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episode9.理解

 ──暗い。

 深い海の底に沈んでいるようだった。何も見えず、何も感じない。


「……ン……」

 どこかで、誰かの声がした。


「……ジ……ン……」

 ぼんやりと響く音が、ゆっくりと形を持ち始める。

 ジ……ン? 名前か…?誰の……?


 頭の奥が重く、まぶたもなまりのように動かない。

 もう少し、このまま沈んでいたい。そう思った。


「ジン……聞こえてるんでしょ……!」

 声が、近づいてくる。

 水面がかすかに揺れ、光が差し込んだような気がした。


「ジン!!!」


 鋭い叫びが意識の底に突き刺さる。

 じんわりとした光を感じながらゆっくりと目を開ける。


「イフ……?」

 視界の向こう、泣きそうな顔で俺を見下ろすイフがいた。




 「ジン…!よかった………」


 「イフ………」



 イフは心配や安堵あんどのような、そんな感情がうかがえる表情をしている…ような気がする。

 初めて見るイフの表情は、これまた“かわいい”だけでは形容できないほどであり、俺の心をがっちりとわしづかむ。

 その顔が恐怖だけでなく、俺への想いによるものだといいな…と、身の丈に余ることをふと思ってしまう。


 少しの間イフを眺めるうち、寝ぼけていた俺の脳が緩やかに稼働し始め、今がこんなほうけている場合でないと危険信号を出す。

 ハッとした俺は反射的に飛び起きる。


 「イフ!ここは…っ……!」


 飛び起きた俺の体を痛みが襲う


 「ちょっと!動いちゃダメ!!」


 倒れそうになる俺の体が、咄嗟とっさに差し出されたイフの腕にもたれかかる。

 身体中が痛い。特に足だ。足から発せられるズキズキと鈍い痛みが全身を揺らしている。

 なんだ?なんでこんなに痛いんだ?

 痛みに顔をしかめながら目玉だけを向けてみる


 足が無い


 右足が膝下から無く、大量に出血し、血溜りを作っている。


 それを認識した瞬間、今までの出来事がありありと頭の中を流れ、痛みが増す。



 「あ…ああ…あし……あしっ、あしがっ……!あ、あああああああああああああ!!!!!」



 無い足を抱えてうずくまる。指が“断面”に触れ、ぐじゅっという感覚と共に激痛が走る。

 そうだ、俺は足を失ったのだ。あの恐ろしいバケモノにやられて。

 抑え込んでいたものを全て吐き出すように、俺は叫んだ。

 不安、恐怖、痛み、全てを吐き出すように。


 「ごめんなさい…ごめんなさい………」


 イフは力無く座り込み、ただひたすらにごめんなさいと言い続ける。

 イフの声は酷く弱々しく、かすれ、震えている。

 目からは大粒の涙がこぼれ、ほおを伝ってイフの手を濡らし、敗れそうなほど強く握るワンピースにシミを作る。


 「私のせいだよね……私が…私が無理に連れてきたから……そのせいで…ジンの足が………」


 うつむいたままイフは続ける


 「私がもっとちゃんとしてれば…ちゃんと自分のことを守れてたら…もっとちゃんと世界を管理してれば……きっとこんなことにもならなかったはずなのに……私のせいで………ごめんなさい……ごめんなさい……………」


 君のせいじゃない、大丈夫。

 そう伝えたいが、今の俺にはできない。そんな余裕は無い。俺は不安と恐怖と痛みだけで満たされ、それ以外を感じることも発することもできない。

 できるのはただひたすらにこの苦痛からの解放を願うことだけ

 俺は願い続けた─────













 突然、俺を苦しめていた不安と恐怖、痛みまでもが引いていくのを感じた。

 徐々にではあるが、確実にラクになってきているのがわかる。

 「ジン!あしっ、足が!!!」

 イフの声で自分の足を見ると、右足の膝下から壁をやぶったときに見た、あの黒い大きさが不揃いの正方形が浮かび上がるように出ているのが見える。

 浮かんでから少しすると空気に溶けるように消えるそれは傷口をおおい、それと共に今までの苦痛が消え去っていく。

 傷口が全て覆われると同時に、完全に苦痛が消える。


 理解が追いつかない…

 俺の体から出てきたように見えたが、だとしたら俺はなんなんだ?そもそもなんで出てきた?どうしてこれが傷を塞いでいる?わからないことだらけだ……

 俺はこれのおかげで助かった…のか……?

 体の疲労はまだまだ残っているが、さっきまでの苦痛は消えた。原因はほぼ間違いなく、これだろう。


 「ジン、大丈夫なの…?」

 「あ、ああ、大丈夫だ。さっきまでのが嘘みたいに何も感じない。」

 「よかった……」

 そう言うイフの表情は、まだ暗い。

 「イフ………」

 気にしなくていい。そう続けようとしたが、どうにも言葉に詰まる。


 言えない。


 それは俺にとってあまりにも大きすぎることだ。イフにとっても同じらしい。足を失った事実は俺たちに重くのしかかる。

 正直、受け止め切れそうにない。

 今まで普通にあり、これからもあり続けると思った自分の足を失ったのだ。

 だけど…それでも、イフの暗く沈み、生気を感じさせない顔を見るのは…なんとなく、それ以上に俺をらす。

 「気にすんなよ。俺がやりたくてやったことの結果なんだ。イフが気にすることなんか何もない。もう痛くないし、血だって止まってる。とりあえず今はこの黒いのについて考えようぜ。」

 慣れないなりに精一杯イフの気を紛らわそうと試みる。

 「…そうね。ありがとう。」

 イフの顔の血色が少しだけ、良くなったように見える。ひとまずは大丈夫そうだ…

 「何か知ってるのか?これのこと」

 イフに目を向けたまま問いかける

 「申し訳ないけど、何も分からないわ。これが何なのか、何でできているのか、なぜあなたから発生したのか。わからないことだらけね。」

 右手の人差し指を唇に当て、困ったような顔で俺の足を見つめる。


 「…それ、どんな感触なのかしら」

 唐突だな…

 でもたしかに気にはなる。触ったところで何かわかるとは思えないが、ただ好奇心を満たす目的で触ってみたいと思える。

 「触ってみるか?」

 「私が?まあ…いいけど…」

 自分から振ってきたわりにイフの返事は弱かった。俺だって触るのは億劫おっくうなんだよ…

 そろそろと伸びるイフの手を目で追う。

 ゆっくりと伸びてきた手はやがて俺の足先に触れる。


 全く何も感じない。

 「大丈夫?痛くない?」

 「ああ、大丈夫だ。何も感じない。どんな感じだ?」

 「そうね…カッチカチだわ。ちょっとだけある側面は凹凸おうとつがなくてつるつるね。ただ、断面は少しでこぼこしてるわね。それと、この小さい四角形のやつ。これ、触れないわ。触ろうとしてもすり抜けちゃう。出てきてちょっと浮いたらすぐ消えちゃうわね。あと皮膚との境目、きれいに繋がってるわ。みぞとかすきまとかは一切ないわね。見事なものだわ。」

 こいつは何に感心してるんだ…

 …ん?側面?俺が最初に見た時、側面なんてのは少しも無かったように見えたが…見過ごしていたのか?

 まあ、なんでもいいか。

 イフはいまだにその“黒いの“を眺めたり触ったりしている。

 その間に俺は頭の整理を始める。

 突然現れたイフ、無理やり連れてこられた場所、その先で出会ったバケモノ、… 避けることのできなかった攻撃、突き抜けた壁。

 ここは…落ちてきた先か……


 あたりを見渡すと

 汚れひとつ無い真っ白い壁、灰色のタイルが並べられた床、そんなシンプルな色合いのこの場所には、椅子のひとつも無く、あるのは1つの扉のみ。

 なんとも殺風景さっぷうけいなところだ。

 天井には落ちてきたであろう穴などは見当たらず、ただただ真っ白い無地が広がっているだけだ。

 ここで一瞬体の芯に力が入らなくなったように感じ、よろめく。

 どうやら疲れがもう限界まで来ているみたいだ。

 手足に上手く力が入らず、今こうして足を寝かせ体を起こしているだけでぎりぎりだ。

 「どっかによっかかりたいんだが、どうにも体が動かない。疲れてるとこ悪いけど、あそこの壁まで行くの手伝ってくれないか?」

 「…!もちろん!この私に任せなさい!」

 まるでその言葉を待っていたかのような飛びつきを見せる。

 イフの顔がまた少し、明るくなったような気がする。

 立ち上がったイフは俺の後ろにまわり、両腕を脇の下に通して、「ふんっ!」と、思いきり持ち上げようとする。

 瞬間、ビキッ!と乾いた音が鳴る。

 「だっ!!!!!!!!!!!」

 カチカチに凝り固まった俺の体は急に動かされたことで悲鳴をあげる。それと連動して俺も叫ぶ。

 痛すぎる…完全に油断していた分、余計に痛く感じる……

 「ご、ごめんなさい!つい張り切りすぎちゃって…もっと優しくゆっくりやるよう気をつけるわ」

 「よろしく…たのむ………」

 そのまま俺はずるずると引きずられ、かべにもたれかかる。

 「ありがとう。おかげでだいぶラクだ。」

 「いいのよ、これくらい。あなたがしてくれたことに比べたら、なんてことないもの。」

 「いや、そんなこと…

 言い終わる前にイフは体を90度回転させ、こちらに向きなおる。

 「ありがとう、ジン。あなたのおかげで私は救われたわ。この恩は必ず返す。これ以上あなたに甘えてはいられないわ。絶対にここから出してあげる。足だって、絶対になんとかしてみせる。」

 イフはまっすぐに俺を見ている。

 その目は決意に満ち、先程までの弱さを一切感じさせない。

 まるで暗闇を照らす一筋の光のように、心強く希望を感じる目だ。不思議と力が湧いてくるような気がする。

 「わかったよ。期待してる。ただ、俺だってもう巻き込まれた身なんだ。何でもかんでも1人でやろうとしないで、俺のことも頼ってくれよ。足でまといかもしれないけどさ。」

 イフは力強く首を振る。

 「そんなことない。ジンはとっても頼りになるわ。現に私は助けられてばかりで…不甲斐ない限りよね……」

 まずい、またイフが沈みこんでしまう…

 そう思ったが、どうやら杞憂きゆうだったようだ。

 「でももう大丈夫よ!これからはこのイフが、責任をもってあんたを守り通してみせるわ!」

 イフは声を張り上げ、胸をこぶしでドンっと叩いてみせる。

 少し無理をしているようにも見えるが、明るく振る舞うイフが見れてようやく安心した。やっぱりイフはこうでないとな。

 「そんなことよりジン。あんた話し方変わった?柔らかくなったって言うか、なんだか強ばった感じが無くなったような気がするわ。そっちのほうが助かるけどね。前のはちょっと硬かったもの。」

 「そうか?まあ、確かに緊張してたのはあるかもな。」

 「あら、緊張してたの?意外とカワイイとこあるのね」

 「ば…お前!初対面なんだからそういうもんだろ!」

 「私はたいして緊張なんかしなかったわよ?」

 イフはケロッとして言ってみせる。

 それはお前がおかしいだけだろ!礼儀ってものを知れよ!

 そう言い返しそうになったが、このまま堂々巡(どうどうめぐ)りしそうだったのでやめた。

 そういえばこいつは初めから俺のことをあんた呼ばわりしていたな…

 ただ、今はその無礼千万ぶれいせんばんな態度に安心感を感じてしまう。

 俺の影が差している心も、イフがいるだけでいくらか沈みきらずにすんでいる。

 思い返すと俺はこいつにずっと助けられてきたな…


 短いながらも濃かった時間をひとつひとつ思い返す。




 「ありがとな、イフ」




 

 気づいた時にはもう遅かった。

 俺の理性が介入する間もなく、心が言葉を発していた。

 普段は照れくさくて言わないような素直な言葉

 そんな言葉を俺は言ってしまった。

 みるみるうちに顔が熱を帯び赤くなっていくのが自分でもよくわかった。

 次の一手に困り、探るように横目でイフを見る。




 なんだその顔は


 イフはまさしく豆鉄砲を食らったハトのように、目を丸くしてキョトンとこっちを見ている。

 なんだよ!こっち見ん…な…よ………




 「ありがとう、ジン」




 微笑ほほえむように笑って見せたその顔に俺は魂を抜かれたように釘付けになった。

 まるで時が止まったかのように目が離せなかった。

 ただ、一陣の春風が胸を吹き抜けたようだった。

 この笑顔を見る為だけに頑張ったのかと思えるほど、それでよかったと本気で思えるほどに、この笑顔が脳に焼き付いて離れない。いや、俺自身が焼き付けようとしてるのか?

 わからないが、この笑顔をずっと見ていたい。そう、心の底から思えた。


 「ちょ、ちょっと!なになに!どうしたのよ!」


 ハッとした俺は我に返り、あわてて顔をそむける。

 気づいたら横目どころか両目をしっかり開けてイフをガン見してしまっていた。

 くそ…さっきから何やってんだ俺は……

 こいつの前だとどうも調子が狂うな…


 「ほんとに大丈夫なの…?急に豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔で見てくるから、すっごい気味悪かったんだけど!」


 お前がそれを言うか


 「だ、大丈夫だよ!悪かった、少しボーッとしてた。」

 イフは焦って返す俺の顔を疑うように目を細めて、わざとらしくあごに手を添えながら見てくる。

 その目が引き伸ばしたゴムのようにどんどんと細くなるにつれて、どんどんいたたまれなくなってくる…なぜだ……


 「あー……あ、そうだ!俺って今ここにいるわけだけど、むこうでどうなってるんだ?行方不明とかになってたりするんじゃないのか?」

 どうにか抜け出そうと咄嗟とっさに別の話題を持ち出す。

 「むぅ…そらしたわね」

 口をとがらせたイフはまあいいわとでも言うふうに腕を組む。

 「むこうって、あんたがいた地球のことよね。それなら安心なさい。おそらく私たちがここに落ちたタイミングで時が止まっているわ。」

 それはまたとんでもない…

 止まってる?時が?そんなことありえるのか?

 「信じられないといった顔ね。いいわ、教えてあげる。」

 「世界っていうのは、私が動かしているの。つまり、私が私自身のエリアにいない時は世界の管理者たる私がその責務を果たせないがために世界は動かない。要するに時が止まってるってことよ。」

 イフは淡々《たんたん》とわかりそうで全く理解も納得もできないことを言ってみせる。

 「そうは言っても、それはあくまでイフの推測だろ?もし止まってなかったとしたら、管理者のイフがいない世界はとんでもないことになってるんじゃないか?」

 「それは大丈夫よ!実証済みだから!」

 自信満々に親指を立ててみせるイフ

 …なんとなくバカっぽさを感じのはなぜだろうか

 「それはどういうことだ…」

 「あ…いやー……私だってサボりたい時はあるのよ…」

 モジモジしながら先程と打って変わって語気が弱くなる。

 そういうことか

 サボってるとき、つまり世界の管理をしていない時は時が止まっていたからこそ今も時が止まっていると断言できるというわけか…

 俺が知らないうちに俺が居た世界は何度も放置されていたのか…なんとも言えないものを感じるな…

 「めんどくさいならずっとサボってればいいんじゃないか?」

 頭に浮かんだ疑問をさして精査せずにぶつけてみる

 「それがそうもいかないのよね。止まってるとは言ったけど、厳密げんみつにはほんの少しずつ動いてるの。だから、ずっとサボってるとそれこそとんでもないことになっちゃうわ。自分がサボるためだけに世界を壊すわけにもいかないから、仕方なく定期的に管理してやってるってこと。」

 「このまま長居はできないってことか」

 「そーゆーこと!」

 イフはまるで説明した自分を誇るかのように鼻高々に言ってみせる。まるで褒められた子供みたいだ。

 「仮にこのまま世界を放置しっぱなしにするとどうなるんだ?」

 「私の管理下に無い世界は多分、動物だったらある種だけが繁栄したり、突発的な進化や突然変異で生態系がくつがえるとかかしら。宇宙の星々だったら公転周期が乱れたり、周期から外れてしまったりもするかも。今まで生命が存在しなかった星に生命誕生なんてこともざらに起きそうね。ヒトだったら、うーん、戦争起きまくりなんじゃない?」

 「とりあえず地球はまともに住める星じゃなくなることは確かね」


 なんだそれは…

 もしかしなくても、今ってめちゃくちゃにやばいんじゃないのか?

 そんなことをなんでこいつはニコニコしながら言えるんだ…

 自分が何言ってるか分かってないのか?このままだと自分の世界が崩壊するんだぞ!?てか俺もめちゃくちゃやばくないか!?戻ったら既に地球は滅亡してましたとかシャレにならないなんてもんじゃない!!!

 「あはは!ジン!なにその顔!おなか痛いー!」

 イフは俺の顔を見てひーひー言いながら笑い転げている。ほんとになんなんだこいつは…

 「ジン、あんたって面白いわね!赤くなったと思ったら今度は青くなっちゃうんだもの!あんたみたいなヒト見たことないわ!」

 こいつの能天気さを今はうらやましいとさえ思ってしまう。いや、こんな状況でも足をバタバタさせながら人の顔を見て転がりまわっているよりは今の自分のようである方がいいか…

 イフはまだ笑っている




 ひとしきり笑ったあと急にイフが口を開く。


 「あんた足なおってない?」


 見ると、切断された先から真っ黒いものが伸び、足の形をしている。


 「「えええええええええええええ!!!!!」」

 足が生えている!見た目めっちゃ黒いし指動かないけど!生えている!なんでだ!?なんで生えた!?てかいつの間に生えたんだ!?というかこれは生えたと言っていいのか!?くっついてるだけなのか!?

 考えてもわからないことばかりが頭の中を錯綜さくそうし、俺を混乱の渦におとしいれる。

 「イ、イフ!これどういうことだ!?足生えてんぞ!」

 「わかんないわよ!この黒いのがなんなんのかさえわかってないのに、わかるわけないでしょ!」

 そりゃそうだとしか言いようがない答えが返ってくる。ほんとになんなんだこれは…

 急に出てきたと思ったら俺の足をガチガチにして、その後は足を生やす。そういえばこれまで考えてなかったが、俺は大丈夫なんだよな?この黒いのがそのうち全身を覆い尽くして乗っ取られるとか、黒くなった部分から体がどんどん崩れていくとか…


 ないよな………


 嬉しいやら怖いやら、様々な感情が複雑に絡み合い、どんどん俺を侵食していく。いっそもう考えるのをやめてしまいたい。どうせなにもわからないんだから…

 「あ、わかったかも。」


 先程までわからないと言っていたイフが突然口を開く。

 「本当か!?」

 「確証は無いけどね。」

 「なんだっていい、教えてくれ!」

 「うわ、すごい食いついてくるわね…どんだけ心配性なのよ…」

 「まあいいわ、教えてあげる。」

 そう言うとまたもや誇らしげに鼻を高くして言ってみせる

 「ずばり!これは私の力なのよ!」

 …こいつまで俺を混乱させる気か?

 仮にそうだったとしてなんでその力を発揮してるお前自身がわかってないんだよ

 「信じてませんって顔してるわね。考えてもみなさいよ。ここは私のエリアと繋がっている場所、だから一応私のエリアのはずなのよ。つまり私の力が影響を及ぼすことが出来る範囲内のはず。その足のだって、あんたに及ぼした影響は良いものだったでしょ?だから私たちを攻撃してくるこの空間のものじゃないはず。そうなってくると考えられるのは私の力しかないじゃない。そういうことよ」


 わかったようなわかってないような、あまり納得できない説明だった。

 推測とはいえ“はず”という言葉を3回も聞いた。何より力を使っている本人が無自覚というのが引っかかりすぎる…

 「イフは世界を管理する力だけじゃなくて人を癒すような力まで使えるのか?」

 「さあ?わかんないけど使えるんじゃない?私ってスゴイし」

 いよいよもって信じられなくなってきたな

 まあでも、今はそういうことにしておいた方が良さそうだ。

 確証が無さすぎるとはいえ全く信じられない話でもないし、俺がどれだけ考えたって答えは出ないだろう。このまま悩み続ける意味もない。

 「まあ、そういうことにしておくか。」

 「なによ、そのしかたないからそういうことにしておいてあげるよーみたいな言い方。しゃくさわるんですけど」

 横で口を尖らせてブーブー言い続けるイフができあがった。

 そんなイフの小言はシャットアウトして、足を曲げて膝に手を置く。ぼちぼち体の疲れも取れてきたところで俺は立ち上がってみようと思った。

 足が生えたとしても立ったり歩いたりができなければ意味が無い。今の右足は黒い石膏像せっこうぞうのようで、形は細部までしっかりとしているが硬く、義足のバネのように衝撃を吸収したり関節の代わりになったりするようなものは見当たらない。

 出来てゆっくり歩くくらいか…

 残念な気持ちを抱えたまま立ち上がる。

 固定された硬い足で立ち上がることは思ったよりも難しく、あまり地面との摩擦まさつが無いせいか滑るうえに関節がないため、足に上手く力を入れられず容易よういに体勢を崩した。

 「ちょ、ちょっと!あんまり無理しないでよ!フラフラじゃないの!」

 イフが小言を中断し、あわてて俺を支えてくれる。

 「悪い、ちょっと肩借してくれ。」

 「いいけど…もっと休んでからでもいいんじゃないの?」

 「もう疲れはとれたから、この足でどこまでできるのか試したいんだ。それに、ゆっくりしてると世界滅亡だろ?それだけはごめんだからな。」

 イフの助けも借りてなんとか立ち上がってみるも、思ったとおり走ることはできず、少し歩くだけでもたいへんだった。そもそも立っているだけでもふらついてしまうほどだ。

 まず第一につま先が引っかかる。

 いつも通り普通に歩こうとすると毎回のようにつま先が引っかかって転びそうになる。一歩踏み出すのにも意識して右足をより高く上げる必要があってめんどくさい。

 そして第二に膝と腰の負担が大きい。

 右足の重さは今までと全く変わらず、重さという程のものを感じないが、それでも以前よりずっと負担が大きい。これはおそらく足首が衝撃吸収の役割をしていたからだろうか、足をついたときの衝撃がそのまま膝と腰にくる。長く歩くことはできなさそうだ。

 と、ここまで少し、壁からもう一方の壁、距離にして10m程度歩いただけだがもう疲れてしまった。 立っているのが辛くなり、その場にへたり込む。

 無いよりは断然マシだが、あったところでたいした意味は無い。

 同じくしゃがみ込んだイフが俺の背に手を置く。

 「だ、大丈夫よ!この私が絶対なんとかするって言ったんだから、絶対なんとかなるわ!」

 イフの顔は見えないが、なんとなく不安や後悔などのマイナスな気持ちが伝わってくるような気がする。くそ…ずっとあの調子で飄々《ひょうひょう》としてくれてたらいいのに…

 「それもそうかもな。期待してるぜ。とりあえず考えてたってしょうがないんだ。今は先へ進もう。」

 俺はそう、自分に言い聞かせるように言った。

 「そうね、そうしましょう!」

 そのあとに小さくつぶやいたことは聞こえなかったことにした。

 「絶対…なんとかするから……」なんて、そんな気負わなくていいんだけどな…

 俺がしたくてしたことだし、イフにだって何度も助けられた。俺がミスをした結果なのだから、そんなに責任を感じなくていい。

 言っても気休めにもならないとわかっているから口には出さないが、しおれているイフはやりにくい。はやく元に戻ってくれるといいんだが…


 もう一度立ち上がろうとした時、イフがそれを止める。

 「あんたはここで残ってなさい。まともに歩くこともままならないあんたはここに残っている方がいいわ。それに…これ以上私のせいであんたが傷つくのはいやなのよ…」

 そう言うイフは眉間みけんにしわを寄せ、口をキュッとしめて目をらす。

 わかってはいたことだが、やはり止められてしまった。右足がまともに動かない俺は足手まといでしかない。それにこれ以上俺が怪我をすると余計にイフは責任を感じてしまうことだろう。それでも、ついて行きたい、行かなきゃいけないと思った。

 「いやだ、俺も行く。」

 自分でもよくわからないが、このままイフをひとりで行かせるのは、なんだか、気持ち悪い。

 「なんで!あんたまともに動けないでしょ!?そんな体でどうやってついてくるっていうのよ!」

 「それは…わかってる。俺のペースに合わせなくていい。置いていってくれていい。助けてくれなくていい。だから、行かせてくれ。」

 「ど、どうしてわかってくれないのよ!あんたが来る必要はないの!あんたはここで私がこの状況をなんとかするのを待ってればいいの!それだけでいいのに……!」

 そこまで言ってイフはうつむいてしまった。

 体が小刻みに震えている。

 自分の気持ち的な部分もあると思うが、まさかイフがここまで俺のことを気にかけてくれるとは思わなかった。神のような立場にいるのだから、一惑星のたった一人の人間なんてどうでもいいと思っていると思ったが、どうやら違うようだ。初めからイフは俺のことを本気で心配してくれているように感じる。

 そんなイフの思いを踏みにじるようについて行こうとするのはなかなか心が痛む。引くべきなのはわかっている。わかっているはずなのに、そうしてはいけないと強く訴えかけてくるものがいる。まるでなにかに取り憑かれてしまったみたいだ。

 「とにかくダメったらダメだから!あんたはここで待っときなさい!いいわね!」

 ぼーっとしている場合ではなかった。顔を上げたイフはそう叫ぶように言ったあと、ずかずかと唯一の扉の方へ歩いて行ってしまう。

 「イフ!」

 名前を呼んでもイフの歩みは止まらなかった。

 イフが行ってしまう。急いで立ち上がろうとするも、上手く立てない。くそっ…この足さえ動けば…

 もたもたしている間にもうイフはドアのすぐ前にたどり着いている。

 このまま行かせてはいけない

 そんな気がどんどん強くなり、俺を責め立てる。

 イフがドアノブに手をかける。


 「イフっ!行くな!!!」


 イフがドアを開け、一歩踏み出そうとした時。


 走り、イフの服を掴み、思い切り横に跳ぶ。


 その勢いのまま俺たちは床を滑る

 「ちょ、ちょっと!なにすん…」

 そこまで言いかけたイフは俺を見て固まる。

 自分でも何が起きたのか、何をしたのかわからなかった。イフを行かせたくない一心で、無意識のうちに体が動いていた。

 反射的に足を見ると…


 生えている

 黒いなにかではない、俺の元の肌と同じ色の足が。

 ところどころに残る黒い班点はみるみるうちに小さくなり、やがて肌に溶けるようにして消える。

 足首を伸ばしたり指を曲げたりしてみるが、特に痛みや違和感も無く、以前のように動かせる。

 どうやら本当に治ってしまったようだ。

 「え、あし……え!?」

 目と口を大きく開けたイフがあたかも想定外というふうに大声を出す。たしかに足が治ったことは驚くべきことだが、今の俺たちに驚いている暇は無かった。

 「落ち着け!イフ!今はそれどころじゃない!」

 そう言って俺は扉の正面の壁を指でさす。

 イフも気づいたようだ

 壁に突き刺さる巨大な黒い槍のようなもの

 俺がイフを引っ張った理由

 イフを掴んで跳ぶ瞬間に飛んできたもの

 この巨大な槍を投げられるような存在が俺たちを狙っている。


 一筋の汗が頬を伝う


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