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11.探す理由


 宿に向かってゆっくりと向かいながら、ミオは考えていた。

 ともすれば雑踏に取り残されてしまいそうな人混みを、すいすいとビェナが歩いていく。


(彼女は、本来は一人で歩ける人ではないか)


 だというのに、ネリダとロミールはどうして過保護に接するのだろうか。そのせいで、ビェナは一人きりでこなさず誰かの支えや助けとなるように、あえて控えて過ごしているように思えた。

 旅の内で、ビェナの身の上は大まかに聞いている。


(人形が家族代わりの、独り者)


 赤子のころに両親とは死に別れ、祖父と二人暮らし。物心つくくらいの幼い頃に、ネリダとロミールに出会った。以来、ずっと一緒だったそうだ。

 だから大事な家族で親同然に慕っている。そう聞いた。

 とくに秘密にしていることでもないようで、彼らの仲の良さを見ていたら、ビェナに教えられたのだ。

 ただ、多くをミオに語るのはダメらしい。ロミールに話の途中で止められた。


(しかし、普通と言いながら普通でないものを受け入れる度量があるのは……)


 多分、それは普通じゃない。すごいことだ。

 ミオの魔法にかかった顔も、最初こそ驚いたが今となってはちっとも動じない。むしろ興味深そうに眺めている様子すらあった。ビェナは気づいていないと思っているだろうが、さっきも見ているとミオはわかっていた。


「ミオさん、こっち。人が多いから気を付けてくださいね」


 周りを注意しながら時折ミオを気遣うように振り向いて、ビェナが進む。


(一般的に優しい、気配り上手とはああいうことが自然にできる人なのだろう。それに健脚で健康。良く働く)


 良いところばかり浮かぶ。ミオは自分の容姿以外の長所を考えて比べ、若干落ち込んでしまった。

 ネリダたちが言う「ビェナにふさわしい相手」という言葉を頭の内で反芻してみる。そこに立つ相手は誰であれ、きっとビェナは上手くやっていけるのだろう。

 それくらい、ミオはビェナを評価していた。

 借りた宿が目につくくらいに近づくと、ビェナが前に出た。そのままゆったりした足取りで歩いていく。

 先に立つ姿はただの少女だというのに、ミオにはそれだけではない何かがあるように思えた。

 それが何なのかわからないまま、路地の光を遮る宿の内へとビェナに続いてドアをくぐった。







 翌日。

 朝食を食べてそこそこに、ビェナはネリダとロミールに連れられて宿から出て行ってしまった。

 ミオは眠気も覚めやらぬままそれを見送り、部屋でぽつねんと待つことになった。


 今日から早速、ビェナを連れまわして相手探しをするらしい。ミオが居ては邪魔になるというのと、荷物番がいるということで留守番となった。

 それは別に構わない。結構なことだ。

 ただ、暇をつぶすのに苦労するなとミオは思った。


(だが、信頼して荷を預けてくれている。それは裏切ってはならないことだろう)


 学んだ倫理と知識がそう言っている。

 かつてのミオはいつ誰に捧げても大丈夫なように、まっさらであることを望まれた。

 相手が望むように染まるように、極力自分らしさを潜めて、愛想よく振舞った。

 必要最低限の教養があればいいとされた。そもそも学ぶことを良しとしなかった環境のせいもあったが、あの時のミオは自ら知ろうとも考えなかった。

 だから魔法使いに、空っぽと揶揄され呆れられたのだ。憐れみから魔法をかけられた。

 結果的に、魔法をかけられたことで眠りから覚めたミオは成長できた。とんだ皮肉だ。もうそれを生かせる環境は、遠い過去になってしまった。


(いや、命があるだけでもありがたいと考えよう)


 命あっての物種。この前向きな言葉はロミールから学んだ。


(そうだ、学ぶと言えば)


 ミオは預けられた荷物を見た。

 ひどく狭い部屋にあるベッドの隙間にはめこむみたく置いてある。その上には簡素なとばりが畳まれている。ビェナが昨夜手がけてくれたものだ。

 そしてそれをクッションにするように、ちょこんと男の子の人形と女の子の人形が腰かけていた。ぴくりとも動かないのは当然だ。中身はビェナと共にいるのだから。

 ミオは慎重にロミールとネリダの人形をビェナのベッドへと避けて、荷物を探った。


「あった」


 思わず声を出してしまった。

 手に取ったのは、ビェナの絵本だ。古い木製で、彫られた溝にあるインクも掠れて読みづらいところもある。内容も子ども用だから簡素な説明だった。

 もちろんすぐに読み終わる。けれど、不思議と何度も眺めてみたくなる温かさがあった。

 これを読んでいれば、ミオの足りない部分が少しだけ埋まるような心地がする。ああいう優しさや感覚に近づけるような気がした。


(昨日の料理は、これと似ていた)


 何かの丸焼き肉だ。中に香草と穀物が詰まっていて、食べると肉汁と強烈な香りが口の中から鼻や頭まで上ってきた。かつて食べたことのない濃い味付けで、よく食が進んだ。

 明日は何が出るのだろう。火傷しそうなほど熱くて、刺激的で、見たこともない料理が出るのかもしれない。

 かたん、と滑らかにすり減った木のページをめくる。そこで、ミオは視線を感じて顔を上げた。

 目の前に、遠ざけたはずの人形がある。金色の毛束を二つに分けた髪型の、エプロンドレスを着た可愛らしい釣り目の女の子人形だ。


「ネリダ。戻ったのか、い」


 じろっと顔を向けられたので、ロミールのような柔らかい口調をまねる。それでいいとばかりにネリダはごそごそと動き出した。


「アンタもビェナみたいに食い気なンだねえ。まったく」


 そう言うと、ミオの傍へ寄ってきて本を覗きこんだ。


「ロミールは?」

「ビェナと一緒。今、良さそうなのを一人引っかけたンだ」


 罠猟のような言い方をする。ミオはひとまず「おめでとう」と言った。ふふんと得意げに笑われたが、多分この返しであっていたのだろう。

 ネリダは聞いてもいないのに話し出した。


「もうすぐこの下を通りかかるから、アンタも見てみる?」


 ベッドを横断してネリダが進む。壁際のミオのベッドからちょっとした隙間があり、どうにか立てるくらいの空間がある。そこに立てば窓から見下ろすことができそうだ。

 来いと手招くネリダに誘われ、ミオは絵本を置くと窓際に立った。念のためローブを深く被る。


「ほら来た。あそこだわ」


 ミオの腕を叩いてからネリダが窓に張り付く。


(あれか)


 見慣れたビェナの横を男が歩いている。自分に自信があるのだろう、仕草は大仰でまるで酔っているみたいだ。

 容姿はやや太めだが、その分、余裕のある生活をしているのだろうなと思わせた。男はしきりにビェナに対して何か話しかけている。

 ただ、肝心のビェナは及び腰だった。少なくともミオにはそう見えた。


「今回もダメそうかしらね」


 うーん、とネリダが唸る。

 ここからでは事細かに見えないが、いやいやとビェナは話を拒否していそうな様子だ。今、ミオとネリダが向かったなら、困ったように助けを訴えてくる姿が容易に浮かぶ。

 しかし男は快活に笑ってまた歩き出した。肩を落としたビェナがそろそろとついていく。


「……ビェナは乗り気ではなさそうでも、続けるのか」

「それは、もちろんわかってるわよ。でもね」


 遠ざかる二人の姿を見送って、ネリダは窓枠から飛んで降りる。ベッドに綺麗に着地すると、隣を指した。ミオは指定されるままそこに座ると、ネリダも見合うように向かって座った。


「今なら、アンタに話してもいいか。あたしたちには時間がないかもしれないンだ」

「それはどういう?」

「昨日のビェナの話、聞いたでしょ。魔法は永遠と続かない」


 昨日というと、ビェナがまた魔法使いと会った件だ。結構なお叱りを受けてビェナが涙目になっていた。

 それを思い返しながら、ミオはたずねた。


「それは、解く方法があるからでは」


 ネリダが首を横に力なく振った。


「解けなかった。解く奴もどっか行っちまった。それに、これはアンタのとは違う未熟な魔法使いがかけたものさ」


 人形の手からぬるりと液体の一部を覗かせて、ゆらりと揺らす。


「アンタほどじゃないけどねえ、あたしたちも結構な年なンだ」

「そう見えないが」

「そりゃ、こんな格好じゃあね。ともかく、人の体じゃなくなって彷徨(さまよ)っていると、人ってことを忘れそうになるンだよ」


 口ぶりはなんてことなさそうに言う。ミオは黙って続きを待った。

 足を投げ出して、ネリダはぶらぶらと動かす。それから可愛らしい人形に見合う素振りをしながら続けた。


「ビェナと会うまでね、もう駄目かもってロミールと話してたンだ。アンタよりひどい化け物になったあたしたちを、誰も助けちゃくれない」

「……そうか」

「ある時、村外れの家に物盗りが押し入ってるのを見つけたンだ。悪い奴を襲えば、恩を着せられるンじゃないかってロミールが言って。あたし、迷ってたら、子どもが泣いてて」


 ネリダはぽつぽつと語る。昔を思い返しているのだろう。口調が時に怪しくなるのは記憶を手繰っているのかもしれない。声も抑揚がふらつき、ぼうっとしている。過去の日に没入でもしているようだった。


「すごい泣き声でさ。ああ、ロミールとの子どもがいたらこんな声で泣く子を見れたのかなって……で、助けてやったの」

「それが、ビェナ?」

「そう。驚くほど小さい子でね、何も知らない……知らないから、安心したのかも。死にかけの爺さんの頼みを聞いて」

「聞いて?」


 おうむ返しに聞くと、ネリダは笑いまじりに答えた。


「今じゃすっかり家族だよ! だからね、可愛い娘に素敵な相手を見つけてやらなきゃならないンだ」

「いつか貴方がたはいなくなるから?」

「そうやすやすと儚く消えるつもりなンてないわ。でも寝る時間も昔と比べて増えたし、まあ、だから」


 ネリダはミオを見上げた。

 もはや人ではないからだろうか。ミオの胸元から顔にモヤが広がることはない。彫って鮮やかに絵具で彩られた緑の目を見返す。


「もし誰も見つからなかったら、アンタ、恩返しにでも気にかけてやってよ」

「例えば、どうすれば」

「お馬鹿さん。今は自由に動けて、考えられるンじゃない。そこは自分で考えるンだよ」


 けらけら笑ってネリダが言う。


「ロミールには内緒だよ。あたしが弱音を言ってたって知ったら、落ちこンじゃうから」

「そうなのか」

「男は繊細な奴が多いもンなの。アンタも含めて」


 先ほどまで考えていたことが過ぎって、ミオは思わず口をつぐんだ。ネリダは表情も変わらないのに得意げに見える。おまけに「だろう」と胸を張った。


「そして女はつよーいの」

「確かにネリダは図太く強い」


 褒めたつもりで言えば、ネリダに膝を強めに叩かれた。素直に肯定しすぎるのも駄目らしい。


「ビェナたちが帰ってくるまで、あたしと勉強するわよ」

「何を学べばいい」

「そりゃあ……うーん、言葉にする練習とか。色々とだね! 色々!」


(ネリダの暇つぶしでは)


 ふっとそう思ったが、口にするとまた叩かれそうだ。痛くはないが、怒られるのはなんとなく嫌だ。

 ミオは大人しく「わかった」と言って姿勢を正した。



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