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秘匿葬送記録  作者: 月影 朔


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黒沢家血脈断絶記録(昭和37年7月15日)

【極秘】秘匿葬送記録:弐拾捌ノ巻

報告書番号: 昭和37-07-15-001

作成日時: 昭和37年7月16日 午前2時00分

報告者: 宮城県深山町 龍泉寺 住職 村上 慈雲(花押)

事案名: 黒沢家血脈断絶記録


一、事案発生日時・場所

日時: 昭和37年7月13日 午後7時00分頃(通夜開式時)より、翌15日 午前11時00分頃(火葬完了時)まで断続的に発生。

場所: 宮城県深山町 黒沢家本宅、並びに龍泉寺本堂。


二、故人情報

氏名: 黒沢くろさわ しげる

享年: 58歳

死因: 脳梗塞による急死(雨の降る夜、自宅で倒れているのを発見される)。

特記事項: 黒沢家は、代々、水運業で財を成した旧家。しかし、ここ数代、雨季の葬儀のたびに、不審な死が続くという奇妙な因習が囁かれていた。直近の10年間で、既に三名の家族が雨季の葬儀の後に急逝している。


三、事案の概要(時系列順)

7月12日 午後3時00分頃: 黒沢家当主の急逝に伴い、葬儀の依頼が入る。当家が抱える不審な連鎖死の噂は、以前より耳にしていたため、村上住職は強い警戒を抱きつつも、自らが担当することを選んだ。連日の大雨で、裏山の小川は濁流と化し、家屋の周囲には常に湿気がまとわりついていた。


7月13日 午後7時00分頃(通夜開式): 黒沢家本宅にて通夜が始まる。茂の棺は厳かに安置されていたが、その表面には、微かに、しかし不自然なほどの結露が生じていた。読経中、村上住職の袈裟の袖が、じっとりと湿り気を帯び始めた。同時に、本堂全体の空気が、まるで深い水底にいるかのように重く、冷たい水滴が皮膚にまとわりつくような不快感を覚え、参列者の間にざわめきが広がった。


7月13日 午後9時30分頃: 通夜振る舞いの最中、故人の棺が安置されている祭壇の周囲から、微かな、しかし粘りつくような「水が滴る音」が繰り返し聞こえ始めた。「ポタ…ポタ…チャプ…」と、どこからともなく水が滴り落ちるようだった。見ると、祭壇の下の床板の隙間から、黒ずんだ水が染み出し、墨を流したように広がり、異様なまでの生臭さと、古びた泥のような匂いが混じり合い、本宅を満たした。同時に、参列者の何名かが、自分たちの足元にも、不自然な水たまりができていることに気づき、動揺が走った。


7月14日 午前0時00分頃: 村上住職が故人の傍らで夜伽を行う。本宅は静寂に包まれていたが、不規則な水音が響き渡る。住職が読経を始めると、棺の中から「ゴボ…ゴボゴボ…」と、まるで水中で窒息するような音が聞こえてきた。その音は、茂が苦しんでいるかのようでもあり、あるいは別の「何か」が水中で呼吸をしているかのようでもあった。住職の喉はカラカラに乾き、読経の声が掠れ始めた。


7月14日 午前8時00分頃(告別式開始): 告別式が始まる。夜伽の間の異変により、住職は全身が水を吸ったかのように重く、疲労困憊であったが、読経を続けた。しかし、読経の最中、彼の目の焦点が合わなくなり、祭壇の故人の棺が、まるで水面に浮いているかのように、不自然に揺れ動いているのが見えた。棺の表面からは、どろりとした黒い水が滲み出し、そこから立ち上る蒸気は、水死体のような腐敗臭と泥水の混じった、吐き気を催す悪臭を放っていた。住職の体は小刻みに震え、読経の声はついに途絶えた。参列者の顔色は一様に青白く、まるで水に浸かったかのようにふやけ、誰もが虚ろな目で故人の棺を見つめていた。


7月15日 午前9時00分頃(出棺): 棺を霊柩車へ運ぶ際、村上住職は強烈な目眩と吐き気に襲われた。彼の眼には、棺が水中でぼんやりと浮かぶ巨大な「何か」の塊に見え、その表面には、水に浸かり膨張した、茂の顔のようなものが無数に貼り付いている幻覚を見た。彼は、その顔が自分を嘲笑い、「次はお前の番だ」と囁いているように感じたという。彼が棺に触れようと手を伸ばした瞬間、指先が凍るような冷たさに触れた。それは、数週間水中に沈んでいた死体に触れたかのようであった。彼は意識を保つのがやっとの状態であった。


7月15日 午前11時00分頃(火葬完了): 火葬が完了し、骨上げを終える。寺に戻る道中、村上住職は突如として、激しい呼吸困難に陥った。彼の全身は異常なほどに冷え切り、口からは大量の生臭い水が吐き出された。それは汗とは異なり、まるで体内の水分が全て濁った水に置き換わったかのようであった。彼は搬送された病院で、原因不明の肺水腫と診断され、意識不明の重体となった。彼の意識が回復した後も、彼は常に水が滴るような幻聴に悩まされ、やがて水への異常な恐怖を抱くようになったという。そして、彼の妹が、その年の秋の長雨の最中、自宅の風呂場で溺死体で発見された。黒沢家の血脈は、そこで途絶えた。


四、特異な点と考察

黒沢家で雨季の葬儀のたびに不審な死が続くという因習が、今回の怪異に深く関与している。

これは、単なる偶然ではなく、家系にかけられた何らかの「呪い」あるいは「因縁」であり、「水」がその媒介となっていることを強く示唆している。

特に、水運業で財を成した家系である点が、水にまつわる因縁をさらに深くしている。

本宅での「棺の結露」「袈裟の湿り気」「床からの水の染み出し」「棺からの窒息音と揺れ」「棺からの黒い水と腐敗臭」、そして住職自身の体調不良、特に「全身からの異常な水滴」や「肺水腫」、そして「妹の溺死」といった症状は、黒沢家の怨念が「水」を媒介とし、自身の死の状況を物理的に顕現させ、生者の肉体、特に水の循環を司る部分を「侵食」し、「連鎖的な死」を引き起こしていることを強く示唆している。

まるで死者の未練が、水という媒体を通して、生者の肉体そのものを「濡らし」「溺れさせる」かのように影響を及ぼしている。

読経という「浄化」の儀式が、かえって怨念を刺激し、住職自身を危険に晒した可能性。

怨念が儀式に抵抗し、それを妨害するために、住職の身体に直接干渉したと考えられる。

特に、住職の体から濁った水が噴き出したのは、黒沢家の先祖たちが水中で感じた苦しみを、彼に追体験させたのではないか。

「棺が水中で浮かぶ巨大な『何か』の塊に見え、茂の顔が無数に貼り付いている」という住職の幻覚は、黒沢家の怨念が、茂個人の苦しみを越え、過去に雨季の葬儀で命を落とした無数の先祖たちの怨念と融合し、「水難の怪異そのもの」へと変質しつつあることを示唆している。

その幻覚が「次はお前の番だ」と囁いたことが、妹の死を予見していたかのようである。

この怪異は、単なる精神的な影響に留まらず、肉体的な損傷、特に呼吸器系や体液循環機能への影響を伴う点で極めて危険であり、その侵食性と伝播性が最も恐るべき点である。

家系の因縁が、水という媒体を介して、血縁者を次々と「溺死」へと誘うという、根源的な恐怖である。


五、対処・対策

村上住職は茂の魂、そして黒沢家の因縁を解くために読経を続けたが、黒沢家の怨念はすでに彼の理解と力を超えた存在となっていた。

事案後、村上住職は一命を取り留めたものの、彼の体調は常に優れず、水を見ると強い恐怖を覚えるようになった。

妹の死後、黒沢家は完全に途絶え、本宅は売りに出されたが、その後も住み着く者はなく、現在は廃墟と化している。

常に湿気が充満し、雨の降る夜には、家の中から不規則な水音が聞こえるという噂が絶えない。

この事案を重く見た当時の宗派は、特定の家系に連鎖する不審死の報告があった場合、特に水にまつわる因縁が疑われる際には、最大限の警戒と、複数名の僧侶による合同での供養を指示した。


六、付記

本件は、「家系の因縁と『水』の怪異が深く結びつき、血縁者を次々と不審な死へと誘う」という、極めて恐ろしい事例である。

極秘記録中の最重要記録として、今後のあらゆる事例の参考に供する。

黒沢家の怪異は、単なる個人の怨念に留まらず、家系の深い闇が、雨季の葬儀を契機に発現したものであり、その終わりなき浸食は、今もなお、深い湿気に包まれた廃屋に深く刻まれている。

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