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秘匿葬送記録  作者: 月影 朔


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第二十八話:泥中の巻物

 一時間が経過した。

しかし廃寺を叩きつける雨音は、その勢いを少しも弱めようとはしなかった。


 それどころか風が強まってきたのか、寺のあちこちで腐った木材が「ぎしり、ぎしり」と苦しげな悲鳴を上げ始めている。


 本堂の入口に固まっていた佐伯美月たち五人は、ずぶ濡れの衣服から容赦なく体温を奪われていた。

夏合宿への期待に満ちていた数時間前の、あの楽観的な空気はもはやどこにもない。


 アドレナリンが切れ、代わりにじっとりとした冷たい退屈と、そして不安が彼らの心を支配し始めていた。


「……ねえ、これ、いつになったら止むわけ?」


 由香がうんざりしたように呟いた。

彼女のスマートフォンは当然のように圏外のままだ。


 健司もまた何度も携帯の電波状況を確認していたが、その度に無力に首を振るだけだった。


「まあ、山の天気だしな。

もう少し待つしかないだろ」


 拓也が空元気を出そうとするが、その声もどこか弱々しい。


 美月はそんな仲間たちの様子を申し訳なさそうな顔で見つめていた。


 今回の合宿を強引に推し進めたのは自分だ。

その結果がこれだ。

彼女の心に部長としての責任感が重くのしかかる。


 しかし、その罪悪感のさらにその奥深くで、彼女のあの好奇心という名の病は、この予期せぬ孤立した状況に不謹慎なスリルさえ感じていた。


「……ねえ、みんな」

美月は沈黙を破るように声を上げた。


「雨が止むまでただじっとしてても気が滅入るだけでしょ。

せっかくだからこのお寺の中、調べてみない?

何か面白いものが見つかるかもしれないよ」


 それはこの淀んだ空気をどうにかして変えたいという、彼女なりの必死の提案だった。


 健司は危ないと眉をひそめたが、拓也とカメラを構えた宏は、その提案にすぐに乗り気になった。


「さんせーい!

どうせ暇だしな!」


「そうだね。

何か記録になるようなもの、あるかもしれないし」


 結局、健司も由香もその場の空気に流されるしかなかった。


 彼らはそれぞれスマートフォンのライトを灯すと、恐る恐るその廃寺の暗い内部へと足を踏み入れた。


 本堂の中は想像以上に荒れ果てていた。

床板はあちこちが腐り落ち、畳は湿気を吸って黒く変色している。

壁際の棚に並べられていたはずの経文の巻物は、長い年月の中で互いに癒着し、もはやただのカビの生えた紙の塊と化していた。


  彼らはスマートフォンの細い光を頼りに、その退廃的な空間を探索していく。

そして自然と、その足は本堂の最も奥に鎮座する巨大な仏壇へと向かっていった。


 その仏壇はかつては見事な黒漆塗りと金箔で飾られていたであろうことが、辛うじて見て取れた。

しかし今は、その漆も金箔もほとんどが剥がれ落ち、下地の木材が無残な姿を晒している。

そして長い年月の重みに耐えきれなかったのか、仏壇そのものが大きく傾いていた。


「うわ……。

これ、もう完全にダメになってるな」


 拓也がその傾いた仏壇の扉に、そっと手を触れた。

その瞬間、彼の体重を支えきれなかったのか。


 ――ギギギギギッ!

仏壇が嫌な軋り音を立てて、さらに大きく傾いた。


「危ない!」

健司が叫ぶ。


 拓也は慌ててその場から飛びのいた。


 仏壇は完全に横倒しになる寸前で、なんとか壁にもたれかかるようにして静止した。


 その傾いた仏壇の下。


 これまで仏壇の土台によって隠されていた床板のその部分が、剥き出しになっていた。


「……ん?

なんだ、あれ」


宏がカメラのレンズを向けながら呟いた。


 皆のスマートフォンの光が、その一点に集中する。

そこには床板が、一枚不自然に剥がされている場所があった。

そして、その床下の暗い土が剥き出しになった窪みの中に、何かがあった。


 それは油紙のようなものに固く包まれた、四角い塊だった。


 拓也が最初に動いた。彼はまるで宝物でも見つけたかのように、その窪みへと手を伸ばす。


「おい、やめとけよ。

何が入ってるかわからないぞ」


 健司が制止する。


 だが、拓也の好奇心は止まらない。

彼はその湿って冷たい土の中に指を突っ込むと、その油紙の包みを慎重に、しかし力強く引きずり出した。


「ずり」と、湿った重い音がした。


 彼らの前に姿を現したのは、黒々とした油紙に包まれ、そしてその全体がびっしりと濡れた泥にまみれた古びた包みだった。


 油紙は長い年月と湿気によってほとんど腐りかけており、そこからあの井戸の底のような淀んだ水の匂いが強く立ち上っていた。


 五人はその不気味な包みをスマートフォンの光で照らしながら、無言で取り囲んだ。


「……開けてみようよ」


その沈黙を破ったのは美月だった。


 彼女の瞳は恐怖と、そしてそれを遥かに上回る学術的な好奇心によって爛々と輝いていた。


 彼女は震える指先で、その腐りかけた油紙をゆっくりと剥がしていく。

油紙は彼女の指先で「ぱりぱり」と音を立てて崩れ落ちていった。


 そしてその中から現れたのは、濃紺の真田紐で固く束ねられた、数巻の和綴じの巻物の束だった。

それらは油紙に包まれていたにも関わらず完全に湿気を吸い込み、その紙は波打ち、そして泥に汚れていた。


美月はそのうちの一番上にあった一巻をそっと手に取った。

そして、その表紙に付着した泥を自分のシャツの袖で慎重に拭い取っていく。


 泥の下から現れたのは、滲み掠れてはいたが、しかし、かろうじて読むことができる力強い筆致の墨文字だった。


 彼女はその文字をゆっくりと声に出して読んだ。

その声は外の轟音の雨音にかき消されそうなほどか細く、しかしこの廃寺の淀んだ空気の中を確かに震わせた。


「――【極秘】、秘匿、葬送、記録……」

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