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秘匿葬送記録  作者: 月影 朔


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野村家通夜異臭記録(令和5年7月7日)

【極秘】秘匿葬送記録:肆拾弐ノ巻

報告書番号: 令和05-07-07-001

作成日時: 令和05年7月8日 午前2時50分

報告者: 東京都中央区 正覚寺 住職 井上 真聰(花押)

事案名: 野村家通夜異臭記録


一、事案発生日時・場所

日時: 令和5年7月6日 午後7時30分頃(通夜振る舞い開始時)より、翌7日 午前11時00分頃(出棺完了時)まで断続的に発生。

場所: 東京都中央区 中央区立葬祭場 やすらぎの間。


二、故人情報

氏名: 野村のむら つよし

享年: 45歳

死因: 不明(自宅アパートの一室で、発見時には死後数日が経過していたとされ、死因は特定されず。遺体は著しく腐敗が進んでいた)。

特記事項: 生前はグルメを自称し、食へのこだわりが非常に強かった。特に新鮮な食材を好み、わずかな異臭にも敏感であったという。彼の死因が特定されなかったこと、そして遺体の状況が、今回の怪異に深く関連している可能性がある。


三、事案の概要(時系列順)

令和5年7月6日 午後4時00分頃: 野村剛氏の訃報と葬儀の依頼を受ける。故人の死因が不明であり、遺体の状況が芳しくなかったと聞き、一抹の不安を覚えた。斎場は最新の設備が整い、清潔感のある場所であった。


令和5年7月6日 午後6時00分頃(通夜開式): 中央区立葬祭場やすらぎの間にて、野村剛氏の通夜が始まる。読経中、式場全体に、微かな、しかし言いようのない生臭いような匂いが漂うのを感じた。それは、まるでどこからか血の匂いがするかのようでもあった。参列者は互いに顔を見合わせ、眉をひそめていた。私は読経を続けながらも、その匂いの出どころを探った。


令和5年7月6日 午後7時30分頃(通夜振る舞い開始): 読経が終わり、通夜振る舞いが始まった。斎場が用意した料理が並べられ、参列者が各自、好きなものを皿に取っていく。私も料理に手を伸ばした、その時だった。湯気を立てる煮物から、あるいは刺身の皿から、強烈な「異臭」が漂い始めたのだ。それは腐敗臭のようでもあり、あるいは土と血が混じり合ったような、胃の腑から這い上がってくるような吐き気を催させる匂いであった。

その異臭は瞬く間に式場全体に充満し、料理に手を付けようとしていた参列者たちが次々と顔色を変え、口元を覆い、吐き気を催し始めた。遺族も同様に、料理に近づくことすらできない様子であった。斎場職員も困惑し、料理の鮮度を確認したが、見た目には何ら問題はないという。しかし、匂いは消えず、私は故人の死因と遺体の状況を思い出し、背筋が凍った。それは、まるで故人が、自身の死の苦しみを料理に憑依させ、生きる者たちに追体験させようとしているかのようだった。


令和5年7月7日 午前0時00分頃: 私は故人の傍らで夜伽を行う。静寂なはずの式場に、通夜振る舞いの異臭がこびりついているように感じられた。時には、まるで故人が苦しげに「えずく」ような音が、どこからともなく聞こえるように感じた。私は恐怖を感じながらも、必死で読経を続けた。


令和5年7月7日 午前8時00分頃(告別式開始): 告別式が始まる。読経中、斎場全体の空気が重くなり、参列者たちが何かに「見られている」ような視線を感じると訴えた。私もその視線を感じ、全身が粟立つのを感じた。その視線は、まるで故人が、自分の苦しみを理解させようとしているかのようであった。


令和5年7月7日 午前9時30分頃: 出棺の時間となり、棺を霊柩車へ運ぶ際、運搬担当者数名が、棺が異常に重く感じられたと証言。特に故人の腹部あたりから、微かな「腐敗臭」のようなものが漂ってくると感じたという。彼らが棺に触れようと手を伸ばした瞬間、指先がひどく冷たく、まるで腐りかけた肉に触れたような感触がしたという。


令和5年7月7日 午前11時00分頃(火葬完了後): 火葬を終え、遺骨を拾い上げた。故人の遺骨は、なぜか腹部にあたる部分の骨だけが異常に黒ずんでおり、他の部分よりも著しく脆かった。私はそれをそっと拾い上げ、納骨を済ませた。その後、私は体調を崩し、原因不明の胃のむかつきと、常に口の中に生臭いような味が残るようになった。特に、食卓の料理を見ると、原因不明の吐き気に襲われるようになった。中央区立葬祭場では、この一件以来、通夜振る舞いの提供方法が変更され、個包装のものが多くなったという。


四、特異な点と考察

故人である野村剛氏の「死因不明、著しい腐敗」という状況と「食への強いこだわり」、そして通夜振る舞いから漂った「言いようのない異臭」が、今回の怪異に深く関与している。

特に、彼が腐敗が進んだ状態で発見されたという事実が、死後もなお、その「状態」を維持しようとし、あるいはその苦しみを他者に伝えようとしたものと推測される。

故人が、自身の死の状況を受け入れられず、食という彼が生前大切にしていたものを通じて、その苦悶を現世に顕現させたのではないか。

通夜での「生臭いような匂い」や「血の匂い」、そして通夜振る舞いの「強烈な異臭」、夜伽での「えずくような音」は、故人の魂が、まだこの世に留まり、自身の死の苦しみを再現していることを強く示唆している。

その異臭が、まるで胃の腑から這い上がってくるかのようであったのは、故人の死因と、彼が感じていたであろう苦痛を、生きる者に追体験させようとした結果である。

私の体調不良、特に「胃のむかつき」や「生臭い味覚」、そして「食卓の料理への吐き気」といった症状は、故人の怨念が、私自身の肉体、特に消化器系と精神にまで「侵食」していることを強く示唆している。

まるで故人が、自身の死の苦しみを、私を通して再現しようとしているかのようである。

火葬後の「黒ずんで脆い腹部の骨」は、故人の死因が不明でありながらも、腹部、すなわち消化器系に何らかの異常があったことを示唆しており、彼の最期の苦しみが、物理的な痕跡として残されたものと解釈できる。

これは、故人の個人的な死に留まらず、人間の「食」という根源的な営みが、時に死と結びつき、深い恐怖を生み出すという、普遍的な恐怖を喚起する事例である。


五、対処・対策

私は故人の魂の安寧を願って読経を続けたが、彼の執着はすでに私の理解と力を超えた存在となっていた。

事案後、私は一命を取り留めたものの、体調は常に優れず、胃のむかつきと、口の中に残る生臭い味に悩まされるようになった。

特に、食卓の料理を見ると、原因不明の吐き気に襲われるようになった。

中央区立葬祭場では、この一件以来、通夜振る舞いの提供方法が変更され、個包装のものが多くなり、料理の管理がより厳重になったという。

この事案を重く見た宗派は、故人の死因が不明瞭であったり、遺体の腐敗が進んでいたりする場合の葬儀に際しては、最大限の警戒と、より専門的な浄化の儀式、そして故人の安らかな旅立ちを願う特別な供養を推奨する通達を出した。


六、付記

本件は、「食への強いこだわりを持つ故人が、腐敗した状態で発見されたことへの無念と苦しみが、通夜振る舞いの料理に憑依し、強烈な異臭として現世に顕現し、生者に深い恐怖を刻み込んだ」という、極めて恐ろしい事例である。

極秘記録中の最重要記録として、今後のあらゆる事例の参考に供する。

野村剛氏の未練は、彼個人の死に留まらず、人間が持つ「食」という根源的な営みと「死」が結びつくことで生じる、生理的な嫌悪と恐怖が、死後もなお、生者に影響を及ぼし続けることを示している。

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