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秘匿葬送記録  作者: 月影 朔


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第十二話:桐箱の巻物

 能登の廃寺から持ち帰った品々は、橘美術の店内を、まるで洪水が過ぎ去った後のように占拠していた。


 普段は、選び抜かれた九谷焼や輪島塗が、計算された照明の下で静かにその価値を主張している。

だが今、その空間は、埃と、カビと、そして忘れ去られた時間の匂いを放つガラクタの山に埋め尽くされていた。


 橘宗一は、その山の前で腕を組み、狩人の目で獲物を見定めていた。

彼の仕事は、ここから始まる。

この瓦礫の山の中から、光る石を見つけ出す。それが彼の商売であり、彼の矜持(きょうじ)だった。


「さて、と」


 橘は、作業用の手袋をはめると、手際よく仕分けを始めた。

(すす)けた仏像、作者不明の掛け軸、ひびの入った茶器。

その一つ一つを手に取り、僅かな光を当て、重さを確かめ、そして無慈悲にガラクタの山へと放り投げていく。


 彼の頭の中では、常に算盤が弾かれている。

これは三百円、これは値がつかない、これは……あるいは化けるかもしれん。


 作業は、単調で、ひたすら根気のいるものだった。

軽トラックの荷台から運び込まれた最後の段ボール箱。

その中には、経文の巻物や、木製の数珠など、寺ならではの品々が雑多に詰め込まれていた。


 橘は、それらを一つ一つ取り出しては、落胆のため息をついていた。

どれもこれも、虫食いだらけで、商品価値は皆無に等しい。


「……やはり、こんなものか」


 最後の巻物を箱から取り出した、その時だった。

彼の指先が、箱の底で、何か硬質なものに触れた。


 彼は、残っていた緩衝材の藁をかき分ける。

そこにあったのは、他の品々とは明らかに違う空気を纏った、一つの古い桐箱だった。


 大きさは、硯箱ほど。

経年による黒ずみはあるものの、その作りは丁寧で、狂いがない。

ただのガラクタではない。

かつて、誰かが、大切なものを納めるために使っていた品だ。


 そして、橘の目を引いたのは、箱の蓋に貼られた一枚の紙だった。

黄ばみ、端がボロボロに欠けた和紙。


 そこには、墨で何か文字が書かれていたが、湿気と時間で滲み、ほとんど判読できない。

かろうじて、「開」という文字と、「水」という文字の一部が見て取れるだけだ。


 それは、祝福の言葉というよりは、何かの禁忌を示す呪符のように見えた。


 橘の口元に、商人の笑みが浮かんだ。

(いわ)く付き、か。面白い」


 彼は、こういう「物語」のある品を好んだ。中身がどうであれ、この呪符一枚で、商品の価値は数倍に跳ね上がる。彼は、躊躇うことなく、その古びた呪符に指をかけた。


 パリ、と乾いた、脆い音が、静かな店内に響いた。


 和紙は、彼の指先で、あっけなく砕け散った。

何十年、あるいは百年以上も保たれていたかもしれない封印が、ただの好奇心と金銭欲によって、いとも簡単に破られた瞬間だった。


 橘は、ゆっくりと桐箱の蓋を開けた。


 箱の内側は、外見の古びた様子とは裏腹に、驚くほど綺麗だった。

そして、そこから漂ってきたのは、カビや埃の匂いではなかった。


 古い紙と、乾いた墨の香り。

そして、その奥に、ごく微かに、まるで古い井戸の底から立ち上ってくるかのような、冷たく、湿った土の匂いが混じっていた。


 箱の中には、濃紺の真田紐で丁寧に束ねられた、五巻の和綴じの巻物が、静かに納められていた。


 橘は、そのうちの一巻を、そっと手に取った。紙は、上質な和紙が使われている。

だが、触れた指先に、ひやり、とした、石清水に触れたかのような、不自然な冷たさが伝わってきた。

そして、気のせいか、紙そのものが、微かに湿り気を帯びているようにも感じられた。


 彼は、巻物の紐を解き、その端を少しだけ、広げてみた。


 そこには、流れるように、しかし、どこか切迫したような力強い筆致で、墨痕鮮やかな文字がびっしりと書き連ねられていた。


【極秘】秘匿葬送記録


 その表題を目にした瞬間、橘の背筋を、ぞくり、とした悪寒が走り抜けた。


 「秘匿」「葬送」。その言葉の組み合わせが、彼の商人の勘とは別の、もっと本能的な部分を刺激したのだ。これは、ただの古文書ではない。


 彼は、吸い寄せられるように、本文の冒頭に目を走らせた。

そこには、「事案名」として、こう記されていた。


【竹内光忠水難死顕現記録】


「……なんだ、これは」

 橘は、思わず呟いていた。


 不気味だ。

確かに、不気味な気配が、この巻物からは立ち上っている。

だが、その感情は、すぐに、より強い、別の感情によって上書きされた。


 ――これは、高く売れるかもしれん。


 秘密の記録。曰く付きの怪異譚。

好事家や、オカルトマニアにとっては、垂涎の品だろう。

橘は、残りの四巻も手に取った。

どれも、同じように冷たく、湿った感触がした。


 彼は、桐箱の蓋を閉めると、その箱を、ガラクタの山から取り分け、自分の作業机の上へと丁重に置いた。

もはや、それはガラクタではない。彼の店に転がり込んできた、最大の「宝物」候補だった。


 まずは、中身を吟味しなくては。

一体、どんな「物語」が書かれているのか。

その価値を、正確に見定めなくてはならない。


 橘は、算盤を弾きながら、今夜、じっくりと、この奇妙な巻物を読んでみることを心に決めた。

彼の頭の中では、すでに、この巻物がもたらすであろう利益の計算が、始まっていた。


 その計算が、やがて、自分の命で支払うことになる、あまりに高くつく代償であることなど、彼は、まだ知る由もなかった。

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