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13.素朴な疑問


 飽食の都での宿生活も二日目が過ぎた。

 三日目ともなると、雰囲気も宿から見える景色も心地よく馴染む。ビェナはもはや恒例行事となった寝坊助のミオを起こして、通路を通って食堂へと向かっていた。

 ここの宿もそうだが、都自体に色んな人が集まるおかげもあるのだろう。ビェナが人形を傍に置いていても、ミオが常にローブを被っていても指摘してくる人はいない。多少不審な目で見たとしても、そこまで突っこんで聞く者はそういないのだ。


「今日の朝は卵料理にデザートまで付くそうです。朝から豪華ですね、ミオさん」

「卵や甘味。そうか、確かに」


 席について料理を待ちながら話す。


「ミオさんのところではそういった料理は出なかったんですか」

「出た……と思う。そこまで興味がなくて」


 それは後悔なのだろうか。ミオは深くローブを被りなおすように縁を摘まんで下げる。


「もったいないことをした」


 真面目にしみじみと言うものだから、ビェナはまずいと思いながらも笑ってしまった。声を押し殺して笑うと、ミオもまた小さく笑った。


「じゃあ、心して食べないと」

「ああ。ネリダとロミールの分まで、ありがたくいただこう」


 そうこうしているうちに、朝食がやってきた。

 食欲をくすぐる香りを湯気と共に立てた料理が目の前に並ぶ。一皿にサラダと溶き卵に肉や野菜を詰めて包み焼いたものがある。明るい黄色が眩しく照っている。

 さらには、底の深い小皿にツルンとした菓子がある。蒸して作ったのだろうか。手をかざすとほんのり暖かな感覚が伝わる。甘い香りもする。これも黄金色をしているので卵をふんだんに使ったのだろう。


「うわあ……今日の料理もすごい」

「これが二銅貨の価値。これが普通」

「ではないです。さすが飽食の都。冷めちゃう前に食べましょう、ミオさん」


 こんな風に材料を惜しげもなく使う料理が普通であるわけがない。ビェナは即座に訂正して食事に手を付けた。フォークとナイフまでピカピカと磨かれて、新品のようだ。


(思えば、お店の物も外の物も目新しいものがほとんどだったな……)


 それだけ豊かだという証拠なのかもしれない。うらやましさと現在の充足感にうっとりとして、ビェナは感想を思わずこぼした。


「ここで暮らしたら、一生食べるのに困りそうにないかも」

「一生は、どうだろう」


 美しい所作で食器具を扱いながらミオが言う。


「大量の食糧があるとして、どこからどのように流れてきて、どこへ行くのか。それが永遠と続くものだろうか」

「永遠でなくても、こうして食べられるのは幸せな気がしますよ。それにいろんな人や物が、すぐ近くにあふれるほどあります」

「それは、そうかもしれない」


 肯定したが、ミオの口ぶりは引っ掛かりを覚えているようなそんな感じがした。しばらく黙って待ってみると、ぽつりとミオは呟いた。


「過去によく学んでいれば、もっとしっかり話せるだろうに。すまない」

「そんな、謝らないでください。気にしないで大丈夫ですよ」

「いや、日に日に至らなさが分かってきたんだ」


 ミオが食事を終えた皿にフォークとナイフを置く。指先まで綺麗な仕草だった。余計な音がない。

 こういうところを見ると、ミオの身についたものは庶民では到底覚えられない物だとわかる。改めて尊い身分にいたのだと見せられているようにビェナは感じた。


「ミオさん、そんなことないですよ」


 だから改めて否定をしたが、ミオは顎を引いて「いいや」と言う。


「ちゃんと、言葉で伝えられるのは素晴らしい。それがわかってきたんだ。だから、うまく言わないと……ビェナ」

「はい」

「気になることがある」


 それはなんだろう。ビェナは目を瞬かせて何かと考えた。

 ミオの視線はローブでよく見えないが、食堂を観察しているようだった。静かにあちこち見回して、まるで秘密を告げるように声を潜めた。


「都に老いた者がいないのは普通のことか」

「えっ」


 ビェナは言われて、辺りを見回した。

 老人は確かにいない。

 狭い食堂は活気づいていて朝から賑やかだが、誰も彼も若者から中年くらいの年のころばかりだった。旅の者ならそういう年齢ばかりというのはうなずけるが、ミオに指摘されると気になってしまう。

 これまで店を歩いたところを思い返してみる。しかし、指摘の通り老人たちの姿はないように思えた。


「ビェナ?」

「あ、すみませんミオさん。確かに、いなかったかもしれません」

「うん。いくら私が政に興味がなかったとしても、妙だと思う。思考整理に付き合ってもらっていいだろうか」

「私でよければ」


 すでに食事はすんだ。甘いデザートもぺろりと平らげた後で腹ごなしの最中だ。ビェナは快くうなずいた。

 ミオは少し躊躇うように数秒沈黙した後、説明を再開した。


「この都は、外部からの流入に頼る交易都市。素晴らしい食と物の数々で人を集めて資金を集めている……と思う」

「そうですね。私たち以外の旅の人も多くいました」

「けれど、やはり老いたものがない。旅の途中で寄った町や村にはいたのを私は見た。子と遊び、夫婦と語り仕事をしていた。私のいた宮でさえも老いた者はいた」

「ミオさんは、それが不安なんですか」

「不安……わからない。だがそれは、よくないことのように思える」


 そしてまたミオは口を閉じて黙してしまった。戸惑うようにビェナを見て、瞬間、ミオの顔に夜闇が広がった。魔法の発動をしても気づかないようで、ミオは考えている。

 曇りがかった鈍い光が弱く明滅している。

 ミオの心に浮かんだ感情が現れているのだとビェナは思った。

 しかし同時に見入っている場合ではないと気づいた。ミオのこの顔を見られたら騒ぎになる可能性がある。


「ミオさん、失礼します」


 咄嗟に言って、両手でミオの頭を挟んで顔を下に向けた。気づいて従ってくれたのか、それとも急で驚いたのか抵抗はない。

 そのままビェナはなるべく自然に、周囲には慰めているように見えるよう振る舞った。ローブごとそろりと撫でてみる。


「心配しているんですね。そういう顔をしています」

「顔」


 ミオの体が強張った。そしてますますうつむいて、消え入るような声で「すまない、油断した」と言う。

 ビェナはそんなミオを微笑ましく感じながら、離れる。気まずそうにぎこちなくミオは頭を上げた。


「心配ごとの共有をありがとうございます。心配といえば、私も魔法使いさんに言われた助言があったのを思い出しちゃいました」

「ああ、そういえば」


 再び魔法使いに遇った経緯を、人形夫婦の元で一から十までしっかり報告していたのだ。その反省会じみた時に、ミオも大人しくビェナの報告を聞いていた。


 ――この街はともかく塵山(ちりやま)にも気を付けておくといいよ。


「塵山ってなんでしょう。ロミールたちも知らなかったみたいだし」

「そういうときは聞けばいいのでは」

「あ、そうですね。聞いてみましょうか」


 ビェナは近くのテーブルを片づけている従業員に声をかけた。


「あのう、塵山というのをご存知ですか」


 髭を整えた働きぶりのいい青年従業員は、ビェナの質問に笑顔で答えた。


「塵山ですか。知ってますけど、別に面白いところじゃないですよ。多分、今時分だったらおかみさんがそこへ捨てに行きますから」


 そう言うと、カウンターのほうに向かって従業員は声を上げて宿の女主人を呼んだ。


「おかみさん、ちょっと来てください!」

「はいはい、なんでしょ。あら、良いお客さん。うちのご飯美味しかったでしょう」


 愛想よくエプロンで手を拭いて女主人が微笑む。ビェナとミオがそれぞれ肯定すると、ますます笑みを深くした。


「おかみさん、この人ら塵山見てみたいんですって」

「へえ? まあ、いいですけど……代わりに一つ頼んでもいいのなら」


 女主人は目をぱちぱちとさせて不思議そうに了承した。

 ビェナはミオをうかがった。ミオも同じようにビェナを見ている。それから、「上の二人に聞こう」と言い、ビェナはもちろんとうなずいた。


「じゃああの、一度荷物整理がてら考えてからでもいいでしょうか」

「それは構いませんよ。頼みたいことはついでに物を運ぶのを手伝ってほしいだけですもの。そこのお兄さんもご一緒なら、もっと運べるでしょうから」

「ミオさんは、いいですか?」


 ビェナがたずねれば、ミオは「大丈夫」と答えた。


 そして、ロミールとネリダに事情を話すとあまりいい顔をされなかった。魔法使いが気を付けろと言った塵山へ向かうのを憂慮されたのだ。

 しかし、魔法使いが話したというのは手がかりかもしれない。ミオのこの都に関する疑問も後押しとなって、ロミールとネリダは了承したのだった。

 ビェナが代表して女主人に返事をすると、早速とばかりに案内された。




 女主人がビェナたちに運んで欲しいといった荷物は、結構な量だった。

 木製のバケツや木箱に詰めこまれたゴミの山。まだ使えそうな道具もあれば料理で使用した野菜くずなどが入っているものもある。


「いやあ助かるわあ。うちの若いのに運ばせると、駄賃がさらにいるんですよ。一人だと難儀しちゃうしねえ」

「それは大変ですね。宿でお世話になったお礼にがんばります」

「けど、お嬢さんたち、大荷物を持ったままでいいのかい」


 ビェナたちは揃って塵山見学に行くからと旅の荷物をすべて持ってきたのだ。ビェナの背中には大きな荷物があるし、ミオも同じように背負っている。

 女主人の疑問に、ビェナは大丈夫と請け負った。


「いいんです。大事な荷物ですから持っておきたくて」

「まあ、運んでくださるならいいんですけどね。さあ、付いてきてくださいな」


 木箱を抱えた女主人が歩いていく。ビェナたちは急いで木箱やバケツを持つとその後に続いた。

 宿の通りから裏路地に入り、しばらく道なりに進む。民家がぽつぽつとあるくらいで商店が立ち並ぶ通りと比べるとひどく物寂しい。

 しかし、ビェナたちと同じ方向に歩く人も少なからずいる。誰もが同じようにごみを抱えて運んでいた。餌を運ぶ蟻のように細々と続く列は日常なのだろうか。世間話をしながら歩いている者もいる。

 ビェナは先の景色へ目を凝らしてみた。路地をどんどん進んだ向こうに、外壁があるようだ。飽食の都に入ったときに目にした、都市を囲む壁である。


(都の外にまで行くのかしら)


 人々の足は迷いなく進んでいく。木箱を重ねて運ぶミオが前を見て足を止めた。

 どうしたのかと聞くより前に、ロミールが荷物袋の中からそうっと言った。


「妙なドアがあるよ」


 するりと半透明の物体がビェナの顔横から這い出て伸びる。ロミールの体は細枝のように伸びてまた背中の荷物へと戻っていった。どうやら先を様子見してきたらしい。

 そしてロミールの言う通り、その妙なドアの前で人々は順々に並んで待っていた。



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