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秘匿葬送記録  作者: 月影 朔


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古畑家窓外怪異記録(平成10年11月10日)

【極秘】秘匿葬送記録:参拾漆ノ巻

報告書番号: 平成10-11-10-001

作成日時: 平成10年11月11日 午前2時45分

報告者: 東京都世田谷区 円通寺 僧侶 玉井 日浄(花押)

事案名: 古畑家窓外怪異記録


一、事案発生日時・場所

日時: 平成10年11月8日 午後7時00分頃(通夜開式中)より、翌10日 午前11時00分頃(出棺完了時)まで断続的に発生。

場所: 東京都世田谷区 古畑家自宅1階(通夜・告別式会場)。


二、故人情報

氏名: 古畑ふるはた 孝雄たかお

享年: 78歳

死因: 老衰(自宅にて安らかに息を引き取る。長年、寝たきりの生活を送っていた)。

特記事項: 生前は頑固一徹な性格で、特に自宅へのこだわりが強かった。最期まで自宅で過ごすことを望み、家族もその意思を尊重した。故人の死後も、彼の部屋(2階)は生前のまま保たれていた。


三、事案の概要(時系列順)

平成10年11月7日 午後3時00分頃: 古畑家より通夜・告別式の依頼を受ける。故人が自宅での葬儀を強く望んでいたという話を聞き、その意思を尊重することにした。自宅での葬儀は、斎場とは異なる特有の「気」を感じることが多い。


平成10年11月8日 午後7時00分頃(通夜開式): 古畑家自宅1階のリビングに通夜の祭壇が設けられ、故人の棺が安置された。読経が始まると、静寂な室内に、誰もいないはずの2階から、微かな「足音」が聞こえ始めた。「トス、トス…」と、まるで誰かがゆっくりと廊下を歩くような音だった。参列者は互いに顔を見合わせ、不安げにざわめき始めた。私は読経を続けながらも、2階の気配に意識を向けた。


平成10年11月8日 午後9時30分頃: 通夜振る舞いの最中、再び2階からの足音が聞こえ始めた。今度はよりはっきりと、階段を降りてくるかのような「ドタ、ドタ」という音が響き、1階の参列者全員がその音に気づいた。足音は1階の廊下で止まったかと思うと、突然、リビングの襖が「ガラッ!」と大きく開いた。しかし、そこには誰もいない。参列者の間に悲鳴が上がり、恐怖と混乱が広がった。遺族は「気のせいだ」と必死に宥めたが、誰もがその異変を肌で感じていた。


平成10年11月9日 午前0時00分頃: 私は故人の傍らで夜伽を行う。静寂の中、2階から断続的に「足音」が聞こえ、時には故人の部屋のあたりから、何かが引きずられるような「ズズズ…」という音が響いた。私は恐怖を感じながらも、必死で読経を続けた。その音は、まるで故人が、自分の部屋で何かを探し回っているかのようでもあった。


平成10年11月9日 午前8時00分頃(告別式開始): 告別式が始まる。夜伽の間の異変により、私は精神的にも肉体的にも疲労困憊であったが、読経を続けた。


平成10年11月10日 午前9時30分頃(出棺): 混乱の中、故人の棺を霊柩車へ運ぶため、参列者全員が家の外に出た、その時だった。故人の孫(10代女性)が、突然、2階の窓を指差して「あそこに誰かいる!」と叫んだ。参列者たちが一斉に2階の窓を見上げると、そこには複数の、しかしぼんやりとした「顔」が浮かび上がっているのが見えた。顔はどれも生気のない、白いもので、まるで窓の内側から、こちらを覗き込んでいるかのようだった。斎場は再び騒然となり、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。私は、その顔が故人を含め、見覚えのある者たちであることに気づき、背筋が凍った。棺が異常なほどに重く感じられ、まるで棺の底から無数の「手」が伸び、棺を掴んでいる幻覚を見たという。その手は、故人の手のようでもあり、あるいは別の者たちの手のようでもあった。彼らが棺に触れようと手を伸ばした瞬間、指先が凍るような冷たさと同時に、濡れて張り付くような皮膚の感触に触れた。私は、棺の中から微かに「早く行け…」というような低い囁きが聞こえるように感じ、意識を保つのがやっとであった。


平成10年11月10日 午前11時00分頃(出棺完了): 霊柩車が出発した後、古畑家2階の窓ガラスに、まるで手形のような薄い白い痕跡がいくつも残されているのを、遺族が発見した。痕跡は乾いており、拭いても取れなかったという。私は、その白い痕跡が、あの窓に浮かび上がっていた顔と関係しているのではないかと感じた。その後、私は体調を崩し、高熱を出して寝込んだ。回復後も、古い日本家屋の2階や窓を見ると、原因不明の不安と吐き気に襲われるようになった。古畑家は、この一件以来、2階の窓を全て閉め切り、カーテンを固く閉ざしたままにしているという。


四、特異な点と考察

故人である古畑孝雄氏の「自宅への強いこだわり」と「老衰による自然死」という状況が、今回の怪異に深く関与している。特に、長年住み慣れた自宅、そして故人の部屋(2階)に対する強い「念」が、その場の空間に残留し、現象を引き起こしたと推測される。故人が、死後もなお自宅に留まろうとし、あるいは生前の行動を繰り返そうとしたのではないか。

自宅1階の葬儀中に、誰もいないはずの2階からの「足音」や「引きずられるような音」、そしてリビングの「襖の開放」は、故人が、まるで生前と同じように自宅内を歩き回り、あるいは何かを訴えようとしていることを強く示唆している。さらに、出棺時に家の外から目撃された「2階の窓に浮かび上がる複数の顔」、運搬担当者の「幻覚と触覚」、そして私自身の体調不良、特に「全身からの冷や汗」や「高熱」、そして「古い家屋や窓への恐怖」といった症状は、故人の怨念、あるいは故人の家に宿る何らかの「念」が、生者の肉体と精神にまで「侵食」していることを強く示唆している。まるで故人が、自分の存在、そして「家」という場所の重要性を、生きる者たちに理解させようとしているかのようである。

読経や葬儀という「供養」の儀式が、かえって故人の「執着」を刺激し、私自身や参列者を危険に晒した可能性。故人が自宅に留まることを強く望むあまり、それを妨げようとする者たちに抵抗したと考えられる。特に、棺から聞こえた「早く行け…」という囁きは、故人が自らの意思でこの世に留まろうとし、生者との区別を明確にしようとした、あるいは生者の干渉を拒絶しようとした言葉である。

2階の窓に浮かび上がった「複数の顔」や、窓に残された「白い手形のような痕跡」は、故人だけでなく、その家にまつわる過去の住人や、あるいは故人が生前強く関わった者たちの「念」が、この怪異に影響を及ぼしていることを示唆している。家という空間が、単なる住居ではなく、そこに暮らした人々の集合的な「記憶」と「念」が凝縮された場所となり、それが具現化したものではないか。

この怪異は、単なる精神的な影響に留まらず、肉体的な損傷、特に体温調節機能や精神的な恐怖を伴う点で極めて危険であり、その侵食性と、生活に密着した「家」という空間全体に広がる伝播性が最も恐るべき点である。長年住み慣れた家への執着が、死後もなお続くという、根源的な恐怖を喚起する事例である。


五、対処・対策

私は故人の魂の安寧を願って読経を続けたが、彼の執着はすでに私の理解と力を超えた存在となっていた。

事案後、私は一命を取り留めたものの、彼の体調は常に優れず、古い日本家屋の2階や窓を見ることに異常な恐怖を抱くようになった。

古畑家は、この一件以来、2階の窓を全て閉め切り、カーテンを固く閉ざしたままにしている。

この事案を重く見た宗派は、自宅での葬儀、特に故人の家に強い執着があった場合、最大限の警戒と、より専門的な浄化の儀式、そして家屋そのものの鎮魂を推奨する通達を出した。


六、付記

本件は、「長年住み慣れた自宅への故人の強い執着が、死後もなおその場に留まろうとし、物理的な現象として現世に顕現した」という、極めて恐ろしい事例である。

極秘記録中の最重要記録として、今後のあらゆる事例の参考に供する。

古畑孝雄氏の執着は、彼個人の死に留まらず、人間が住み慣れた「家」という空間に抱く根源的な愛着が、死を越えてもなお、生者に影響を及ぼし続けることを示している。

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