井上家老女送迎記録(平成14年9月18日
【極秘】秘匿葬送記録:弐拾弐ノ巻
報告書番号: 平成14-09-18-009
作成日時: 平成14年9月19日 午前3時10分
報告者: 東京都世田谷区 長安寺 住職 佐藤 隆慶(花押)
事案名: 井上家老女送迎記録
一、事案発生日時・場所
日時: 平成14年9月17日 午後6時00分頃(通夜開式時)より、翌18日 午後1時30分頃(出棺完了時)まで断続的に発生。
場所: 長安寺本堂(通夜・告別式会場)。
二、故人情報
氏名: 井上 絹子
享年: 87歳
死因: 老衰(自宅にて安らかに息を引き取ったとされる)。
特記事項: 生前は足が悪く、長年寝たきりの生活を送っていた。家族思いの優しい人物で、穏やかな死であったと家族は語る。
三、事案の概要(時系列順)
9月17日 午後3時00分頃: 井上家より葬儀の依頼を受ける。故人の穏やかな死に、遺族も比較的落ち着いた様子であった。当寺より住職 佐藤 隆慶が担当。その日の午後から、強い雨が降り続いていた。
9月17日 午後6時00分頃(通夜開式): 長安寺本堂にて通夜開始。読経中、本堂の外の雨音が、通常の雨音とは異なり、まるで何かが地面を引きずるような「ズズズ」という低い音を伴っているように聞こえた。参列者の何人かが外に目をやったが、雨以外の異常は見られなかった。
9月17日 午後8時30分頃: 通夜振る舞いの最中、故人の遺影が置かれた祭壇の奥、本堂の最も暗い隅に、ぼんやりとした人影のような「黒い影」が浮かんでいるのを数名の参列者が目撃。影はゆっくりと形を変え、長いローブを纏った人物のようにも、あるいはただの暗い塊のようにも見えたという。遺族が確認に向かうと、影は消えていた。
9月18日 午前0時00分頃: 佐藤住職が故人の傍らで夜伽を行う。本堂の外の雨音は一層激しくなり、まるで本堂の壁を叩きつけるようであった。その雨音に混じって、故人の棺の傍らに、微かに「カサ、カサ」という奇妙な衣擦れの音が聞こえた。住職が目を凝らすと、棺の縁に漆黒の、深い闇のような「影」が這い上がっているように見えた。それはまるで、故人の魂を迎えに来た「何か」であるかのようであったが、すぐに幻のように消え去った。
9月18日 午前8時00分頃(告別式開始): 告別式が始まる。読経中、本堂の入り口付近に、先日の「黒い影」が再び現れた。影は微動だにせず、故人の棺をじっと見つめているように見えた。参列者の多くがその存在に気づき、本堂の空気が一気に重く、冷たくなった。影の周囲の空間は、まるで雨に濡れたように光を吸収し、不自然に歪んで見えたという。
9月18日 午前10時00分頃(出棺): 棺を霊柩車へ運ぶため、本堂の入り口へ移動する際、棺が「黒い影」の近くを通過しようとしたその瞬間、激しい突風が本堂を吹き抜け、祭壇の供え物が一斉に床に散乱した。しかし、本堂の窓は全て閉まっており、外部からの風であるとは考えられなかった。影は突風と共に一瞬消え失せたが、霊柩車が発車する間際、窓の外の激しい雨の中に、再びその「黒い影」が、まるで霊柩車を追うかのように佇んでいるのが目撃された。
9月18日 午後1時30分頃(出棺完了): 火葬場にて出棺完了。霊柩車が去った後も、長安寺の入り口付近の地面には、激しい雨にもかかわらず、全く濡れていない円形の場所が不自然に残っていた。その場所は、影が最後に確認された場所と一致していたという。
四、特異な点と考察
故人の死因は老衰であり、穏やかな最期であったにもかかわらず、「黒い影」という具体的な「死」の具現化が、葬儀中に現れた点。これは、故人が「お迎え」を必要としていた、あるいは故人の魂がまだこの世に留まろうとしていたためか。
怪異が、雨の日に発生し、雨音が怪異の状況と連動している点が特異である。特に、雨音が「何かを引きずる音」に聞こえたり、影が「雨に濡れたように光を吸収」したりと、「雨」と「影」が密接に結びついている。これは、雨が「あの世」と「この世」の境界を曖昧にする、あるいは「死者」と「生者」を繋ぐ媒介となっている可能性を示唆する。
「黒い影」が複数回、異なる場所で目撃されているが、特に棺の傍らや、霊柩車を追うように現れた点は、故人の魂が「影」に誘われている、あるいは「影」が故人の魂を連れ去ろうとしていることを強く示唆する。
本堂を吹き抜けた「激しい突風」は、単なる物理現象ではなく、「黒い影」の持つ、あるいはそれに伴う「負のエネルギー」が空間に物理的な影響を及ぼしたものと考えられる。
火葬後の「濡れていない円形の場所」は、影が滞在していた場所が、物理法則を超えた異質な空間であったことを示している。それはまるで、影の存在そのものが、雨すらも寄せ付けない「死の領域」を形成していたかのようであった。
五、対処・対策
事案発生中、佐藤住職は「黒い影」の存在を明確に認識しながらも、動揺を抑え、故人の魂が安らかに旅立てるよう、一心不乱に読経を続けた。特に、故人の魂が「黒い影」に惑わされることなく、無事に彼岸へ渡れるよう、鎮魂の祈りを強く行った。
事案後、井上家に対し、故人の魂が無事に旅立ったことを伝えると共に、今後、雨の日の葬儀や故人への供養の際には、より一層の注意と祈祷が必要である旨を助言した。長安寺では、この「黒い影」の現象について、古文書を紐解き、類似の事例がないか調査を開始した。
今後、雨の日の葬儀においては、「死のお迎え」のような現象が発生する可能性を考慮し、特に死の直前まで意識があった故人の葬儀では、より厳重な警護と、僧侶による念入りな浄めと供養を徹底する必要がある。また、参列者への精神的ケアも考慮すべきである。
六、付記
本件は、「雨の日」という特定の条件と、「黒い影」という死を象徴する存在が結びつき、明確な形で現世に干渉した極めて重要な事例である。
極秘記録とし、「死」が時に具体的な「姿」を伴って現れる可能性、そして「雨」が「あの世」との境界を薄れさせるという古くからの伝承が、単なる迷信ではないことを示す資料として、今後の参考に供する。
故人の魂が「黒い影」に引きずられず、安らかに旅立ったことを願うばかりである。




