第三十八話:教員と友人の証言
「空白の記録」は続く。
家族という最も近しい者たちの証言は、事件の異様さをより個人的な悲劇として浮き彫りにした。
だが、彼らの変化を客観的な視点から目撃していた者たちも存在する。
その証言の断片を、ここに再構成する。
【〇〇大学文学部 民俗学研究室・横溝教授による事情説明書】
本件(民俗学研究サークル所属学生の連続不審死、及び、佐伯美月学生の失踪)に関する経緯報告
警察関係者各位
当研究室に所属しておりました佐伯美月、高木健司、倉田拓也、安達宏、井上由香の五名に関する、私の知りうる限りの事実をここに記します。
まず前提として、彼らは皆、極めて優秀な学生でした。 特にリーダーであった佐伯君は、その旺盛な好奇心と行動力において他の学生の模範となるべき存在であり、将来を嘱望しておりました。
彼女が夏合宿のテーマとして、高知県の伝承にある「神隠し村」を選んだと報告に来た時も、私はその着眼点の鋭さに感心したほどです。
しかし。
あの合宿から戻ってきてからの彼らの変貌ぶりは、私の教師生活の中でも前例のない異常なものでした。
まず、あれほど熱心だったゼミに五人揃って姿を見せなくなったのです。 連絡も途絶えがちになり、たまに大学で顔を合わせてもその顔は土気色で、生気が全く感じられませんでした。 そして何よりも奇妙だったのは、あれほど仲の良かったはずの彼らが互いに距離を置き、まるで憎み合っているかのような険悪な雰囲気を漂わせていたことです。
一度、私は佐伯君を研究室に呼び、話を聞こうとしました。 彼女はひどく怯えていました。 そして私の問いかけに対し、支離滅裂な言葉を繰り返すばかりでした。
「……読んではいけなかったんです。あの記録は……」
「……雨の音に声が混じっているんです。棺の中から……」
初め、私は彼女が過酷なフィールドワークの疲労から、一種のノイローゼに陥っているのだと考えました。 ですが、彼女のその恐怖はあまりに具体的で、そして切実でした。
倉田君の訃報が届いたのは、その数日後のことです。
私は今でも後悔しています。 あの時、彼女のあの異常な訴えにもっと真剣に耳を傾けていれば。 あるいは、何かできたのではないか、と。
警察の方々はこれを集団自殺と結論づけておられると伺いました。 ですが、私には到底そうは思えません。 彼らは自ら死を選んだのではない。 彼らは自分たちの好奇心のその遥か向こう側に存在した、何か計り知れないほど巨大で悪意に満ちた「何か」に、呑み込まれてしまったのです。
私の推測が捜査のお役に立つとは思いませんが。
一人の教育者として、そして彼らの未来を信じていた一人の人間として。
この事実だけは、記録に残しておきたいと思います。
【警視庁捜査一課・参考人聴取録(事件番号:東大-2023-884)より抜粋】
被聴取者:中野亜紀(死亡した井上由香の友人)
聴取担当官:警部補 村上、巡査部長 斎藤
村上: ……井上由香さんのご様子がおかしくなったのは、やはりあの合宿の後からですか。
中野: はい……。由香はもともと、オカルトとかそういうのを信じない、サバサバした性格だったんです。サークルも付き合いで入ってるだけだって言ってました。なのに……帰ってきてから、人が変わったみたいになってしまって……。
斎藤: 変わった、というと?
中野: まず、潔癖症みたいになりました。いつも「湿ってる」って言って、自分の服とかベッドとか、匂いを嗅いでばかりいて……。それから、例のエスエヌエスの写真。あれが一番ひどかったです。
村上: あの溺死体のような写真ですね。
中野: はい。私、すぐに由香に電話したんです。「アカウント乗っ取られてるよ! 早くパスワード変えなよ!」って。そしたら由香、電話の向こうで泣きながら言うんです。「違う、乗っ取られてなんかない。あれは本当の私たちなんだ」って……。「魂の写真なんだ」って……。もう、何を言ってるのかわからなくて……。
斎藤: 最後に彼女と会ったのは?
中野: ……亡くなる二日前です。心配でアパートまで行ったんですけど……ドアを開けてくれなくて。ドアの向こう側から、ずっと「濡れたくない、濡れたくない」って叫んでるんです。そして最後に、こう言いました。「あんたも早く逃げな。水が来るから」って……。それが由香と交わした、最後の言葉になりました。
【警視庁捜査一課 村上警部補による捜査手記(非公式)より抜粋】
一連の大学生たちの不審死。 公式にはリーダー格であった佐伯美月の影響下での集団自殺、という線で捜査は収束しつつある。 だが、現場の状況、そして関係者たちの証言は、その安易な結論に強く抗っている。
原因不明の室内浸水。 水深二十センチの噴水での溺死。
そして、全ての被害者に共通する、「水」への異常な恐怖。
先日、行方不明の佐伯美月の部屋の捜索許可が、ようやく下りた。 母親の証言通り、部屋は異常な湿気とカビ、そして泥の匂いに満ちていた。 そして我々は、そこで一つの物証を発見した。
彼女のベッドの下から見つかった、数枚の和紙のコピー。 それは泥に汚れ、波打ってはいたが、そこには今回の事件との関連を疑わせる不気味な記述があった。
『【極秘】秘匿葬送記録』
『事案名:吉田徳三集落沈黙記録』
これが全ての元凶なのか。 あるいはこれもまた、彼らが集団妄想に陥る過程で作り出した産物なのか。 今となっては確かめようがない。
ただ、一つ確かなことはある。
この事件には我々がまだ理解できていない、「空白の物語」が存在しているということだ。
そして、その物語の最後の一幕が、これから始まろうとしている。
明日、被害者たちの合同葬儀が執り行われる。 佐伯美月は行方不明のままだが、ご遺族の強い希望により、彼女の遺影と空の棺も共に弔われるという。
私は明日、その葬儀に参列する。
それは刑事としての職務ではない。
このあまりに不可解で、そして悲しい物語の結末をこの目で見届けなければならないという、一人の人間としての義務感のようなものだ。
願わくは、それが静かな弔いの場であらんことを。
だが、私の胸騒ぎは、なぜか一向に収まろうとしない。




