episode5.遭遇
ダン!!!
着地の瞬間、抱きかかえたイフの重みが瞬間的に腕や足にくる。
たいした高さではなかったが、足が痺れる。
上を向き、飛び降りてきたところを見ると、そこに木目のある天井は見えない。見えるのは、ただひたすらに黒い闇だった。
逃げ切れたことに安心したからなのか、力が抜け、その場にへたり込む。
イフを床に横たわらせ、呼吸を整える。
ここはどこだ?
辺りを見回すとそこは倉庫のような場所の一角だった。
金属製らしき棚が並び、そこにダンボールや瓶などが所狭しと置かれている。棚で見通しが悪く、この空間の全体図を把握することは出来ない。
自分の居る空間の角からまた別の角は見えなく、それなりの広さはありそうだ。
床は冷たく、硬い。コンクリートか?
特に照明らしきものは見当たらないが、ぼんやりと明るい。
埃の匂いが俺の鼻を刺す。
身震いをする。この空間全体に妙な冷気が漂っていて、気味が悪い。
「ん………」
「起きたか…」
腕で体を支えながら、イフが体を起こす。
ゆっくりと辺りを見回し、キョトンとした顔で聞いてくる。
「どこよ、ここ」
「こっちが知りてぇよ…君が突然倒れて、部屋が崩れて、失くなっていって…どうしようもなかったから穴に飛び込んだんだ」
上手く説明出来ていないのは自分でもわかる。これで理解できたら驚きだ。案の定イフは怪訝な顔をして、首を傾げながら言う
「何を言っているのかわからないわ」
そりゃそうだ
でもこれ以上なんて言えばいいんだよ…
「逆に聞くが、君はわからないのか?ここがどこなのか。君の部屋の下にあったんだぞ?」
「知らないわ」
俺の希望交じりの質問は、バッサリと切り捨てられた。
「私自身のエリアなら、自分でもわかるんだけど…この空間には何も感じられないわ。私のエリアとは無関係の場所よ」
「そうか…」
頼みの綱だったイフが何も知らないなんて…
床に寝かせた足から、微かな冷たさを感じる。
体から何かが抜けていくような感覚に陥る。
「あなた、今ここでゲートを出すことは出来ないの?ここがどこなのか、なぜこうなったのか何も分からない今、一旦ここから離れた方がいいと思うの。」
「なんだか気味が悪いし…」
そうだ、忘れていた。俺にはあのゲートを出す力があった。その事に気が付かなかった自分の間抜けさに腹が立つと同時に、恥ずかしさを覚える。
さっそく手を前に出し、頭の中であの真っ黒いゲートを思い浮かべる。
…
…
…
出ない
何故だ?前はこれで出たはず…
「ねぇ、ふざけてないでちゃんとやってよ」
そんな文句を言うイフだったが、俺の顔がみるみると青ざめていくのを見て、ふざけていないことを感じとったようだ。
「ねぇ、本気?ほんとに出ないの?」
「…そうみたいだ」
「ちょ、ちょっとぉ!ウソでしょ!?冗談じゃないわ!」
俺だって冗談だと思いたい
こんな訳の分からない状態から抜け出せないなんて…
一筋の汗が額から頬を伝って落ちる
「本当だ…本当に出ない………」
「そんな…」
感じていた冷気が、更に冷たくなったような気がする。
「………何の役にも立たないわね」
イフがボソッと口にする
「は?元はと言えば君が無理やり連れてきたんだろ?そんなことを言われる筋合いは無い!」
空気が一気に張り詰める
「むしろ俺が君にそう言いたいよ!」
「こんなことに巻き込んでおいて、肝心な時は寝たまま?挙句の果てには俺にケチつけるのか!?ふざけるのもいい加減にしろ!」
言い終わってから、自分の発言を後悔する。勢い任せに言いすぎてしまった…
イフを見ると…案の定目に涙をうかべ、顔を真っ赤にして歯を食いしばり、プルプルと震えていた。
「あ…ちが…今のは……」
訂正しようとしたが、どうにも言い訳が出てこない。俺の言ったことは紛れもなく本心だった。
俺がどうしようかと1人ドギマギしていると、
「ごめんなさいね…」
意外にも落ち着いた口調で、下を向いたままそう言うと、急に立ち上がり、
走り出してしまった。
「おい!ちょっ…」
ちょっと待て!そう言いかけた時だった
何かが俺に危険を告げる
気づいた時には飛び出していた
「危ねぇ!!!」
ドガァっ!!!!!
間一髪、俺はイフを抱きかかえ、飛び出した勢いのまま硬い床を滑っていく。
何が起きたのか分からなかった
ただひたすらに、決死の思いで飛び出した。
「ゴホッゴホッ!」
大きく咳き込み、埃の入った目を擦りながら、音のした方を見る。
埃が舞い上がり、よく見えない。
「ケホッケホッ…ケホッ………な…何が起きたの?」
イフも何が起きたかわからなかったようだ
だんだんと舞い上がった埃が落ち着き、影が見えてくる。
あれはなんだ?人ではない。しかしものとも思えない。
………微かに動いている?
「ちょっと…何が………」
イフも見たようだ
なにか、とても嫌な予感がする。
ここに来てからずっと感じてはいたが、あんな悪寒がする程度では無い。絶え間なく出続ける冷や汗が気持ち悪い。
「何…あれ………」
舞う埃の中からそれは姿を現した。
2つの関節でそれぞれ歪に曲がった4本の指がついた肘に出っ張りのある細長い手
異常に発達した脚には、鳥類のような鉤爪がついている。くびれた胴体や細い腕と比べると、そのアンバランスさが際立つ。
表面に鱗などは見られなく、紫がかった黒色で、光を反射し淡く光っている。かなり硬そうだ。
つるんとした頭部には目や鼻、耳などは無く、鋭利で巨大な歯だけが剥き出しになっている。
そんな“バケモノ”としかいいようのないそれは、足元の無惨にも壊された棚や瓶、壊れた壁の瓦礫を邪魔そうに見下ろしている。
俺は直感した
死ぬ
前回傍点ミス→修正→反省