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俺に愛せぬ君はいない  作者: オヤユビノツメ
7/7

episode7.懸命

間3ヶ月半

 「とりあえず、これからのことを考えましょ」


 俺たちは瓦礫がれきと棚の影に身を隠し、声をひそめて話し合った。


 「一旦の目標はここから出ることね。あんな危ないやつがいる所になんて、長居したくないもの。」

 「となると、まずはここの全体図の把握だな…と言っても、薄暗くてあまり遠くは見えないし、ヤツがうろついている以上、好きに動くこともできないな。」

 「それが問題なのよねぇ …」

 イフは固く結んだくちびるに親指をあて、難しい顔をする。ほおに白銀の髪がかかり、その髪がかすかな光を反射しキラリとかがやく。



 抜き差しならない状況にもかかわらず、そのイフの美しくはかなげな姿につい見()れてしまう。

 先程までの恐怖と闘志とうしはどこへ行ってしまったのか、自分の能天気さがほとほと嫌になる………

 ぼーっとただ無気力にイフをながめていると、

 「ん?なによ、なんか思いついたわけ?」

 「…え?あ、あぁ……」

 急に話しかけられてとっさにいい加減な返事をしてしまった。もちろん何も考えてない。頼む…聞き流してくれ………

 「言ってみなさい」


 聞き流してはいただけないようだ…

 さて、どうしたものか………


 「あー…激しく動いてみるってのは……ど……う………」

 パッと頭の中に思い浮かんだことをそのまま口に出したが、イフの表情がどんどん怪訝けげんそうなものになっていくのを見て、肩はすくみ、語尾にかけて声は小さくなっていった。

 俺が意味不明な提案をしたことはわかっている。だからそんな目で俺を見ないでくれ、イフの目は俺の頭がどうかしてしまったのかと疑っているようで…


 ココロがイタイ………


 「さっき好きに動けないって言ったばっかじゃない、何言ってんの?」

 「いや…あのー……あれだ、ヤツがどれくらいの範囲の音を聞くことが出来るのかとか、出口がどこにあるのかとか、ここの広さとか、色々調べるために動いた方がいいんじゃないかなー…と……ここでこのままじっとしていてもしょうがないだろ?」

 俺は脳細胞をフルに稼働かどうさせ、先程の無鉄砲な発言をカバーする理由を並べた。

 「ふーん…それならそうとまぎらわしい言い方しないでよ、頭がおかしくなっちゃったのかと思ったわ。」

 やはりそう思われていたか…

 イフの怪訝けげんそうだった表情が崩れていく

 よかった…何とか持ち直せたようだ……


 「まぁ、確かにあなたの言う通りね。ここに居ても何も変わらないもの。まずは、そうねぇ…」

 そういうとイフは立ち上がり、足元に転がる瓦礫がれきの中から、彼女の小さな手でちょうどにぎれるくらいの大きさのものを持ち上げると、

 「聴力検査からいくわよ」

 そう言ってヤツの足音が遠ざかっていった方へ投げた。それは綺麗きれいな放物線を描き、途中の棚を超え、急いで俺の隣へ戻ってきたイフが身をかがめるのとほぼ同時に、「ゴッ」と床とぶつかり鈍い音をひびかせた。

 俺たちは息を殺し、ヤツの足音が近づくのを今か今かと待った。


 が、ヤツのあの床を引っく不快で身震みぶるいする音は、いつまでっても聞こえてこない。聞こえなかったのだろうか。

 「聞こえなかったのかしら」

 「…そうみたいだな」

 「次はもう少し遠くに投げてみましょう」

 そう言うとイフは俺にさっきよりふたまわりほど大きな瓦礫を俺に手渡し、

 「あっちに向かって投げてみてちょうだい」

 と、足音が遠ざかっていった方を指さす。

 「あんまり力は入れなくていいかも。でも抜きすぎないで、私が投げたのより遠くに、でも遠すぎずのところに投げてほしいわ。」


 イフはさらっと無茶なことを言ってきた…

 お前がどこに投げたかとか知らねぇよ!落下したところもこの薄暗さと棚で見えねぇし!俺が投げてたならさっきより力入れたらーとかあるけど!さっき投げたのお前じゃねーか!どんぐらいで投げたらいいのかわかんねーよ!

 そんな愚痴ぐちを頭の中で吐きつつも顔では平然へいぜんよそおいながら、俺は立ち上がり、イフから受けとった瓦礫をテキトーに、それっぽく投げた。




 遠く、けれど先程よりもずっと大きな音が聞こえた…


 棚が倒れ、陳列ちんれつされていた物が床にバラかれる音が…それはもう大きく……


 立ってみてわかるが、棚はすべて自分の身長より高い。2mほどだろうか、横幅はさらにそれの2倍くらいの大きさだ。さらには金属製のようであるため、こんなものが倒れればそれは大きな音がするというものだ。

 びんが割れ重い何かが落ち、棚が倒れ、その棚がまた別の棚を倒し……

 とにかくすごい音が少しの間鳴り響いた………


 良く考えれば…いやよく考えなくとも、これだけ棚が並んでいるところに投げれば、そりゃ倒れるというものだ。逆によくイフは倒さなかったものだ。


 イフを見ると……思ってもいなかったほどの音だったんだろう。目を見開き首をちぢめ歯を食いしばり、固まっている。


 …

 とりあえず、それ以外の足音は聞こえない。

 「よかった…」

 「よかないわよ!」

 イフが声をひそめて、しかし最大限大声で、食い気味ぎみにかみついてきた。

 「なんであんなバカみたいにでかい音出しちゃうのよ!びっくりするじゃない!」

 「ご、ごめん…でも仕方なく無いか?ここで綺麗きれいに床だけに投げて当てるなんて、無理だろ?」

 「私はできたわよ!」

 知らんがな…

 どうせたまたま偶然そうなっただけだろ!俺には無理なんだよ!

 完全に自分中心の理論をり出すイフに言い返す気にもならず、ムスッとした顔でささやかな反抗心はんこうしんを見せたが…イフにはノーダメージのようだ。「まぁいいわ」と言ってくるりとこちらに向き直り、話し始める。

 「こんだけでかい音出しても、それ以外の音は何も聞こえないわね。案外あんがい耳が悪いのかしら。」

 「それか、この空間がめちゃくちゃ広くて、今の音が聞こえないくらい遠くに行ったとかな。」

 「あいつの位置が特定出来なかったのは残念だけど、近くに居ないならそれはそれでいいわ。音で誘導ゆうどうとかさせられたら楽だったんだけど…」

 近くに居ないといううれしすぎる現状に不満気ふまんげな表情を浮かべるイフ。いやに冷静というか図太ずぶといというかなんというか……

 そんなイフになんともいえぬ敗北感をいだきながら次の動きを話し合う。


 「次はどうする?出口を探すか?」

 「そうね。出口を探しましょう。ただ、まだ完全に安全が保証された訳じゃないから、警戒けいかいしつつ行きましょう。」

 そう言ってイフは瓦礫を2,3個ほど手に取り、ここに飛び込む前にいたヤツと遭遇そうぐうした通路へと歩いていく。

 通路の壁に手をつき、

 「この壁沿()いに行きましょう。」

 そう、こちらを振り返りながら言った。

 俺もいくつか瓦礫を手に取り、念の為と目の前の壁に傷をつけ、イフの後につづく。





 それなりに歩いた。


 持っている瓦礫や周りにある物を定期的に投げ、ヤツの反応があるか確かめながら、慎重に進んだ。

 おかしい

 全く出口らしきものが見つからない。ドアも、屋根裏部屋に続くようなハッチも、ここに来た時のような、別の空間へ繋がるような部分も、何も無い。

 ただ無機質な壁が続き、たまにかどが見えるだけだ。

 そして今目の前にあるのが、4度目の角。

 角はすべて右へ道が続くつくりになっていた。

 つまり、一番最初にここへ来た時の角だ。

 自分がつけた壁の傷もそのまま、無機質に残っている。


 それに、一度もヤツが音に反応を見せなかったのも気がかりだ。

 ヤツはどこにいるんだ?とんでもなく聴力が低く、さらにこの空間の真ん中あたりにずっといる。それか都合つごうよくたまたま俺たちの出す音が聞こえない位置を移動し続けているとでもいうのか?


 ……おかしい


 「何も無かったわね…一応棚と棚の間も見てたのに……真ん中らへんにあるのかしら。変なつくりだわ。」

 イフは口をとがらせ、ブツブツと文句をれている。


 俺は、なんとも言えぬ悪寒を感じていた。




 「次は棚の間の通路をめるわよ」


 そうして俺たちは手前の通路から順に探して行った。先程と同じく、定期的に音を出しながら。

 棚は等間隔とうかんかくに並んでおり、1列に棚ひとつがズラっと並び、棚5台ごとに両側の通路へ通じる為のあいだが空いている。




 見覚えのある壁が見えた。

 ここに来るまで何も無し。最初こそ出口があると信じていたからまだ余裕よゆうがあったが、後半になると淡々《たんたん》と流れ作業のように、ただ歩くだけというような状態になっていた。

 薄々《うすうす》、お互い勘づいていた。


 出口は無い


 そのうち、とうとう最後の通路を歩き終わり、またあの壁の目の前へとたどり着いてしまった。


 なんとも言い表せぬ、全身の鳥肌がザワザワとするような、心臓をギュッと握られるような、そんな感覚が俺をつつむ。

 ここまで、ヤツの反応は一度たりとも無かった。

 ヤツはどこへ行ったんだ?出口は本当にあるのか?ここはなんなんだ?俺はここから出られるのか?俺は………


 おれは 生きているのか?


 考え始めると止まらない。暗い考えが頭の中をグルグルと駆けめぐり、どんどん自分を不安にさせていく。キツい。


 そんな俺の不安を吹き飛ばしたのは、やっぱり彼女だった。


 「ちょっと、なにボサっとしてんのよ。まだ終わったわけじゃないわ。やれることはきっとあるはずよ。」


 ものすごく淡々《たんたん》とした、少し俺への不満が含まれたその声に、俺は救われた。どうしてかはわからないが、その声が俺の不安を打ちこわしてくれた。俺を取り巻く雑念ざつねんを消し去ってくれた。

 また、助けられてしまった。


 イフは、呆然ぼうぜんと自身の顔を見る俺に顔を引きつらせ、引き気味ぎみに言う

 「な、なによ…その顔でこっち見るのやめてくれる…気味が悪いわ……」


 イタタ………


 確かにその通りだが…そこまで言われると、クるものがある………

 でも、ものすごくれとした気分だ。もうどこにも不安は残っていない。

 「悪い、もう大丈夫だ。」

 「大丈夫って…何がよ……」

 打って変わって、急に笑みを浮かべた俺をイフは苦虫にがむしつぶしたような顔をしつつ、「まぁいいわ」といった様な具合で髪をなびかせ、その華奢きゃしゃな体を壁へ寄りかからせる。

 あの白かったワンピースは多少汚れてしまっているが、ノースリーブから見える陶器とうきのような細腕ほそうでは、相変わらずの白く、それでいて暖かさを感じる色のまま組まれている。

 「とは言ったものの…結構もう手詰まりね……」

 そうだ、出口らしきものはなかった。あったのは綺麗きれいに並べられた棚と、無機質な壁と床、陳列ちんれつされたびんやビーカー、ダンボール、白紙がはさまったファイル等のゴミだけ。

 正直、打開策だかいさくなどあるとは思えない。

 ひとまず、イフの正面に腰を下ろしてしゃがみ込み、つかれた足を休ませる。

 「今は一旦休もうぜ。少し疲れた。ヤツもなんでか知らんが、居ないみたいだしな。」

 「それはそうだけど…ちょっと油断しすぎじゃない?まぁ、休むのには賛成ね。足が痛いわ。」

 イフは壁にもたれかかりながらズルズルと体を下ろし、足を伸ばして指を開いたり、閉じたりしている。器用なものだ。






 ギギ………





 イフの言う通り、俺は油断しすぎていたのかもしれない。最初から。なぜ考えつかなかったのか、なぜあんなにも疑問を持ちながらその考えにたどりつかなかったのか。なぜ、

 ヤツがすでにこちらを捕捉ほそくし、足音を消して近づいている。

 と考えられなかったのか。


 いや、今はそんなことを考えている暇は無い。音は上からだ、早く逃げ………

 しゃがんでいただけの俺はともかく、足を床に寝そべらせ、深く腰をおとしているイフは、すぐには動けない。

 とっさに俺はイフの腕をつかみ、もう一方の手で体を支え、力任せに投げ飛ばした。その後すぐ、俺もそっちに飛び込んだ。




 人生、そうラッキーの連続ということは無いようだ。今回はダメだった。


 ズンっと鈍く、重い衝撃が体中を走る。振り回され、思いきり地面にたたきつけられたかのような、感じたことの無い衝撃。


 ボト………


 何かが俺の目の前に落ちる。

 黒色の布をまとい、見覚えのあるスニーカーをいた()()は、赤黒い液体を垂れ流している。

 なんだか、そこにあるはずのものがないような感じがする。なにか、けているような。なんだろう。

 霧がかかったようにぼんやりとした頭で考えようとするが、そのとき、


 イフの、これまでの人生で聞いたことがないほど甲高かんだかく、悲痛ひつうな叫び声が聞こえた。


 その声でトびかけていた意識が強制的に引き戻され、それと同時に理解する。


 ()()は俺の足だ。


 すぐにけたが、さすがに間に合わなかったようだ。膝下からザックリといかれている。右足か?感覚がない。

 そこまで認識したとき、金輪際こんりんざい経験することがないであろうほどの激痛が俺をおそう。

 本能的に肺の中の空気をすべて出し尽くすほど叫び、それが枯れてもなお嗚咽おえつのようなものを絞り出す。

 ただよう冷気が狂気のように傷口を痛めつける。

 痛覚以外の感覚全てが麻痺まひしたかのように、痛み以外、何も感じない。

 壮絶そうぜつな痛みに体をちぢもだえ苦しむ中。汗と涙でぼやけた視界に、恐怖からなのか罪悪感ざいあくかんからなのか、とんでもなく恐ろしいものを見たかのようにひどく顔をゆがませ、ペタンと座り込んだまま固まっているイフがいる。

 よかった。どこもケガしてないみたいだ。それだけでむくわれたような気持ちになり、激痛に打ちひしがれる心がやすらぐ。


 ギギギ……ガ………


 後ろからまたあの恐怖をあおる音が聞こえる。俺は動けない。逃げられない。でもイフは…

 イフはまだ動ける。まだ逃げられる。助かる可能性がある。



 「………ろ…」


 耐えがたい苦痛におそわれる俺の声はあまりにもか弱く、放心状態のイフの耳には届かない。


 「……げ…ろ」


 イフが俺の声に気づいたようだ。依然いぜんへたりこんだままだが、呆然と虚に注がれていた視線が俺の口元に寄せられる。



 「逃げろ……!!!」



 やっとの思いで出た俺の声に、拡散していた意識を取り戻したイフと目が合う。その目はひどくおびえ、初めて会った時のあのうるさいほどの輝きは無くなっていた。


 「っ……で、でも…」

 「行け!!!」

 俺は出せるだけの声を出し切り、叫んだ。

 同時に、気管へと入り込んだ唾液だえきで激しくむせる。吐き出された体液には赤いものも混じっている。口の中に鉄の味が広がる。

 かすむ視界にわずかにうつったのは、ボロボロになったワンピースを着て、華奢きゃしゃな脚で懸命けんめいに地をり、細腕を大きく振りながら遠ざかる少女の姿。


 そうだ…それでいい……


 俺が助かることは無いだろう。ただ、恐怖は感じない。どこか誇らしいような、むくわれたような、うれしいような、そんな気持ちだった。

 俺は何かをしたかったのかもしれない。

 クソな自分の人生に何か意味を見出みいだしたかったのかもしれない。

 今更考えても仕方の無いことばかりが頭に浮かぶ。


 最後の力を振り絞り、血で赤く染まった手を伸ばし、素通りしようとする足をつかむ。

 冷たく硬い、いびつな足。


 「おまえは……行かせ…ない………」


 こんな手など、容易たやすく踏み潰されて終わりだろう。

 それでも、こんな無意味なことでも、したいと思った。行かせたくなかった。行かせるわけにはいかなかった。理由はわからない。ただ、生きてほしいと思った。自分を犠牲ぎせいにしてでも。


 そろそろ時間か…


 俺の手を軽々と退けたヤツがこちらに向き直り、鋭い爪のついた振り上げた。


 刹那、真っ直ぐと俺を見るイフの顔が浮かぶ。






 ああ、今、わかった…










 イフ
















 俺は






















 君のことが………


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