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俺に愛せぬ君はいない  作者: オヤユビノツメ
4/7

episode4.畏怖

 「ほら!着いたわよ!私のエリアに!」


 ズルズルと引きずられ、なすがままの俺はとうとうエリアに着いてしまったらしい。イフに掴まれていた腕をさすりながら体を起こし、あたりを見回す。




 驚いた




 ピンクのカーペットが木目調の床の中央に敷かれている。その上に置かれた丸机。

 俺から見て左の白い壁際には、木製のテレビボードがあり、薄型のテレビが置かれている。大きさはだいたいブラウン管テレビを2個並べたくらいだろうか。丸机もそのくらいだ。

 左側には白い本棚らしきものの側面が見える。


 正面に見える壁には左から、タンス、窓、観葉植物と並んでいる。

 タンスはこれまた木製で、金色の金属製の取っ手が着いた両開きのものだ。窓は壁の真ん中にあり、カーテンの隙間から、ガラスを通して青々とした草原と雲ひとつない快晴の空が見える。

 白い鉢に植わった濃淡まだらな茶色の幹と、くすんだ緑の葉の観葉植物は、なんだか見ていて落ち着く。



 普通の部屋だ…



 世界を管理するところと聞いていたから、すごい設備があるとか、近未来的な内装とか、そういうのだと思っていたが…


 ものすごく普通だ…


 ほうけていると、イフが言う

 「どう?私の部屋、カワイイでしょ」


 自慢げに腰に手を当て、今だに引きずられてきたままの体勢でいる俺を見下ろしてくる。


 「え?ああ…そうだな………」

 「何よその返事」

 俺の方に前かがみになり、眉をひそめ口を尖らせ、不満気な表情で素早く返された。

 

 「ま、別にいいケド」


 そういうとイフは振り返り、丸机の向こう側に回り込んでドカッ!と座る。あぐらをかき右手で頬杖をついている。

 振り返り際にぶわっと広がった白髪は窓からの木漏れ日を反射し、キラりと輝く。ワンピースの裾から覗く小さな脚は、まるで床に線が引かれているかのように、一直線上を歩いていた。


 「そんなことより!」


 突然の大声に一瞬体が跳ねる


 「問題はこれよ、これ」


 頬杖をついたまま左手の指で自分の頭をコツコツとたたく。


 「やっぱり、相変わらずノイズがかかったような感じがするわ。世界の状況がよくわからないし、干渉することだって上手く出来ないまま。」

 「あんた連れてくればなんとかなるかなー、なんて思ってたけど、そんなこと無かったみたいね。」


 イフは大きなため息をついた。悪かったな。使えないヤツで。

 すきま風だろうか。少しサムい。


 なんとなくいたたまれなくなった俺は、くずした体勢から立ち上がる。寝起きでバキバキの体を伸ばしていると、

 「てかあんた、ダサくない?」


 失礼にも程がある。


 「しょうがないだろ。寝て起きてでこんなことになって、着替える暇なんてなかったんだから。」


 「ちょっと待ってなさい」


 そう言うとイフは立ち上がり、タンスを開け、ゴソゴソと何かを探しだした。

 寝癖でボサボサの頭を掻きながらイフを見ていると、テレビボードの棚部分に並べてある本の背表紙が目に入った。


 『私のハツコイ』『トウトツトッキューLOVE』 『盲目な私の鮮明な恋』『愛されすぎても困っちゃう!』


 …


 そういう系がお好みですか…


 他にも外国語で書かれた色々な本があるが、色や所々に描かれたハートから、だいたいそういう本なんだろうと予測がつく。


 イフの意外な娯楽事情にかわいげを感じていると、


 「はいこれ」


 いつの間にか目の前に来ていたイフが手渡してきたのは、黒いカーゴパンツにベルト、灰色で白いボーダーラインが1本入った靴下。白いスニーカー。それに、白色の無地のパーカー…じゃなかった……背中に黒で大きくドラゴンが描かれている………


「あっち向いててあげるから、着替えなさいよ」


 これを着るのか?俺はもう17だぞ?こんな子供が着るようなものを………


 「なに?いやなの?」


 「いや、着替えを用意してくれるのはありがたいんだが…このプリントがな………」

 「あそ」


 そういうとイフは俺の手から服と靴を回収する。

 「似合うと思ったんだけどな…」




 そのつぶやきが俺の思考回路を加速させる


 この服はイフが選んで取り出したんだ。しかも適当に目に入ったものをポイポイと渡してきた感じではなかった。それなりの時間を使って見繕ってくれたのだ。この俺のために。


 「悪い。やっぱなんでもない。それ、ありがたく着させてもらうよ。」


 俺の突然の心変わりに、狐につままれたような顔をするイフ


 「そう?ならそれでいいんだケド…」


 そう言うイフは、すこしだけ嬉しそうに見えた…キガスル………


 とりあえずイフには観葉植物がある辺りで向こうを向いてもらい、俺はイフがいるところと真反対の、本棚のある部屋の一角で着替えることにした。

 靴は履いた方がいいのか?

 というか、見られてはいないとはいえ、女の子の部屋、しかも女の子がいる部屋で下着を晒し、着替えることになるとは…

 人生何があるか分からないものだ…今更か……


 とりあえずきがえ…

 「まだー?」


 …


 まだ30秒も経ってないぞ


 お前はどんだけ俺が早く着替えられると思ってるんだ?マジシャンじゃないんだぞ?

 「まだだ」






 「そろそろいい?」

 「あと2分くらいだ」




 「もういいでしょ?」

 「まだ1分も経ってないぞ」



 「さすがにもういいわよね?」

 「あと30秒くらいだ」


 「あと3秒で振り返りまーす」

 「は!?いやちょっ!待っ!」


 









 「なによ、着替え終わってるじゃない」



 焦った


 焦りすぎてベルトはチャックに1番近いベルトルーフ2箇所にしか通していない

 後ろはガバガバだ

 スニーカーは手に持ったままでいる


 「あ、そのジャージはそこら辺置いといていいわよ」


 そう言って、イフは本棚の前辺りを指さす


 「モチロン、畳んでね」



 几帳面なんだな…


 そんなやり取りをしていると…





 突然に()()は起こった



 グラ…



 イフが倒れる



 脱げかけるズボンを気にする余裕もなく、間一髪でイフを支える。


 意識を失っているのか?


 間を置かずに、観葉植物が置いてあったこの部屋の一角が崩れる。

 音はしなかった

 ()()()がそこを抉りとったように、その一角だけが消失した。

 部屋と、消失した部分との境目は、調子の悪いモニターのように、ブレて、不鮮明になっている。

 消失した一角からは、倉庫?のような空間が見える。薄暗く、気味が悪い。



 ア゛…ア゛ァ………



 今度はなんだ


 突然の事態に冷や汗が止まらない。


 サムイ…


 嫌な寒気だ…




 ア゛ア゛ァ゛…ア゛ァ………



 どんどん近づいてくる


 なんなんだよ!この耳障りな音は!



 ア゛ア゛ア゛ァ゛…ア゛ァ゛ァ゛ァ………




 やめろ!来るな!来ないでくれ……


 得体の知れぬ恐怖に足がすくむ


 鼓動が高鳴る


 心臓の音で耳が痛い



 ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ……!ア゛ァ゛ァ゛……




 さっきまで着替えていた本棚がある一角


 その部屋の隅の天井が消失()くなり始めている


 ()()はどんどん侵食し、すべてを呑み込んでいく


 テレビの上にかかっていた壁掛け時計も、壁際に置いてあった本棚も、テレビも、テレビボードも、俺のジャージも………



 これはヤバい


 とにかくヤバい


 そう直感するのに、そう時間はかからなかった



 とにかく今はイフを起こさなければ


 俺は必死でイフを揺さぶる


 「おい!起きろ!おい!!」



 ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ァ……!



 「おい!起きろって!おい!おい!!」



 ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛……!



 「おい!おい!!起きてくれよ!おい!」


 ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛…!


 「おい!……起きてくれよ…頼むから………」


 今にも泣き出しそうになりながら、必死に声をかける。………その声はイフに届くことはなく、ただ虚しさと恐怖を引き立てるだけだった。


 もうあまり時間は無い


 もうすぐそこまで侵食は進行している


 イフを抱えジリジリと後ろに下がり続けていたが、もう下がれない。これ以上は最初に消失した場所だ。


 後ろを見る


 この先は未知数だ


 何があるか分からない


 悪寒もする


 でも、行かなきゃここで俺も、イフも、この世界も、全部終わりだ。


 腹をくくれ、伊吹 仁


 手に持ったままでいたスニーカーを急いで履き、全てのベルトルーフにベルトを通し、きゅっとめる。


 イフをしっかりと抱きかかえ、後ろを振り返り、これから飛び降りる先を見下ろす。


 侵食はついに足元まで到達した






 俺は、勢いに身を任せて飛び込んだ。


episode1〜3の言い回し等表現若干変更

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