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10.変な魔法使いさん、再び


 ネリダとロミールの行動は、もはやしょうがない。

 そう思うことにして、ビェナは宿を離れ散策を始めた。本当は、少しミオとも離れようと考えたからというのもある。


(ミオさんの前で、私の相手相談なんて申し訳なさすぎる……!)


 いくら感謝されているとはいえ、勝手にたたき起こしてお前は不適格と傲慢にも言ってしまっているのだ。ミオがそれを気にしないから良かったものの、ビェナは気にしてしまう。


(それにいつまでも同じ部屋で窮屈な思いをさせるのは、ちょっと)


 野宿の時も、前の町の宿でも持ち合わせの資金の都合でそうせざるを得なかった。今回もそうだ。

 だが、それにしても今回の宿は狭すぎる。ベッドが近いのはビェナもどうかと思えた。


(何か仕切りを作る材料、布とか糸でも何か)


 昼ご飯を集めるついでに探してしまおう。あれこれと考えながら賑やかな雑踏に混じる。なるべく人気の多いところや家族連れが多い通りを選んで雑然と並ぶ店々をのぞく。

 資金についてはビェナのへそくりが服の裾裏に縫い付けてある。それを使えば、少々の予算オーバーも問題ないはずだ。


 めぼしい布と糸を買い、適当な食事を手に入れたところで空を見上げた。太陽の位置から判断するに、少し時間をかけてしまったようだ。

 ビェナは元来た道を戻ろうとしたところで、ふと賑やかな店通りから伸びた細路地に視線が吸い付いた。見覚えのある姿を見つけてしまい、足を止める。

 薄暗い建物の隙間から賑やかな通りを観察する男。頭の髪色から足先まで真っ黒い色で統一したような姿は相変わらずだ。何やら一生懸命身を乗り出して、何かを探しているように遠目からでも見えた。


(あの魔法使いさんだ)


 しかしビェナ以外には気づいた様子はない。というよりも、不審な真っ黒の男には近寄りがたいのかもしれない。

 声をかけにくいのは確かだが、あの魔法使いには聞きたいことがある。布やら糸やらが入った袋と両手に抱えた昼ご飯のパンが重いが、機会は今しかないかもしれない。

 ビェナはゆっくりと忍び寄って、魔法使いに声をかけた。


「あのう、魔法使いさん」

「ない……たりないか……幻覚、夢幻、疲れ……はっ!?」


 青白い顔でぶつぶつ呟いて、きょろきょろと見回す。やがてビェナのほうを向くと大仰に驚いてみせた。


「やあ、やあやあやあ! 少しぶりだね可愛らしいお嬢さん。あれから元気かい」

「ええ、まあ。魔法使いさんは一体何を」


 ビェナの質問に、魔法使いはまた涙を浮かべて答えた。


「ああ、お嬢さん。ちょっとばかし懐かしい姿を思い出してね。己の罪過に打ちのめされていたところさ」

「それは、その、お気の毒に」

「ありがとう」


 またおいおいと泣きそうだったので、ビェナはどうにかこうにか袋からハンカチを差し出した。


「おお、なんと懐かしい香りだろう!」


 ロミールとネリダが前に作った布の、ありふれたハンカチだ。変なことを言う。

 目をぱちくりと瞬かせたビェナの前で、魔法使いは鼻をかんだ。そしてあふれてこぼれ出した涙をぬぐった。

 それを見て買った水の入った革袋もそっと差し出してみたが、魔法使いは頭を横に振ってビェナに返した。


「お嬢さん。優しいお嬢さん。君は二度も僕を見つけ、親切にしてくれた。親切には親切を。思いやりには思いやりを。私の大好きな人たちの言葉だった……さあ、礼を」


 魔法使いがハンカチをしゅるりと空に放り投げると、あっという間に消える。

 ビェナは慌てて否定した。


「いえ、いいえ。もう十分いただきました。私にかけられた魔法は十分すぎるほどです」

「そうかい? 今なら真珠も出せるし、野ウサギや野鳩にだって変身することもできるのだよ?」

「本当に結構です。あの、私の魔法はずっと解けないものなのですか?」

「僕の魔法は駄目だったのかい」


 ぎょろりと眼光鋭い黒い目がビェナを射抜く。じっとりとした陰気臭い見えない波動が漏れ出ているかのようだ。

 滅相もないとビェナは何度も首を横に振って否定した。


「そんなことはないのですが、何事も始まりがあれば終わりもあると言いますし」

「確かに永遠と続く魔法は存在しないとも。掛けた者が解く方法を持つこともあれば、あらかじめ決められた方法でなければ解けないものもある」


 魔法使いは腕を組んで、頭を動かす。長く絡みつく蔓のような髪も揺れた。


「とくに僕の魔法も完ぺきとはいいがたい。だからあの時も」


 また涙をにじませる。すぐに「失礼」と言って、どこからともなくビェナが渡したハンカチを取り出すと目元に当てた。


「ともかく、いつかは解ける仮初の御礼だよ。解けるべき時に君の魔法は解ける」

「あ、ありがとうございます!」


 ほっとして頭を下げると、魔法使いは居心地悪そうに身じろぎした。


「しかしお礼をしないのもどうかと思うのだが、何かほかに望みはないのかい」

「ええと、では質問を……知り合いが魔法にかけられて困っていまして。それをどうにかしてあげたいのです。見ていただくことは」

「ほかの魔法使いの魔法に干渉するのは禁忌だ。見て助言はできても手出しはできないんだお嬢さん。特に僕では」

「そう、なんですか」


 ビェナは思わず肩を落とした。

 しかし魔法使いは取りなすように、早口で付け足した。


「あー、いや、いやいや、本当に申し訳ない。ああ、そうだ! 代わりにしばらく尽きぬ水を与える魔法をあげよう。ほらその革袋はどうだろう。これくらいならできるとも、ほらできた!」

「えっ、あの」


 先ほど差し出そうとした革袋が勝手に浮き上がって、ビェナの腰元に紐で括りつけられた。ちゃぷんと水音が立って、たっぷり入った弾力が腰元を圧迫する。


「うん、うんうん。今回も上手くできた。僕はやはり成長した。ではね、優しいお嬢さん」

「まっ、待って。待ってください、魔法使いさん。せめて助言を」

「助言? 助言かあ……この街はともかく塵山にも気を付けておくといいよ。では良い旅を」

「いえ、その助言ではなく魔法の」


 ビェナが言い直したところで、もう遅かった。魔法使いは煙のように姿を消していた。


「ああ、また」


 ビェナは与えられた新たな魔法の品を困惑して見つめる。見かけはよくある革袋。腰元を右に左にひねれば、ちゃぷちゃぷと水音が響く。

 だが、肝心の魔法使いが消えてしまってはどうしようもない。

 息を吐いて仕方なしに路地を出ようとしたところで、ビェナの前に影が差した。

 誰だと身構えたが、すぐにビェナはほっと力を抜いた。


「ミオさん?」


 ローブを深く被ったミオがビェナに向かって手を伸ばそうとしていたところだった。

 ミオはビェナの声に、手を下ろしてたずねた。


「先ほど、誰かと話していなかったか」

「さっきは魔法使いさんがそこにいて」


 ビェナは消えた空間を指さす。


「それで革袋に魔法をかけてもらって。魔法のことを聞きたかったんですが、間に合わなくて」

「もらった。それはどうして」

「感謝の対価のようなものです」


 すると、わずかな沈黙を経て、ミオはポケットから一つのボタンを取り出した。それをビェナに見せる。

 豪奢な飾りボタンだ。キラキラと縁どっているのは宝石細工のようで角度を変えると色変わりする美しさがある。


(これ、ミオさんが最初に着ていた服のボタンだ)


 王子の服を飾ったボタン。きっと値打ちものだ。それも恐ろしいほど。宿の一泊どころか一年は楽に暮らせる価値はあるに違いない。


「ミオさん、これ」

「感謝には対価と言うのなら。貴方……ビェナにはいつも助けられているから」

「でも、こんな高価な」


 うろたえるビェナに、ミオは有無を言わさぬ勢いで、ぐいとボタンを差し出した。


「その魔法使いの感謝は受け入れるのなら、これも受け入れてほしい」

「あ、ええ、はい」

「路銀の足しにしてもらっていい」


 これは返品も受け付けないだろう。そんな様子にビェナはそろりと手を伸ばした。粗末に扱わないようにゆっくりと取ると、ミオは小さく息をこぼした。満足そうな、ほっとしたような音に、ビェナはいよいよもって返すこともできずにボタンを握った。


「ところでミオさん、荷物の番をしていたんじゃ」

「ネリダとロミールが帰ってきて、ビェナを一人にしないよう探してこいと言われた」

「ああー……ごめんなさい。気が回らなくて」

「いや、大丈夫。荷物持ちも必要だろう」


 恐れ多い気持ちもあるが、ミオの差し出す手を拒否するのも躊躇われた。ビェナの持つ商品が入った袋を渡すと、改めて礼を言った。


「ありがとう、ミオさん」

「……いや、ああ。うん、どういたしまして」


 言葉を探すみたいに濁した後で、ミオは静かに答えた。

 ふと、顔が上がってローブの下と目が合った。ミオは気づかなかっただろうが、一瞬、顔はモヤに覆われ夜の様相となっていた。

 それでも今が明るい昼下がりだからか知らないが、ビェナの目には前よりも鮮やかな星が浮かんでいるように見えた。


(慣れると、この顔も綺麗だなあ)


 ちかちかと瞬く星明りは優しい。しかし徐々にそれも萎んで消えていく。というよりも、遠ざかって見えにくくなる。


(やっぱり。本当は、そこまでからっぽじゃないんじゃないかな)


 先ほどのように現れた星明りも、元々ミオが持っていた感情や内面の発露だ。

 きっとそうだと、ビェナには思えた。



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