを借りながらすっかり話し終えると、ゲールラウグは労わりをこめてビェナと目を合わせて微笑んだ。


「そう。立派な人助けをなさってきたのですね。素晴らしいことだわ。ようく頑張っていらっしゃったのね」

「あ、ありがとうございます」


 耳が熱くなって、むずむずとした心地になる。褒められたことが嬉しくて、ビェナは不自然に唇が動かないようにつぐんだ。


「しかし、魔法の解き方は、わたくしも詳しくないのです。慈善の教会は心身の健康を祈り実践するところ。規則正しい生活で解ければよいのですが」

「お気遣いなく。休めればそれでいいです」

「あたしは、この子にいい相手が見つかればそれで」


 人形の視線に合わせるように屈んで言うゲールラウグは、ええ、とうなずいた。


「どうぞ心行くまで。ミオさんは……そうね、あなたの重荷にならないといいのですけれど」


 困ったように眉尻を下げて、ゲールラウグがビェナとミオを順々に見つめる。ゆっくり立ち上がると、背を向けた。


「ご案内しましょう」





昔話やおとぎ話に登場する老人たちは、総じて察しが良かったり物知りだったり魔法が使えちゃう不思議。

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― 新着の感想 ―
むきむきマッチョ……!!!! (すみませんすみません。もう、頭のなかにこれが何度もww) 健やかでとてもいいと思います。 ゲールラウグ教会長も、ヴァンスさんも、もちろんセネカさんも見ていて大変心地よい…
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