吉田徳三集落沈黙記録(昭和45年9月4日)
【極秘】秘匿葬送記録:参ノ巻
報告書番号: 昭和45-09-03-005
作成日時: 昭和45年9月4日 午前1時10分
報告者: 山梨県深山村 龍源庵 住職 鈴木 弘道(花押)
事案名: 吉田徳三集落沈黙記録
一、事案発生日時・場所
日時: 昭和45年9月2日 午後5時00分頃(通夜開始時)より、翌3日 午後2時00分頃(火葬完了時)まで。
場所: 吉田徳三自宅(集落内)、並びに龍源庵本堂(告別式会場)、火葬場。
二、故人情報
氏名: 吉田 徳三
享年: 88歳
死因: 老衰。
特記事項: 山間の過疎集落で代々続く旧家の長老。生前、集落の古くからの「タブー」(詳細は不明だが、土地神への特定の供物を疎かにしたという噂が濃厚)を軽視したと村で囁かれていた。
三、事案の概要(時系列順)
9月2日 午後3時00分頃: 吉田家より葬儀の依頼。集落全体で故人を弔う慣習があり、村民多数が参列予定。当寺より住職 鈴木 弘道が担当。集落に入った際、普段は聞こえるはずの鳥のさえずりや虫の声がほとんど聞こえず、異常な静けさを感じた。
9月2日 午後5時00分頃(通夜開始): 吉田家にて通夜開始。読経中、家の中から一切の生活音、物音が消える。薪が燃える音、隣家からのわずかな話し声、遠くの車の音さえも、完全に聞こえなくなった。集落全体が、まるで音を吸い取られたかのような「無音」の状態になる。
9月2日 午後8時00分頃: 通夜振る舞い。参列者たちは、皆、抜け落ちたように生気がなく、ほとんど会話がない。食事をする音、箸の音すらも異様に響き、不自然な沈黙が続く。鈴木住職が話しかけても、返答は上の空であった。彼らの目が、故人の写真に吸い寄せられるように固定されていた。
9月3日 午前8時00分頃(告別式開始): 龍源庵本堂にて告別式。読経を始めると、住職の声が、まるで空気に吸い込まれるかのように響かず、自分の声が遠く感じる。耳の奥で、わずかに「キーン」という高音が響き続け、強い頭痛と吐き気に襲われる。隣に控えていた若手僧侶も同様の症状を訴え、一時は意識を失う寸前だった。
9月3日 午前10時00分頃(出棺): 棺を霊柩車へ運ぶ際、参列者の中に、故人の遺品を手に持っている者がいることに気づく。それは故人の趣味であった盆栽の枝であったが、その枝からは異常なほどの湿気が発せられていた。周囲の空気も、突然、ひんやりと冷たくなった。
9月3日 午後2時00分頃(火葬完了): 火葬が完了し、骨上げを終える。寺に戻る道中、雨が降り始め、それまでの「無音」の状態が少しずつ緩和されていくのを感じた。しかし、雨が止んだ後も、集落のあちこちの地面には、まるで意図的に作られたかのような、不自然な小さな水たまりが点々と残っていた。
四、特異な点と考察
集落全体、あるいは広範囲に及ぶ「無音」という現象は、単なる霊現象では説明できない。特定の土地、あるいは集落の集合意識が、何らかの異常を引き起こした可能性。
故人が生前破ったとされる「タブー」と、今回の怪異の関連性。土地神や自然に対する畏敬の念が、何らかの形で怪異として現れたか。
読経が阻害され、僧侶が体調不良を訴えるほど強い「何か」が、空間に充満していた。これは、精神的な攻撃であると同時に、物理的な影響も伴っていた。
出棺時に見られた「盆栽の枝からの湿気」や、雨が上がった後の「不自然な水たまり」は、この怪異に「水」が何らかの形で関わっていることを示唆している。しかし、当時はその関連性を見出すには至らなかった。
参列者の生気のなさや無言の状態は、彼らの意識が何らかの力に支配されていた可能性。あるいは、彼らもまた、この「無音」の異変に深く関わっていたのか。
五、対処・対策
事案発生中、鈴木住職は強い精神的、肉体的苦痛を感じながらも、読経を最後まで遂行。
事案後、吉田家に対し、改めて集落の古来の風習を尊重するよう助言。寺として、土地の供養を行うことを提案した。
今後、閉鎖的な集落での葬儀においては、事前にその地の伝承やタブーを詳細に調査し、万全の体制で臨む必要がある。
特に、原因不明の広範囲な現象が発生した場合、複数名の僧侶で対応し、互いの状態を確認し合う重要性を再認識した。
六、付記
本件は、極めて広範囲にわたり、しかも物理的な影響を及ぼした怪異であり、その根源には集落の深い闇が関係していると判断。
最重要極秘記録として、今後の類似事案の参考に供する。
しかし、この「無音」と、その後に残された「水たまり」の関連性が未だ不明であり、不穏な要素として残る。
土地の「穢れ」が、形を変えて現れたものか。
【検閲追記】
広範囲に及ぶ「無音」現象の後、必ず「水」に関連する事象(湿気、水たまり)が発生している点に注意。音の消失は、"領域"が形成される前兆か。