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12.かわした先で


 ──むかしむかし、あるところに幸せな若い男女がいました。


 二人は幼馴染で、将来を誓い合う仲でした。

 ですが、ある日のこと。

 結婚を祝う場は、悪い魔法使いによってめちゃくちゃになってしまいました。

 村々は燃え腐り、新郎新婦となるはずだった二人はどろどろに溶けて人の形を失くしてしまったのです。


 かわいそうな二人は今も人の形を求めてさまよい、嘆き悲しんでいるそうです。



「……これはその哀れな二人を偲んで作られたブローチです。うちが今度売り出す予定ですが、やや、やはり貴女によく似合う!」


 ビェナは目の前の男の語りを聞いて、はあ、と気のない返事をした。

 行儀は良くないと承知だが、それでも重たい気持ちが口からこぼれて落ちてしまう。

 ふくよかな男はビェナよりいくつ上だろう。ほがらかで明るい声に、肌艶は良く皺も目立たない若々しさがある。名前は確か、サイモンと言っていた。


(多分年上かなあ。今のところロミールが何も言わないから、()()良い人なんだろうけど)


 気乗りしない。ひたすらに気乗りしない。

 ビェナは、どうにか唇を上げて曖昧に微笑んだ。サイモンがビェナの胸元近くにブローチを当てようとするのをやんわりと手で逸らす。

 そんな中で、こそこそと耳の裏辺りから声がした。


「わかってないみたいだね。君は黙っていたら、ふらふら相手が寄ってくるくらい可愛いんだよ」

「嘘だあ」


 ロミールの声にそんなはずはないという気持ちをこめて返すと、ちょうどよく男の話題と嚙み合ったらしい。


「いやはや、冗談ではございません。そうですねえ、あっ、あちらに鏡がありますよ。装飾が愛らしい花の模様もあるのがわかりますか? ご覧になってはどうでしょう」

「いえ、そんな、お気遣いなく」


 遠慮するが、それが謙虚だと受け取られてしまった。無理やり肩を組まれないのはまだいいが、さあさあと笑顔で先導してくるのも目立って嬉しくない。

 またひそひそとロミールの声がささやいてくる。ビェナが携帯しているポーチから忍んで体を伸ばしているのだ。


「ミオが規格外だから、比較してわからないだけだよ」


 ビェナは「うぅん」と唸った。


(ミオさんを見れば大抵の人は普通に見える。それは確かだけど……ロミールの贔屓目だよ)


 サイモンと出会ったのは、ほんの少しロミールたちが試した結果だった。

 朝からネリダとロミールに連れ出されて、店のあたりをふらふらと歩かされた。そこで、ビェナが持ち歩いていた小物入れを鞄からわざと落としたのだ。

 盗もうとした者には、手痛いしっぺ返しを行い、何度か繰り返したところで拾ってビェナに差し出したのがサイモンだった。彼はビェナの姿を見ると、いつかの商人のように「可愛らしいお嬢さん!」と褒めておだてた。


(それはきっと、小物入れの刺繍でお金を持っていそうと思われたんだわ)


 水晶の森で作った糸は、不思議な性質を帯びていた。布はまっさらな白色なのに、糸となるときらきらと反射して美しく光る。

 ビェナの印象では、サイモンは快活で威勢のいい若者だが抜け目がなさそうだった。時折ビェナを観察するようにじろじろ見て白い歯を見せて笑うのが、なんだか気まずい。

 拾った縁でと散策に誘われたのも強引だった。その時点でネリダは「若い二人で」とどっかに行ってしまった。ロミールは残ってくれたのが、ひどくありがたかった。


「哀れな二人の愛を表現した、悲しみの蔦模様。癒しを願う日の眼花をあしらった白と金。実に輝かしく美しい」


 サイモンが、ぐいと鏡をビェナの前に出してくる。いつも通りの姿のままだ。特別おしゃれも何もしていない。

 癖のついた肩甲骨くらいまでの髪をそのまま流した姿は、手入れも何もあったものではない。髪が作業中に邪魔にならないようにしたヘアバンドが、ちょっとしたおしゃれくらいなものだ。指先で頬に触れた髪先を弄ってみる。


「質のいい亜麻布のように輝く髪。健康的な赤みがかった滑らかなクリームのような肌。特に瞳、希少宝石のような色合いで混じり変わる橙と緑がすばらしい。やはりよくお似合いだ」

「そうでしょうか……」


 誉め言葉は嬉しいが、まるで商品みたいに言う。

 それにブローチの題材を聞くと、余計になんだか嫌な気持ちになってしまう。

 サイモンが他に似合う物はと呟いて探しているうちに、ビェナはこそこそとたずねた。


「ロミール、さっきの話」

「時が経てば噂にもなるさ」


 おそらく、先の話の当人だろうロミールは気にしていないようだ。

 その話はビェナも知っていた。幼いころ、寝るのをごねるビェナに自分たちは怖い存在だぞと示すため、わざと脅しながら話してくれた。それをよく覚えている。


(でも、私が嫌だな)


 ビェナは機嫌よくこちらを伺うサイモンを見返して言った。


「すみません。お気持ちは嬉しいですが」

「貴女のその魅力は管理されてこそより真価を発揮しますよ」

「結構です。あの、小物入れを拾っていただきありがとうございました」


 ビェナが軽くお辞儀して離れようとしたが、サイモンは体をずらして行く先をふさいだ。


「まあ、待ってください。これでも自分は裕福なんですよ。悪党をうまくだまして資金をさらに得たこともあるんです。二度もですよ。これほど賢く抜け目のない男はいませんよ」

「駄目なほうが引っかかったか」


 辛辣なロミールの言葉に、だよね、とビェナは手のひらを握った。いつでも走れるようにじりじりと後ずさる。


「ん? 今の声は」

「あ、えっと、今のは」


 ロミールの存在がばれてはまずい。ビェナは咄嗟に口にしようとしたが、うまい言い訳が出ずに言葉を濁らせる。

 すると、その気まずい間を裂くように若く張りのある声がした。


「あーあ、駄目な肉だった!」


 低めのざらつきが混じった、奇妙な魅力があるアルト声だった。

 ビェナが振り向くと、すぐ近くの店で大げさな素振りで天を仰いでいる人物が居た。

 すらりと筋肉質で背は高く、姿勢がいい。それでいてぴったりと体の線に沿った洒落た衣装を身に纏っていた。


(男の……いえ、女の人だわ)


 なんと髪が短い。このご時世で奇矯なタイプであることは間違いないと、すぐにわかる出で立ちだった。


「こうなっては、よくよく焼いて食べるしかないなあ……ああ、そこのお兄さん!」

「な、なんだ」


 サイモンを手招いた女は、中性的な顔立ちをにこやかに保ったまま言った。


「人様を外見で判断するのは申し訳ないが、その姿、きっと食にお詳しいでしょう。ここは一つ、この駄目な肉をうまい具合に片づける方法を願いたい。お代はこちらが払いますよ」

「お代……」


 わざと思案気に唸ると、ちらちらとビェナをサイモンが見てくる。すぐさま気にしていないと無理やり笑みを浮かべて、その話を受けるよう促した。


「まあ、聞いてやろうかな。そちらの心遣い次第ではあるが」

「上手く教えてもらえるなら、差し上げたっていいですとも。人助けをすると思って……まずはこの肉をよくよく見てほしいんですが、ああ、そこの店主ももう一度見てほしい!」


 サイモンを近くに移動させ、女は店の前に置いてある何かの肉を見させた。

 そしてビェナをちらっと見ると、器用にウインクをしてみせた。ひらりと手が振られる。


(助けてくれたんだ)


 急いで女に礼をして、ビェナはその場を走って離れた。



 しばらく走って、宿が見えるあたりまで戻ってくることができた。相変わらず人通りは多いので、すぐにビェナを見つけることは困難だろう。

 ビェナは息を弾ませながらロミールに声をかけた。


「ねえ、ロミール。さっきの人、素敵だったね。颯爽と助けてくれたよ」

「勘が鋭そうな人だったね」

「大きな町にはあんな女の人もいるって驚いちゃった」


 今まで見たことのない格好良さに、ビェナは興奮を覚えていた。思い返すとあの姿が凛々しく見えた。


「女性だったのか……ビェナの好みはああいうの?」

「えっ、好み? そうなのかなあ。でも、また会えたらお礼しないと」

「そうだね。助けられたことには変わりない」


 言い合いながら宿に戻る。カウンターにいた女主人に会釈して二階に上がった。

 行く時とは違って軽くなった足取りで取った部屋へと入る。


「はい、復唱!」

「復唱」

「違う違ーう。あたしがその前に言ったこと!」


 部屋では、ミオがネリダに説教されていた。ベッドの上に靴を脱いで座り、真面目な様子で話を聞いている。起きているのに珍しくローブをしていない。

 窓から射す光源がミオの美しい輪郭線を淡く輝かせていた。溜息をつきそうなほどの精巧な美も、ネリダの発言に応答しているのを聞いているだけで脱力してしまう。


(それだけ私もミオさんに慣れてきたってことなのかな。いいのか悪いのか)


 ビェナがしばし止まっているうちに、ロミールはするりと這い出て放置されていた男の子の人形に入っていった。ハッと我に返って、ビェナは部屋のドアを後ろ手に慌てて閉めた。

 ドアの音にネリダが振り向く。ミオも同じように振り向いたところで、手早くローブを手繰って羽織った。


「おかえり。もういいの?」

「ただいま。最初からいいの」


 ネリダの言葉に打って返すと、意外にもあっさり「そう」と言われた。もっと粘れだの気合が足りないだの文句をつけられると思っていたのに、拍子抜けだ。


「でもね、ネリダ。収穫はあったよ。ビェナの好みのタイプがわかった」

「何? 本当? どンなの?」


 ロミールが人形の体を起こした。くるりと関節を動かし、手のひらをまるで紹介するみたくビェナに向ける。

 ネリダも身を乗り出し、ミオまでビェナのほうをじっと見てくる。


「快活な麗人」

「ああー。うーん」


 言い切ったロミールに、ネリダは腕を組んだ。これ見よがしにビェナをじろじろと眺めて、それからベッド上に座ったままのミオを見た。


「なるほどねえ」

「わ、私のことはいいよ。ところで二人は何してたの」


 これ以上変なことを言われてはたまらない。ビェナがたずねると、ネリダはミオの座って折り曲げた膝に飛び乗った。


「何って、ミオの勉強さ。元々、時機を見て放す予定だったンだから」


 そうだった。すっかり旅仲間に馴染んだから、頭から抜けていた。


「まあ、でも今じゃないからおいおいだね」


(そっか。すぐじゃない。そうだよね。すぐなんて、ミオさんが困っちゃうもの)


 続いたネリダの言葉に、ビェナは自分が思った以上に安心したことに気づいて胸に手を当てた。変わらず胸はとくとくといつも通り叩いている。

 そうしてまた顔をあげると、何やらじっと見られていた。人形夫婦の頭がビェナを向いている。


「な、なに」

「情操教育をするって大変なンだねえとなったところ」

「大きな子どもが二人ってこうなるんだねえ」


 のんびりとそう言われる。


「それは、私もか」

「そうだよ」


 ミオがたずねると、ネリダとロミールは揃って答えた。


「子ども……」


 何やら考えこむみたいにミオの頭がうつむく。落ちこませてしまったのだろうか。ビェナはフォローのために言葉を必死で探して声をかけた。


「それはミオさんも家族みたいに見てるってことですよ」


 ミオの頭が上がる。口元が開いて止まり、結局そのあとに言葉が続くことはなかった。

 だがローブから垣間見えた肌の色が、ほんのりと赤く色づいているような気がした。



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