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秘匿葬送記録  作者: 月影 朔


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渡辺家物音異聞記録(平成10年7月2日)

【極秘】秘匿葬送記録:肆拾肆ノ巻

報告書番号: 平成10-07-02-001

作成日時: 平成10年7月3日 午前4時30分

報告者: 福島県会津若松市 慈眼寺 住職 家郷 真準(花押)

事案名: 渡辺家物音異聞記録


一、事案発生日時・場所

日時: 平成10年7月1日 午後11時00分頃(通夜終了後)より、翌2日 午前8時00分頃(出棺完了時)まで断続的に発生。

場所: 福島県会津若松市 渡辺家 自宅(故人居室)。


二、故人情報

氏名: 渡辺わたなべ 茂雄しげお

享年: 78歳

死因: 自然死(自宅で就寝中に安らかに息を引き取ったとされ、特に不審な点はなかった)。

特記事項: 生前は長年病床に伏しており、寝返りを打つ音や咳払いなど、彼の生活音は家族にとって日常の一部であった。特に、枕元の小さな木製の人形を常に大切にしていたという。その人形は、彼の幼い頃からの大切な友人であり、常に肌身離さず持っていた。


三、事案の概要(時系列順)

平成10年7月1日 午後2時00分頃: 渡辺茂雄氏の訃報と葬儀の依頼を受ける。故人が自宅で安らかに息を引き取ったと聞き、遺族の穏やかな悲しみに触れ、通常の葬儀となるだろうと予感していた。自宅に安置された故人の傍らには、古びた木製の人形が置かれていた。


平成10年7月1日 午後6時00分頃(通夜開式): 渡辺家自宅にて、通夜が始まる。読経中、故人の居室の方から、微かな「カリカリ」という木が擦れるような音が聞こえた。それは、まるで故人が大切にしていた人形を撫でているかのようでもあった。しかし、誰もその部屋に入っていなかった。


平成10年7月1日 午後11時00分頃(通夜終了後): 通夜が終わり、私は寺に戻った。夜半、雨が静かに降りしきる中、携帯電話が鳴った。故人の長男である渡辺浩一氏(50代男性)からの電話だった。彼の声は震えていた。「住職…助けてください。親父の部屋から…物音がするんです…!」

浩一氏によれば、通夜が終わり、皆が寝静まった深夜1時頃、誰もいないはずの故人の部屋から、はっきりと「フゥ…フゥ…」という、まるで寝息のような音が聞こえ始めたという。最初は気のせいかと思ったが、次第にそれは、故人が生前、病床でよく立てていた「ゴソッ…ゴソッ…」という寝返りを打つ音に変わり、やがては「コンコン」と、壁を叩くような音が聞こえ始めたという。恐怖に耐えかねた浩一氏は、私に助けを求めたのだった。私はすぐに渡辺家へと向かうことを決めた。


平成10年7月2日 午前1時45分頃: 私が渡辺家に着くと、浩一氏と奥様が青ざめた顔で玄関で待っていた。家の中はひどく冷え込んでおり、雨音だけが不気味に響いていた。故人の部屋がある二階からは、確かに微かな物音が聞こえてくる。それは、まるで誰かがそこで生活しているかのようであった。私は意を決して二階へと上がった。故人の部屋の扉はわずかに開いており、そこから「ゴホッ…ゴホッ…」という、故人特有の咳払いが聞こえてきた。

私は部屋の前に立ち、南無阿弥陀仏と唱えながら、ゆっくりと扉を開けた。部屋の中は暗く、窓から差し込む街灯の光が、故人の寝ていた布団の跡をぼんやりと照らしていた。物音は止んだ。しかし、枕元にあったはずの木製の人形が、布団の真ん中に転がっていた。それはまるで、故人が起き上がろうとして、人形を落としたかのように見えた。私はその場に座り込み、故人の魂が安らかに旅立てるよう、一心不乱に読経を始めた。


平成10年7月2日 午前2時30分頃: 読経を続けていると、部屋の空気が徐々に温かくなり、物音も完全に消え去った。しかし、私は故人の愛用していた人形から、微かな「体温」のようなものを感じた。それは、まるでつい先ほどまで、故人がそれを抱きしめていたかのような感覚であった。


平成10年7月2日 午前8時00分頃(告別式開始): 告別式が始まる。斎場に移された故人の棺の傍らに、遺族は故人が大切にしていた木製の人形を置いた。読経中、その人形が、まるで微かに揺れているかのように見えたと、複数の参列者が証言した。


平成10年7月2日 午前9時30分頃: 棺を霊柩車へ運ぶ際、運搬担当者数名が、棺が異常に重く感じられたと証言。特に故人の枕元にあった人形のあたりから、微かな「人の温もり」のようなものを感じたという。彼らが棺に触れようと手を伸ばした瞬間、指先がひどく熱く、まるで誰かの生きた皮膚に触れたような感触がしたという。


平成10年7月2日 午前11時00分頃(火葬完了後): 火葬を終え、遺骨を拾い上げた。故人の遺骨は、なぜか手の骨だけが異常に白く輝いており、他の部分よりも奇妙なほど温かかった。私はそれをそっと拾い上げ、納骨を済ませた。その後、私は体調を崩し、原因不明の倦怠感と、常に誰かの気配を感じるようになった。特に、静かな場所で就寝しようとすると、微かな物音や寝息のような音が聞こえる幻聴に悩まされるようになった。渡辺家では、その後も故人の部屋から微かな物音が聞こえることがあったが、それは次第に減っていったという。


四、特異な点と考察

故人である渡辺茂雄氏の「病床での長い生活」と、彼が大切にしていた「木製の人形」、そして自宅の故人部屋から聞こえた「生前の生活音」が、今回の怪異に深く関与している。

特に、故人が安らかに旅立ったはずなのに、その「生活の痕跡」が物音として現れたのは、彼が死を受け入れられず、あるいは生前の日常に強く執着していたと推測される。

故人の魂が、自身の部屋という馴染んだ場所で、生前の生活を再現しようとしたのではないか。

通夜での「木が擦れる音」、夜半に響いた「寝息」「寝返りの音」「壁を叩く音」、そして私が立ち会った際の「咳払い」、そして「転がった人形」は、故人の魂が、まだこの世に留まり、自身の存在を主張しようとしていることを強く示唆している。

人形から感じた「体温」も、故人の強い執着や、現世との繋がりを示している。

私の体調不良、特に「倦怠感」や「気配」、そして「幻聴」といった症状は、故人の魂が、私自身の肉体と精神にまで「侵食」していることを強く示唆している。

まるで故人が、自身の最期の生活の様子を、私を通して再現しようとしているかのようである。

火葬後の「白く輝き、温かい手の骨」は、故人が最期まで人形を大切に抱きしめていたか、あるいは生への強い執着を、その手に宿していたことの物理的な痕跡である。

これは、故人の個人的な死に留まらず、人間が長年慣れ親しんだ「日常」への執着、そして「存在」への未練が、死後もなお続くという、普遍的な恐怖を喚起する事例である。


五、対処・対策

私は故人の魂の安寧を願って読経を続けたが、彼の日常への執着はすでに私の理解と力を超えた存在となっていた。

事案後、私は一命を取り留めたものの、体調は常に優れず、倦怠感と、常に誰かの気配を感じるようになった。

特に、静かな場所で就寝しようとすると、微かな物音や寝息のような音が聞こえる幻聴に悩まされるようになった。

渡辺家では、その後も故人の部屋から微かな物音が聞こえることがあったが、それは私が定期的に読経を行うことで次第に減っていったという。

この事案を重く見た宗派は、故人が長年療養していたり、特定の場所に強い執着があったと推察される葬儀に際しては、最大限の警戒と、より専門的な浄化の儀式、そして故人の安らかな旅立ちを願う特別な供養を推奨する通達を出した。


六、付記

本件は、「長年病床に伏し、自宅での生活に強く執着していた故人の魂が、通夜を終え静まり返った夜半、生前の生活音を再現することで、現世に顕現し、生者に深い恐怖を刻み込んだ」という、極めて恐ろしい事例である。

極秘記録中の最重要記録として、今後のあらゆる事例の参考に供する。

渡辺茂雄氏の執着は、彼個人の死に留まらず、人間が慣れ親しんだ「日常」への根源的な愛着が、死を越えてもなお、生者に影響を及ぼし続けることを示している。

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