185. 穏やかな頃の軌跡
それから初授乳やら何らやでまた色々と忙しくなり、流石のマールも疲れたのかすぐに眠ってしまった。
ラルスもぐっすりと眠っており、あれだけ賑やかだった部屋は静寂に包まれる。
「ご主人様、改めておめでとうございます。あのご主人様がもう父親なんですよ?昔じゃ全く考えられませんでしたね…」
「昔はまぁ……そうだな。そう考えると俺も丸くなったもんだ。」
「昔のエルラルド様は今よりも酷かったのです?」
「……お前と初対面の時のがずっと続いてたような感じだな。」
酷いときは自分以外信じられないとかまで思っていた。その時は俺が子供を作るどころか、こうして多くの人に囲まれるようになるなんて全く想像してなかっただろう。
「本当にお前には感謝してるよ。全部お前のおかげだ。あんな荒れてた俺の側にいてくれて。」
「もう……その感謝はたくさん聞きましたっていつも言ってるじゃないですか。」
「それでも伝えたいんだよ。ありがとな。」
ハクの頭を撫でてやると、積極的に擦り寄ってくる。思えば昔から頭を撫でられるのが好きだった。
「どういたしまして。」
「むぅ…ずるいですわ!」
「お前にはまだ無理だ。」
「そう言えばご主人様、この前何でもするって言ってましたよね?」
「………どれのことだ…?」
ハクにはその言葉を使いすぎて心当たりしかない。
「ソフィさんの時のです。制限無しのお願いを使いたいです。」
まあそんな大々的に言わなくてもハクのお願いなら叶えてやるつもりだ。
「わかったよ。何がいいんだ?」
「そ、その……一回だけでいいので……昔みたいにご主人様の料理を食べてみたいです…」
「俺の料理?」
「はい。ご主人様と同じ寮を使ってたときはいつも作ってくださってたじゃないですか。久し振りに食べてみたいです。」
「………レイが帰ってきたら…魚釣りにでも行くか?」
「ふふ、いいですね。今なら川遊びもできますよ?」
「そんな年じゃないだろうが…」
復学したレイが学校から戻ってきたあと、ソフィと一緒にマール達の様子を見ておくように言ってあの時の川へと向かう。
もちろんレイからは、
「頑張ったマール姉と生まれたばかりの子供を置いて自分のメイドと遊びに行くなんて馬鹿兄貴最低すぎ…」
と言われたが、気にしないことにする。
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次元収納魔法が使えないのが本当に痛い。それさえ使えれば糸なんかもあるのだが。
無い物ねだりしても仕方がないので適当な店で新しい糸を買い、適当な木を使って釣り竿と桶を作って川で釣りを始める。
「………平和だな。」
「いいことじゃないですか。」
「………ちょっと平和だなと思うと毎回何かが起こっちまうんだ。今回は誰も欠けることなく終わったけど、何かが違えばまた失ってたかもしれない。」
「そんな卑屈にならないでくださいよ。」
「卑屈にもなるさ……今でさえどこかで思っちまうんだ。マール達に何か起こってるかもしれないって。正直言って今は人生で一番幸せだ。前世を含めてもな。だからこそ不幸を恐れる。最悪の想像をしちまうんだよ…」
「人生で幸運の数と不幸の数は同じだってよく言うじゃないですか。ご主人様は今まで不幸続きでしたから、きっとこれから幸運が続きますよ。」
「だといいけどな…」
その時、ハクの竿が一瞬曲がった瞬間に引き上げる。
「ふふん!ご主人様より先に釣れちゃいましたね♪」
「そりゃあお前は川上側だからだろうが。」
「負け惜しみですか?ならご主人様も早く釣ってくださいよ。私は"川下側"でやりますので♪」
「よーし、いいだろう。そこまで言うならやってやる。お前には負けないぞ?」
「望むところです♪」
2時間ほどやった結果、ハクが12匹に対して俺が15匹で幕を閉じた。
「もう、ムキになりすぎですよ。」
とか言われた。挑発してくる方が悪い。
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「ただいまー。」
「お帰りなさいませ。奥様はまだお休み中ですわ。」
「それではご主人様、あとはお願いしますね。解毒魔法は掛けておきましたので。」
「わかったよ。」
桶を持ってキッチンに向かい、調理器具を取り出す。
(どうするかな…)
27匹中大きいのが3匹、大きいと言っても川魚なので限度はあるのだが…
(塩焼きばかりなのもマンネリだよな……米さえあれば……パンがあるからアレはできるとして…まずでかいのを捌くか……)
さらに1時間半後、料理を終えて寝室に入る。
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「というわけで私は今もご主人様に包まれてるのです!」
「できたぞー。」
何故かハクが3人に向かって演説していたようだ。
「何してんだお前………」
「あ、ご主人様!今は私のメイド服の成り立ちについて話していました!」
「お兄ちゃん……実は…ハク姉のメイド服にお兄ちゃんの服が使われてるみたい…」
「ん?ああ、知ってるぞ?」
「……そう言えば馬鹿兄貴だった…」
何だその憐れむような目は。飯抜きにしてやろうか?
「エルラルド様、お食事は完成したのですか?」
「ああ、できた。今すぐにでも食べられるぞ。」
「じゃあ行きましょうか。」
「もう動いていいのか?」
「むしろ有り余ってるくらいよ。」
そう言いながら水生成魔法を見せてくる。
「そりゃ良かった。ラルスを任せてもいいか?」
「ええ、任せて。」
一度上体を起こし、右腕にラルスを抱いて立ち上がる。
「さあ、行きましょうか。」
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魚のフライ、刺身、魚骨スープを全員に行き渡らせる。
「いい匂いですね……」
「すご……これほんとに全部お兄ちゃんが作ったの…?」
「こちらのは生ですわよね…?エルラルド様の御料理なら食べられのでしょうが…」
「いいから食うぞ。冷めても困るからな。」
「そうね、食べましょうか。」
マールの一声で全員が食器を持ち、食べ始める。
魔法が使えなかったり、美味しいのかすらわからない魚だったりと色々制約はあったが、一応全員から高評価はもらえたようだった。