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秘匿葬送記録  作者: 月影 朔


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斉藤家水葬記録(昭和55年6月29日)

【極秘】秘匿葬送記録:拾弐ノ巻

報告書番号: 昭和55-06-29-012

作成日時: 昭和55年6月30日 午前2時10分

報告者: 岐阜県美濃市 清流寺 住職 渡辺 永順(花押)

事案名: 斉藤家水葬記録


一、事案発生日時・場所

日時: 昭和55年6月28日 午後7時00分頃(通夜開式時)より、翌29日 午後3時00分頃(納骨完了時)まで断続的に発生。

場所: 清流寺本堂(通夜・告別式会場)、並びに寺の裏を流れる長良川支流。


二、故人情報

氏名: 斉藤さいとう 芳子よしこ

享年: 48歳

死因: 不明(数ヶ月前から体調を崩し、衰弱死。明確な病名は特定されず)。

特記事項: 生前は長良川のほとりで生まれ育ち、川をこよなく愛していた。特に、川の水に触れることを好み、毎日のように川辺を散策していたという。死後も「川のそばにいたい」と遺言していた。


三、事案の概要(時系列順)

6月28日 午後3時00分頃: 斉藤家より葬儀の依頼を受ける。故人の遺言により、遺骨の一部を川に流してほしいという強い要望があった。異例ではあったが、遺族の切なる願いを受け入れ、当寺より住職 渡辺 永順が担当。


6月28日 午後7時00分頃(通夜開式): 清流寺本堂にて通夜開始。読経中、本堂の奥、故人の棺が安置されている付近から、微かに水が滴るような「ポタ、ポタ」という音が聞こえたと、複数の参列者が証言。雨は降っておらず、水漏れ箇所も見当たらなかった。音は次第に大きくなり、まるで本堂の床下に水が満ちていくかのように響いた。


6月28日 午後9時30分頃: 通夜振る舞いの最中、本堂に供えられた献花が、突如として異常な速度で萎れ、腐敗し始めた。花びらは黒ずみ、悪臭を放ち、まるで水中で長く浸されていたかのように変化した。同時に、本堂全体の空気が異常に湿気を帯び、壁や柱に微細な水滴が結露し始めた。


6月29日 午前0時00分頃: 渡辺住職が故人の傍らで夜伽を行う。静寂の中、故人の棺の蓋から、微かに「サラサラ」と水が流れるような音が聞こえ始めた。それはまるで、棺の中を水が満たしていくかのようであり、水面に漂うような微かな揺れを感じた。恐怖を感じながらも読経を続けると、水音はさらに大きくなり、周囲に水飛沫が飛び散るような感覚に襲われた。


6月29日 午前8時00分頃(告別式開始): 告別式が始まる。読経中、本堂の床に、まるで川の流れを模したかのような、不規則な水のシミが徐々に現れ始めた。シミは広がり、その上を歩くと、通常の床とは異なる、奇妙なぬめりと、足が沈み込むような感触があった。シミからは微かに川魚の生臭い匂いが漂っていた。


6月29日 午前10時00分頃(出棺): 棺を霊柩車へ運ぶ際、棺全体が異常に重く感じられ、特に故人の足元側が顕著であったと、運搬担当者数名が証言。棺の底からは、微かに泥水のようなものが滴り落ちていた。霊柩車へ収める直前、棺の表面に、まるで水面に描かれた波紋のような模様が瞬間的に現れ、すぐに消え去った。


6月29日 午後1時00分頃(納骨完了): 火葬後、遺骨の一部を故人の遺言通り、清流寺裏の長良川支流に流すため、川辺へ向かった。遺骨を水に流した瞬間、川面が突然大きく波打ち、水流が一時的に逆流したかのように見えた。その際、川面には故人の生前の面影が、まるで水面に映る幻のように一瞬現れ、すぐに消え去った。


四、特異な点と考察

故人が生前、川をこよなく愛し、死後も川のそばにいたいと願っていたという点が、怪異の性質に強く影響を与えている。故人の魂が、川という特定の場所、あるいは「水」という要素に強く執着していると考えられる。

「水が滴る音」「献花の腐敗」「水滴の結露」「水が流れる音」「棺の揺れ」「水のシミ」「ぬめり」「川魚の匂い」「泥水」「波紋」「川面の幻」など、怪異のすべてが「水」に関連する現象として現れている。これは、故人の魂が「水」を媒介として現世に干渉していることを明確に示唆している。

本堂の床に現れた「川の流れを模した水のシミ」や「ぬめり」は、故人の魂が、まるで川そのものと一体化しているかのように、自身の存在を物理的に顕現させたものと考えられる。

棺の異常な重さや泥水は、故人の遺体が川の「力」に深く影響を受け、あるいは既に川の一部と化していた可能性を示唆している。

遺骨を川に流した際に現れた「川面の幻」は、故人の魂が、自身の願い通り川に還っていったことを示しているが、その出現は、故人の未練が完全に消え去ったわけではないことを暗示している。


五、対処・対策

事案発生中、渡辺住職は故人の川への強い執着と、それが引き起こす怪異を察し、読経と共に故人の魂が安らかに川に溶け込み、執着から解き放たれるよう、鎮魂の祈りを強く行った。

事案後、斉藤家に対し、故人の遺志を尊重しつつも、過度な執着は魂の安寧を妨げることを説明。今後、寺として、故人が愛した長良川支流の水辺全体の供養を行うことを提案した。

水難や、特定の自然環境に強い愛着を持っていた故人の葬儀においては、その環境そのものが怪異の媒介となる可能性を考慮し、より専門的な知識と、丁寧な対処が求められることを再認識した。


六、付記

本件は、故人の生前の「自然への執着」が、死後に「水」を媒介とした物理的な怪異として発現した極めて稀有な事例である。

特に、故人の魂が川そのものと一体化するような現象は、自然に対する根源的な恐怖と畏敬の念を抱かせる。

この「秘匿葬送記録」は、人間の精神と自然の力が結びついた時に現れる深淵の闇を示す、重要な資料として今後の参考に供する。

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