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秘匿葬送記録  作者: 月影 朔


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高橋家焼香手形記録(平成20年10月5日)

【極秘】秘匿葬送記録:肆拾壱ノ巻

報告書番号: 平成20-10-05-001

作成日時: 平成20年10月6日 午前2時15分

報告者: 東京都杉並区 願王寺 住職 森谷 義教(花押)

事案名: 高橋家焼香手形記録


一、事案発生日時・場所

日時: 平成20年10月4日 午後6時30分頃(通夜開式時)より、翌5日 午前11時00分頃(出棺完了時)まで断続的に発生。

場所: 東京都杉並区 杉並区立斎場 第二式場。


二、故人情報

氏名: 高橋たかはし 文子ふみこ

享年: 72歳

死因: 老衰(数年前から体調を崩し、介護施設で療養していたが、最期は静かに息を引き取った)。

特記事項: 生前は手先が器用で、特に書道や生け花を嗜んでいた。常に美しいものを好み、自身の持ち物にもこだわりが強かった。病気で手が震えるようになってからも、懸命に筆を握ろうとしていたという。


三、事案の概要(時系列順)

平成20年10月3日 午後4時00分頃: 高橋文子氏の訃報と葬儀の依頼を受ける。故人が長年、施設で過ごしていたが、最期は安らかな旅立ちであったと聞き、胸を撫で下ろした。斎場は清掃が行き届き、静謐な空気に包まれていた。


平成20年10月4日 午後6時30分頃(通夜開式): 杉並区立斎場第二式場にて、高橋文子氏の通夜が始まる。読経中、式場全体に、故人が生前使用していた微かな「墨の匂い」が漂うのを感じた。それは、まるで故人が、自身の趣味に執着しているかのようでもあった。参列者は互いに顔を見合わせ、不安げにざわめき始めた。私は読経を続けながらも、その匂いの出どころを探った。


平成20年10月4日 午後8時00分頃: 通夜振る舞いの最中、故人の遺影が安置された祭壇の香炉の灰の上に、誰の手とも断定できない微かな「煤の手形」が浮き出ているのを、遺族の一人が発見した。手形は小さく、しかしはっきりと指の形が確認できたという。遺族は斎場職員に説明を求めたが、職員は「気のせいでは」と答えるばかりであった。私はその手形が、まだ微かに熱気を帯びているように感じ、背筋が凍った。


平成20年10月5日 午前0時00分頃: 私は故人の傍らで夜伽を行う。静寂の中、祭壇の香炉から、微かな「擦れるような音」が聞こえ、時には、まるで誰かが何かを「書いている」ような筆の音が響いた。私は恐怖を感じながらも、必死で読経を続けた。それは故人が、死してなお、自身の器用な手で何かを表現しようとしているかのようでもあった。


平成20年10月5日 午前8時00分頃(告別式開始): 告別式が始まる。読経中、斎場全体の空気が重くなり、参列者たちが何かに「触られている」ような感覚を訴えた。私もその感覚を感じ、皮膚の表面が粟立つのを感じた。


平成20年10月5日 午前9時30分頃: 焼香の時間となり、参列者が次々と故人に最後の別れを告げ始めた。故人の孫である高橋美咲氏(20代女性)が、焼香を終え、手を合わせて一礼しようとした、その時だった。彼女が香炉の灰の上を見ると、そこには、先ほどよりもはっきりと、しかし煤けた「手形」がくっきりと残されていたのだ。その手形は、まるで故人の手が直接触れたかのように、まだ微かに熱気を帯びているようだった。

美咲氏が悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。他の参列者もその手形に気づき、斎場は騒然となった。その手形は、生前の故人の手形に酷似しており、その場にいた誰もが、故人の「手」がそこにあったことを確信した。斎場職員が慌てて手形を隠そうとしたが、その場にいた複数の参列者がその「手形」をはっきりと目撃していた。私は、その手形が、故人の「未練」の現れであると感じ、深く胸を締め付けられた。

平成20年10月5日 午前10時30分頃(出棺): 混乱の中、棺を霊柩車へ運ぶ際、運搬担当者数名が、棺が異常に重く感じられたと証言。特に故人の手のあたりから、微かな「熱気」のようなものを感じたという。彼らが棺に触れようと手を伸ばした瞬間、指先がひどく熱く、まるで焼けた炭に触れたような感触がしたという。

平成20年10月5日 午前11時00分頃(火葬完了後): 火葬を終え、遺骨を拾い上げた。故人の遺骨は、なぜか手の骨だけが異常に黒ずんでおり、まるで何かを強く握りしめていたかのような形をしていた。私はそれをそっと拾い上げ、納骨を済ませた。その後、私は体調を崩し、原因不明の手の震えと、常に手のひらに熱を感じるようになった。特に、香炉や灰を見ると、原因不明の不安と吐き気に襲われるようになった。杉並区立斎場では、その後も焼香台で同様の怪異が報告されるようになり、香炉の管理がより厳重になったという。


四、特異な点と考察

故人である高橋文子氏の「手先が器用であったこと」と「病気で手が震えるようになった最期」、そして焼香台に現れた「煤の手形」が、今回の怪異に深く関与している。

特に、生前大切にしていた「手」が、死後もなお、その存在を主張しようとしたのではないか。

これは、故人が死を受け入れられず、あるいは生前に果たせなかった「表現」への執着が、自身の「手」という媒体を用いて現世に干渉したと推測される。

通夜での「墨の匂い」、夜伽での「擦れる音」や「筆の音」、告別式での「触られているような感覚」、そして焼香台の「煤の手形」は、故人の魂が、まだこの世に留まり、自身の「手」を通して何かを伝えようとしていることを強く示唆している。

その手形が「熱気」を帯びていたのは、故人の強い未練や執着が、熱エネルギーとして現れたものと考えられる。

私の体調不良、特に「手の震え」や「手のひらの熱」、そして「香炉や灰への恐怖」といった症状は、故人の怨念が、私自身の肉体、特に手先と精神にまで「侵食」していることを強く示唆している。

まるで故人が、自身の「手」にまつわる苦しみや未練を、私を通して再現しようとしているかのようである。

火葬後の「黒ずんだ手の骨」は、故人が最期に何かを強く握りしめていたか、あるいは死に抗い、手を伸ばそうとしたことの物理的な痕跡である。

これは、故人の個人的な死に留まらず、人間が自身の身体の一部に抱く「執着」や「未練」、そして「最後の接触」という根源的な欲求が、死後もなお続くという、普遍的な恐怖を喚起する事例である。


五、対処・対策

私は故人の魂の安寧を願って読経を続けたが、彼女の執着はすでに私の理解と力を超えた存在となっていた。

事案後、私は一命を取り留めたものの、体調は常に優れず、手の震えや手のひらの熱、特に香炉や灰を見ると、原因不明の不安と吐き気に襲われるようになった。

杉並区立斎場では、この一件以来、焼香台での同様の怪異が報告されるようになったため、香炉の管理がより厳重になり、定期的な清掃と浄化が徹底されるようになった。

この事案を重く見た宗派は、故人が生前、特定の身体部位や道具に強い執着があったと推察される葬儀に際しては、最大限の警戒と、より専門的な浄化の儀式、そして故人の執着を断ち切るための特別な供養を推奨する通達を出した。


六、付記

本件は、「手先が器用であった故人の、自身の『手』への深い執着と、病で手を思うように動かせなくなったことへの無念が、焼香という最後の別れの場において、煤の手形として現世に顕現し、生者に深い恐怖を刻み込んだ」という、極めて恐ろしい事例である。

極秘記録中の最重要記録として、今後のあらゆる事例の参考に供する。

高橋文子氏の執着は、彼女個人の死に留まらず、人間が自身の身体に抱く根源的な執着が、死を越えてもなお、生者に影響を及ぼし続けることを示している。

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