第2話 新米魔王、なつく
「現れたか。其方がマリアーナ様が遣わせた、余を補佐してくれるという者か?」
視界がはっきりした雄太の目に、玉座に足を組んで座る女性が映る。
魔神マリアーナも天女のような美しさだったが、こちらの女性もそれに劣らず美しい。
切長の目に長いまつ毛、鼻は高すぎず低すぎず、唇はプルプルと潤い、青毛のロングヘアーは絹のようにサラサラだ。
グラマラスな体のラインが丸わかりのタイトな黒のレザーワンピースに、赤いマントを羽織っている。
ワンピースの丈は非常に短く、組まれた生足は筋肉とほどよい脂肪が同居した肉感だ。
見たところ20代半ばといったところだろうか。
ただ、マリアーナ同様に目につくのは頭から生えた角。
大型の山羊の角ようにくるりと巻きが入り、巨大なツインテールに見えなくもない。しかし、美しい青い髪に比べて乳白色で硬質感があり、やはり角としか形容できない。
「はい。神崎雄太と申します。本日はお時間いただき、ありがとうございます」
取引先の社長にするような返答をする自分が少し可笑しい。染みついた癖というのはそうそう抜けるものではない。
「余はアイリス・ネイティブ・テイタン。魔王である」
やっぱり魔王なのか。角以外は綺麗な若い女性にしか見えないが、雄太を品定めするような鋭い眼光は、やり手の社長という雰囲気を出している。
「して、其方は何をしてくれるのだ? 何が出来る?」
本当に面接みたいだ。そして、いきなり自称魔王にそれを問われても何と言っていいのか分からない。
マーケティングが出来る? 新規事業開発が出来る? 組織構築が出来る?
雄太は自分のスキルの棚卸しを脳内で高速で行うが、そういった概念が通じるのか、そして、魔王にそれらが必要なのか皆目見当もつかない。
考え込む雄太に魔王が言う。
「済まなかったな、余がどうしたいかを先に伝えるべきであった」
魔王の言葉に雄太はぴくりと反応する。彼女からは確かに並ではない威圧感を受けるが、自分に非があるとすぐに認め、こちらが話しやすいようにと配慮ができる人のようだ。
「余は理想の国を作りたい。誰も搾取されず、安心でき、明日に希望が持てる国だ」
「この世界は荒れているのですか?」
「うむ。魔族と人間はそれぞれいがみ合い、魔族同士ですら争いが絶えぬ。一部の強国が他国を侵略し、戦禍が広がりつつある」
雄太の世界でも同じようなことは起きてはいるが、雄太の国は一応の平和は保たれていた。
ただ、大手企業への富の集中、政治の腐敗による国民の不満の高まりなど、決して理想の国とは言い難い。
「魔王様、アイリス様はご自身の理想の国で世界を手にしたいと?」
失礼な質問になるかもしれないが、大事なことだ。独裁者に手を貸すのは本心ではない。
ここははっきり確認しておくべきだろう。
「ふふ。そのような野望は持ち合わせておらぬ。ただ今の状況に我慢がならんのだ。余はとある魔王の元に仕えておったのだがな、あまりにも酷い環境に嫌気がさし、自分の国を作ることにしたのだ」
「酷い環境と言うと?」
アイリスは思い出したくない記憶を呼び起こすように苦虫を潰すように言う。
「世界征服というお題目だけ掲げて、自分は何もしない。部下に全てを投げているくせに、成果は全て自分のもの。到底達成できぬ目標を置かれ、出来なければ斬首とくる」
さっきまで自分も理不尽な理由でクビになりそうだった雄太はアイリスの話に大きな共感を覚える。
世界が異なってもブラック企業というものは存在するらしい。ここではブラック魔王と言った方が適切なのかもしれないが。
「この間なんて、10倍の戦力差がある国を攻略しろとほざく。私はなんとか敵を打ち破ったが、あの輩は女こどもも皆殺しにしろと言う。そんなことできるか!」
怒りを思い出したくのか、玉座の肘置きをガンと殴るアイリス。
「それは酷い。そんな命令を聞かなかった貴女は正しいと思います」
「其方もそう思うか!? 一事が万事そのような有様なのだ。コロコロと方針は変わるし、我々現場がどれだけ大変かを一切分かろうとしない」
雄太は自分の境遇と重ね、魔王を名乗る角の生えた美人に親近感を抱く。
「こないだはこうおっしゃった、と言うと、そんなこと言ってないとくるんでしょう?」
「そうそう、そうだ! 記憶までお粗末なのだよ、まったく! 其方、話が分かるな!」
―――――
アイリスがどこからか出してきた粗末なテーブルを挟み、盃を酌み交わす二人。
「も〜ほんとありえないでしょ〜?」
「ないない。あいつらに人の心はないのかって。あ、魔王だったか」
「わたしは違うもん! あんな俗物と一緒にしないでよ〜」
二人とも赤ら顔でケラケラと笑う。ブラック話に花が咲き、いつの間にか完全に打ち解けあっている。
「ここに来る直前、社長を殴ってやったんだよ。いやーすっきりしたわ」
「ユタも意外にやるね〜、わたしも一発入れておけばよかった〜」
アイリスは雄太のことをユタと呼ぶようになっていた。ゆうた、は言い難いらしい。
初対面の印象は仕事の出来る綺麗系女子だったアイリス。酒が入るにつれ、語尾を伸ばす話し方もあってなんとも可愛い雰囲気が増してくる。
「ところで、他の人は? 君の仲間たちをぜひ紹介して欲しいな」
雄太改めユタの問いに、アイリスは少ししょんぼりした顔で返す。
「今はいないよ。ゴーヨーク王国のメンバーたちは連れてこれなかった……私の我儘に付き合わせるのは悪いから」
アイリスが元いた国は、ゴーヨーク王が治めるゴーヨーク王国というらしい。
転職や独立時に元の会社のメンバーを引き抜くのはご法度なのと同じようなものか。
「じゃあ四天王とか、十二柱みたいなのもいないの?」
魔王と言えばそういった側近を抱えているものだというユタの謎知識からの質問にアイリスは笑う。
「新米魔王にそんなのいるわけないじゃん〜。憧れるけどね」
「国民は? 王って言うからには領土と民がいるんでしょ?」
「だから〜、私だけなんだってば。領土といったらこのボロ城はあるけど。放置されてたから勝手に使わせてもらってるの」
確かに人の気配もしないし、この王の間と思われる場所もだいぶ年期が入り、蜘蛛の巣や壁のヒビが目立つ。
雰囲気作りの一環なのかと思っていたが、本当におんぼろなだけなようだ。
「たった一人の王、ねえ」
これでは完全にスタートアップの社長だ。
聞けば聞くほど、魔王というのは企業の社長のように思えてくる。本来国王は政治家と言うべきなのかもしれないが、少なくとも今のアイリスにはそちらの方がしっくりくる。
「イヤ? ダメ? ユタ、帰っちゃうの……?」
置き去りにされそうになった犬のような、泣きそうな顔のアイリス。
外見にほだされた訳では決してないが、ユタはアイリスの力になりたいと思うようになってきていた。
しかし、果たして自分に魔王の補佐など務まるのだろうか。
返答に詰まるユタにアイリスは不安そうな表情を見せるが、急に目つきが鋭くなる。
「招かれざる客が来たようだ」