篠原家焼却異聞記録(昭和58年7月15日)
【極秘】秘匿葬送記録:参拾捌ノ巻
報告書番号: 昭和58-07-15-001
作成日時: 昭和58年7月16日 午前3時20分
報告者: 東京都大田区 慈恩寺 僧侶 加賀尾 慈篤(花押)
事案名: 篠原家焼却異聞記録
一、事案発生日時・場所
日時: 昭和58年7月15日 午前10時00分頃(火葬開始時)より、同日 午後3時00分頃(火葬完了後)まで断続的に発生。
場所: 東京都大田区 広域火葬場 第二斎場 壱号炉。
二、故人情報
氏名: 篠原 佳代
享年: 48歳
死因: 不明(自宅浴槽での入浴中に意識不明となり、搬送先の病院で死亡確認。警察による検死の結果、溺死と判断されるが、目立った外傷や異常は見当たらず、不審な点が多いとされた)。
特記事項: 生前は水泳指導員として活躍し、海やプールをこよなく愛していた。しかし、最期は自宅の浴槽で意識不明の状態で発見されるという、皮肉な最期であった。遺族は彼女の死因に疑問を抱きながらも、通常の葬儀を執り行った。
三、事案の概要(時系列順)
昭和58年7月14日 午後5時00分頃: 篠原佳代氏の訃報と葬儀の依頼を受ける。故人が水泳指導員でありながら、自宅の浴槽で溺死したという話を聞き、何とも言えない違和感を覚えた。夏本番を迎えようとする時期にも関わらず、心なしか肌寒いような日であった。
昭和58年7月15日 午前10時00分頃(火葬開始): 広域火葬場 第二斎場にて、故人篠原佳代氏の火葬が始まる。遺族と共に控え室で待機していると、普段はほとんど聞こえないはずの焼却炉からの「ゴーッ」という重低音が、妙に響いてくるように感じた。その音は、まるで焼却炉の中に巨大な水が渦巻いているかのようでもあった。
昭和58年7月15日 午前11時30分頃: 通常であれば火葬は順調に進む時間帯にもかかわらず、火葬場の職員が控え室に現れ、私にだけ「少し、こちらへ」と声をかけた。職員の顔には、明らかに困惑と疲労の色が浮かんでいた。遺族には「火葬に時間がかかっている」とだけ伝えてほしいと頼まれ、私は胸騒ぎを覚えた。
昭和58年7月15日 午前11時45分頃: 職員に案内され、火葬炉の操作室へと向かった。そこでは、別の職員たちが焦燥した面持ちで計器類を見つめていた。担当の職員が顔を青ざめさせながら私に語った。「坊主さん、どうにもおかしいんです。通常の倍以上の時間がかかっているのに、一向に燃え尽きる気配がない。それに…」彼は言い淀み、焼却炉の扉を指差した。「中から水の音がするんです。ボコボコと…まるで大きな釜で水が煮立っているような音が…」私はその言葉に戦慄した。燃え盛るはずの焼却炉から水の音など、常識では考えられない。私は職員に促され、火葬炉の小さな覗き窓から中を覗いた。燃え上がる炎の奥に、確かに水面が揺らめいているような幻影が見え、その中で故人の躯が、まるで水中に沈んでいるかのように、ぼんやりと見えた。私は直感的に、これは故人の未練が引き起こしている現象だと感じた。
昭和58年7月15日 午後0時00分頃: 私は焼却炉の前で、緊急で読経を行うことになった。炎の熱気と、焼却炉から響く不気味な水の音が混じり合い、私の身体は汗と冷や汗でぐっしょりになった。読経を始めると、焼却炉からの水の音がさらに激しくなり、「ゴボゴボ」という音に混じって、何かを訴えかけるような微かな「呻き声」が聞こえるように感じた。それは故人の苦悶の声か、あるいは水の中に囚われた何かの声か、判別がつかなかった。私は全身を震わせながらも、必死で経文を唱え続けた。
昭和58年7月15日 午後1時30分頃: 私が読経を続けていると、徐々に焼却炉からの水の音が小さくなり、呻き声も聞こえなくなった。やがて、通常の焼却音へと戻り、数分後、担当職員が「…今、ようやく、通常の燃焼に戻りました」と力なく呟いた。普段の火葬時間よりも大幅に遅れて、ようやく故人は灰になった。しかし、焼却炉を開けた際、炉内には異様なほどの水蒸気が充満しており、焼却を担当した職員の一人は、「まるで炉の底に、深い水溜まりがあったようだ」と呟いたという。
昭和58年7月15日 午後3時00分頃(火葬完了後): 火葬を終え、遺骨を拾い上げた。故人の遺骨は、本来であれば乾燥しているはずなのに、どこか湿り気を帯びているように感じられた。特に、遺骨の表面には、まるで藻のような微細な緑色の付着物が見られた。私はそれをそっと拭い取ったが、その感触は忘れがたいものであった。その後、私は体調を崩し、高熱を出して寝込んだ。回復後も、水の音や湿気、特に浴槽を見ると、原因不明の不安と吐き気に襲われるようになった。火葬場の職員たちも、この一件以来、壱号炉を使用する際には、必ず複数人で対応するようになったという。
四、特異な点と考察
故人である篠原佳代氏の「自宅浴槽での不審な溺死」と「水泳指導員としての生業」、そして火葬中に焼却炉で起こった「異様な水の現象」が、今回の怪異に深く関与している。
特に、彼女が水によって命を落としたという事実が、死後の火葬においても「水」という媒体を介して、その未練と怨念を顕現させたものと推測される。
故人が、自身の死の苦しみを火葬という究極の浄化の場においても訴え続けようとした、あるいは水にまつわる何らかの「呪縛」に囚われていたのではないか。
火葬中に焼却炉から聞こえる「水の音」や「呻き声」、そして覗き窓から見えた「水面の幻影」、さらには火葬後の「遺骨の湿り気」や「藻のような付着物」は、故人の魂が、火葬の炎によっても浄化されず、なお「水」の中に囚われ続けていることを強く示唆している。
まるで故人が、自身の死の苦しみを、火葬の場においても再現し、周囲の生者に追体験させようとしたかのようである。
私が火葬炉の前で読経を行うという、通常では考えられない状況に呼び出されたのは、故人の魂が、その場にいる生者に「助け」を求めた、あるいは「苦しみ」を伝えようとしたためである。
私の読経が水の音を鎮めたのは、一時的に故人の未練を鎮めたに過ぎず、根本的な解決には至らなかったことを示唆している。
私の体調不良や、浴槽への恐怖といった症状は、故人の死の苦しみが、私自身の肉体と精神にまで「侵食」した結果である。
火葬場で起こった「水の怪異」は、単なる幻覚や錯覚では片付けられない。
火という、水とは対極にある要素が満ちる場所で「水」の現象が起こったことは、故人の怨念がいかに強大で、根源的な力を持っているかを示している。
これは、故人の個人的な悲劇に留まらず、人間が自然の摂理に抗えない無力さ、そして「水」という根源的な生命の源が、時に恐ろしい死の媒体となり得るという、普遍的な恐怖を喚起する事例である。
五、対処・対策
私は故人の魂の安寧を願って読経を続けたが、彼女の未練はすでに私の理解と力を超えた存在となっていた。
事案後、私は一命を取り留めたものの、彼の体調は常に優れず、水の音や湿気、特に浴槽を見ることに異常な恐怖を抱くようになった。
火葬場の職員たちも、この一件以来、壱号炉を使用する際には、必ず複数人で対応するようになり、特に水難事故の故人の火葬には細心の注意を払うようになったという。
この事案を重く見た宗派は、水難事故による不審死の故人の葬儀、特に火葬に際しては、最大限の警戒と、より専門的な浄化の儀式、そして水への特別な供養を推奨する通達を出した。
六、付記
本件は、「水によって命を奪われた故人の、深い未練と怨念が、火葬という浄化の場においても『水』の怪異として現れ、生者にその苦しみを追体験させた」という、極めて恐ろしい事例である。
極秘記録中の最重要記録として、今後のあらゆる事例の参考に供する。
篠原佳代氏の怨念は、彼女個人の悲劇に留まらず、人間が抱える「水」という根源的な恐怖、そして死後もなお続く「未練」の浸食が、終わりなき苦しみをもたらすことを示している。




