193. 初の完敗
進まない。進んだと思ったらすぐに止まる。その繰り返しに嫌になり始める。
「あなた無理しすぎよ。毎日ずっと慣れない文字読んでるんだから今日くらい休憩しましょう?」
とまで言われてしまう始末である。
「………わかった、今日は考えないようにする。」
「そうして頂戴。さあ、ラルスの様子を見に行きましょう!」
__
_
「あ、ご主人様!今日は出かけないんですか?」
ハクはラルスのお世話、ソフィは家事と役割分担をしているようだった。
まだ掃除ぐらいしかできないらしいが…
「ああ、ラルスは……寝てるのか。」
「可愛いわね…」
「はい。ですがもうすぐ起きると思いますよ。」
ハクが言う通り、指が動いてゆっくりと目を開ける。
「ラルス様、お父様とお母様ですよ。」
キョロキョロしたあとにこっちを向き、匂いがわかるのかマールに向かって手を伸ばしている。
「ふふ、ママよ〜♪」
ハクに助けてもらいながら抱き上げ、ソファに座る。
「あーあー。」
とマールの腕の中で甘えている。正直羨ましい。
「なあ、俺は人族でマールは獣人族だろ?それならラルスはハーフってことになるんだが……大丈夫なのか?」
「問題ないですよ。そもそも私達獣人族もハーフなんです。」
「違う種族の獣人同士で子供を作る場合は変異種とかが現れやすいんだけど、ラルスは私より少し獣人族の血が薄まる程度だからあなたが気にしてることは大丈夫よ。」
「ならいいんだ。」
異種族同士で大丈夫かと少し心配はしていたが、杞憂だったようだ。
「あなたも抱いてみる?」
「あ、ああ…」
慎重にマールから受け取ると、すぐに泣かれた。
「お、おい……俺も親だぞ…?」
「匂いがマール様と違うからじゃないですか?獣人族は同じ獣人族に惹かれやすい性質がありますから。」
「………」
無言でマールに返す。ラルスがもう少し大きくなるまで抱けないようだ。
「マールとハクが異例だっただけか……」
「私はだって初対面であなたに猛アプローチされちゃったもの。」
「私はご主人様以外となるとミレイヤ様ぐらいしかいませんでしたからね…」
「ならその性質もそんなに強いわけじゃないんだな。」
「どれだけ獣族の血が濃いかの違いじゃない?まあ私は確か獣族の方の血が濃いはずだけど…」
なんか一気に信憑性が無くなった。ラルスに泣かれるのもシンプル俺が悪いんじゃないか?
「はぁ……」
その時、ソフィが入って来る。
「ハク様!掃除終わりましたわ!」
「お疲れさまです。次は買い出しをお願いしてもいいですか?買ってきてほしいものは……あ、ご主人様達はゆっくりしていてください。」
そう言いながら二人が部屋を出ていく。
「ハクちゃんも随分ソフィちゃんと仲良くなれてるみたいね。」
「いつの間にって感じだよな。あれだけ嫌がってたのに。」
「あーうー。」
「はいはい、ママはここにいるわよ〜♪」
羨ましい。
「………どれくらいで喋れるようになるんだ?」
「うーん……半年から一年ぐらいじゃないかしら?その前にハイハイするでしょうけど。」
「そんなに掛かるのか……」
「ふふ、そのうちあなたにも懐くわよ。」
「ん…?」
「どうしたの?」
妙な違和感。身体中を駆け巡るこの感覚…
「戻った…戻ったぞ!」
水を出したり消したりする。以前と変わりなくまた魔法が使えるようになった。
「良かったじゃない!これで何の気兼ねもなく生活できるわね!」
「ああ……ちょっと納得はいかないけどな……」
恐らく薬の効果が切れたからなのだろうが、結局魂については全く分からない。
「マール、昼食べたら外出ないか?」
「いいわ、付き合ってあげる。」
昼食を食べ、近くの河原に行って遠慮なく魔法を撃ち合う。
「今度は負けないわよ!」
「追いつかれるのも時間の問題だけどな!」
お互い全力で魔法を使う機会が無かったので、久し振りに発散することができた。
__
_
「……降参だ。」
「やった……やっとあなたに勝った…!」
途中まではいい勝負だった。だがここ数日でマールが覚えた転生者の魔法が強すぎる。強いせいで扱いも難しいのだが、そこは流石としか言いようがない。
「完敗だな。魔法勝負で初めて負けたかもしれん。」
「ふふ…勝った……あのエルに……ふふふふ♪」
めちゃくちゃ嬉しそうだ。そんな顔されたら悔しさも半減してしまう。
(今度はこっちが勝てるようにならなきゃな。)
むしろスッキリした。マールより下だと心の中で思っていたが、ずっとマールより上みたいな感じでモヤモヤしていたから。
その後、マールから転生者の魔法を魔素化させる方法を教わりながら時間を過ごすのであった。