竹内光忠水難死顕現記録(宝暦三年八月十五日)
【極秘】秘匿葬送記録:弐拾玖ノ巻
報告書番号: 宝暦03-08-15-001
作成日時: 宝暦三年八月十六日 午後六時零分
報告者: 駿河国吉原宿 正善寺 住持 良寛(花押)
事案名: 竹内光忠水難死顕現記録
一、事案発生日時・場所
日時: 宝暦三年八月十三日 午前零時頃(遺体発見時)より、翌十五日 午後四時頃(埋葬完了時)まで断続的に発生。
場所: 駿河国吉原宿 竹内家屋敷、並びに正善寺本堂、吉原湊。
二、故人情報
氏名: 竹内 光忠
享年: 33歳
死因: 水難死(大雨による増水で氾濫した川に落ち、溺死。遺体は数日後、吉原湊の沖合で発見されたが、水中に長く浸かっていたため損傷が激しかった)。
特記事項: 吉原藩に仕える下級武士。生真面目な性格で、藩主からの信任も厚かったと聞く。彼の死は、藩にとっても大きな痛手とされた。
三、事案の概要(時系列順)
八月十二日 午後三時頃: 大雨による水難事故の報せが入る。竹内光忠殿の遺体が吉原湊の沖で発見されたという。遺体の損傷が著しく、通常の葬儀を行うには困難を極める状態であったが、武士の供養は疎かにできないと、正善寺にて執り行うこととなった。連日の雨で、富士川は濁流と化し、吉原宿全体に湿気がまとわりついていた。
八月十三日 午後七時頃(通夜開式): 正善寺本堂にて光忠殿の通夜が始まる。棺は厳かに安置されていたが、その表面からは、微かに、しかし冷気を伴う水蒸気が立ち上っているのが見て取れた。読経中、良寛住持の喉の奥が張り付くような渇きを覚え、背筋に冷たいものが走った。同時に、本堂全体の空気が、まるで底なし沼に沈んでいるかのように重く、参列者の衣類は肌に張り付くような不快感を覚えた。
八月十三日 午後九時頃: 通夜振る舞いの最中、故人の棺が安置されている祭壇の周囲から、微かな、しかし粘りつくような「水が渦巻く音」が聞こえ始めた。「ゴボゴボ…ドロロロ…」と、まるで水底で巨大な何かが蠢くようだった。見ると、祭壇の下の畳から、黒ずんだ水がじんわりと染み出し、その水は奇妙な光を反射していた。そこからは、生臭い川魚のような匂いと、朽ちた木材のような腐臭が混じり合い、本堂を満たした。参列者の中には、青ざめた顔で互いに見つめ合う者もいた。
八月十四日 午前零時頃: 良寛住持が故人の傍らで夜伽を行う。本堂は静寂に包まれていたが、不規則な水音が響き渡る。住持が読経を始めると、棺の中から「チャプ…チャプン…」と、何かが水中で藻掻くような音が聞こえてきた。その音は、光忠殿が激流に飲まれ、苦しんでいるかのようでもあり、あるいは別の「何か」が棺の中で蠢いているかのようでもあった。住持は全身に鳥肌が立ち、読経の声が震え始めた。
八月十四日 午前八時頃(告別式開始): 告別式が始まる。夜伽の間の異変により、住持は強い倦怠感と吐き気を覚えていたが、読経を続けた。しかし、読経の最中、彼の目の焦点が合わなくなり、祭壇の故人の棺が、まるで荒れ狂う波間に浮かぶかのように、不自然に大きく揺れ動いているのが見えた。棺の表面からは、どろりとした黒い水が滲み出し、そこから立ち上る蒸気は、水死体特有の甘ったるい腐敗臭と泥水の混じった、吐き気を催す悪臭を放っていた。住持の体は小刻みに震え、読経の声はついに途絶えた。参列者の顔色は一様に土気色で、まるで水に浸かったかのようにふやけ、誰もが虚ろな目で故人の棺を見つめていた。
八月十五日 午前九時頃(出棺): 棺を霊柩車代わりの荷車へ運ぶ際、良寛住持は強烈な目眩と悪寒に襲われた。彼の眼には、棺が水中でぼんやりと浮かぶ巨大な「何か」の塊に見え、その表面には、水に浸かり膨張した、光忠殿の顔のようなものが無数に貼り付いている幻覚を見た。それは、苦悶に満ちた表情で、住持をまっすぐに見つめ、「我を鎮めよ…」と囁いているように感じたという。彼が棺に触れようと手を伸ばした瞬間、指先が凍るような冷たさに触れた。それは、数週間水中に沈んでいた死体に触れたかのようであった。彼は意識を保つのがやっとの状態であった。
八月十五日 午後四時頃(埋葬完了): 埋葬を終え、寺に戻った良寛住持は、突如として激しい咳と呼吸困難に陥った。彼の全身は異常なほどに冷え切り、口からは大量の生臭い水が吐き出された。それは汗とは異なり、まるで体内の水分が全て濁った水に置き換わったかのようであった。彼はその場で意識を失い、その後数日間高熱に苦しんだ。彼の意識が回復した後も、彼は常に全身に強い湿り気を帯び、水を見ると激しい動悸に襲われるようになったという。そして、彼の寺の井戸水が、その日を境に常に生臭く、濁ったものになったと伝えられている。
四、特異な点と考察
竹内光忠殿が水難死を遂げ、その葬儀が雨の中で執り行われた点が、今回の怪異に深く関与している。
これは、武士としての誇りや、果たせなかった無念が、「水」を媒介として現世に強く干渉しようとしたものと推測される。
故人の魂が、自身の死の状況を再現し、生きている者たちに追体験させようとしたのではないか。
正善寺本堂での「棺からの水蒸気と冷気」「畳からの水の染み出し」「棺からの窒息音と揺れ」「棺からの黒い水と腐敗臭」、そして住持自身の体調不良、特に「全身からの異常な水滴」や「井戸水の変質」といった症状は、光忠殿の怨念が「水」を媒介とし、自身の死の苦しみを物理的に顕現させ、生者の肉体、特に体液の循環を司る部分を「侵食」し、周囲の空間全体を「水底」に変えようとしていることを強く示唆している。
まるで彼の未練が、水という媒体を通して、周囲を「溺れさせる」かのように影響を及ぼしている。
読経という「浄化」の儀式が、かえって怨念を刺激し、住持自身を危険に晒した可能性。怨霊が儀式に抵抗し、それを妨害するために、住持の身体に直接干渉したと考えられる。
特に、住持の体から濁った水が噴き出したのは、光忠殿が水中で感じた苦しみを、彼に追体験させたのではないか。
「棺が水中で浮かぶ巨大な『何か』に見え、光忠殿の顔が無数に貼り付いている」という住持の幻覚は、光忠殿の怨念が、彼個人の苦しみを越え、「水難の怨霊そのもの」へと変質しつつあることを示唆している。
その幻覚が「我を鎮めよ」と囁いたのは、彼自身の鎮魂を求めていると同時に、この怪異を鎮めるための「ルール」を暗示しているかのようである。
この怪異は、単なる精神的な影響に留まらず、肉体的な損傷、特に呼吸器系や体液循環機能への影響を伴う点で極めて危険であり、その侵食性と伝播性が最も恐るべき点である。
武士の無念が、水という根源的な媒体を介して現世に干渉する、根深い恐怖である。
五、対処・対策
良寛住持は光忠殿の魂の安寧を願って読経を続けたが、彼の怨念はすでに住持の理解と力を超えた存在となっていた。
事案後、良寛住持は一命を取り留めたものの、彼の体調は常に優れず、以降、水にまつわる供養を執り行うことを極端に避けるようになった。
正善寺の井戸水は、その後も濁ったままであり、汲み上げるたびに生臭い匂いがすると伝えられている。
この事案を重く見た当時の藩は、水難死した武士の葬儀について、より厳重な体制で臨むこと、特に雨天時の葬儀は可能な限り避けるよう通達した。
また、藩内の水場にまつわる不審な出来事にも警戒を強めることとなった。
六、付記
本件は、「水難死した武士の無念が、雨の日の葬儀を契機に『水』を媒介として現世に強く干渉し、怨霊として顕現した」という、極めて恐ろしい事例である。
極秘記録中の最重要記録として、今後のあらゆる事例の参考に供する。
竹内光忠殿の怨念は、彼個人の悲劇に留まらず、水辺に潜む根源的な恐怖と結びつき、その終わりなき浸食は、今もなお、吉原湊の深い水底に深く刻まれている。




