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秘匿葬送記録  作者: 月影 朔


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中村家囁き出棺記録(令和元年11月18日)

【極秘】秘匿葬送記録:肆拾伍ノ巻

報告書番号: 令和元-11-18-001

作成日時: 令和元年11月19日 午前3時10分

報告者: 青森県青森市 円覚寺 住職 華園 龍祥(花押)

事案名: 中村家囁き出棺記録


一、事案発生日時・場所

日時: 令和元年11月17日 午後6時00分頃(通夜開式時)より、翌18日 午前10時30分頃(出棺完了時)まで断続的に発生。

場所: 青森県青森市 青森市営斎場 第二式場。


二、故人情報

氏名: 中村なかむら 良子よしこ

享年: 88歳

死因: 老衰(長年連れ添った夫に先立たれて以来、気落ちしており、数ヶ月後に静かに息を引き取った)。

特記事項: 生前は夫に強く依存しており、夫が亡くなってからは生きる気力を失っていたという。常に夫の遺影を抱きしめ、夫の元へ行きたいと願っていた。周囲の者は、彼女の夫への執着が尋常ではなかったと語る。


三、事案の概要(時系列順)

令和元年11月16日 午後3時00分頃: 中村良子氏の訃報と葬儀の依頼を受ける。故人が夫の後を追うように亡くなったと聞き、夫婦の深い絆に思いを馳せた。斎場は穏やかな空気に包まれていたが、どこか深い悲しみが漂っているのを感じた。


令和元年11月17日 午後6時00分頃(通夜開式): 青森市営斎場第二式場にて、中村良子氏の通夜が始まる。読経中、故人の棺の傍らに置かれた夫婦の遺影から、微かな「すすり泣き」のような音が聞こえた。それは、まるで故人が、まだこの世に留まりたいと願っているかのようでもあった。参列者は互いに顔を見合わせ、不安げにざわめき始めた。私は読経を続けながらも、その音の出どころを探った。


令和元年11月17日 午後8時00分頃: 通夜振る舞いの最中、故人の長女である中村美香氏(60代女性)が、故人の思い出を語っていた。その最中に、彼女の背後から、微かに故人である中村良子氏の甲高い「声」が聞こえたという。「お父さん…お父さん…」と、まるで夫を呼んでいるかのような声であった。その声は、美香氏の耳元で直接囁かれたかのように鮮明であったため、彼女は一瞬言葉を失い、青ざめてその場に座り込んだ。しかし、振り返っても誰もいない。斎場職員も困惑し、会場の音響設備を疑うばかりであった。


令和元年11月18日 午前0時00分頃: 私は故人の傍らで夜伽を行う。静寂なはずの式場に、再び故人の「すすり泣き」が聞こえ始めた。時には、「置いていかないで…」というような、切羽詰まった囁き声が響いた。私は恐怖を感じながらも、必死で読経を続けた。それは故人が、死してなお、この世への強い未練を抱いているかのようでもあった。


令和元年11月18日 午前8時00分頃(告別式開始): 告別式が始まる。読経中、斎場全体の空気が重くなり、参列者たちが何かに「見られている」ような視線を感じると訴えた。私もその視線を感じ、全身が粟立つのを感じた。その視線は、まるで故人が、この世に引き留めようとしているかのようであった。


令和元年11月18日 午前9時30分頃: 出棺の時間となり、斎場職員が故人の棺を霊柩車へと運び始めた。その瞬間だった。棺を運び出す係員の一人である斎場職員・佐藤氏(30代男性)の耳元で、はっきりと故人、中村良子氏の生前の声が響いたのだ。

「まだ、いかないで…!」

その声は、生前の故人の声そのものでありながら、どこか遠く、あるいは地の底から響くような不自然な響きを帯びていた。佐藤氏は一瞬動きを止め、驚愕して振り返ったが、そこには誰もいない。しかし、その声は鮮明に彼の脳裏に焼き付き、彼はその場で棺から手を離し、立ち尽くして震え始めた。他の運搬担当者も、微かにその声を聞いたと証言した。斎場は騒然となり、出棺作業は一時中断された。私はその声が、故人の夫への「強い執着」の現れであると感じ、深く胸を締め付けられた。


令和元年11月18日 午前10時30分頃(出棺完了): 混乱の中、棺は霊柩車に運び込まれ、出発した。霊柩車が見えなくなった後、斎場内の空気が一変し、強烈な冷気と、かすかな花の香りが充満した。数分でそれは消え去ったが、その場にいた者たちは皆、得も言われぬ不気味さに包まれた。


令和元年11月18日 午後1時00分頃(火葬完了後): 火葬を終え、遺骨を拾い上げた。故人の遺骨は、なぜか耳の骨だけが異常に白く輝いており、他の部分よりも奇妙なほど温かかった。私はそれをそっと拾い上げ、納骨を済ませた。その後、私は体調を崩し、原因不明の耳鳴りと、常に誰かに囁かれているような幻聴に悩まされるようになった。特に、静かな場所で就寝しようとすると、故人の声で「置いていかないで」と聞こえる幻聴に悩まされるようになった。青森市営斎場では、この一件以来、出棺の際に僧侶による特別なお祓いが行われるようになったという。


四、特異な点と考察

故人である中村良子氏の「夫への強い依存と、夫の死後の生きる気力の喪失」、そして出棺の瞬間に現れた「故人の囁き声」が、今回の怪異に深く関与している。

特に、彼女が夫の後を追うように亡くなったこと、そして「まだ、いかないで」「置いていかないで」という言葉は、故人が、自身の最期の瞬間まで夫との分離を拒み、あるいはこの世への強い未練を抱いていたと推測される。

故人の魂が、自身の死を受け入れられず、生きた者たちに「自分を置いていかないでほしい」と訴えかけようとしたのではないか。

通夜での「すすり泣き」や「夫を呼ぶ声」、夜伽での「切羽詰まった囁き声」、そして出棺時の「耳元での囁き」は、故人の魂が、まだこの世に留まり、自身の存在を主張し、生きた者たちに引き留めてほしいと訴えかけていることを強く示唆している。

その声が「鮮明に脳裏に焼き付く」ほどであったのは、故人の強い未練や執着が、直接、生者の意識に干渉した結果である。

私の体調不良、特に「耳鳴り」や「幻聴」、そして「囁かれているような感覚」といった症状は、故人の怨念が、私自身の肉体、特に聴覚と精神にまで「侵食」していることを強く示唆している。

まるで故人が、自身の最期の願いを、私を通して再現しようとしているかのようである。

火葬後の「白く輝き、温かい耳の骨」は、故人が最期まで夫の声を聞きたがっていたか、あるいは生への強い執着を、その聴覚に宿していたことの物理的な痕跡である。

これは、故人の個人的な死に留まらず、人間が愛する者との「別れ」に抱く根源的な恐怖、そして「孤独」への抗いが、死後もなお続くという、普遍的な恐怖を喚起する事例である。


五、対処・対策

私は故人の魂の安寧を願って読経を続けたが、彼女の夫への執着はすでに私の理解と力を超えた存在となっていた。

事案後、私は一命を取り留めたものの、体調は常に優れず、耳鳴りや、常に誰かに囁かれているような幻聴に悩まされるようになった。

特に、静かな場所で就寝しようとすると、故人の声で「置いていかないで」と聞こえる幻聴に悩まされるようになった。

青森市営斎場では、この一件以来、出棺の際に僧侶による特別なお祓いが行われるようになった。

この事案を重く見た宗派は、故人が特定の人物に強い執着があったり、孤独を強く感じていたと推察される葬儀に際しては、最大限の警戒と、より専門的な浄化の儀式、そして故人の安らかな旅立ちを願う特別な供養を推奨する通達を出した。


六、付記

本件は、「長年連れ添った夫への強い執着を持つ故人が、夫の元へ旅立つ出棺の瞬間、その別れを拒むかのように生者へ囁きかけ、深い恐怖を刻み込んだ」という、極めて恐ろしい事例である。

極秘記録中の最重要記録として、今後のあらゆる事例の参考に供する。

中村良子氏の執着は、彼女個人の死に留まらず、人間が愛する者との「永遠の別れ」に抱く根源的な恐怖が、死を越えてもなお、生者に影響を及ぼし続けることを示している。

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