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秘匿葬送記録  作者: 月影 朔


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奈々子女性葬送記録(平成17年7月15日

【極秘】秘匿葬送記録:弐拾参ノ巻

報告書番号: 平成17-07-15-002

作成日時: 平成17年7月16日 午前1時45分

報告者: 北海道小樽市 慈光院 住職 藤原 泰然(花押)

事案名: 奈々子女性葬送記録


一、事案発生日時・場所

日時: 平成17年7月14日 午後7時00分頃(通夜開式時)より、翌15日 午後0時30分頃(火葬場到着時)まで断続的に発生。

場所: 小樽市総合斎場 やすらぎの間(通夜・告別式会場)。


二、故人情報

氏名: 長谷川 奈々はせがわ ななこ

享年: 28歳

死因: 交通事故(2人乗りバイクの後部座席に乗車中、雨の日のスリップ事故により頭部を強打。即死と判断されるが、遺体の損傷が激しく、頭部の半分が失われている状態であった)。

特記事項: 事故当時、バイクを運転していたのは恋人の山崎真一(29歳)で、彼は奇跡的に軽傷で済んだ。奈々子とは近々結婚する予定であったという。


三、事案の概要(時系列順)

7月14日 午後3時00分頃: 警察より葬儀の依頼が入る。遺体の損傷が激しく、遺族の悲嘆が想像を絶するものであろうと推察された。当寺より住職 藤原 泰然が担当。通夜・告別式の間、激しい雨が降り続く予報が出ていた。


7月14日 午後7時00分頃(通夜開式): 斎場にて通夜開始。遺体の状態から、棺の蓋は閉じられたままにされた。読経中、参列していた恋人の山崎真一が、時折、頭を激しく振る動作を繰り返すのが見受けられた。彼は顔色が異常に青白く、まるで極度の寒さに震えているかのようであった。斎場内は適温に保たれていたにも関わらず、彼の周辺だけ、奇妙な湿気と微かな生臭い匂いが漂っていた。


7月14日 午後9時30分頃: 通夜振る舞いの最中、山崎真一が突然、「聞こえる、聞こえるんだ!」と叫び、耳を塞いでうずくまった。彼は「雨の音が、まるで頭を叩きつけるように響く…そして、奈々子の声が…」と支離滅裂な言葉を口にした。その間、彼の頭部、特に右側から、微かな「カツ、カツ」という、まるで固いものが叩かれるような音が聞こえ始めた。周囲の参列者もその音に気づき、ざわめきが起こった。


7月15日 午前0時00分頃: 藤原住職が故人の傍らで夜伽を行う。静寂の中、棺の蓋の隙間から、僅かに湿ったような空気が漏れ出しているのを感じた。そして、故人の遺影の背景に、雨に濡れたアスファルトのような、ぼんやりとした黒い斑点が浮かび上がった。それは、まるで事故現場の路面を写し取ったかのようであった。住職は読経を続けたが、次第に頭の中に「ザザザ…」という強い雨音と、何かを引きずるような不快な音が響き渡り、集中を妨げられた。


7月15日 午前8時00分頃(告別式開始): 告別式が始まる。山崎真一は再び参列していたが、彼の異変はさらに進行していた。彼の右目の焦点が定まらず、常に虚空の一点を見つめていた。そして、彼の顔の右半分だけが、まるで雨に濡れた石膏のように、不自然に白く固まっているように見えた。読経中、彼の口元が微かに動き、「なんで、俺だけ…」という消え入りそうな呟きが聞こえたという報告が複数あった。その際、斎場の天井から、ぽつり、ぽつりと水滴が落ち始めたが、天井に雨漏りの形跡は一切なかった。


7月15日 午前10時00分頃(出棺): 棺を霊柩車へ運ぶ際、棺が異常に軽いと感じられた。特に、事故で損傷した頭部のある側が顕著であったという。通常の棺の重さとはかけ離れていたため、運搬担当者数名が顔を見合わせた。その瞬間、斎場の外で待機していた霊柩車のフロントガラスに、突然、泥水が叩きつけられたような飛沫が上がり、視界を遮った。外は激しい雨であったが、このような飛沫が上がるほどの水たまりは付近になかった。


7月15日 午後0時30分頃(火葬場到着): 火葬場に到着し、棺を台車に乗せる際、山崎真一が突然、激しい痙攣を起こし、口から大量の泡を吹いて倒れた。彼の右目からは、血の混じった涙が流れ落ち、意識不明の重体となった。彼の意識が途絶える寸前、彼は「奈々子…まだ、そこに…」と呻いたという。その後、山崎真一は病院に搬送されたが、意識は回復せず、植物状態となった。彼の脳のスキャン画像には、右脳の半分が、まるで「えぐり取られた」かのような異常な空洞が確認されたという。


四、特異な点と考察

故人の死因が、頭部の激しい損傷を伴う交通事故であったことと、それに伴う山崎真一の異変、特に右目の焦点の異常や顔の右半分の硬直、右脳の損傷といった症状が、故人の遺体の状態と驚くほど一致している。これは、故人の怨念や未練が、事故を生き残った山崎真一に「憑依」あるいは「転移」したことを示唆している。

「雨の音」「湿気」「生臭い匂い」「水滴」「泥水のような飛沫」など、一連の怪異が「水」と強く結びついている。特に雨の日の事故が引き金となり、雨が降り続く中で怪異が進行していることから、「雨」が故人の怨念を媒介し、増幅させていると考えられる。

山崎真一が訴えた「雨の音が頭を叩きつけるように響く」という感覚は、故人が事故で受けた衝撃を彼が追体験していることを示唆する。また、「カツ、カツ」という音は、故人の頭部が損傷した際の音、あるいは故人の意識が残された頭部から発せられた信号か。

棺が異常に軽いと感じられた点と、山崎真一の右脳の空洞化は、故人の失われた頭部、あるいはその一部が、山崎真一の肉体に取り込まれた可能性を示唆している。

怪異が、故人の死後もなお、生者に深刻な影響を及ぼし、最終的には植物状態にまで追い込んだ点。これは、故人の強い未練や怨嗟が、供養を阻害し、現世に留まろうとしていることを示す。


五、対処・対策

事案発生中、藤原住職は山崎真一の異常に気づき、彼と故人の魂の双方に対する鎮魂の祈りを強く行ったが、その進行を食い止めることはできなかった。

事案後、山崎真一の家族に対し、彼の異変が単なる精神的なものではない可能性を伝え、専門家による治療と同時に、特別な供養を行うことを提案した。奈々子の遺族には、故人の魂が安らげるよう、より念入りな供養を執り行うよう助言した。

今後、激しい損傷を伴う事故死、特に雨に関連する事故の場合は、生者の精神状態に細心の注意を払い、故人の怨念が生き残った者に憑依する可能性を考慮し、事前の入念な浄めと、事故現場への供養、そして複数名の僧侶による継続的な祈祷を徹底する。また、遺体の損傷が激しい場合は、故人の未練が強く残る可能性を念頭に置く必要がある。


六、付記

本件は、死者の激しい怨念が、生き残った者に直接的な身体的・精神的影響を及ぼし、かつ「雨」がその媒介となった極めて稀で恐ろしい事例である。

極秘記録とし、「死者の未練が、生者の肉体を侵食する」という禁忌の可能性を示す最重要資料とする。

山崎真一の意識が戻ることはなく、彼の中に奈々子の「何か」が今もなお存在しているのか、あるいは奈々子自身が彼をこの世に引き留めているのか、その真相は闇の中である。

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