第三十九話:佐伯美月合同葬送記録
一連の不審死は、いつしか「民俗学サークル連続怪死事件」としてセンセーショナルな見出しと共にマスコミを賑わせるようになっていた。
若者たちの不可解な死、SNSに残された不気味な写真、そして唯一行方が知れないリーダー格の女子大生。
憶測と悪意ない交ぜになった情報が世に溢れ、葬儀は好奇と憐憫の入り混じった異様な視線の中で執り行われることになった。
会場となった高知市内の斎場は、その日朝から激しい雨に見舞われていた。
灰色の空から叩きつけるように降り注ぐ雨粒が斎場の大きなガラス窓を絶えず洗い流し、その向こうの景色を歪ませている。
斎場の外には社会的な注目を嗅ぎつけた報道陣の人垣が、黒い傘を盾のようにして待ち構えていた。
斎場の内部は、そんな外の喧騒が嘘のような重苦しい沈黙に支配されていた。
中央に設えられた巨大な祭壇には四つの白木の棺が並べられている。
倉田拓也、井上由香、安達宏、そして高木健司。
若すぎる彼らの遺影は、無理やりに微笑んでいるかのようだ。
そして四つの棺の隣に、一つだけ空っぽの棺と佐伯美月の遺影が、まるで仲間外れにされるのを拒むかのようにひっそりと置かれていた。
遺体のない葬儀。その事実が、この合同葬儀の異様さを際立たせている。
参列者はそれぞれの遺族と大学関係者、そして私服の刑事らしき男が数名。
その中に村上警部補の姿もあった。
彼は刑事としてではなく、この物語の結末を見届ける証人として斎場の後方の席に静かに座っている。
彼の胸の内には、あの捜査資料に記された不可解な事実の数々が鉛のように重く沈んでいた。
導師を務めるのは、この地方の宗派でも特に人徳が厚いことで知られる老僧、海堂和尚だった。
彼は深く皺の刻まれた顔に一切の感情を浮かべず、ただ祭壇に並べられた五つの魂の象徴を静かに見つめていた。
しかし、その穏やかな瞳の奥に、この葬儀に渦巻く尋常ならざる「気」を感じ取っているかのような鋭い光が宿っていた。
やがて定刻となり、海堂和尚の深く澄んだ声が読経の始まりを告げた。
荘厳な声が線香の煙と共に斎場を満たしていく。
だが、その神聖な響きは外で荒れ狂う雨音によって絶えずかき消されそうになっていた。
ガラス窓を叩きつける雨音は次第に激しさを増し、まるで天そのものがこの弔いの儀式を拒絶しているかのようだった。
読経が中盤に差し掛かった頃、最初の異変は訪れた。
斎場の天井に設えられた照明が、ぱち、と乾いた音を立てて一瞬だけちらついたのだ。
最初は豪雨による電力の不安定さを誰もが疑った。
しかし、その明滅は一度きりでは終わらない。
不規則な間隔で、まるで巨大な生き物が瞬きをするかのように照明は点滅を繰り返す。
その度に参列者たちの顔に落ちる影が不気味に揺れ動いた。遺族の嗚咽が、恐怖の混じった短い悲鳴に変わる。
海堂和尚は異変に動じることなく読経を続けていた。
だが、その額にはじっとりと脂汗が滲み出している。
そして、次の瞬間だった。
バツンッ、という全ての電源が強制的に遮断されたかのような鈍い音と共に、斎場は完全な闇に包まれた。
視界が奪われる。
報道陣の焚くフラッシュの残像だけが網膜の裏で明滅していた。
一瞬の静寂。それを破ったのは、誰かの引き攣ったような息を呑む音だった。
闇は恐怖を平等に分配し、聴覚を異常なまでに鋭敏にさせた。
外の雨音だけがより一層大きく、そして近く聞こえる。
いや、違う。
この音は外からではない。
ゴポ……ゴポゴポ……。
水が湧き出る音だ。
それも一つの場所からではない。
祭壇に並べられた四つの棺。
その全ての中から、一斉に。
まるでそれぞれの棺の底から泥水が湧き出してくるかのような、くぐもった不吉な音が響き渡る。
「……たす、けて……」
その水音に重なるように、声が聞こえた。
若い男の声。
そして、女の声。
「さむい……くらい……」
「いやだ……水が……」
それは助けを求めるようなくぐもった囁き。
倉田拓也の声。井上由香の声。安達宏の声。高木健司の声。
それぞれの棺の中から、それぞれの死者が最後の苦しみを訴えかけているのだ。
そして、ひときわ大きく悲痛に響いたのは、佐伯美月の、空のはずの棺からだった。
「ごめ、なさい……
ごめんなさい……!」
斎場はもはや阿鼻叫喚の地獄と化していた。
遺族の絶叫が闇を引き裂き、何人かの参列者は出口も見えない暗闇の中を狂ったように逃げ惑い始める。
村上警部補は腰の拳銃に手をかけようとしてその行為の無意味さに気づき、ただ歯を食いしばった。
その狂乱の頂点で。
カチリ、という小さな音と共に、壁際の非常灯だけが緑がかった不気味な光を灯した。
非常灯に照らし出された光景に、その場にいた全ての人間が呼吸を忘れた。
祭壇の上の五つの棺。
その全ての、固く閉ざされていたはずの蓋の隙間から、黒く濁った泥水が、まるで生き物のようにどろり、どろりと溢れ出していた。
それは、あの廃寺の床下から滲み出していた泥水と同じ。
あの若者たちの部屋を満たしていた原因不明の水と同じ。
呪いは死してなお彼らの肉体を器として、この世にその姿を現したのだ。
泥水は祭壇の清らかな白い布を見る間に黒く汚していく。
菊の花を飲み込み、遺影を濡らし、滝のように床へと流れ落ちて、瞬く間に祭壇の周囲を巨大な黒い水たまりへと変えていった。
その水たまりの表面に非常灯の緑の光が反射して、無数の虚ろな瞳のようにきらきらと揺らめいていた。
海堂和尚は祭壇の前でただ立ち尽くしていた。
人徳が厚いと謳われたその顔はもはや血の気を失い、目の前のこの世のものとは思えぬ光景にただ呆然としているだけだった。
葬儀はもはや儀式ではなかった。
それは若者たちの好奇心が呼び覚ました古く湿った呪いが、その完全な勝利を宣言するための最後の祝祭だった。




