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14.塵山、髪の毛橋へ


 巧妙に壁と同化したドアがある。

 大きさはビェナよりも一回りも大きい。ドアノブはなく、代わりにシンプルなドアノッカーだけが中央の位置にある。金属製で、よく使われるのか握る部分が摩耗しているようだ。塗装が剥げてすべすべとしていた。

 ドアの前に並んだ人々は順々にノッカーを鳴らしてドアを開けて進んでいる。ドアをくぐる人数分だけ鳴らすらしい。


「これは?」


 ミオが前で待機している女主人にたずねる。


「昔、魔法使いがかけてくださったんだよ。うちの都が繁栄するようにってね」


 答える間に順番が回ってきた。女主人はビェナとミオの分もまとめて、三度ドアを鳴らした。

 そのまま女主人がドアを押すと、あっさりと開いた。


「え」


 ビェナは大きな声を上げようとして、必死に口を閉じた。

 ゴミの山がある。

 言葉通りの山ほどの高さのゴミが四方八方に積もり重なっていた。

 女主人は何食わぬ顔で先に進む。その前方を歩く都の人々も周りを気にするそぶりもない。

 呆気にとられながらビェナは横を見る。壁かと思ったものも、またゴミだ。使えなくなった椅子や机、道具が重なって壁を成している。

 足を取られそうになって踏ん張る。足元もゴミが敷き詰められて道となっていた。


「あそこに捨てればいいですからね。ああ、木箱ごとでいいですよ。いくらでも替えがありますもの」


 女主人が顎で先を示す。あちらこちらにある山よりも幾分か低いゴミ山だった。

 ほかの人々も同じようにあの低いゴミ山へと持ってきたものを投棄している。


「ビェナ、従ったほうがいいンじゃない」


 今度はネリダが言った。他の人たちに見えないように背中の荷物から人形の顔を出している。


「うん……ミオさん」


 そっとミオに寄る。ミオもまた同意見のようで、うなずいた。

 女主人に言われた通り、木箱とバケツごとゴミ山へと置いた。まだ使えるのに、勿体ない。そんな気持ちがわいてしまう。

 けれど、女主人も他の人々もそれが普通のようにふるまっている。奇妙な価値観を目の前に、ビェナは気味が悪くなった。

 そろそろと捨てた場所から離れて、辺りをもう一度見回す。

 ゴミ山のところどころから、もくもくと煙があがっていた。炎はないのに、白く濁った煙を隙間から上げて空をくすぶっている。

 くん、と鼻を動かす。


(これが、塵山……すごいゴミの量。なのに、臭いがしない?)


 耐えきれない悪臭で鼻がおかしくなってしまったのだろうか。

 ビェナはハンカチを取り出して隠れて顔を拭いてみた。ころん、と五枚の花弁がフリルのように広がる真紅の花がいくつも零れ落ちた。

 咄嗟にスカートで受け止めて、ハンカチで包んでまとめる。顔を近づけて嗅いでみるが、華やかさとすっきりとしたハーブが合わさった芳香がする。


(これも昔の魔法使いがかけた魔法?)


 さらに辺りを見回したところで、視線を感じた。しかしゴミの多さでわからない。


「おかみ、聞いてもいいだろうか」


 ミオがローブの縁に手をあてて、俯き加減に問いかけた。


「このゴミの山は、この後どうなる?」

「え? どうなるって、そりゃ、そのままですよ。いっぱいになったら他所の区画を埋めればいいだけ。ずっとそうしてきたんです」


 ミオはその答えに小さく息をついた。それからビェナのほうを向いた。


「ビェナ、ここに永住するのはおすすめできない」

「魔法で区切られたとはいえ、不衛生な場が近くにある。ミオの言う通りだ」


 ロミールが賛同する。ミオは女主人をうかがった。


「おかみも、あまりここを重用するのはやめたほうが」

「何を、妙なことを」


 女主人は不審そうにビェナとミオをねめつけた。


「あまり塵山を悪く言わないでくれませんかね」

「しかし、このまま続けるのは」

「ああ、耳ざとい奴らに聞かれてしまうじゃありませんか。声を潜めて」


 女主人は渋い顔で周囲に気を払いながら言った。


「塵山に文句があるなら、この街に長くいるのはおすすめしませんよ。そう言って反対したご領主様のお世継ぎさえ、ご領主様自ら放り出しておしまいになったんですからね」

「それって、追放されたってことですか」

「そうですよ、お嬢さん。ご領主様は繁栄を第一に考えてくださる。それを邪魔したんですから、当然です。私ら庶民が庇えるものですか」

「そんな」


 ひどい話だ。心配しただけで刑罰を受けてしまうなんて。

 ビェナは手のひらにあるハンカチごと花を握り締める。女主人はその様子を気の毒そうに眺めて、顔を背けた。


「すみませんけどね、気づかれる前に離れたほうがいいですよ。ご領主様は鼻が鋭いんです」


 そう言うと、女主人はそそくさと来た道を戻っていった。

 またどこからともなく視線が刺さる。

 じろじろと余所者と訝しんだ眼差し。壁を一方的に作られて、突き放されたような感覚。ビェナはよく知っているものだ。


「あ……」


 きょろりとビェナは周りを見た。まばらにいた人たちはわかりやすくビェナから視線を逸らし、ゴミを投棄して戻っていった。その列は途切れることもなく点々と続く。


「ビェナ」


 荷物から出てきたネリダがビェナの肩に寄っかかって頬を寄せた。ふわりとした髪があたる。それが心を慰めてくれた。

 一呼吸ついたのを見計らったように、ミオの声がかかる。


「私たちも行こう」


 ミオの肩にはいつの間にかロミールがいる。


「まだまだ気の利いた言葉が足りない」

「う……そうか。配慮が足りなかったのか。がんばろう」

「うん、がんばろう」


 そして何やら妙な指導をミオにしている。ミオもいつもと変わらず素直に受け入れている。それを見ていると先ほどの嫌な気持ちを紛れさせてくれた。


「行くとして、このゴミ山を通って都を出ないといけない。そうなると」


 ロミールの思案気な声が止まる。

 目の前のゴミ山から、どこからともなく背の高い人物が現れたのだ。


「やあ、お困りのご様子。素敵な狩人の手助けはいかがかな」


 斜面を統べるように降りてきて、ビェナたちの前に立つ。中性的な青年のような容姿、あのときの女性だ。ビェナは「あっ」と声を上げて、頭を下げて礼をした。


「あの時の! あの、助かりました」

「ああ、無事逃げれたんだ。よかったよかった。恩に着なくていいともさ。何を隠そう、この私、セネカさんはお節介と面白いものが好きなんだ」


 セネカと名乗った女は、左手を腰にあてて空いた右手でサッと前髪を払う。左側にかかる長い前髪はビェナの癖毛とちがって、ふんわりと優雅なカールを描いていた。

 様になる仕草に、思わず見入ってしまいそうだ。ビェナは自分を戒めてもう一度お礼を言った。


「それでも助かったことには違いないです。お礼を何か出来たらいいのですけど」

「お礼は別に、と言いたいところだけど」


 セネカはビェナの握っている花へと視線を向けた。


「綺麗なお花だね? それがいいかな」

「これですか?」

「うん。真紅でビロードのような花びらが見事だ。土産物に良さそうだし、それがいい」

「ええと、どうぞ」


 そろりと差し出すと、手を添えられて「ありがとう」とウインクと共に花束を抜き取られた。


「見た? ミオ、あれは過剰でも勉強にするンだよ」

「なるほどねえ」


 ネリダとロミールのひそひそ声がする。聞こえたらどうするというのだ。ビェナは注意しようとしたところで、唇にセネカの指がかかった。静かにというように、一本指で止められる。


「気にしなくていい。君が多売の商店通りで人形の中身くんと話していたのも知っている」

「えっ、そ、そうなんですか」

「目がいいからね」


 ビェナが驚けば、愉快そうにセネカは笑った。


「そちらの君も、お嬢さんのように訳ありかな? いいねえ。いや、不幸を面白がるわけじゃないから、気にしたら申し訳ない」


 今度はミオに水を向けてセネカが話す。いつの間にか、場はセネカに掌握されたみたいに雰囲気も変わっていた。

 陽気の塊のような生き生きとした人だ。なんだかパワフルだ。

 ビェナはますます見たことのないタイプの女性と思えた。

 セネカがミオのローブに隠された顔を見ようと屈む。ミオが慌てて後じさった。


「ふうん、やっぱり訳ありだ。ああ殺気立たないでほしいな。私、ある魔法使いに世話になってたんだよ。だから魔法への理解に一過言ある」


 言いながら、セネカはゴミ山の一つを指さした。


「とりあえずここを出てから自己紹介としよう」


 そして足取り軽くそのゴミ山を登り始めた。背中には折り畳んだ弓と矢筒、荷物を携帯しているのにも関わらずひょいひょいと進む。


「髪の毛橋までおいで!」


 ビェナはミオたちと顔を見合わせた。しかし、同時に獣の鳴き声がした。

 まず最初に反応したのはロミールだった。ミオの肩から飛び降りて、その背中を押した。正体を隠すことなく半透明の粘性体を人形の関節部分から出している。

 それからネリダも同じようにビェナの背中を押した。


「何か走ってくる。急いで登ろう」

「鼻がいいご領主の飼い犬とか? ほら、走った走った」


 ビェナとミオは人形夫婦に急かされるまま、セネカのいるゴミ山の一つまで駆け出した。


 斜面に突き出た大きな瓦礫やゴミを踏んで、上へ上へと進む。

 ロミールやネリダの補助もあって登る足に負担は少ない。時々バランスを崩しそうになって助けられながら、手を振るセネカの元へと二人は辿り着いた。

 ふとビェナがゴミ山の麓をみると、黒い四つ足の獣がうろうろしていた。見るからに凶暴そうだ。


「間に合ったようでよかった。矢も限られるから、君たちの健闘に拍手だ」


 ぱちぱちと拍手をして、セネカは目を細めた。


「次が来る前に退散しよう。飽食の都には魔法がいくつか掛けられていてね。ここに橋がある」


 そう言って足元の一部を踏み鳴らした。数度繰り返して、セネカは懐から髪の毛束を一つ放り投げる。


「髪の毛橋」


 すると、たちまち橋が現れた。

 茶色や黒色、金や白といった色が混じった縄の橋がある。人一人通れるかくらいの細い幅だ。


(髪の毛橋ってことは、これ……)


 捨てられた建材などを再利用してできた橋をつなぐ縄。さまざまな人の髪だった。


「あの、これ、あの、通れるんですか」

「人の髪の念は何より強いとご存知でない? もちろん大丈ー夫。セネカさんを信じなさい。それとも手をつなぐ?」


 手を差し出された。ビェナはそっと手を伸ばすと、しっかり握られた。


「じゃあ、お嬢さんは後ろのお兄さんとつないでね。さあ、出発」

「えっ、ま、まって。ミオさん、手を」


 後ろを振り向いて、ビェナが手を同じように出す。ミオは一瞬の躊躇いを見せたが、すぐに掴んで握った。

 そのまま、ぐん、と引っ張られて進む。

 ぎしぎし揺れる橋をセネカは鼻歌をする余裕をみせながら進んでいく。


『おおい、まてえ!』


 遠くから、がらんがらん響く胴間声がした。見れば、他の塵山から伸びた管からだった。先端のラッパ状に広がったところから響いてくる。


『おのれまたか! やい、もう二度と来るなよ!』


 肌まで痺れるような大きな声に、ビェナは身をすくませた。しかし、セネカは朗々と言い返した。


「御声での見送り、結構なことで! いーや、また来ます! あと何回か!」


 そして言い終わるか終わらないかのうちに、一同は髪の毛橋を渡り切った。



次回、話の調整都合上ちょっと長めです。

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