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秘匿葬送記録  作者: 月影 朔


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佐藤家弔辞響鳴記録(平成15年5月28日)

【極秘】秘匿葬送記録:肆拾ノ巻

報告書番号: 平成15-05-28-001

作成日時: 平成15年5月29日 午前3時00分

報告者: 東京都世田谷区 観音寺 住職 伊藤 辰致(花押)

事案名: 佐藤家弔辞響鳴記録


一、事案発生日時・場所

日時: 平成15年5月27日 午後6時00分頃(通夜開式時)より、翌28日 午後0時30分頃(出棺完了時)まで断続的に発生。

場所: 東京都世田谷区 立川斎場 第一式場。


二、故人情報

氏名: 佐藤さとう 和彦かずひこ

享年: 55歳

死因: 心臓発作(突然の訃報であったが、生前は持病も無く、健康体であったとされている)。

特記事項: 生前は口数が少なく、感情を表に出さない性格であったが、その分、内に秘めた思いは深かったと周囲の者は語る。特に、家族や親しい友人に対しては、独特のユーモアと愛情をもって接していたという。


三、事案の概要(時系列順)

平成15年5月27日 午後3時00分頃: 佐藤和彦氏の訃報と葬儀の依頼を受ける。故人が突然の死であったため、遺族の悲しみは深く、式場全体が重苦しい空気に包まれているのを感じた。


平成15年5月27日 午後6時00分頃(通夜開式): 立川斎場第一式場にて、佐藤和彦氏の通夜が始まる。読経中、式場全体に、故人が生前好んで使っていた微かな「咳払い」のような音が聞こえた。それは、まるで故人が、この場に現れようとしているかのようでもあった。参列者は互いに顔を見合わせ、不安げにざわめき始めた。私は読経を続けながらも、その音の出どころを探った。


平成15年5月27日 午後8時00分頃: 通夜振る舞いの最中、故人の長年の友人である山田氏(50代男性)が、故人との思い出を語り始めた。その最中に、彼の言葉に混じって、確かに故人である佐藤和彦氏の低い「笑い声」が聞こえたという。それはごく自然な笑い声でありながら、どこか遠くから響くような不自然な響きを帯びており、周囲の数名がその声を聞いて顔色を変えた。山田氏は語り続けていたが、次第に声が震え、蒼白になっていった。彼はその後、体調を崩し、早々に退席した。


平成15年5月28日 午前0時00分頃: 私は故人の傍らで夜伽を行う。静寂の中、故人の棺の中から、微かな「ため息」のような音が聞こえ、時には、まるで誰かが何かを「呟く」ような声が響いた。私は恐怖を感じながらも、必死で読経を続けた。それは故人が、死してなお、伝えたい何かがあるかのようでもあった。


平成15年5月28日 午前8時00分頃(告別式開始): 告別式が始まる。読経中、斎場全体の空気が重くなり、参列者たちが何かに「見られている」ような視線を感じると訴えた。私もその視線を感じ、背筋に冷たいものが走った。


平成15年5月28日 午前9時30分頃: 弔辞の時間となり、故人の長男である佐藤健太氏(30代男性)が、祭壇の前に進み出た。彼は故人への感謝と別れの言葉を読み上げ始めた。その時だった。健太氏の声に混じって、はっきりと故人、佐藤和彦氏の生前の声が響き始めたのだ。

「…父さん、本当にありがとう…」と健太氏が言えば、その直後に「ああ…」と故人の声が返答する。

「…安らかに眠ってください…」と健太氏が言葉を続けると、「まだ…」と低い故人の声が割り込む。

それはまるで、健太氏の言葉に故人が直接応答しているかのようであり、あるいは、故人の声が健太氏の喉から発せられているかのような不気味な響きを持っていた。参列者たちは凍りつき、悲鳴すら上げられない。その場にいた誰もが、故人の声を聞いたことを証言した。健太氏自身も、自分が発しているはずのない声に気づき、弔辞を読み進めることができなくなり、その場で倒れ込んだ。その際、彼の口から、まるで故人の最期の言葉を吐き出すかのような「うぐっ…苦しい…」という呻き声が漏れたという。


平成15年5月28日 午前10時30分頃(出棺): 混乱の中、棺を霊柩車へ運ぶ際、運搬担当者数名が、棺が異常に重く感じられたと証言。特に故人の口元から、微かな息遣いのような音が聞こえるように感じたという。彼らが棺に触れようと手を伸ばした瞬間、指先がひどく冷たく、まるで生きた人間の皮膚に触れたような感触がしたという。


平成15年5月28日 午後0時30分頃(火葬完了後): 火葬を終え、遺骨を拾い上げた。故人の遺骨は、なぜか顎の骨だけが異常に黒ずんでおり、まるで何かを強く食いしばっていたかのような形をしていた。私はそれをそっと拾い上げ、納骨を済ませた。その後、私は体調を崩し、原因不明の喉の痛みと、常に誰かに見られているような視線に悩まされるようになった。特に、人の話を聞いていると、その言葉の裏に別の声が聞こえるような幻聴に悩まされるようになった。斎場では、その後も弔辞中に同様の怪異が報告されるようになり、現在は弔辞を短縮する、あるいは故人の写真に向かって黙祷する形式に変更されたという。


四、特異な点と考察

故人である佐藤和彦氏の「突然の心臓発作による死」と「口数が少ない性格」、そして弔辞中に起こった「故人の声の顕現」が、今回の怪異に深く関与している。

特に、生前感情を表に出さなかった故人が、死後になってその「声」で自身の存在を主張しようとしたのではないか。

これは、故人が死を受け入れられず、あるいは生前に伝えきれなかった「何か」を伝えるために、自身の声という媒体を用いて現世に干渉したと推測される。

通夜での「咳払い」や「笑い声」、夜伽での「ため息」や「呟き」、そして告別式での「故人の声による応答」、さらには「健太氏から漏れた故人の呻き声」は、故人の魂が、まだこの世に留まり、生前の意思を伝えようとしていることを強く示唆している。

故人が死を受け入れられず、「まだ…」と抵抗したこと、そして最期の苦しみを追体験させたことは、彼がどれほど死に抗ったかを示している。

私の体調不良、特に「喉の痛み」や「幻聴」、「視線」といった症状は、故人の怨念が、私自身の肉体、特に発声器官と精神にまで「侵食」していることを強く示唆している。

まるで故人が、自らの声で語りかけることの出来なかった苦しみを、私を通して再現しようとしているかのようである。

火葬後の「黒ずんだ顎の骨」は、故人が最期に強く何かを訴えようとしたか、あるいは死に抗い、言葉を絞り出そうとしたことの物理的な痕跡である。

これは、故人の個人的な死に留まらず、人間が死の淵で抱く「未練」や「後悔」、そして「伝えたい」という根源的な欲求が、死後もなお続くという、普遍的な恐怖を喚起する事例である。


五、対処・対策

私は故人の魂の安寧を願って読経を続けたが、彼の未練はすでに私の理解と力を超えた存在となっていた。

事案後、私は一命を取り留めたものの、体調は常に優れず、人の話を聞いていると、その言葉の裏に別の声が聞こえるような幻聴に悩まされるようになった。

立川斎場では、この一件以来、弔辞中に同様の怪異が報告されるようになったため、弔辞を短縮する、あるいは故人の写真に向かって黙祷する形式に変更された。

この事案を重く見た宗派は、故人が生前、強い未練や伝えたいことがあったと推察される葬儀に際しては、最大限の警戒と、より専門的な浄化の儀式、そして故人の心を解き放つための特別な供養を推奨する通達を出した。


六、付記

本件は、「口数の少ない故人の、伝えきれなかった思いと、死への抗いが、弔辞という『声』を介して現世に顕現し、生者に深い恐怖を刻み込んだ」という、極めて恐ろしい事例である。

極秘記録中の最重要記録として、今後のあらゆる事例の参考に供する。佐藤和彦氏の未練は、彼個人の死に留まらず、人間が持つ「声」という表現への根源的な欲求が、死を越えてもなお、生者に影響を及ぼし続けることを示している。

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