序章:秘匿葬送記録
これは、存在してはならない記録である。
我々僧侶は、古来より死者の魂を鎮め、生者の心を慰めることを生業としてきた。
しかし、時に、その役目をはるかに超えた「異状」に直面することがある。
それは、死が引き起こす、あるいは死の場に宿る、この世ならざる現象。
科学では解明できず、一般には決して知られてはならない「怪異」である。
『秘匿葬送記録』とは、このような怪異が発生した葬儀、あるいは死に関連する出来事を、厳重な管理のもと、寺社間で秘密裏に共有するために編纂された文書群である。
ここに記されているのは、単なる怪談ではない。
我々が体験し、目撃し、その場で対処を試みた「事実」の報告である。
死因不明の幼子が棺の中で見せた異様な動き。
孤独死した老人の部屋に残された、無数の小さな手形。
集落全体を包み込んだ、悍ましい「無音」。
親族の憎悪が故人の亡骸に影響を及ぼした忌まわしい供養。
そして、遺影の目が生きているかのように動き、水滴を流した事故死の男。
これらの記録は、それぞれの寺社で密かに綴られ、限られた者のみが閲覧を許される。
その目的は、類似の事案が発生した際の「指針」とすること。
そして、これらの怪異がもたらすであろう「より大きな災厄」の兆候を読み解くためである。
この記録は禁忌に属するものであるが、事実に即した報告として、ここに保管する。